第20話:ファミルの咆哮

「くっそぉ……。なんなんだよこのベトベトな空間はよ。そりゃ、ヘビの腹の中が快適だとは思ってねぇけど、不快にもほどがあんだろうがよ。やたらとクッセェし」


 マホロは、ダソクに飲み込まれた直後から、誰にも届かない悪態をぶつくさと口にしていた。


「なんとか口の方に行きたいけど、ヘビってのは飲み込んだ獲物をどんどん奥へ奥へとやるからな。俺の力じゃ逆らうのは無理だ」


 ネバネバ・ベトベトとした中を普通に歩いて進むことはもちろん、時にクロール、時にバタフライ、とダソクの体の中で足掻くものの、一向に口の方へは進めなかった。


 それどころか、着実にダソクの体の奥の方へともっていかれる。


「無敵のボディのおかげで、体は無事なんだけどなぁ。衣服も溶けたりしてないし。俺が身に付けてりゃ、衣服も無敵になるみたいだ。呼吸も普通にできるし。大したもんだ。――って、そんな発見に感銘受けてる場合じゃねぇ! とにかく、なんとかしねぇと。こいつには排泄器官がないって話だから、このまま最後尾到達となった暁には無間地獄確定だ」


 再び、なんとかして口の方へ進もうとするが、何をしてもジワジワと押し戻されてしまう。


「なんだよこれ。クリアする方法あんのかよ。ってか、もう詰んでるんじゃね?」


 どうしようもない状況に、つい最悪のワードを口にしてしまう。


 言霊とはよく言ったもので、発した言葉に引っ張られるように、マホロの体からゆっくりと力が抜けていく。

 もはや、前へ進もうという力は生み出せなくなっていた。


「はは……。駄目だこりゃ。もう、ここまでかもしんねぇな。ルハンがダソクの体をぶった斬ってくれれば助かるかもしんないけど、あいつは何だかんだ理由をつけてやらないだろうなぁ」


 抗うことをやめ、ただただ奥へ奥へと流されていくマホロ。

 横たわり、マホロから見て上の方向をボーっと眺める。


「終わり、かな」


 目を瞑り、うっすらと笑みを浮かべる。


「まあ、俺にしちゃ頑張ったんじゃないかな。現実世界じゃペットたちにしか相手にしてもらえなかった俺が、金髪美少女が優しくしてくれたり、青髪の小悪魔女から親しげにからかわれたり、高慢ちきな剣士と丁々発止やりあったり。最後はビビってばっかりだったけど。――あ、でもよく考えたら、ペットっつってもヘビとかトカゲとかカエルとかウナギとかだから……相手にしてもらえてたかすら怪しいな。ははは……」


 この世界に来てからの生活を振り返りながら、現実世界での悲哀も交えつつ、自虐的に笑うマホロ。


 いろいろと吹っ切れたことで、最後は覚悟が決まった。


「よっしゃ。いくら無敵とはいえ、この状況じゃいつどうなっちまうかわかんねぇし、せめて最後に足掻くだけ足掻いて、ダソクに俺という寄生虫を取り込んだことを後悔させてやるぜ! ……いや、寄生虫って! せめて寄生人!」


 孤独なツッコミを済ませたところで、マホロは体を起こし、行動に出ることにした。


 この世界では一切の攻撃力を持たない自分がやれることは、一つしかなかった。


******


「放して。自分で歩ける」


 下山を開始してから数分後、両脇を抱えていたルハンとネルフィンに対して、下を向きながらもファミルがピシャリと言い放つ。


 その一言に、ルハンもネルフィンも足を止める。


「……どうしたんだいファミル。話なら、山を下りてからにしよう。ここだと、いつダソクが襲ってくるかわからない。他にも巨大な乱獣がいるわけだし」


 ルハンの言葉など意に介さず、力強く自らの足で立った後、支えられていた両腕を振りほどいた。


「最後にもう一度だけ聞かせて、ルハン」


 目を合わせることなく、相変わらず俯いたままのファミルの言葉に、ルハンが気圧される。


「な、何をだい?」


「マホロ君を、助ける気は、一切ないの?」


 体中の力を抜き、ふぅ、と大きく息を吐くルハン。


「またその話か。それはさっき完結しただろう。マホロを救うのはもう無理だ。僕でも倒せるかどうかわからないし、そもそもそれをやっていいかどうかはマホロに確認してからじゃないと――」


「だったらもういい」


「え?」


「私が一人で行く。それなら文句ないでしょ」


 あまりにも予想外だったのか、ルハンもネルフィンも目を丸くしている。


 二人の様子をひとしきり確認した後、ファミルは踵を返し、もと来た道を引き返す。


「ま、待ってくれファミル」


 慌ててルハンが追いかけ、ファミルの肩を掴むが、ファミルはそれを力強く払う。


「触らないで。私に協力してくれないのなら、ルハンもネルフィンもこのまま山を下りればいい。でも、私は一人でもマホロ君を助けに行く」


 二人には理解しがたいファミルの返答に、ルハンもネルフィンも口ごもることしかできなかった。


 その間にも、ファミルはどんどん山道を登っていく。


「ファミル姉!」


 ネルフィンが叫ぶ。それでもファミルは歩みを止めない。


「ファミル姉ったら!」


「何?」歩みを止めず、振り向きもせず、ぶっきらぼうに返事だけをする。


「なんでそこまでして……マホロっちを助けようとするのっ? おかしいよ! あたしだってマホロっちのことは気に入ってるけど、所詮は異世界から来た人だよ? 命を張ってまで助けるなんておかしいよ!」


 ここでようやく、ファミルが足を止め、振り向き、ネルフィンと目を合わせる。


「ネルフィンにとっては、そうかもしれないわね」


「ど、どういうこと?」


「マホロ君はね、この世界で……初めて同じ考えを持ってくれている人なの。今まで、口にするたびにバカにされ、時に迫害されてきた『乱獣との共生』っていう夢。それを、マホロ君は本気で実現しようとしてくれてる。乱獣だって、話せば分かり合える存在なのに、無条件で敵と見なしてる人間たちなんて大っ嫌い! 私という、乱獣と話し合える存在がいるのに! なんで私を活かそうとしないのっ?」


 魂の叫びとも言えるようなファミルの咆哮に、ルハンは口をポカンと開けて呆然としたまま、ネルフィンも苦虫を嚙みつぶしたような顔をしながら黙りこくっている。


「だから、私は行く。マホロ君を助けに行って死ぬなら、それはそれで仕方ないと割り切れる。マホロ君を助けてくれる気がないなら、二人とも私のことは放っておいて」


「……あたしの勘が、『行くな。行けば絶対後悔することになる』って言ってるよ。それでも行く?」


「うん、それでも行く」


 ファミルの即答に、ネルフィンは沈黙した。


「じゃあね、二人とも。生きてたら、また会おうね」


 ファミルは再び体を反転させ、ダソクとマホロがいる山奥の方へと突き進んだ。

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