ラブポーション

SEN

本編

 目を覚ました瞬間、内側から響くような頭痛に襲われた。あまりの痛みに反射的に頭を押さえ、瞼を閉じたことで本来私の目を覚ますはずの朝日をシャットアウトした。


 体に負荷をかけないようゆっくり立ち上がり、ベッドの近くのキャビネットに置いてあったペットボトルの水を一口飲んだ。寝起きで乾いた喉が潤い、頭痛が少し和らぐ。


 そして頭が冴えた瞬間、私の現状の違和感にようやく気がついた。


「……なんでこんな身なり整ってんの」


 昨日、私は会社の飲み会で日頃のストレスを発散するためにとことん酒を飲んだのだ。そうして酔い潰れてしまった私が、どうしてパジャマに着替えている上に、起きたときのために水を用意しているのだろうか。しかも、頭痛を除く体の不快感の少なさから考えると帰ってきて入浴までしたようだ。


 本来の酔い潰れた私ならスーツ姿のままベッドに飛び込んで、ベッドから落ちた状態で目を覚まし、ガンガンと痛む頭を押さえながらキッチンまで歩き、冷蔵庫からお茶を取り出してコップに入れてそれをこぼすのに。


 飲み会後のアフターケアが完璧な理由を、揺れるほど痛む頭から捻り出した。


「……誰かいるわね」


 今この家には酔い潰れた私の世話をした何者かがいる。自宅からかなり離れた場所にある居酒屋から私を運んだうえ、私の目覚めが良くなるようお世話をしてくれた人。リビングに行ってその人がいたらまずは感謝と謝罪をしなければ。


 そう思って寝室を出てリビングまで歩くと、甘い匂いが漂ってきた。冬の寒気で冷たくなったフローリングで足を冷やしつつリビングに顔を出す。すると、長い黒髪の女性が鼻歌を歌いながらエプロン姿でオーブンを見つめているのが確認できた。


 この甘い匂いの正体は、私がほとんど使ったことがないあのオーブンの中にあるのか。そう思っていたら女性が私に気がついて振り向いた。そしてその顔を見た時、ようやく酔い潰れた私の世話をしてくれた人の正体がわかった。


新山にいやまさん」

「おはようございます、櫻井さくらい先輩」


 彼女の正体を確認するように名前を呼ぶと、新山さんはニコリと笑って朝の挨拶を返してくれた。


 彼女は新山朱里しゅり。私が普段世話をしている後輩だ。少しドジなところがあるが、素直で仕事を覚えるのも早い。加えて見た目も可愛くて柔らかい雰囲気を持っているので、社内の男どもからかなりの人気を得ている。まぁ、本人はそれを知らないのだが。


「あー……昨日はいろいろごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ。それより早く座ってください。そろそろ朝食ができるので」

「あっ、うん」


 彼女に促されるまま座ると、テーブルの上に櫻井華乃かのという名前が書かれた社員証が置かれていたのが目に入った。若かりし頃の真顔の自分が私を見つめていて、なんだか「後輩にお世話されるなんて情けない」と叱っているように見えた。


「よっと」


 そんな掛け声と共に、新山さんが私が気分で買って棚の中に押し込んでいたケーキの型を落とす。何故そんなことをするのか私にはわからないが、きっと必要な工程なのだろう。


 そして彼女がケーキの型から中のものを取り出して、ようやくその正体がわかった。カステラだ。タンポポのように鮮やかで優しい黄色の上に、子供のお絵かきで十中八九余る可哀想な色代表の茶色が薄く乗っている。カステラの上でなら好かれる茶色は此処こそが僕の居場所だと言わんばかりにふんぞり返っていた。


「粗熱をとるので少し待っててください」


 新山さんはそう言いながら私が気に入っている市販のココアを出してくれた。一口飲むと、ふわりと広がる甘さとじんわり広がる温かさに二日酔いの体が癒された。


「……というか朝ご飯のお世話までしてくれなくても良かったのに」

「私の家結構遠いので。ホテルとして利用させてもらったお礼です」

「はぁ」


 ならなんで酔い潰れた私の世話を買って出たんだとツッコミかけたが、恩人にそんなことを言うのは失礼だと飲み込んだ。


「あ、櫻井先輩って朝はしっかり食べたい派ですか? それならご飯とか卵焼きとか作りますけど」

「あぁいや、大丈夫よ。むしろ休みの日は抜くことも多いし助かるわ」


 細かいところまで気を回してくれている。まるで実家に帰った時のお母さんみたいだ。私の返事に頷いてキッチンに戻っていくエプロン姿の彼女は家庭的で、新妻のような雰囲気を纏っていた。


「料理得意なんだ」

「そうですね。基本的に自炊ですので」

「一人暮らしなのにすごいね」

「いえいえ……あっ、できました」


 新山さんはカステラを切り分けて、三切れ皿に盛って私に出してくれた。そして彼女の分も取り分けて、私の対面に座った。


「いただきます」

「あっ、いただきます」


 新山さんが行儀良くいただきますと言ったので、釣られて私もそう言った。そういえば、いただきますなんて久しぶりに言ったな。


 フォークでカステラを一口分切り取って口に運ぶ。パクリと食べるとフワリとした食感と共に甘味が広がる。昨日飲み会でお酒と塩味が強いものを食べたからか、この優しい味が沁みる。


 そうでなくてもこのカステラは美味しい。コンビニやスーパーで売っているものには無い温かみというか、優しさみたいなものがある。こんなにも美味しいカステラを作れるなら、新山さんはお菓子屋さんに向いているのかも。


 町のお菓子屋さんの新山さんか、うん、似合ってる。小さなお店の中に入ったら甘い匂いと共に新山さんがいらっしゃいませと言って振り返ってくれる。こんなの常連になるしかない。なんて想像をしていたら、小さな笑い声が前から聞こえてきた。


 顔をあげて確認するまでもなく笑い声の主は新山さん。カステラを飲み込んで顔を上げると、案の定新山さんが口元を押さえて笑っていた。バカにするような笑いじゃない。どちらかといえば可愛いネコの動画を見ている時のような、そんな笑いだった。


「どうかしたの?」

「あぁいえ、あまりにも美味しそうに食べるので。それが可愛くてつい……」

「かわっ……!? なによいきなり……」


 私が可愛いなんて。いきなりそんなこと言われても対応できない。私は恋人なんて居たことないし、泥酔して後輩にお世話されるようなだらしない奴だ。こんな面と向かって可愛いなんて言われたことがない。


「そんなに赤くなって、反応も可愛いですね」

「か、揶揄わないで。怒るわよ」

「ふふっ、失礼しました」


 新山さんは今まで見たことがないような妖艶な笑みを見せて、カステラを食べるのを再開した。あんな事を言われたからか、カステラを咀嚼して動く唇に目が向いてしまう。


 いやいや、そんなわけない。一時の気の迷いだ。確かに新山さんは可愛いけど、そんな子に一回可愛いって言われただけで落ちるなんてチョロすぎる。


 私はちゃんとした……いや後輩に世話されてる時点でちゃんとはしてないかもだけど、自立した社会人だ。こんな事で彼女を好きになったりなんかしない。


 私の混乱をかき消すように、私は黙々とカステラを口に運び、時々甘いココアを飲んだ。


 さっきの新山さんの発言で気まずくなって話しかけられない。しかも新山さんも私をじっと見つめたまま何も言おうとしない。緊張して心臓がドキドキしてきた。そのせいで食べ進めるのが少し遅くなっている。


 私より早く食べ終えた新山さんの視線が突き刺さってくる。フォークを持つ手が震えて、食べるのが上手くいかなくなってきた。何をこんなに動揺しているんだ私は。手が震えて、うまく頭がまわらない。新山さんに見られているだけでこんな風になるなんて……待って、さすがにありえないでしょそんなの。


「に、新山さんはこれからどうするの」

「今日は特に用事がないので、先輩のお世話でもしましょうかね。もちろん、帰ってほしいなら従いますけど」

「そ、そう……ん……」


 不自然な雰囲気を感じて彼女に探りを入れてようやく分かった。うまく舌が回らない。苦しくて息が詰まる。これは緊張だとかそういうのじゃない。あまりにも不自然だ。私の体だ、よくわかる。心の動きで体がおかしくなってるんじゃない。心が正常なまま体そのものに異常が起きている。


 頭の中に熱がこもる。くらくらとしてまともに座っていられない。頭の重さに耐えられなくなって、私はテーブルの上に倒れて突っ伏した。


「櫻井先輩? 大丈夫ですか?」

「っ……! とぼ、けないで……はぁ、あんた……が、やった……んでしょ……」


 怒りを込めた声も弱々しい。朦朧とする意識の中で彼女の顔を見ようと顔をあげると、彼女は優しい後輩の顔ではなくなっていた。例えるならそう、物語で男を破滅に導く運命の女ファムファタールのような妖艶で蠱惑的な一人の女に変貌していた。


「やっと気が付きましたか。フフッ、そんな顔をしても怖くなんかないですよ。もうまともに動けないでしょ」


 彼女の言う通り、私は立ち上がることすらできない。芋虫のように体をもぞもぞとうねらせるのがやっとだ。


「な、なにか……盛った……わね」

「だいせいかーい! お値段給料三か月分の媚薬です」


 ニコニコと満面の笑みをたたえながら、彼女はどこかからピンク色の小瓶を取り出した。


「朝食はもちろん、寝室に置いてあったお水にも。さらにさらに! 昨日先輩が寝る前にも飲ませてあげました!」


 なるほど、だからこんなにも媚薬の効果が出るのが早いのか。素晴らしく計画的な犯行だ。同性で気の知れた仲だからと油断して、完璧に嵌められてしまった。


「なんで……そんなことを……」


 給料三か月分なんて大金をはたいてまでこんな事をするなんて。媚薬で抵抗できないようにしてすることといえば……それはもう一つしかない。でも、それを聞かずにはいられなかった。


「そんなの、先輩が欲しかったからに決まってるじゃないですか」

「欲しいって……あんたみたいな……あんたみたいな卑怯者に落とされるほど安い女じゃないわ」


 媚薬で苦しくて、誰でもいいから抱いて欲しいなんて邪念を振り払う。いくら可愛いからって、媚薬を使う卑怯な女に堕とされるわけにはいかない。しかし、彼女はそんな私を嘲笑った。


「必死に睨んじゃって、可愛いですね~。先輩みたいな人って、案外すんなり堕ちてくれるんですよね」

「あんた……こんなことずっと続けてんの……! 最低……!」

「あぁ、その顔堪らないですねぇ。犯すときにどんな顔するか楽しみになってきました」


 言葉で罵っても、彼女の性欲を煽るだけになってしまう。彼女は舌なめずりをして立ち上がり、ゆっくりと歩を進めて近づいてきた。そして抵抗できない私の腕を握って、無理矢理立ち上がらせた。


「さて、そろそろいただいちゃいましょうか」


 そうして彼女は私を引っ張って、寝室に向かおうとした。抵抗しようとそのあたりの物を掴もうとしたけど、全く力が籠っていない手ではするすると抜けていってしまう。


「いいですねぇ、その無駄な抵抗。やっぱり先輩を選んで正解でした」

「クソッ……クソッ……上司として………面倒みてたのに……あんたがこんな、こんなクソ女だったなんて……! この恩知らず!」

「ふふっ、先輩のご指導はとってもタメになりましたよ。その点は感謝してます」


 彼女が寝室の扉を開き、私をベッドに横たわらせた。体に力が入らない私はなす術なくベッドの上で仰向けになり、ベッドの横で立って気味の悪い笑顔をしているクソ女と目を合わせた。


「だったら……なんで、私なの。私に恨みがあるから……こんな事したんじゃないの」

「やだなぁ。嫌いな女抱いて楽しいわけないじゃないですか。先輩のこと大好きだし尊敬してるから、メチャクチャに犯して私無しでは生きてられないようにしたいんじゃないですか」

「この……イカれてる……!」


 こんな頭がおかしい女を部下に持つなんて。私はなんて運の悪い人間なんだろうか。こんな女と出会わなければ私は平穏なまま生きることができたのに。


「高校生とか大学生の頃はたくさんの女の子を抱いてたんですけど、大人になると色々面倒になっちゃうんですよね。だから、一人だけを目一杯愛してあげようって思ったんです。先輩は幸運ですよ。私が一生愛する女の子に選ばれたんですから」

「ふざけ……ないで……アンタなんかに選ばれて……嬉しいわけないでしょ……!」

「往生際が悪いですねぇ。まぁ、すぐに素直にしてあげますよ」


 私の罵倒も威嚇も意に介さず、この異常者は私に近寄ってパジャマのボタンに手をかけた。しかしその手は急に止まり、私から離れていった。


「……面倒だから、先輩が脱いでくれません?」


 急に私から離れて近くにあった椅子に座り、偉そうに指を差してそんな命令をした。


「そんな事……するわけないでしょ」


 そんな命令聞くわけない。自分からこのクソ女に抱かれようなんて、媚薬で身体が火照っているとはいえ思うわけない。


「あらぁ? 身体が動かなくなるくらい媚薬が効いてるのに、まだ耐えられる理性があるんですね」

「当たり前……でしょ……覚悟してなさい……身体が自由になったら、警察に突き出してやるから……!」


 私をバカにするような態度を崩さないクソ女を脅すと、楽しそうに笑っていた彼女の顔が一気に険しくなった。そして小さくため息をつき、私に近寄ってきた。


「まだそんな事を言う気力があるなんてすごいですね。でも、いい加減そういうのは飽きました」


 彼女はそう吐き捨てると、片手で私の口を無理矢理開かせて、懐に入れていた媚薬の蓋を開けて私の口の中に流し込んだ。


 流し込まれた液体は甘ったるくて、それに触れた舌がピリピリする。水よりも少しとろみがある液体は気持ち悪い感触を残して私の喉を通って行った。


 瓶に残っていた媚薬を全て飲まされ、空になった瓶はポイと投げ捨てられた。彼女は私を突き放してベッドに倒し、さっきまで座っていた椅子に戻って行った。


「な……に……くっ、うっ、はぁ……はぁ……あうっ、なに……この……ッ……!」


 身体が疼く。胸の奥が焼けるように熱い。いくら呼吸を繰り返しても胸のざわめきが止まらない。脳に靄がかかって、目の前の景色すらまともに認識出来ない。身体がおかしくなってる。


 当たり前だ。うん十万するであろう媚薬をたった一日で全て摂取したのだから。きっと用法容量なんて守ってない。私の体は完全に薬によって壊されてしまった。


 そして、私の心も例外ではなかった。


 媚薬によって私の性的欲求はかつてないほど高まり、自分では制御できない領域に達していた。しかし、それを強い理性で抑え込む。ぐっと歯を食いしばって椅子に座る彼女を睨みつけた。


「こん……うっ、はぁ、はぁ……なので……はぁ、はぁ、わた、し……は……!」

「まだ反抗するんだ」


 とうとう敬語が抜けた彼女は、私にまた近づいてきた。そして優しく頬を撫でた。それだけで私の身体は敏感に反応してしまい、ビクビクと身体が震えた。それを見て彼女は満足そうに微笑んで、私の唇を奪った。


 ほんの一瞬触れただけ。それだけなのに、私はその刺激で達してしまった。私の腰が私の意思と関係なくガクガクと痙攣する。さらに鼓動は加速し、高まった性的欲求がついに理性を乗り越えた。


「ふふっ、そんな物欲しそうな顔しちゃって。かわいいなぁ」


 新山さんが愛おしそうに私の頬を撫でると、それだけで感じてしまう。目の前の彼女の瞳に映る私の顔は、真っ赤に染まって恍惚とした表情を浮かべており、理性なんてものは完全に消え去っていた。


「にい……やま……さん……」

「名字はだめ。朱里って呼んでよ、華乃ちゃん」

「しゅり……」

「はーい、朱里ですよー。可愛い可愛い華乃ちゃん」


 どさくさに紛れて私を呼び捨てにしてることなんて気にかけず、言われるがまま彼女の名前を呼ぶ。ただひたすらにこの抑えられない欲求を満たしてもらうために彼女の言いなりになる。


「ご褒美のキス、してあげるね」


 そして私の希望通り、彼女は私の溢れんばかりの性的欲求を満たすご褒美をくれた。今度はさっきより深くて長いキス。


 私の心を読んでいるかのように正確無比に私のして欲しいことをしてくれるキス。キスしたことがない私でもわかる彼女のキスのうまさ。高校生の頃から無数の女の子を抱いてきた彼女のテクニックに、私はすっかり虜になってしまった。


 もう、私に理性なんて残っていなかった。


 長い長いキスだったのに、私の欲求はまだ底が見えない。満たして欲しくて朱里の顔を見上げると、人差し指で待てと合図を出された。


「私は華乃ちゃんのことが好きだし、今すぐにでも愛してあげたいって思ってる。だけど、その前に約束して欲しいことがあるんだ」


 彼女からの要求。そんなものは媚薬を飲まされるまでの私は受け付けなかっただろうが、完全に理性を溶かされた私はそれを受け入れる選択肢しか持たなかった。


「華乃ちゃんはこれから、私の恋人で、お嫁さんで、性奴隷になる。そして、この関係は周りには秘密にするって約束できる?」


 恋人、お嫁さん、そして性奴隷。この全てを兼ねる関係をこの異常者と結ぶなんて普通ならありえない。危険だと判断して逃げるのが普通。しかし、この時の私は目の前の彼女があまりにも魅力的に見えたから、その要求をあっさりと受け入れてしまった。


「や、約束する! 恋人でも、お嫁さんでも、性奴隷でも何にでもなる。だから……!」

「うん、分かってるよ。華乃ちゃんはいい子だね」


 約束を受け入れた私は彼女に押し倒されて、そのままキスをされた。今度は舌まで入れてきて、私の口内を圧倒的なテクニックで蹂躙していった。


 彼女が私の舌を絡め取って弄ぶと、その快感であっという間に私は達してしまう。痙攣する身体で私の絶頂を悟りながらも、彼女は私の舌を弄ぶのをやめない。そして連続の絶頂で意識が飛びかけた瞬間、彼女は唇を離した。


 気絶を許さない。彼女はとことん私を犯し尽くすつもりらしい。彼女は妖艶な表情で、ビクビクと痙攣しながら肩で息をしている私を見下ろしている。


 数えきれないほどの絶頂をした私だが、過剰な量の媚薬を摂取したせいでまだ満足できていない。それどころか、キス以上のことを求めて下腹部が熱くなってきている。朱里がそれを察したのか、それとも私が無意識のうちに目で訴えたのか、朱里は私の下半身をゆっくりと撫で回し始めた。


 しかも、焦らすように一番触って欲しいところには触れてくれない。


「しゅ、朱里……その……」

「んー? どうしたの?」

「さ、触って……」

「どこを?」

「そ、それは……」


 さっきまで何も言わなくても全部してくれた彼女が、わざとらしく私に問いかけた。


「こ、ここ……」


 性欲が羞恥心を上回り、私は触って欲しいところを指し示した。しかし、彼女は私が指し示したところの服を摘み上げた。


「こう?」

「ち、ちがう!」

「えー? だってここ指差してたよ?」


 彼女のその行動で、突然とぼけ始めた理由がわかった。私が追加の媚薬を飲まされる前にされた要求。自分から服を脱ぐこと。


 凄まじい羞恥心に襲われたが、このもどかしい気持ちを抱えたままにすることなんて出来ない。なまじ近くを撫でられた分、欲求が高まっていたから。


 媚薬で体に力が入らない。だけど、この身を焦がすような燃えるほどの欲求を満たして欲しくて、必死に力が入らない手でボタンを外していく。


 そしてやっとの思いでパジャマを脱ぐことができて、下着姿になる。情熱的な赤い下着。こんなもの持ってないから、昨日体を洗われた時に着せられたのだろう。明日食べる極上の女の子の下拵えとして。


 これでいいかと尋ねるように目配せをすると、朱里は満足そうに微笑んで私に覆い被さった。


「あぁ、本当に欲望に素直になった女の子は可愛いね。堅物で真面目な華乃ちゃんまでこんなふうになっちゃうなんて……」

「朱里……」

「ふふっ、そんな顔しなくても、今からたくさん愛してあげるから。媚薬なんかなくても私を求める体になっちゃうくらいね」


 その言葉の通り、朱里は私を愛し、犯し尽くした。私は彼女の愛を受けて、されるがまま絶頂し、嬌声を上げる事しかできなかった。


 そして私は、身も心も全て彼女に堕とされてしまった。


 ○○○


「新山さん、この仕事お願いできるかしら」

「はい、すぐに取り掛かりますね」


 今日も今日とて仕事は湧いてくる。それを分担して、責任を持って終わらせるのが社会人だ。そして、優秀な彼女たちは早々に分担された仕事を終わらせ、定時ちょうどの時間に帰りの準備をしていた。


 ホワイト企業であるため、早く仕事を終えた優秀な人材に追加の仕事を振るという非人道的なことはもちろんしない。


「いやぁ、流石だね櫻井くん。新山くんも君が育てたと言うだけあって優秀だ。社長も昇給を考えているらしいぞ」

「そうですか。ありがとうございます」


 櫻井華乃は課長に仕事ぶりを褒められて、一礼する。


「櫻井先輩」


 ちょうどその時、櫻井の分の荷物を持った新山が話しかけてきた。


「そろそろ帰りましょう」

「あぁ、そうね。それでは課長、失礼します」

「おう、また明日も頑張ってくれよ」


 課長が見送り、仕事が残っている他の社員も挨拶をする。優秀な櫻井とその後ろをついて行く新山。傍から見れば理想的な上司と部下の関係に見えるだろう。


 その関係の裏には、歪な愛の契りがあるとは知らず。


「華乃ちゃん」

「なに?」

「はいダメ」


 エレベーターの中、二人きりになった会話の中で普通の返事をしただけなのに、新山は櫻井の腹を殴った。痛みでうずくまった櫻井を新山は笑顔で見下ろす。


「今日の華乃ちゃんは性奴隷なんだよ。そんなタメ口聞いていいと思ってるの?」

「うっ、かはっ……! ご、ごめんなさい」

「ふふっ、そう、それでいいの」


 二人きりになれば上司と部下の立場は逆転。新山に身も心も完全に堕ちている櫻井は抵抗できない。


「今日もいっぱい愛してあげるからね」


 自らの役割を間違えた事で腹を殴られ、謝罪の意を示すために土下座をしていた櫻井の顔を上げさせて、新山は妖しい笑顔でそう囁いた。すると櫻井の頬は紅潮し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「よ、よろしくお願いします……」


 今の櫻井にとって新山は絶対だ。彼女のためなら身も心も全て差し出して、プライドや尊厳なんて投げ捨てる。それで彼女は幸せだと感じるのだから。


「今日も満足いくまで犯してください」


 秘密の歪な愛の関係は二人が死ぬまで続いていく。

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