そばにいるだけで(小学生編)
小石原淳
そばにいるだけで エピソード1
第1話 始まりは大嫌いから
扉が音を立てた。先生だ。普段なら静かになるが、今日は少し違う。先生のあとから着いて来た男子の品定めだ。
「ちょっといい感じ」
「そう? ぼーっとしてるみたい」
「クールっていうやつよ」
ひそひそ話の通り、教壇横にぽつんと立った男子は、やや斜め上にぼんやりとした視線を投げている。表情に乏しい感はあるが男前。身長も結構ある。
六年二組に転校生が来たのは、修学旅行が終わり、梅雨入りの頃だった。
「はい、し・ず・か・に。最初に、転校生を紹介します。さ、挨拶して」
先生がうながすと、転校生は黒板にチョークで名前を書き始めた。
「あい……は……」
何人かが、書かれる文字に合わせて、小声で読み上げる。
やがて書き終わった。字はうまい。
「
言って、ひょいと頭を下げる。
「前は**小学校にいました。今度で三度目の転校です」
みんな、おおっとなった。反応の大きさに、戸惑ったように前髪をいじる転校生。
「好きな科目は理科、嫌いな科目は音楽と家庭科です。これからよろしくお願いします」
再び相羽が頭を下げると、拍手がぱちぱちと起こる。先生が頃合いを見計らい、大きめの声で言った。
「みんな、仲良くしてあげてよ。相羽君、分からないことがあったら、先生やみんなに聞くようにね。それから席だけど」
手のひらを上にし、廊下側から二列目、最後部の席を示す先生。
「あそこなんだけど、視力は大丈夫?」
「多分、大丈夫です」
ランドセルを片手にぶら下げ、相羽は指定された机に向かう。彼が進むに連れて、幾人かの視線も動いた。
「何いつまでも見てるのよ」
純子の方を――基、相羽をこそこそ見やっていた富井は、わずかに肩をすくめる。
「だってあの顔、好みなんだもん」
純子が呆れ気味の息をついたところで、授業が始まった。
初日から相羽はクラスに馴染んだ。
最初は、転校生というだけで皆の注目を集めていたのが、人懐っこい物腰と態度ですぐにクラスに溶け込んだ。一見冷たそうな外面とのギャップが、拍車をかけたのかもしれない。
たとえば彼は……掃除大好き少年だった。
「ぞうきん掛けが特に好きだな」
「何でだよー」
そのぞうきん掛けの最中、相羽に男友達が尋ねる。
相羽は臆面もなく答えるのだ。
「だって、前に女子がいたら、うれしいじゃん」
そのとき、ちょうどすぐ前にいた純子は、ぎょっとして後ろを振り返る。今日はひとまとめにしたポニーテールの髪が、大きく跳ねた。
「スカートのときなんか、どきどき。こう、お尻振っちゃってさ」
ハワイアンダンスのように腰をくねらせる相羽は、明らかに冗談口調。
しかし、純子は顔を赤くして抗議。からかわれている気がした。手はぞうきんから離れ、スカートの上からお尻を押さえる。
「そんな風に見てたの? いやらしいっ」
「怒らなくたって。目が行くのは、魅力的だってこと」
「いやらしいのは一緒よ」
「じゃあ冗談だったって言えばいい? 本当は目障りだって」
「……」
口ごもる純子。が、相羽の余裕ありげな態度に、何でもいいから言い返したくなる。
「と、とにかく、あなたの前は嫌だわ。先、行ってよ」
「仕方ないなあ」
苦笑いしながら、相羽はその他数名の男子と共に前に移った。
「あんな奴のどこがいいのよ」
純子は富井に言った。ゆっくり、ぞうきん掛けしながら、言葉を交わす。
「見る目がないわ」
「見る目ないのは、純ちゃんの方よ」
「私が? どうして?」
「相羽君のよさが分からない間は、いくら言っても無駄かもね」
純子は横目で相羽達が騒いでいるのを見やってから、すぐに富井へと視線を戻した。
「分かりたくもないっ」
気がせいせいしたばかり言い捨てた。
教室にいるのは児童ばかり四十人。先生はいない。
黒板に大書きされた文字は、「プリント できたら先生の机に提出して、帰ってよろしい」。
純子は比較的早く、問題をやり終えた。立ち上がって、前に向かう。教壇の横手にある先生の机の上に出すと、自分の席に戻ろうときびすを返した。
机と机の間の通路が、少し狭かったかもしれない。
そこを通っていた純子は、前から男の子――相羽信一が来たので、身体を斜めにし、左側を前にすれ違おうとした。
相羽の方も同様にする。
正面を向き合うような形ですれ違う。
目が合った、そのとき――。
「え?」
あっと思う間もなく、相羽の顔が近付いてきて、純子の唇に彼の唇が触れる。そしてすぐ離れた。
「な、な、な、何すんのよ!」
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