第19話 武闘派恐るべし

 


「っ.........!」



 原田の顔が青ざめていく。

 怒りなのか、動揺なのか、その手に握られたスマホが微かに震えている。


「コレはっ.....違っ、違うんだよ、ねぇ陽菜ちゃん。陽菜ちゃん一緒にこの日いたよね? 私こんなことしていないよね?」


 道枝.....。

 それは無理がある。


 と言うか、だ。


「楓.........」


 驚いた表情を見せる陽菜。


 道枝、お前はまだ気づいていないのか?

 ソイツに同情を誘うな。

 ソイツに助けを求めるな。

 何故ならば。

 お前のことをコマとしか思っていない奴だ。



「楓.........何で、こんなこと.....?」



 陽菜はその大きな目に涙を溜め、唇を震わせている。

 はいはい。

 演技演技。

 しかし、陽菜は表向きは『学園のマドンナ』と言う肩書きがある。

 その涙の影響力たるや計り知れない。


「.........っ!! ねぇ、陽菜、私たち友達じゃん、友達だよね!? 陽菜ァ!!!!!」


 もはやパニックだった。

 道枝は。

 陽菜のことを本当に友達と信じていたのだろうか。

 この女の本性を知っていたのだろうか。

 今となっては分からないが、この瞬間。



「私.....2人のこと信じてたのに.....」



 完全に2人を


「「...........っ!」」





 そして。



 一瞬。

 時間にしてほんの一瞬のことだった。

 陽菜と目が合った。



「.............!」



 背筋に何か冷たいものが走った。

 憎悪。

 例えるなら、その言葉が1番しっくり来ると思う。

 醜く顔を歪ませながらこちらを一瞥し、陽菜は教室の外に駆けていった。


 多分このクラスの中で俺しか、陽菜のに気付いていない。

 明確な敵意。

 .....さすがに分かった。


 ——————陽菜は、俺の仕業と気付いている。


 昨日の会話からも陽菜は俺を警戒していた。

 そして、今日。

 新たに自身のコマを潰されたとなると、いよいよ本腰を入れてくるだろう。


 さて、次に陽菜はどう出るか.....。



「あっ、ちょっと.........! いやっ!!」



 クラスの女子の声が聞こえた。

 転瞬。



 ———————視界が白く染まった。

 それと同時にやってくる衝撃。

 頭がグラグラと震え、背中が痛い。


 何だ?

 何が起こった?


 ズキンズキンと脈に合わせて頭が痛む。


 殴られた?

 口の中が切れているのか、鉄臭い匂いがする。

 周りを確認してみる。

 どうやら机を巻き込んで床に倒れこんだ、らしい。


「お前がやったんだろ……!?」


 眼前には凄い形相で俺を睨んでいる原田の姿があった。


「お前がやったんだろーが!!」


「うっ…………!」


 腹部に一発蹴りが入る。

 殴られ蹴られて気付いた。

 やっぱり俺は暴力沙汰は得意じゃない。


 阿久津ってスゲーな、と半ば現実逃避的な思考になるのは、この状況に対して別にから。

 あくまでも窮鼠に嚙まれたに過ぎない。


「お前こんなことして楽しいのかよ!」


「…………」


 利己的な連中って一定数いるが、コイツもなかなかだな。

 自分のしたことを棚に上げ、自分に不利益が生じたときにはこれでもかと発狂する。

 ……阿久津タイプだ。


「何とか言えよっ!!」


 拳が振り上げられる。


俺じゃない」


「…………!!」


「これ、一つ目の質問の答え」


 原田の唇がわなわなと震えている。


「そして、二つ目の質問の答え」




 さぁ、仕上げだ――――――。





「ざまぁみろ、バーカ」





 俺は、原田に聞こえるくらいの声で囁いた。






「っ……お前っ!!!!」


 拳が振り下ろされることはなかった。



「原田っ! 何してる!!!」



 第三者の介入。

 騒ぎを聞きつけてきたのか、はたまた、誰かが告げ口をしたのか。

 クラスの担任が原田の腕を掴んでいた。


「…………!!」


 不意に冷静になったんだろうな。

 今この状況。




 シンプルに俺への暴力行為もある。

 停学は免れない。

 まぁ、復学してもそのまま学校に来れるかどうか――――――。



「原田、話を聞かせてもらおう」



 青ざめた顔で担任についていく原田。

 これ以上の抵抗も何もかもがであると気付いたのだろう。



 Twitterの投稿の件は解決していない。

 殴られた際に床に落ちたスマホが目に入る。

 先ほどの3人の投稿は、瞬く間にリツイートされまくっていた。

 人間って本当に救いようがない。

 新しいおもちゃには食いつくし、周りに共有したがる。

 ――――――自分が、次のおもちゃになるかもしれないのに。


 見たユーザーが運営に通報しない限りは、あの投稿は効果を発揮し続ける。

 いずれは圧力がかかり、消されるかもしれないが、ネットの力は強大だ。

 一度拡散されれば他の人間に保存されるなどして、永劫残り続ける。

 まさに、インターネットタトゥ。




 しかし。

 雅のおかげで、露払いは済んだ。

 あとは、へと攻め入るのみ。




 ――――――陽菜。

 





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