第13話:五大厄災
「クリアしなきゃいけない問題?」
このまま素直にルイナーを探しに行くのかと思い込んでいたマホロが、面倒くさそうに訊ねた。
ルハンが声のボリュームを落とす。「まず、マホロは転移者だ。よって、国民番号がないから誰も身元が証明できない」
「国民番号?」
「そうだ。この世界に生まれた者は皆、国民番号が与えられるんだよ。そして国民番号がないと、いろいろと行動が制限されてしまう。もちろん、他国への移動もできない。つまり、マホロがこのイーロン王国を出てフィルノートル山まで行くためには、国民番号が必須になるんだ」
「なるほど、戸籍みたいなもんか」
「コセキ?」
「いや、気にしないでくれ。――じゃあ、まずは役所みたいなところに行って、国民番号の申請をすればいいのか?」
ルハンが呆れた様子で首を横に振る。
「見当外れだね。国民番号は、出生時以外そう簡単に取得できないんだよ」
「え……? そ、そうなの……?」
「ああ」
「でも、ルハンは王宮で要職に就いてるんだろ。だったらルハンが口を利いてくれりゃ――」
「無理だ。いくら僕でも、どこの誰とも分からない、なんの実績もないものを推薦することはできない。推薦したところで却下される」
「マジか……」
いきなり暗雲が立ち込める展開に、かぶりついていた鴨肉を一度皿に戻し、俯き、表情を歪める。
目的が決まったことで燃えに燃えていたマホロの気持ちが、一気に盛り下がってしまった。
正面に座るルハンが、露骨に落ち込むマホロへチラリと目をやる。「だが、方法はある」
すぐさま顔を上げ、立ち上がりながらルハンに問う。
「なんだよ、その方法って!」
「我がイーロン王国が抱える
「五大厄災……」
なんとも大仰なその響きに思わずたじろぎ、マホロはゆっくりと椅子に座り直した。
「(確か『
ファミルが不安げに言葉を吐く。「ルハン、そんなことを考えていたの……?」
「ああ、それしかないと思ってる。ファミルも、簡単には国民番号を与えられないことはわかってるだろう? ネルフィンの時に味わったはずだ」
「う、うん……」
「ネルフィンは戦争難民という扱いだったから、僕の働きかけでなんとか国民番号を取得できたけど、それでも半年以上かかったんだ」
「わかってる」
そういえばネルフィンは、三年前に隣の国から逃げてきた戦災孤児だと言っていた。
ルハンとファミルのやりとりから察するに、国民番号の取得にはかなり苦労したのだろう。
「だけど、いくらなんでも五大厄災のどれかを解決なんて無理よ! 簡単にそんなことができないから、国も困ってるわけでしょ? 国ができないことを、マホロ君にやらせるなんて……。そんなの、駄目だよ。ほかに方法はないの、ルハン?」
ファミルの言葉に、マホロの胸の奥がホワっとした。どう表現していいかわからない、心地の良い見えない不思議な毛布に包まれているような感じだ。
「(昨日の夜に話してくれた『夢を思い出させてくれた存在』ってことで、義理で俺のことを守ろうとしてくれてるんだろうけど……それでも嬉しいもんだな)」
現実世界で、同姓だけでなく異性からも相手にされてこなかった自分のことを、こんなにも気にかけてもらえることに、多少の戸惑いと大いなる嬉しさがマホロの心中を通り抜ける。
しかし、逆にルハンの声にはほんのり怒気が混じった。
「ほかに方法なんてないよ、ファミル。マホロには、五大厄災に挑んでもらうしかない。僕も手伝うんだから、それでいいだろう?」
「でも……」
何やらイラつき始めたルハンを前に、気まずそうにファミルが下を向く。
「よし、わかった!」マホロは、これ以上ファミルに手数をかけさせないように、笑顔かつ大声で肯定的な言葉を放つ。「俺、やるよ! 大丈夫だファミル。その五大厄災とやらを一つでも片づけりゃいいんだろ? なんなら一つと言わず、全部片づけてやるよ! 俺が無敵なのは知ってるだろ? 何も問題ないって!」
「マホロ君……」
「じゃあルハン、具体的に俺は何をすればいいのか言ってくれ」
「……わかった」
ルハンが食事をやめ、マホロの目を見据える。
「このイーロン王国は、五つの厄災を抱えている。『タルメリ区の乱獣』、『ボーンポーン』、『
マホロが眉根を寄せながら腕組みし、首を捻る。
「……わりぃ、さっぱりなんだけども」
「だろうな」軽く鼻で笑った後、言葉を続ける。「まあ、一応五つとも紹介しただけで、細かいことは気にしなくていい。結局は、『タルメリ区の乱獣を平定する』っていう選択肢しかないからね」
「どういうことだ?」
「ほかの四つは、どうしようもないってことだ。君なんかには想像もできないような理由がいろいろとあるものでね」
先ほどから、いつも以上にルハンの言い方には険がある。
何をそんなに苛立っているのかわからず、マホロが詰め寄るように言う。
「なんだよ、せっかくだから説明しろって」
「時間の無駄だ。とにかく、このメンバーでなんとかなりそうなのはタルメリ区の乱獣以外考えられない。このことについて議論するつもりはないから、余計なことは言わないでくれ」
「んだと! さっきから腹立つ言い方ばっかりしやがって!」
中腰になりながらルハンを睨みつけるマホロの腕を、ファミルがそっと握る。
「やめとこうよマホロ君。もしほかの四つの厄災についても知りたいなら、私があとで説明するから。ね?」
ファミルの穏やかな声に、マホロの荒ぶる感情は一瞬でなだめられ、ストンと椅子に腰を落とした。
ファミルがマホロに向かって続ける。「それに、ルハンの言う通り、この四人で厄災を解決するとしたら、タルメリ区しかないと思う」
「それは……何でなんだ?」
「相手は乱獣でしょ? だったら、いくらタルメリ区の乱獣でもマホロ君にダメージを与えることはできないだろうし、私のチカラも使えるかもしれない」
「なるほど……ね。ちなみに、タルメリ区の乱獣ってのは、ほかの乱獣とどう違うんだ?」
ファミルは思わず息を吞んだが、次の瞬間、ぽそりと呟く。「とにかく、大きいの」
「大きい?」
「そう。普通の乱獣は、大体が体長三メートルから五メートルで、大きくても八メートルくらいなんだけど、タルメリ区には体長十メートル超えの巨大な乱獣がたくさんいるのよ。中には、三十メートルを超える乱獣もいるみたい」
「さんじゅう……」
マホロは、すぐさま己の頭の中を捜索する。
数々の生き物についての情報を仕入れているが、陸上でそんなバカげたサイズの動物など何一つ思い浮かばなかった。
ゾウやキリンでも体長五メートルか六メートルほどだ。
海洋生物であれば、三十メートル以上あるシロナガスクジラもいるが、陸上と海中では条件が違いすぎる。
「すげぇな……。巨大な恐竜サイズじゃねぇかよ。そんな乱獣たちが、街や村に下りてくるってのか?」
「ううん。タルメリ区の山々は大きいから、食料も豊富にあるの。だから、巨大乱獣たちが下りてくることはないわ」
「なんだよ。じゃあなんで厄災に挙げられてんだ?」
ファミルに訊ねていたのだが、ネルフィンがしゃしゃり出てくる。
「バッカだなぁ。じゃあ、人間たちの肉はどうすんのよ? 猪とか
「ま、まあな」
「でも、巨大乱獣のせいで、タルメリ区の人たちは山に一切入れないんだよ。乱獣ハンターたちも手が出せないくらいデカいからね。おかげで、肉も山菜も、家を建てるための資材も、タルメリ区では手に入らない。だから、国が経済的に補助してるんだけど、その費用が大変なんだってさ」
「ふーん。でも、いい判断じゃん。費用がかかるとしても、それでお互いの棲み分けができてるんなら、人と乱獣の間で無駄な争いが起こらないわけだしな。グッジョブだぜ、この国の王! 騎士団とか派遣して一気に掃討、とかやらないんだもんな」
「勘違いするな。そんな綺麗な話じゃない」ルハンがピシャリと言い放つ。「単に、軍力を落としたくないだけだ。巨大乱獣どもを討伐するとなると、それなりに被害が出るのは当然だからね」
「そ、そっか」
ルハンの不愉快そうな物言いに、どこか気圧されてしまったマホロ。
王国に対して何か不満でもあるのだろうか。
いや、さっきから何やらずっとイラついているし、王国は無関係か?
ルハンが、変わらず不機嫌そうに宣言する。「とにかく、明日はタルメリ区へ行く。馬車なら一日で到着する距離だ。僕の休暇は三週間しかないんだから、スピード勝負になる。話は以上だ。とっとと食べてしまおう」
話題を閉じようとするルハンだったが、マホロにはどうしても言っておきたいことがあった。
「あ、ルハン。一応言っておくけどな、前みたいに問答無用でぶった斬るとかはやめろよ。俺はあくまで、相手が巨大乱獣であろうと、可能な限り傷つけずに平和裏に解決したいんだ。人間と乱獣が共存できる環境ができてこその『平定』だろ? なぁ、ファミル?」
「うん、そうだね!」ファミルが笑顔で答えてくれる。
「勝手にするがいいさ」対照的に、ルハンの不機嫌さはさらに増したようだ。
場の空気を変えようとしたのか、ネルフィンがお道化ながら言う。
「じゃ、決まりってことで! 明日の朝に馬車を借りて、すぐに出発だね。今日はもう夕方前だし、そろそろ宿を見つけて入ろうよ。あたしの勘だと、そろそろ雨になりそうだし」
「雨?」マホロが空を見る。「めちゃくちゃ晴れてんじゃねぇか。なぁ、ファミル?」
「うん、そうね。でも、ネルフィンの勘は本当によく当たるのよ。昨日の晩にマホロ君が転移してくる場所も、ざっくりだけど当てたしね」
「マジかよ、それってすごくねぇか?」
「えへへー。すごいっしょ。あたしもサウザンドなのかなー、なんて自分では思ってるんだけどね」
マホロは、へらへらしているネルフィンをチラリと見てから、もう一度空へと目をやる。
「これから雨になる、ねぇ。……ん?」
ふと太陽を見ると、虹色の輪がかかっていた。
これは、ハロと呼ばれる現象で、太陽の光が「雲の中にある氷の粒」によって屈折することで発生する。
太陽にハロがかかると、天気が下り坂になりやすいと言われているのだ。
生物や自然現象に詳しいマホロにとっては、半ば常識的なことだった。
「(なるほど、『勘』じゃなくて『知識』だな。多分、家族の役に立つために、いろいろ観察したり勉強したりしたんだろうな。戦闘に関しても、乱獣ハンターたちに鍛えてもらったとか言ってたし。なかなか努力家じゃんか)」
ただの失礼でお転婆な小娘だと思っていたネルフィンの意外な一面に触れ、見直すと同時に、「ハロが出てるから確かにこれから雨が降りそうだな」といったような野暮なことを言うのはやめよう、と思った。
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