第16話:続・五大厄災
「狙うなら、『ダソク』だろうな」
タルメリ区へ向かう馬車の中で、ネルフィンがルハンに「どの乱獣を狙うの?」と訊ねたところ、馬車を御するルハンが迷わずそう答えた。
「ダソク? あのヘビのバケモノ?」ネルフィンが頓狂な声を出す。
「そうだ。タルメリ区の山々に生息する乱獣の中でも、人間から俗称をもらっているような奴は少ない。その中でもダソクは別格だ」
「だよねぇ。胴回りだけでも三メートルくらいあって、体長でいうと五十メートルだっけ?」
ネルフィンの言葉に、耳を疑うマホロ。「五十メートルっ?」
「そうそう。巨大乱獣が多い中でも、ダソクは特に有名かな。タルメリ区の山の主、なんて言う人もいるみたい。いくらマホロっちでも、ダソクが相手じゃダメージ受けちゃうかもよ?」
ネルフィンの軽口はさておき、マホロには気になることがあった。
「あのさぁネルフィン、ダソクってのは、もしかして足の生えたヘビのこと?」
「よく知ってるじゃん!」
どこかで、この世界と現実世界がリンクしているのか? と混乱するマホロだったが、まあ偶然だろうと割り切ることにした。
蛇に足が生えたから、単純に『ダソク』にしたんだろう、と。
ファミルが、二匹の馬を巧妙に操るルハンに質問する。「運転中にごめんね、ルハン。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「そんな大きな乱獣と、どう戦うつもり? また、ルハンが問答無用で斬ってしまうの?」
馬たちを御する手に、やや乱れが生まれたように思えた。
やはりルハンは、さっさと始末してしまうつもりなのかもしれない。
だが、それでは何も解決しない。
マホロやファミルの理念の通り、人間と乱獣、互いに納得した上で共存できる環境を作らねば問題を解決したとは言えないのだ。
「ねぇルハン、答えてよ」
「本来ならその方法が手っ取り早いんだけど、ファミルはいきなり乱獣を討伐するという方法に反対なんだろう?」
「……うん」
「だったら、それに従うよ。この前のゴリラ型乱獣の時のように、まずはマホロに対応してもらおう。それで、人間への攻撃が効かないとわかって少し落ち着いたところで、ファミルがコミュニケーションを取ってみればいい」
「そのやり方でいいのっ?」ファミルが歓喜の声をあげる。
「ああ、もちろんだよ。ファミルが望む形で進めたい」
「ありがとう、ルハン!」
満面の笑みでルハンへ謝意を伝えるファミル。
振り返ったルハンも、美男を活かしたさわやかな笑顔を繰り出す。
しかし、昨日散々脅されたマホロにとっては、そのさわやかな笑顔すら恐怖の対象でしかなかった。
「あ、ところでマホロ君」
いきなりファミルから水を向けられたマホロは、「は、はひ!」という間抜けな声を出してしまった。
「昨日、五大厄災の残りの四つを知りたい、って言ってなかったっけ?」
「あ……はい。言って……ました。済みません」
「え? 何それ? どうしたの」
ファミルが怪訝そうにマホロの顔を覗き込む。
そんなファミルの視線を避けるように顔をそむけるマホロ。
すると、運転中のルハンが振り向きもせずに言う。
「……説明してあげなよ、ファミル。あと、マホロ。もっと自然にしなよ」
どうやら、五大厄災についての話を聞くことは、ルハンの言う『必要最低限』に含まれるらしい。
そして、あまりに他人行儀な接し方だとそれはそれで気に食わないらしい。
まったく、難しい男だ。いい加減にしてほしい。
とにもかくにも、五大厄災とやらには興味があるので、素直に聞いてみることにした。
「それじゃあ、質問してもいいかな、ファミル」
「もちろん! 遠慮しないで何でも聞いて」
「じゃあ、えっと……残りの四つの厄災って、どんな感じなの?」
ファミルは、あごに手を当てながら、四つの厄災について思い出しつつ、どう説明しようか考えている様子だった。
「……うん。タルメリ区の巨大乱獣を除くと、残ってるのは、ボーンポーン、虹の旅団、
「ふんふん」
「全部を詳しく説明していくと覚えづらいと思うから、簡単に説明していくね」
「あ、うん」
ルハンの目が光っている。
マホロは、なるべく余計な返答はしないように心がけた。
ネルフィンは、我関せずという感じで流れる景色を眺めている。
「まずボーンポーンは、通称『
「骨兵?」
「そう。全身が骨でできていて、人語を解す。でも、これまで人間に危害を加えたっていう記録はないみたい」
「へぇ。それだけ聞いてると、ただ不気味ってだけで、良い奴か悪い奴かはよくわからないじゃん」
「そうなのよ。神出鬼没で、砂塵とともに現れては、人間に一言残して去っていくんだって」
「どんな一言を残していくんだ?」
「その都度違うみたいだけど、詳しい内容はわからないの。ただ、教訓めいたことを言うらしいわ」
「正体不明の骨のバケモノが、人間に教訓を?」
「そうみたい。今のところ人類に対して特に害は為してないんだけど、謎すぎる存在だからっていう理由で厄災に挙げられてるの」
「確かに謎だな。やたら気味が悪いし」
ここで、ルハンが会話に入ってくる。
「おやおや、生き物大好き人間のマホロが、ボーンポーンについては否定かい? 彼だって、立派に生きてるんじゃないのかな」
うるせぇ!
もはやマホロには、ルハンに物申す気概は残っていない。
ルハンの挑発は無視して、ファミルとの話を続行する。
「ありがとうファミル。ボーンポーンって奴のことは大体わかったらもういいや。――それで、虹の旅団ってのは?」
「うん。まずね、旅団っていうのは世界に六つあるの。それぞれ、魔法使いの集まりで、その名の通り各地を移動している集団なんだけど――」
「魔法使い?」
「そう。この世界では、サウザンドよりも遥かに希少な存在が魔法使いで、何万人に一人っていう割合でしか魔法を使える素質を持った人間はいないのよ。だから、各国にとっても魔法使いの存在は貴重で、魔法の素質があるとわかった人間は、王国に仕える義務があるの」
「なるほど」
ここで、ファミルの声のトーンが下がる。
「でも、魔法使いはチカラがある分、王国にとっても脅威でしょ? もし反旗を翻されたら、王政がひっくり返るかもしれないから」
「まあ、確かに……」
「だから、魔法使いは王国に仕えることが義務付けられた上に、裏切らないように家族を人質に取られることになってるの」
「はぁ? なんだよそれっ?」
「そういう決まりなのよ……。だから、それに反発して生まれたのが旅団。家族を人質に取られて国の操り人形になりたくない、っていう魔法の素質を持つ人たちが、徒党を組んで放浪しているの」
マホロは、大きく何度も頷いた。
当然のことだ、と思ったからだ。
王国側の勝手な都合で家族を人質に取られて、国の衛士にされる。
そんな不条理など許せるわけがなかった。
「そりゃ、旅団の人たちが正しいよ。俺が魔法使いでも絶対にそうするね! 権力の言いなりになるなんてクソくらえだ。旅団は悪くない!」
「だけどねマホロ君……。旅団の人たちだって食べていかなくちゃならないでしょ。だから、実質盗賊みたいな存在になってしまっているのよ」
「そ、そうなのか……?」
「魔法使いとしての義務を果たしていない以上、国からは追われる身だから、どこかに定住して働くわけにもいかないしね」
「結局、人から奪うしかないわけだ」
「そうなの」
今の今まで旅団の味方だったマホロだが、一気に判断が難しくなった。
やむを得ないとはいえ、略奪を生業としている人間に肩入れはできない。
とはいえ、旅団側からすれば、生きるためには略奪するしかない。
考え込んでいるマホロに対して、ファミルが話を進める。
「それでね、六つある旅団の中でも、最強と言われているのが、このイーロン王国をテリトリーにしている『虹の旅団』よ」
「虹の……旅団……」
「そう。『火の旅団』・『水の旅団』・『氷の旅団』・『土の旅団』・『風の旅団』って言って、それぞれの団長が得意とする系統の魔法を冠する旅団名になってるんだけど、虹の旅団の団長は特別で、すべての系統の魔法を最大規模で使える最強の魔法使いと言われてるのよ」
「マジかよ。そんなチートキャラがこの国にいんのか……」
「旅団のメンバーも多くて、百人近くいるみたい」
「魔法使いが百人もっ?」
「ううん。旅団に加わった魔法使いの家族は間違いなく重い罰を受けるから、みんな家族を連れて旅団に入るの。だから、実際に魔法を使えるのは1/3くらいだと思う。虹の旅団の場合だと、三十人くらいじゃないかな」
「それは、多いのか?」
「充分多いわ。ほかの旅団は、魔法使いの数だけで言えば大体十人から十五人くらいって言われてるから」
「なるほどなぁ。魔法使いの集団が『旅団』ね。で、この国にいる旅団が一番やべぇ、と。――うん、わかった! じゃあさ、次は『
「あ、うん。それはね――」
「もうそのへんでいいよ、ファミル」
ファミルが木賊の家の説明を始めようとした矢先、ルハンが制止した。
「どうして? 山まではもうちょっとかかるんでしょ。だったら、説明くらい――」
「一気に情報を詰め込みすぎても訳が分からなくなるだろうし、そもそも木賊の家やゴーレムに関しては現状どうしようもないことだ。わざわざ説明するまでもない」
有無を言わさぬ強い口調に、諦めたようにファミルが静かに下を向く。
当然、マホロにもルハンに文句を言える気力などない。
ネルフィンは、相も変わらず楽しそうに外を眺めていた。
そこからは、四人とも言葉を発することはなくなり、無言の馬車旅が続いた。
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