大人部屋幼女…
アウ田
第1話
昔から兄の事が嫌いだった。
なんでもそつなく無く上手くこなす兄。
早逝した父のかわりに母親に頼られ続けた兄。
決して良いとは言えない境遇に挫けずに勉強を続け良い高校大学に進学した兄。
高給取りの仕事に付き順調にキャリアを詰み学生の頃から付き合っていた幼馴染と結婚して娘が生まれた兄。
兄の事が大嫌いだった。
末の子は勝手に育つと思われてたのか学校行事はいつも兄が優先されていた。
兄が全て解決するので全く頼られない僕には家に居場所がないように思えた。
勉強は生まれた時から苦手で一時期部活に熱心に取り組んだが大した成績も残せなかった。
家を出たい一心で探した仕事は碌なモノでは無くしかし家に帰りたくないので死にものぐるいで続けた。
会社寮は住心地が良いとは言えず隣人トラブルに悩まされ続けた。
そんなある日、母親が自分で転んで介護が必要になったと連絡が来た。
そして、僕に家に帰ってこないか、とも。
一緒に母さんを支えよう、だなんて聞いたときには体の良い小間使が必要なだけだろうと鼻で笑った。
「母さんは、兄さんに世話を見てもらいたいと思うよ」
仕事が忙しい、プライベートがあるとはっきり断れば電話越しに軽く唸る兄に暗い感情を抱いて今までの鬱屈が少し晴れたような気がした。
結局日々は変わらずに仕事は上手く行かずに人間関係の問題は都度湧いて出た。
それでも介護に四苦八苦しているだろう兄を思うと、そんな目に会わなかった自分を思うと溜飲が下がった。
「兄が大怪我を…?」
事故だった。
母親の通院のために車で送迎してる所に無謀な運転をしたトラックが突っ込んだらしい。母親は即死で兄は意識不明の重体。
完全に相手が有責の事故だった。
「でもねぇ、あの道は見通しのいい道でしょ?向こうから突っ込んで来る車なら気づけば避けれたんじゃ無いかしら」
駆けつけた病院で先に来ていた親戚がそう言った。
親戚は周りに窘められていたがそれはつまり「介護で周りの事がわからなくなるぐらい疲れていたのではないか」という介護に協力しなかった者を攻める発言だった。
「こんにちは、兄は…」
「夫は今夜が山場らしいです、たとえそこを乗り越えても今後もずっとそういう日が続くと…」
兄の奥さんとは結婚式以来だが窶れて目の下に深いクマがあった。
どうやら母親の介護は兄と奥さんに本当に多大の負担をかけていたらしい。
「今夜は夫に付添いたいので悪いですが家に1人残してきた娘の様子を見てもらってていいですか?」
久しぶりの実家は変わっていないようでかなり変わっていた。
玄関のチャイムを鳴らしても反応が帰ってこないのでそもそも自分の家に他人行儀なのもおかしいだろと上がり込んでみたら見慣れない景色に困惑した。
見慣れないのにそれなりに年季の入ったバリアフリー設備。
奥さんの趣味なのか可愛らしい小物や造花で飾られた玄関。
所々に娘の成長の跡を残すリビング。
何年も過ごした筈の場所なのに全く知らない他人の家に上がり込んだ気持ちだった。
「娘ちゃん、どこにいるんだい、叔父さんだよ、はじめましてかな?」
それなりの声をあげて呼びかけて見たが反応は帰ってこなかった。
仕方ないと部屋を順に回ってみたがどこにも居ない。
最後に2階の兄の部屋の前で立ち止まった。
ここに居るはずだ、ノックをして同じく呼びかけると中からゴソゴソと音がなり人の気配がした。
入るよ、と声を掛け兄の部屋に入った。
そこもどうやら自分の記憶とは全く別物になっていた。
部屋の大部分を締めていた兄の学習机は無くなっており折りたたみのパイプ机と椅子の周りに仕事で使う専門書と知らない作家の小説が入っている棚とクローゼットが置かれただけの殺風景な部屋だった。
子供の頃の趣味を順調に卒業していった大人の部屋のようで気味が悪かった。
「娘ちゃん」
呼びかけにクローゼットがゴソゴソと動き中から幼い女の子が顔を出した。
「…だれ?」
「はじめましてだよね、僕は君のお父さんの弟だよ、よろしくね」
「…よろしく」
信じて貰えるか心配だったが大丈夫だったようだ。
「おじさんとちょっとお話しないかい、そうだなクローゼットでなにをしてたんだい?」
「これ読んでた」
奥から引っ張り出して来たのは、漫画だった。
あの兄が今だにそんなものを読むのかと意外に思った。
「奥にいっぱいある」
そう言って引きずり出してきたダンボールには本当に何十冊も漫画がありますます意外に思った。
「古い漫画だね、おじさんが子供の頃に流行ってた奴だ」
「よく知ってるでしょ」
確かに流行り物だったから自分も読んでいたがはっきりと言えば内容はあまり覚えては居ない。なのに娘の断言するような口調に少し困惑した。
「どうして?」
「だってお父さんがおじさんの為に買った本だって」
「えっ」
思わず漫画を手に取りパラパラと読み返すと、自分が描いただろう落書きが所々にあった。
「嘘だ…なんで…」
そういえば、僕は部屋に入った瞬間に学習机が無くなっていた事に気づいていたことに思い当たった。
「ああ…そういえば、ここでよく読んでたんだ」
そうだ、兄にコンプレックスを抱く前はこの部屋に入り浸って兄によく漫画を読ませてくれとおねだりしていたじゃないか。
少しだけだよと兄は僕が読みたい漫画を手にとってくれた。
僕が漫画を汚そうとも少し困った顔をしてしょうがないと許してくれていた。
僕の一挙手一投足を兄がずっと見守ってくれていた。
「なんで忘れちゃってたんだろ…」
母が僕を鑑みなかったのは、兄が僕の事を見守ってくれていたからだと、今更に気がついた。
「あ、あああ」
気がついて、もうどうしようもなく遅すぎた事にも気づいてしまった。
きっと兄はこのまま目を覚まさずに死ぬだろう。
大切な人なのに裏切って傷付けてしまった。なにも返せなかった。
「うあああ!嫌だ!兄さん!死なないでくれ!こんなの嫌だよ!誰か!誰か兄さんを助けてくれよ!!!」
「大丈夫だ、君のお兄さんは必ず完治する!」(ギュッ
大人部屋幼女… アウ田 @autra
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