第19話:切り捨て御免

 舞い上がる土煙。

 ファミル・ルハン・ネルフィンの三人からは、何がどうなっているのかを確認できなかった。


「マホロ君っ!」


 ファミルが数歩踏み出し、マホロがどうなったのかの確認へ向かうが、すぐさまルハンがファミルの腕を掴んで止める。


「行くな。まだ状況が掴めない」


「でも! もし食べられちゃってたらどうするのっ? いくらマホロ君の防御力がすごくても、飲み込まれたらおしまいじゃない!」


「……そうだね」


「えっ?」


 ルハンの予想外な返答に、ファミルが怒りをにじませる。


「そうだね、ってどういうこと? マホロ君がおしまいになっても構わないってことなの?」


「……」


「答えてよルハン!」


 ファミルも、マホロとルハンの仲が微妙なことは当然気付いていた。


 しかし、まさかあっさり見殺しにするほど仲間意識が低いとまでは予想していなかった。


「待て、ダソクが動くぞ」


 ルハンの言葉通り、ダソクは再びゆっくりと鎌首をもたげ、ファミルたちを見ている。

 その口からは、マホロの足と思われるものが一本、はみ出していた。


「あ、あれってマホロ君のっ……足っ……?」


「だろうね。どうやら、本当に食われたらしい」


 ファミルはダソクの目を見ながら、胸の前で祈るように両手を合わせ、必死でダソクの脳へのコンタクトを試みる。

 サウザンドとして与えられた能力を使うなら今しかない。彼を救うには、今動かなきゃ。


 しかし願い虚しく、ファミルの能力はダソクに届かなかった。

 モゴモゴと口を動かし、徐々にマホロの足を飲み込もうとしているダソクの様子から、それは明らかだ。


「無駄だよファミル。君の能力は、乱獣が警戒していたり興奮していたりしたら使えないものだろう? もう諦めよう。マホロは、飲み込まれるしかないんだよ」


 ルハンの淡々とした物言いに、ファミルの苛立ちが加速度的に増していく。


「ルハン!」


 そう叫んだ後、ファミルはルハンの左頬を右手で強く打った。

 パチン、と音を立てたそのビンタを甘受したルハンが呟く。


「僕を引っぱたいて気が治まるなら、いくらでも叩いてくれ」


「え……?」


「仕方がないんだよ。あのダソクに飲み込まれた以上、もうマホロは助からない」


「なんでそんなことが言えるのよ!」


「いいかい。ヘビってのは、飲み込んだものを奥へ奥へと送り込むものなんだ。つまりマホロの体は、最終的にダソクの体の一番奥まで運ばれることになる。そして、ダソクには排泄器官がないから、一度体の奥まで運ばれてしまったら、それで終わりなんだ」


「そ、その前に、マホロ君が自力で脱出すれば……」


「どうやって? 普通の人間程度の力しかない彼じゃ、ダソクの飲み込む力には抗えないよ。口まで戻ってくるのは無理だ。かといって、体を突き破って出てくるなんてのはもっと厳しいだろう」


 ファミルは、その場でへなへなと崩れ落ちた。

 その様子を、ルハンは黙ってみている。


「(このままマホロ君が飲み込まれていくのを見ているしかないの? そんなの……そんなのって…………あっ!)」


 ここで、ファミルの頭に至極真っ当なアイデアが浮かんだ。

 なぜ今まで浮かばなかったのか不思議なくらいに、当たり前の発想だ。


「ルハン!」勢いよく立ち上がり、ルハンの両腕を掴む。「ルハンなら、ダソクを倒せるよね? 九騎聖だもんね? ルハンがダソクの体を切断すれば、マホロ君を助けられるよ!」


 これでマホロを救うことができる、と確信したことで、すぐ近くでダソクが虎視眈々とこちらの様子をうかがっているこの状況とはいえ、ファミルの顔は明るい。


 だが次の瞬間、その笑顔はルハンによって消し飛ばされる。


「それはできないよ、ファミル」


 驚きのあまり、「なぜ?」というぶつけるべき疑問が喉元から先へ進まない。


 そんなファミルの様子を察したのか、ルハンが言葉を継ぐ。


「ファミルも覚えてるよね。マホロは、平和裏に今回の厄災を片づけたいんだよ。だから、僕が勝手にダソクを殺すわけにはいかない」


「な、何を言ってるのよ! 自分の身が危険に晒されたのなら話は別よ! マホロ君も言ってたわ。彼は無駄な殺生が嫌いなだけで、自衛のためだったり、食料として生き物の命を奪うのは仕方がないって!」


「話題をすり替えないでくれ」ルハンの語調が強まる。「マホロは、このタルメリ区の問題を解決するというミッションが決まった時に、はっきり言ったんだ。乱獣を殺さず、共存する環境を作ってこそ真の平定だ、ってね。ファミルも覚えているだろ」


「それは……覚えてるけど……」


「だよね。ファミルも喜んで同意してた。それをあっさりひっくり返すのかい?」


「でも……でも……こんな状況なんだし……」


「どんな状況だろうと、マホロ本人が今どう考えているのかがわからない以上、勝手にダソクを傷つけるわけにはいかない」


 一応理に適ってはいるが、結局はただの詭弁。

 マホロを救いたくない一心で、屁理屈をこねているだけ。


 そう察したファミルが、ここで折れているわけにはいかないと奮起する。


「そんな建前はやめてよ! 死にかけてる時に助けてほしくない人なんているわけないでしょ! 私だって、乱獣に食べられかけてたら、その乱獣を殺してでも助けてほしい」


 しかしルハンは、頑として首を縦に振らない。


「いくら頼まれても、無理なものは無理だ」


 ルハンと交渉しても埒が明かないと悟り、ネルフィンへ水を向ける。


「ネルフィンはどうなの? 何とか言ってよ! マホロ君を助けたくないのっ?」


「そりゃ……あたしだってマホロっちに助かってほしいけど、あの状態から助けるのはかなり難しいと思う。ほら、もう完全に飲み込まれてるし」


「なんで? こっちにはルハンがいるんだよ。ルハンがその気になってくれればきっと――」


「でも、あの大きさだよ? いくらルハン兄でも微妙なんじゃないかな。だからイーロン王国も、タルメリ区の巨大乱獣を五大厄災の一つに数えてるわけでしょ」


 ファミルは、すぐさまルハンの方へ向き直る。


「ほら、こんなこと言われてるわよルハン。いいの? 本当はあなたなら、ダソクでも簡単に倒せるよね? イーロン王国最強の剣士だもんね? 見せつけてやってよ!」


 だが、挑発的なファミルの言動にも、ルハンの表情は微動だにしない。


「残念ながら、ネルフィンの言うとおりだ。簡単に倒せるような乱獣ばかりなら、わざわざ五大厄災に指定されたりはしない。ダソクは、今までの乱獣とわけが違う」


 二対一。

 この状況に、ついにファミルの心が折れる。

 二の句が継げなくなり、絶望が顔に張り付く。


 そんなファミルに、ネルフィンがそっと近づいた。


「あたしの使命は、ファミル姉を守ることだから。はっきりは言わないけど、父さんもそれを期待してると思う。実の娘であるファミル姉を守ってほしい、って」


「きゅ、急に何を言い出すのネルフィン……? そんなわけないでしょ。父さんの中で、私もネルフィンも同じ娘よ」


「そうであってくれたら嬉しいけど、でもどちらにしても、あたしはファミル姉を守ると決めて付いてきてる。ファミル姉の身が一番安全になる形を取りたい。……だからお願いだよ、こうなったらもう、一緒に山を下りよう?」


 頼みのネルフィンまでがマホロを見捨てる算段でいることに、もうどうすることもできないと思い知らされたファミルは、ただただ両の目から大粒の涙をとめどなく流すことしかできなくなっていた。


 そのままファミルは、ルハンとネルフィンに両脇から抱えられ、静かに下山を始めた。

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