第15話:抑圧
「おはよう、マホロ君……」
目を開けると、そこには寝間着と思われる薄い布をまとったファミルが、潤んだ目をしながら、マホロの隣りで横たわっていた。
あまりに唐突な状況に驚き、かけていた薄い掛け布団を吹き飛ばすようにはがす。
「なっ! ファ、ファミルっ……?」
「昨日の夜も、またいろいろとお話したかったんだけど、ルハンの監視が厳しくて来れなかったんだ。でも、今なら大丈夫だよ」囁くように言いながら、マホロの首に腕を絡ませる。
「ま、待ってくれ! 駄目だ駄目だ! こんなことがもしルハンにバレたら、俺はとんでもないことになる!」
「大丈夫、私が守るから。マホロ君は私のモノ……」
妖艶な笑みを浮かべながら、さらに体を密着させる。
「ちょ、マ、マジで待って、やばいから、やばいからぁー!」
「やばいからぁー!」
目を覚ますと、マホロは掛け布団を握りしめながら拳を天井に向けて突き上げていた。
部屋には誰もいない。
室内には明るい陽射しが窓から差し込み、各所に設置されている装飾品を美しく照らしていた。
「夢、か……」
これまでの人生で一番とも思われる安堵のため息をつき、突き上げていた腕を下ろす。
「マジでビビった……。くそ、ルハンの野郎があんなえげつない脅しをかけてきやがるから」
昨夜のルハンの言動と迫力を思い出し、身震いする。
「こうなったら、なんか納得いかねぇけど、ルハンに認めてもらえるような行動を取るしかないよな。タルメリ区の乱獣制圧ってのを達成すれば、あいつの手柄にもなるんだろうし、少しは考えを変えてくれるかもしれねぇ」
ベッドから降り、窓の外を見やる。
「一番心掛けなきゃならないのは、ファミルとの関係だ。今までみたいに気軽に喋ってたら、ルハンの野郎、すぐにでも行動を起こすかもな……」
心配事はほかにもあった。
「それに、『とにかく乱獣はすべて殺せ』とか言われたら……俺にできんのかな。タルメリ区の乱獣ってのも、ただデカいってだけで、別に人に危害を加えてるわけじゃないし。そんな生き物相手に、問答無用で殺すなんてこと、俺には……。でも、ルハンに逆らったりしたら……」
突如、昨日までの状況から激変してしまったことで、マホロのメンタルはどん底にあった。
*********
「おはよう、マホロ君!」
夢ではない本物のファミルが、宿のロビーで話しかけてきた。
すでにルハンもネルフィンもいる。
朝は、一旦ロビーに集合してから、近くの店で朝食を摂ることになっていた。
「あ、ああ。おはよう」
これは必要最低限の会話だよな、セーフだよな、と自分の中で確認しながら、おそるおそるルハンの顔色をうかがう。
自分の荷物を点検しているようだが、こっちの会話はしっかり聞いているはずだ。
しかし見る限りでは、特に違和感はない。
マホロは、特に問題なかったようだ、と胸を撫で下ろす。
ファミルとネルフィンも、自分たちの荷物を整理している。
荷物のないマホロは、三人の様子を黙って見ていた。
ルハンが荷物から目を離し、顔を上げる。
「よし、問題ないな。それじゃあ、まずは朝食を摂ろう。それから馬車を調達して、タルメリ区へ向かう」
「アイアイサー!」
ネルフィンが敬礼しながら、威勢よく返答した。
呑気でいいよな、とマホロが嘆息する。
「マホロ君は何が食べたい?」
不意に、キラキラした笑顔を振りまきながらファミルが問いかけてきた。
「えっ……? あっ……」
どぎまぎ、を体現したような慌てぶりを見せた後、一言、「何でも大丈夫」とだけ答えた。
答えた直後、再びルハンの顔を見る。
こちらへの視線はなく、表情にも特に異変はないが、今の返答がセーフかどうかがわからない。
「(なんなんだよ畜生! なんでこんなに気を使わないといけないんだ!)」
もう限界だ! という気持ちを言葉として吐き出したくなる直前で、なんとか踏みとどまる。
それをしてしまうと、ルハンがどういう行動に出るかわからない。
すんでのところで堪え、ファミルをなるべく視界に入れないようにしながら宿の外へ出る。
「(異世界転移ってのは、こんなに惨めなもんなのか? 思ってたのと違うぞ)」
募る不満を、ただただ心の中でぶちまけた。
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