2-2 吉鷹志保視点

 今日はクリスマスイブ。


 もちろんカンちゃんの家で過ごすことになっている。まぁ、おれが勝手にそう決めているだけなんだけど。去年だってイブの夜に押しかけたけど、カンちゃんはそんなのお見通しだと言わんばかりにケーキとチキンとピザを用意してくれていたのだ。その時カンちゃんは、「野郎二人でクリスマスとか、むなしすぎる。来年こそは彼女作ってやるからな」なんて笑ってたけど、冗談じゃない。おれは来年も再来年もそのまた次もずーっとカンちゃんと過ごすつもりでいる。


 それで、さてそろそろ行こうかなとスマホとカンちゃんの部屋の合鍵をポケットに突っ込んで立ち上がった時だった。


 尻ポケットに入れたスマホから、メッセージ受信の通知音が聞こえてきたのである。


『風邪引いた』


「……は?」


『うつるとまずいから、こっち来るなよ』


「ちょ、何」


『飯は自分でどうにかするように』

『掃除と洗濯は治ったらやるから下手にさわるな』


「いやいやいやいや!」


 おれの心配より、自分の心配だろ!


「ていうか! そこは普通『助けて』とか、そういうのじゃん! 何でおれに助けを求めないんだよ!」


 と、物言わぬスマホに向かって怒鳴ったところで、そういやおれは、カンちゃんにしてみれば『ありとあらゆる生活力に欠けた男』という設定であることを思い出す。そうだよな、普段世話してやってる人間に世話してもらおうとは思わないよな。


 でもそうなると、だ。


 考えたくはないが、もしかしたら、おれ以外の誰かに看病をお願いするかもしれない。


 カンちゃんはおれと違って学内に友達が多い。もちろん中には友達というより、世話焼き対象のようなやつもいるけど、友達だってちゃんといる。だからもしかしたら、その中の誰かにお粥を作りに来てとか、スポドリ買ってきてとか頼んでるかもしれないし、あるいは、カンちゃんの不調を聞きつけて、チャンスとばかりに彼女面して世話を焼きに来る女がいるかもしれない。カンちゃんはモテないって言ってるけど、実は学内には「オカン男子萌え。鷲尾君可愛い」とか言ってる女子がいるのをおれは知っている。


「こうしちゃいられない!」


 おれは財布を引っ掴んで家を出た。


 毎日夕飯を食べにカンちゃんの家にお邪魔しているおれは、実はカンちゃん家の冷蔵庫事情、備蓄品事情を知り尽くしている。シンク下に常備してあるスポドリは確かこないだ飲み切ったはずだ。補充している可能性が0ではないが、もしものことを考えて買っておこう。それから、プリンやゼリーなど、食欲がなくても喉を通りそうなものもあった方が良いだろうな。それから、冷却シートに、念のため、風邪薬も。薬箱の中に入ってるのは見たけど、カンちゃんは滅多に風邪を引かないから、期限が切れてる可能性もあるし。アレルギーとかあったら困るから、同じやつを買えば大丈夫だろう。


 チャリをかっ飛ばしてドラッグストアへ向かい、目当てのものを調達すると、カンちゃんの部屋へと急いだ。


 寝てるかもしれないから、なるべく物音を立てないようにしないと、と、鍵穴に合鍵を差し込む。ちなみにこの合鍵はちゃんとカンちゃんからもらったものだ。断じておれが勝手に作ったやつではない。


「料理中とか手が離せない場合もあるから、合鍵それ使って勝手に入ってきていいよ。ユキなら別に見られて困るものもないし」


 という、実にカンちゃんらしい理由である。


 それをゆっくりと回して違和感を覚えた。


 開いてる。


 いや、カンちゃん、さすがにそこはちゃんとしよう? おれが言うことではないけどさ!


 そんなことを考えつつ、抜き足差し足忍び足で短い廊下を歩く。そうっとドアを開けると――、


 真っ赤な顔で床の上に大の字になって、何やらぶつぶつとおせちがどうだとかしゃべっているカンちゃんの姿が目に入った。えっ、どういう状況? しゃべってるってことはまぁ意識はあるんだろうけど、床で寝るとか何?


「カンちゃん、大丈夫?」


 恐る恐る問いかけると、茹だっているかのように真っ赤なカンちゃんの、ぼんやりとした目がおれをとらえた。そして、怪訝そうに眉をしかめる。


「おあ、ユキじゃん。何で?」

「何でって」

「メッセージ見なかったのか? あんな、悪いんだけど風邪引いちまったみたいで」


 ごめんな、腹減ったよな。せっかく来たんだし、そうだ、冷蔵庫の中にさ、と言いながら、何とか身体を起こそうとする。どう見ても限界だ。全然力が入っていない。カンちゃんってば、こんな時でもおれの心配をして、オカンが過ぎる。


「おれのことは良いから、寝てな」


 背中と膝裏に手を差し入れて、ぐいっと持ち上げる。元々小柄なカンちゃんだけど、今日は一段と小さく見える。


「ちょ、何すんだ。おろせよ」

「おろすよ、いま」


 その言葉の通り、ベッドの上におろし、ぬるくなっている冷却シートを剥がす。そして、買ってきたばかりのそれを貼ってやると、カンちゃんは「ひっ」と短く叫んだ。


「悪いな。なんか。えっと、マジであとは寝てりゃ治るからさ。うつったら大変だし、ユキは帰って――」

「帰んない」


 手遅れかもだけど、使い捨ての不織布マスクを装着し、ガサガサとレジ袋を漁る。500mlのスポドリのペットボトルを出し、キャップを一度開けてから緩めに閉め、枕元に置いた。


「うつったらさ、そん時はカンちゃんが看病してよ。おれの世話は得意でしょ」

「得意……だけどさ」

「でしょ。そんで飯食った?」

「食ってない。さっきお粥作ろうとしてレンジにご飯入れたまんま」

「了解」

「了解ってお前、何する――」


 身体を起こそうとするが、そうは行くか、とベッドに押さえつける。


「カンちゃんは寝てて。そこのスポドリ飲むとかトイレくらいは良いけど、絶対に起きないでよ」

「そんなこと言ったってお前」

「あのね、おれだってやる時はやるから」

「はぁぁ? ユキがぁぁ?」


 思いっきり疑いの目を向けられたけど、気にしない。普段が普段だし、信じられないのも無理はないしな。

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