第14話:脅迫

 日暮れ時に宿が決まり、四人はそれぞれ自分の部屋でくつろいでいた。


 予想通り、上空には雲が多くなり、いつ降り出してもおかしくない空模様となっている。


「さて、と。ファミルに例の頼みごとをしに行くか。明日の朝、もう一度俺をナイフで刺してくれ、ってな。変なお願いだけど、これだけは確かめておかないと」


 しばらくベッドで横になって休んでいたマホロは、ムクリと半身を起こし、二つ隣りの部屋にいるファミルのもとへ向かうためにベッドから降りた。


 ドアを開け、廊下へと出る。


 宿の前には『一人一泊15000ゴールド』と書かれていたが、それが高いのか安いのかマホロには判断できない。

 理解できたのは通貨単位だけで、ゴールドの価値はまだ不明だ。

 しかし、建物の作りや廊下の壁に飾られている絵、ところどころに置かれている台の上にある装飾品などを見る限りでは、高級な部類に属する宿なのではないかと予想した。


 早速、ファミルの部屋がある方へと体を向ける。

 すると、ちょうどファミルの部屋の前あたりに、ルハンが立っていた。


 マホロの姿を確認したルハンは、ゆっくりとマホロに近付いてきた。


 眼前に立ったルハンが、無言のままマホロを見下ろす。


「な、なんだよ。宿代を全額払ってくれてたけど、あれは建て替えただけだから返せ、とでも言うつもりか? 知ってると思うけど、俺は文無しだぜ」


 ルハンの表情は微塵も変わらない。

 ただただ、射抜くようにマホロの目を見ているだけだった。


「な、なんとか言えよ」


 沈黙に耐え切れず、マホロが動揺しながら言葉を求める。


 するとルハンは、ゆっくりと口を開いた。


「どこへ行くつもりだった?」


 意図の読めない質問に、つい不安定な返事をしてしまう。「い、いや、べ、別に、どこってこともないけど」


「……ファミルのところか?」


「えっ?」


 ズバリ言い当てられたことで、反射的に驚きの声が漏れ出てしまった。


「図星か」


 ルハンが何を考えているのか探りたかったが、人間味を感じさせないほど冷酷なその眼差しに、マホロは、目を逸らさずにいるだけで精一杯だった。


「今まで、君と二人きりになることがなかったからなかなか伝えられなかったが」


 やっとルハンが喋り出したことに対する安堵と、どんな言葉が出てくるのかという不気味さが相まって、マホロの両の掌からは急速に汗が噴き出していた。


「君とファミルが喋るたびに、ずっと苦々しく思っていた。今後ファミルとは、必要最低限の会話以外はしないでもらおう」


「は?」


 あまりに予想外かつ理不尽な要求に、単純な問い返ししかできなかった。


「ファミルが、僕の許嫁だってことは知ってるよね」


「あ、ああ。そういえばそんなことも言ってたな」


「不愉快なんだよ。君みたいなのが、ファミルと仲良さそうに喋っている姿を僕の視界に入れるのがね」


 いつ剣を抜いて斬りかかってきてもおかしくないほどの殺気を放ちながら、ルハンの目つきがさらに鋭くなっていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺もファミルも、そういうつもりはないって。ただ、ファミルと俺の考え方がわりと近くて、それがきっかけでちょこちょこ話すだけで、別に深い仲になったとかそういう――」


「黙れ」


 有無を言わさぬ、ルハンの怒声に近い恫喝がマホロの耳を貫く。


「とにかく、これ以上ファミルと接触するようなら、必ず君を殺す」


「こ、殺すって……それができないのはもうわかってるだろ?」


「そうだな。殺す、は語弊があった。言い直すよ。――死んだも同然の状態にしてやる。これでいいかい」


 マホロはルハンの言っている意味がわからず、言葉を紡ぎ出すことができない。

 それを察したルハンが補足する。


「簡単なことだよ。いくら攻撃が通用しなかろうが、やりようなんていくらでもある。――例えば、地下深くへ幽閉する、っていうのはどうだい? 日常生活には支障がない、という程度の君の力じゃ、鉄格子を破ったりはできないよね」


 瞬間、マホロは背中に氷柱を突っ込まれたかのような感覚を覚えた。

 目から鱗とはまさにこのことで、その発想はまったくなかった。


 ルハンの言う通り、何らかの方法で一旦拘束され、堅牢な場所に閉じ込められてしまえば、マホロに抗うすべはない。


 実際、転移後に目を覚ました時には、荒縄で手足を縛られていたが、その程度の拘束からも一人では脱出できなかったのだ。


「僕には、君を強引にどこかへ連れていくことはできないし、今この場で拘束することも無理だろう。拘束行為は攻撃に属するだろうから、君が抵抗すればそれで済むはずだ。――でも、もし寝ている時ならどうかな?」


 口をぱくぱくとさせながら必死で言い返そうとするが、何も発することができない。

 ただただ、ルハンの言葉一つ一つが、まるで斬撃のようにマホロの精神に突き刺さる。


「わかったかい。君は、自分のことを無敵だ無敵だと騒ぐけれど、こっちがその気になれば、いくらでもやりようがあるんだ。ファミルの目がなければ、即座に行動に移しているところだよ。でも、僕はファミルに嫌われたくはない。したがって、あんまり強引な真似はできないんだよ。君は、ファミルによって守られているだけなんだ。そこのところをよく理解しておくんだね」


「じゃ、じゃあ、ルハンは、俺の、ルイナー探しを、手伝うつもりは、ないってのかよ。ハナっから、俺をどこかのタイミングで、死んだも同然の状態に、する、つもりだったってことか?」


 恐怖に支配され、息も絶え絶えに伝えるマホロとは対照的に、ルハンはいともたやすく切り返す。


「いちいち答える義務も義理もない。君は、これからもただ粛々とこの旅を続ければいいんだ。ファミルやネルフィンに余計なことを言わずにね」


 ルハンは踵を返し、マホロとファミルの間にある自室へと向かう。


 自室のドアを開けると、固まっているマホロに更なる釘を刺す。


「あ、そうそう。くれぐれも、ファミルとの会話には気を付けるように。僕が『必要最低限の範囲を超えた』と判断したら、君はいつどんな目に遭うかわからない。よく心に刻み込んでおくことだね」


 そう言い捨て、ルハンは自室へ戻っていった。




 ルハンの姿が見えなくなってどれくらい経っただろうか。

 マホロは、ただ茫然と廊下に立ち尽くしたまま、この先のことを考えていた。


「(結局俺は、ルハンの独断でいずれ自由を奪われ、転移者として王国全体から迫害されるってわけか……。なんなんだよ、くそ! せっかく、この世界で役に立って、なおかつ俺も元の世界に戻れるかもしれないっつーハッピーエンドが見えてきたのに)」


 絶望に打ちひしがれながら肩を落とし、体全体を引きずるようにして自室へ戻る。

 前向きになれる材料など、どこにも見当たらなかった。


 当然、ファミルの部屋を訪れる勇気など微塵も残ってはいなかった。

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