第11話:不穏

「それにしても、俺って本当に攻撃力ゼロなのか……? それはちょっときついよなぁ」


 寝室としてあてがわれた部屋にある固いベッドに腰掛け、己の両手を見る。


 どんな攻撃も通用しないであろう体になっていることはわかったが、同時に、相手に一切のダメージが与えられない体でもあるという事実は、少なからずショックだった。


「ただ攻撃が効かない、ってだけじゃ相手はビビってくれないしな。駆け引きもできないし。最悪、『ただ無視してりゃいい存在』ってことにもなりかねない……」


 募る不安。

 チート級の防御力を授かった代償として、逆チート級の攻撃力が備わるとは。これが原因で、とんでもない目に遭うことになるんじゃ……。


 比較的、何事もポジティブであるマホロが、珍しくネガティブシンキングに陥っていた。


 ふと、部屋の隅に置いてある木箱へ目がいく。


「力自体はどうなんだろうか」


 そんな好奇心に身を動かされ、気付けば木箱の前に立っていた。

 蓋は空いており、何に使うのかわからない古そうな木材でできた道具や、割れた食器などが乱雑に詰め込まれていた。

 重さだけならそれなりにありそうだ。


 膝を曲げ、木箱の下部を掴み、持ち上げてみる。

 重いは重いが、普通に持ち上がった。

 どうやら、力だけならば普通の男性と同等くらいはあるように思える。


 木箱を下ろし、再びベッドに座る。


「でも、ルハンの腕を力いっぱい握った時は、『ほとんど何も感じなかった』なんて言われちまったよな。攻撃の意志を持って相手に殴りかかったり斬りかかったりすると無効化される、ってところか。うーん、なんか曖昧だな」


 自分に与えられた設定に思い悩んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

 はい、とだけ返事をする。


「夜遅くにごめんね。ファミルだけど、ちょっとだけ入っていいかな」


 突然の訪問にやや驚くも、明日の打ち合わせなどがあるのかもしれないと思い、素直に応じる。


「ああ、大丈夫だよ。まだ眠くねぇし」


 ガチャリとドアが開き、ファミルが入室してきた。


「隣り、座ってもいい?」


「え? あ、も、もちろん」


 落ち着いた様子のファミルとは違い、マホロは露骨におたおたしている。

 深夜に同世代の女子と二人きり、しかもベッドの上で、などというシチュエーションは、もちろん生まれて初めてだった。


 マホロの左隣りに座ったファミルが、右手で長い金髪をかき上げる。

 マホロの横目に映りこんでくるその仕草にドキリとし、動揺はさらに加速する。


「突然ごめんね。どうしても、お礼を言っておきたくて」


「お、お礼?」


「うん」


「いや、礼を言うなら俺の方だろ。転移者をかばったらとんでもないことになんのに、ファミルをはじめ、一家揃って俺のことを王国に突き出さないでくれてんだからさ」


「じゃあ、その感謝は感謝としてもらっておこうかな」


 いたずらっぽく微笑みながら、マホロの目を見る。

 同い年とは思えないその色香に、思わずマホロは赤面しながら視線を外した。


「明日からの冒険、頑張ろうね。マホロ君のことは、私も精一杯守るから」


「いや、守るったって、ファミルは戦えないだろ?」


「戦い以外の部分でも、守れることはたくさんあると思う。その……精神的な支えとか……あとは……その……」


 他にも例を挙げようとしてくれているが、正直精神的な支えだけでもお釣りがくるほどありがたい。

 今のマホロにとってもっとも必要な要素だ。


 しかし、ファミルの好意は死ぬほどありがたいものの、懸念もある。


「でも、旅の途中で俺が転移者だってバレたら、最悪ファミルは死刑になっちまうんだろ。やっぱり、あまりにも危険なんじゃないか?」


「その時はその時よ。そうならないように全力を尽くすだけ」


「どうして……どうしてそこまでして俺の味方なんかしてくれるんだよ」


 まだ、身を挺して守られるほどのことをやった記憶はない。

 なぜファミルはここまで自分に寄り添ってくれるのか、マホロは不思議で仕方がなかった。


 ファミルは、淀みなく答える。


「理由は簡単。――マホロ君が私に、夢を見る機会を与えてくれたから。乱獣たちとの共生っていう、今まで誰も認めてくれなかった私の夢を。完全に諦めていたはずの夢を」


 マホロから目を逸らしながらポツリとそう漏らした後、ファミルは真っすぐにおろした綺麗な金髪を靡かせながら立ち上がった。


「じゃあ、明日からよろしくね」


 金髪の美少女から、これまでの人生で見たことのないようなキラキラした未知なる笑顔を送られ、言葉を発する余裕がなく、ただ黙って手を振ることしかできなかった。


 マホロは、今まで感じたことのない、何やら甘酸っぱく心地よいモヤが胸の中に広がっていくのを感じた。


*********


「ふわぁ~っと」


 大あくびをしながら目覚めたマホロは、まず自分の体へ目をやる。


 身に着けているのは、服と呼ぶには少々勇気がいる、相変わらずの継ぎはぎの布。


 それからキョロキョロと周囲を見渡すと、六畳ほどの広さがある古びた木造の部屋にいることがわかった。

 見慣れない風景に一瞬たじろぐも、すぐに思い出す。


「そっか。俺、この世界に転移したんだっけ」


 状況を理解したところで、固いベッドの上で薄いシーツをはぎ取る。

 その瞬間、ドアがノックされた。


「おはよう。ファミルだけど、入っても大丈夫?」


「ああ」


 ベッドの上で目をこすりながらそう答えると、ファミルが室内に入ってきた。

 白い半そでのワンピースのようなものを着ており、手にはお盆を持っている。

 お盆の上には、リンゴと小さなナイフが見えた。


「お腹減ってない? マホロ君、昨日の夜は何も食べないで寝ることになっちゃったもんね」


 にこやかな笑顔を携えて自分のもとへリンゴを運んでくれるファミルの姿に、マホロは思わずドキリとした。


「(昨日の夜も思ったけど……やっぱり可愛いな、この子。俺のいた世界でこんな子見たことないぞ。ファミルがあっちの世界に転移すれば、芸能事務所による争奪戦必至だな)」


 そんなことを考えている瞬間だった。


「きゃっ!」


 ファミルが何かにつまづき、大きく態勢を崩す。

 その勢いで、お盆の上に乗っていたリンゴとナイフが派手に飛ぶ。

 リンゴは床へゴトリと落ち、ナイフはマホロの右頬をかすめた。


「あ! ご、ごめんなさいっ!」


 焦るファミルに、余裕のサムズアップを繰り出すマホロ。


「だーいじょうぶだって。ほっぺたをかすった程度だし、仮にナイフごときが俺に直撃したところで問題ないのは知ってるだろ」


「それはそうだけど……。――あれ? マ、マホロ君!」


 ファミルは、手にしていたお盆を落とし、両手を口に当て、目を丸くしていた。


「ん? どうしたの?」


「マホロ君のほっぺた……ほっぺたから……血が出てる……」


「へっ?」


 慌ててナイフがかすめた右頬へ手を当てる。


 ヌルリとした感触があることに驚き、すぐに手を自分の目の前へ持ってくる。


 その手は、血によって真っ赤に染まっていた。

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