五大厄災編
第12話:移動
「よかったね、君。やっと少しはマシな服装になって」
旅の準備を整え、ロンズの家の前でルハンの到着を待っていたマホロ、ファミル、ネルフィンの三人。
そこへ合流するなり、ルハンがマホロへ軽口をぶつける。
「なんか言葉に
「当然だ。君とは、別に仲間になったつもりはない。監視を兼ねた限定的協力関係にあるだけだ。勘違いはやめてもらおう」
「はいはい。ルイナーを倒すっていう目的にのみ協力する、ってやつね」
「理解してくれているならそれでいい」
「俺も、お前と仲良しこよしでやるつもりはねぇよ。昨日の乱獣の件、まだ忘れてねぇからな」
「しつこいな。乱獣討伐は我々の義務なんだ。もちろん、転移者の討伐もね」
視線を尖らせ、マホロを睨みつける。マホロも負けじと応戦するものの、いかんせん十センチ以上の身長差によりルハン優位の感は否めない。
家の中からロンズが出てくる。「おいおい、朝っぱらからそうやり合わなくてもいいだろう。ルハン、もうちょいマホロに優しくしてやれよ。お前より三つも年下なんだぞ」
「(俺の三つ上ってことは、ルハンは二十一歳か。ま、見た目通りだな)」
ルハンの年齢という大して興味もない話題の上、予想以上でも以下でもない情報に、マホロの反応も薄い。
「お言葉ですがロンズさん、転移者の年齢など考慮するに値しません。超常災害の年齢など気にしてどうするんですか」
「超常災害って……。えらい言われようだな」
「ストップ! もうやめろ二人とも。とにかく、いきなり仲良くしろとは言わねぇが、最低限の協力は頼むぞ。娘たちの安全も懸かってるんだ。お前らが揉めてちゃ、ファミルとネルフィンが心配だ」
「……申し訳ないです」ルハンが反省の表情を浮かべ、ロンズに向かって頭を下げた。
「ま、しっかり頼むよ。あとお前たち、くれぐれもマホロが転移者だってバレるなよ。そんなことになったら、俺たちは一巻の終わりだ。特にルハン、思うところもあるんだろうけどよ、人前ではマホロをしっかりと普通の人間として扱えよ。俺の遠い親戚ってことにしてな」
「ええ、心得てます。そんなヘマはしません」
「確かに、お前なら大丈夫そうだけどな」
「よし、そんじゃあそろそろ行こうよ!」ネルフィンが飛び跳ねながらせっつく。
それを皮切りに、ルハンとファミルがそれぞれ荷物を背負う。
マホロの荷物は……特にない。
「じゃあ、父さん。行ってくるね」
決意に満ちたファミルの顔に、ロンズも覚悟を決めたように告げる。
「本当に気を付けろよ。死んだら許さんぞ。とにかく、何が何でも無事で帰ってこい。約束事はそれだけだ」
「うん、わかってる」
「お前もだぞ、ネルフィン」
「もっちろん!
ネルフィンの能天気さに、締まっていたロンズの表情が緩む。
「ったく、お前は本当に」
それからロンズは、マホロとルハンへ目を向け、無言のまま小さく、だが力強く頷いた。
その動作からは、「全力でやってこい」という声が聞こえたようだった。
*********
「(それにしても、今朝の出来事は一体……。ルハンがあんだけ俺に攻撃してきても無傷だった俺なのに、あんなチャチなナイフが頬をかすっただけで出血するなんて……)」
四人が徒歩で向かっているのは、山を一つ越えたところにある『ラルド』という街。ここで馬車を調達し、移動手段を確保することになっていた。
山道を歩きながら、マホロは考え事に没頭する。
「(特定の人間の攻撃だけは通用する、とかなのか? 例えばファミルみたいなサウザンドとか。……いや、それはないか。俺は、この世界に転移した直後に、ファミルからも包丁で刺されたり毒を盛られたりしてるけど無事だったわけだし。ってことは、朝の俺は
思わず身震いするマホロ。
ファミルには固く口止めをしたし、ファミルも「この一件は絶対誰にも喋らない」と約束はしてくれた。
しかし、それで安心するわけにはいかない。
ファミルは何かと好意的な態度で接してくれているように思えるが、とはいえまだ付き合いはたったの一日だ。
本当のファミルがどういう人間なのかもよくわからないし、ひょんなことから心変わりしてマホロが嫌われてしまうかもしれない。
「(とにかく、明日の朝にでもいろいろ試してみるか。起きてすぐに、もう一回ファミルに刃物で刺してもらおう。それでまた傷がつくようなら……いろいろ覚悟しないといけないかもな)」
「どうしたのマホロっち。さっきから妙に怖い顔して」マホロの横を歩くネルフィンが訊ねた。「山越えは慣れてない? もう疲れた?」
「い、いや、そんなことねぇって!」
前を歩くファミルが振り返る。「昨日いきなりこっちの世界に呼び寄せられて、今日は山歩きだもんね。疲れて当然だよ」
「あ、いや」
「大丈夫。街まではあと二時間くらい歩けば着くから。街で馬車を手に入れたら、そこからは楽だよ」
「あと二時間っ?」
「え? どうしたのマホロ君」
休憩をはさみながらとはいえ、すでに五時間近くは歩いていたことから、そろそろ到着するのだろうと
大都会とまでは言えないものの、やや都会寄りの街で育ったマホロにとって、山歩きは決して楽なものではなかった。
「(無敵の防御スキルだけじゃなく、せめて体力くらいは少しくらいアップしといて欲しかったぜ。もうへとへとだ。――くそ、ルイナーの野郎、もし辿り着いたら俺の語彙をフル動員して文句言ってやる)」
心の中でぶちまける不満を糧に、マホロは進んだ。
*********
「ぷはぁー! 生き返るぜ!」
運ばれてきたミルクを一気飲みしたマホロが、腹の底から感想を口にする。
ラルドへ到着し、ぱっと目についた店に入って、ミルクやパン、肉、野菜などを注文。
ルハンたちが落ち着いて食事を始める中、マホロだけはまずミルクをすべて飲み干し、それから肉にがっついた。
「うんめぇ! これ、何の肉?」
隣りに座るファミルは、はしゃぐマホロの姿を微笑ましく眺める。「うふふ。それは鴨肉よ」
「へぇ、こっちの世界にも鴨肉とかあるんだなぁ。食文化は大して違いがないようで助かったぜ!」
「おい、うるさいぞ君」ルハンが不快そうにピシャリと言う。
「あのなぁ、俺にはマホロって名前があるんだ。いい加減、君とか彼とか呼ぶのはやめろよな」
食事の手を止め、しばし考え込むルハン。
「……まあいいだろう。確かに、二人称や三人称で呼び続けるのも不便だ。じゃあやり直すか。――おい、うるさいぞマホロ」
「いちいち律儀に言い直すな! この理屈屋が」
ルハンは特に返事をせず、黙々と食事を再開している。
ここでネルフィンが、珍しく真面目な顔で皆を見回しながら問題を提起する。
「で、これからどうすんの? ルイナーを倒すったってさ、あまりにも目的が漠然としすぎててどう動いていいかわかんないよ」
マホロが即座に反応する。「なんでだよ。目的は明確だろ。ルイナーを探し出してどうにかすんだよ」
「マホロっちはバカなんだなぁ」
「なんだと!?」
わりと真剣に呆れるネルフィンの様子に、怒り3割、ショック7割のマホロ。構わずネルフィンが続ける。
「その前に、いろいろと問題があるんだよ」
「その通り」ルハンが会話を引き取る。「ルイナーの前に、マホロにはクリアしなきゃいけないことがあるんだよ」
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