第6話 探索と二人の謎

 二人は突如として台所に現れた謎の隠し通路に足を運んでいた。

 辺りはとても暗く、ランタンの灯だけが二人を隠し通路の奥底へと導く。

 コツコツと音を響かせながら、

「分かってはいたけど、やっぱり薄気味悪いな...」


 座敷童がそう言葉を漏らしたのは、辺りが真っ暗なだけではなかった。

 ランタンの炎が揺らめく中、通路の片隅にネズミの死骸が白骨化した状態で散乱しているのだ。

 そんな空間の中で、少年は何の気なしに『寒い』と書いて座敷童に見せつける。


「いや、暗すぎてなんて書いてあるのか分んないぞ...」


 少年はどこか遠い目をして、この場では座敷童との意思疎通が取れないことを悟るのだったが、そんな中で少年は座敷童の袖を徐に掴む。

「ひゃん」と座敷童の甲高い叫び声が響き渡る。


「おい!!いきなり袖掴むな!!ビックリするだろ!!!」


 座敷童が怒ったかの様に、大きな声を出したが、先ほどの間抜けな声に、数秒前まで強張っていた表情がほぐれ、二人は顔を見合わせて、笑いあっていた。


「まったく、さっきまでの怖い雰囲気が台無しだな!」


 そんなこんなで数十分暗い道を道なりに進んでいくと、一つの扉が二人の進路を塞ぐようにして、現れる。


「まさかとは思っていたけど、隠し部屋に繫がっていたのか」


『でかい扉だね』


「そうか?屋敷の扉とあんまり変わらないでしょ。にしても、こんな所でいったい何してたんだ...?」


 疑問を抱きながらも、好奇心の思うがままに固く閉ざされた扉を力いっぱいに押す。

 ギーという音とともに数本の赤いロウソクに淡く照らされた部屋が見えてくる。


『ロウソクいっぱい』


「ロウソク...?てことは、最近まで此処に誰か居たのか...?」


 淡い光を灯しているロウソクは、この空間に似つかわしくない程に長く、誰かが最近まで此処に居たことを証明していた。


「一気に最初の雰囲気に戻ったな...少年私から離れるなよ」


『分かった』


 およそ六畳程の大きさの部屋を警戒しながら探索する二人は、机の上に置いてある一冊の本が視界に入り込んでくる。


「これは...日記か...?」


 その一冊の日記に書かれていたのは、ある二人の子供の生活の様子であり、次の様に書かれていた。


 7月14日

 屋敷の近くにある川に捨てた赤子と、彼女を接触させるのに成功。

 最初は彼女も警戒してはいたが、数分の葛藤の末、赤子を連れて帰ってくれた。

 この日は特に報告することもなく、順調に物事が進んでいる。

 この計画の第一段階は成功した。このまま順調に行けばいいのだが...果たして子供に赤子の世話が務まるのだろうか?

 上の人たちも無茶ぶりじゃなく、実現可能な支持をして欲しいものだ。


 7月15日

 彼女の顔色が少し悪いように見えた。これも昨夜に赤子が夜泣きをしていた事が原因だろう。地下にまで声が響いていて、私も寝不足だ。

 赤子の近くにいた彼女は一睡も出来なかったのだろう。これが原因で赤子を捨てられなければよいのだが...

 昼過ぎに彼女は、赤子お連れ、外出をしに行った。

 釣り具を持っていたので、川に行ったのだろう。これは、何らかの形で二人の力が作用されるかもしれない、と思っていたが、特に大した事は起きなかった。

 強いて言うなら、彼女の幸運を持ってしても、魚が釣れなかったことだろう。

 いや待て、そうだ忘れていた。二人が屋敷に戻る途中、雷雨に見舞われ、屋敷の倉庫に直撃したのだ。

 やはり妖怪が持つ力より赤子の持つ疫病の力の方が強いという事だろうか?


 7月16日

 昨日の疲れが溜まっていたのか、いつもより起きるのが遅かった。

 彼女が起きてからは、赤子を籠の入れ、蹴鞠をして遊んでいた。

 今日も大した研究成果は出ないと思っていたが、思わぬ形で研究の成功の兆しが見えた。

 彼女の蹴った鞠が赤子の方向目掛けて、飛んで行ったのだが、不自然な程タイミング良く、風に飛ばされた小石が、鞠の軌道を変え、屋敷の窓目掛けて飛んで行ったのだ。

 これは間違いなく彼女の持つ幸運の力だろう。


 7月17日

 今日は昨日は天気が悪く、いつもの様に外出をしないみたいだ。

 屋敷の中で、本を読んで過ごしたいた。これまで何かしらの事件が起きていたこともあり、今日も何か起こらないかと期待していたところ、やはり事件が起きた。

 彼女はこの日多くの本を読んでいたこともあり、山の様に読み終わった本が積まれていた。その山が赤子に向かって雪崩の様に崩れて行った。

 だが、本たちは赤子を避けるように崩れ、障子が破けるだけで被害が済んでいた。

 やはり、研究は成功に近づいている。


 こんなような記録とも取れる日記が、何冊にも及んで記されていた。


「これって...私たちの事か...?」


『何が書いてたの?』


 少年に心配させないように声を掛けたが、自分自身は、この日記に恐怖心すらあ抱いている。少年に気を使った自分を褒めたい程に体は震えていた。

 足早に帰ろうとしていた所、本棚にある一冊の日記に目を奪われていた。


『どうしたの』


「え?ごめんごめん...帰るのもうちょっと待って...」


『分かった』


 座敷童が手に取った日記は、これまでとは違い、一日分の日記しか書いてなかった。

 日付を見る限り、正確には分らないが、この日記に書いてある二人が出会ってから一年以上は、確実に経っていることが分かる。


 6月12日

 やばい、隠し部屋がバレた...実験はここまでだ。

 だが、上はそう簡単にこの実験を終わらせたくないらしい。彼女の記憶をけしてまたこの実験を再開させろって...もう結果は十分に出しただろ。

 これ以上やって何が生まれるんだ。だが上からの命令は絶対。

 これで終わりだと思ったんだがな...まだ疫病神という悪神を座敷童の力で善神にする計画は続くらしい...


「なるほど...そういう事だったのか...」


 座敷童は何かを思い出したかの様に、涙を零した。


『どうしたの』


「よくよく考えれば違和感は十分にあった。私がいるのに屋敷に雷は落ちるは、杵が窓ガラスを割るはで、不運が続いていた...私たちに被害がなかったのは、屋敷ではなく、少年に...」


 座敷童が言葉を紡ぐ中、パンっと地下室中に発砲音が響き渡る。それと同時に自分の体が誰かに押される感覚が伝わってくる。地面に倒れこんだ座敷童の膝に少年が血を胸から出して倒れこむ。


「は...?どういう...」


「ちっ、神の素体を打つつもりは無かったんだけどな~。まあいっか、事故で死んだことにすれば」


 暗い通路からコツコツと音を立てながら、白衣を着た男が現れてくる。


「お前...誰だ...」


「僕はね~神谷って言います~以後お見知りおきを」


 ニコニコと不気味な笑みを浮かべる。


「にしてもやっぱり、座敷童は幸運だな~素体が庇ってくれるんだもんな~」


 神谷と名乗る男の言ったことに、座敷童は絶望の表情を浮かべる。


「私のせいで少年が...」


「そうだよ!!お前の幸運が神の素体を殺したんだよ!!まあ、安心しろすぐに同じ道を歩ませてやるからよ!!」


 生きるのを諦めきった座敷童は、神谷に銃口を向けられるが、避けるそぶりも抵抗するそぶりも見せず、ただ運命に身を任せるようにして、ただじっとその場に据わり続けていた。

 そんな中、座敷童の懐から微かに声が聞こえてきた。その声は、とてもか細く、掠れた声だった。しかし座敷童にとっては希望の光であった。


「おか...さん...」


 初めて聞いた。でもどんなに掠れた声でも分かる、実際に聞いたと言っていいのかはわからないが、私はこの声を知っている。夢で見た彼の声だ。


「お別れの時間だ!!ここ何年かはお世話になったよ、ガキ共!!」


 神谷が銃口を座敷童に向け、パンと発砲音が部屋中に鳴り響く。鈍い音と共に赤い液体のようなものが散らばる。

 だが、神谷の顔は強張り、徐々に青ざめていく。


「これの幸運の力か...」


 壁に掛けていた無数の赤いロウソクが、銃弾から座敷童を守るように落ちてきていた。


「座敷童を舐めるなよ小童が!!我が子を見殺す母親が居てたまるか!!!!」


 座敷童が叫びを上げた瞬間、通路から部屋に向かって突風が吹き乱れる。

 いきなりの突風に神谷は対応ができず、風の赴くままに飛ばされる。

 グシャっと鈍い音が鳴り、鋭い刃が神谷の懐を貫く。


「疫病の...力も...忘れるなよ...」


「クソ...があ...」


 神谷は、大量の出血により意識が薄れ、消えていく。


「少年!!大丈夫か!!しっかりしろ!!」


「あはは...やっと喋れるようになったんですけどね...」


 少年は活力の感じないほど弱弱しい声で言葉を投げ掛ける。だが、その顔はとてえも幸せそうに笑っていた。


「少年、諦めるのはまだ早いぞ!」


「もう無理ですよ...僕はここまでです...」


 座敷童は少年の言葉に耳を貸さず、言葉を紡ぎ続ける。


「少年、私さっきの日記とこれまでの暮らしで気づいたんだよ。よくよく考えれば簡単に分かることだったのに、今まで気づけなかった。私が居るのに、屋敷に富は愚か、小さな幸福も来ない。窓は割れるは、雷は落ちるは...でもいつだって私たちは、幸運にも無傷だった!そう、幸運にも!!

 屋敷には幸福がないのに、私たちには幸福が舞い込んでくる!これは、私が屋敷じゃなくて、少年に取り付いていたとしたら辻褄があう!!」


「それに何の意味が...?」


「幸福をもたらす私が付いてるんだぞ?諦めるのは、まだ早いってことだよ!!」


 座敷童のそんな一言に、少年は涙を浮かべ、ニコッと先程よりも強く笑った。


「そうだね...助けて...お母さん!!」


「任せろ!!息子を助けられない母が居てたまるかー!!」


 そう叫びながら、大量の出血をしている傷口に手をかざす。

 すると、何処からともなく黄色に輝く光が少年を包み込み、傷口が見る見るうちに塞がっていく。

 数分の葛藤の末、少年の傷は完全に塞がった。


「はは...成功した...よかった...」


 座敷童が少年の左胸に手を当て、鼓動を確かめた後、ホッと息をつき、安堵する。

 少年は貧血と疲れにより、気絶しているが、しっかりと呼吸している。座敷童は、そんな少年を抱え、ふらふらと二人の家へと帰っていった。


 ~後日談~

 完全に回復した二人は、隠し通路を埋め、いつもの平和な日常へと戻って行ったとさ。

 ちなみにあの一件以降少年は普通に座敷童と会話できるようになった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕が住み着いた屋敷に居る座敷童は、不幸を呼び寄せるみたいです。 シロクラ @sirokura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ