第7話:マホロという男

「待って! 違うのルハン!」ファミルがマホロの前に立ちはだかる。「この人は父さんの遠い親戚で、転移者なんかじゃないの! サウザンドで、だから、その、乱獣の攻撃も平気で、サウザンドだから、体が、その……」


「やめときなよファミル。すでにロンズさんが暗に認めていたし、そもそもサウザンドにできる芸当じゃないことぐらい君にもわかるだろ」


「でも……でも……」


「よぉしわかったぁ!」マホロが突如雄たけびをあげた。


 おそるおそるファミルが振り向く。


「マ、マホロ君……? どうしたの?」


「リスク承知で守ろうとしてくれてありがとな、ファミル。それにロンズさんも。そんでもってネルフィンも……って言いたいところだけど、お前だけ全然入ってこなかったな!」


「ご、ごめんマホロっち。ルハン兄がマジ顔してるのが怖すぎて」


「まあ、確かにな。やたら威嚇の上手い兄ちゃんだよなぁ。実力がどうなのかは知らんけど」


 挑発するようにあごをクイっと上げ、マホロがルハンを見下ろす。……はずだったが、身長で十センチほど負けているため、サマにはならなかった。


 ルハンは無表情のまま、手にした剣をだらりと下げている。


「……ちっ。まあいいや。とにかく、お前は俺が気に入らないんだろ? だったら斬りかかってこいよ。こっちもなぁ、お前にはムカついてんだ。せっかくおとなしく森へ帰ろうとした乱獣を無惨に殺しやがって」


「乱獣は悪だ。討伐して何が悪い」


「うるせぇ! そんなの知るか! 乱獣たちが人間を滅ぼそうとして積極的に襲ってきてるわけじゃないんだろ? だったら、結局はお互いのエゴがぶつかってるだけだろうよ! どっちが良いも悪いもねぇよ!」


 怒鳴りつけるようにルハンへ言葉をぶつけたマホロ。


 その直後、傍らにいるファミルの様子がおかしいことに気付いた。


 思わずファミルへ目をやると、ファミルは、身を震わせながら大粒の涙をこぼしていた。


「え? あれ……? ど、どうして……」


 マホロは、ただただ戸惑った。

 何を契機に泣いているのかがまったくわからなかったからだ。


 しかし、ルハンはすべてを悟ったように、一つ大きなため息をついた。


「ファミル、やっぱり君は今でも……」


 流れる涙をそのままに、ファミルが嚙みしめるように言葉を吐く。


「そうよ。私は今でも、乱獣が人間の敵だなんて思ってない。人間のみんなとうまくやるには、乱獣は悪だと割り切らなきゃいけないって思って頑張ったけど、やっぱり無理みたい。だって私、乱獣たちと直接コミュニケーションを取れるのよ? 彼らの気持ちや言い分もすごく理解できるの。乱獣ハンターや騎士団に追い立てられて、住処や食料を奪われて、どうしようもなくなって村へ来る乱獣もたくさんいるの。だから、マホロ君の言う通り、人間の都合で大型の動物を勝手に『乱獣』なんて名付けて、勝手に悪だと決めつけるのはすごく浅はかだと思う」


 涙ながらのファミルの演説に、マホロは心の底から感動していた。

 これまで生きてきた中で、自分の意見に同意してくれた者はほとんどいなかったからだ。




 マホロの脳内に、これまでの自分史が一瞬で流れていく。


 無意味にアリの巣を破壊する、カエルの口や肛門に爆竹を詰めて爆発させる、食べもしない魚を釣って陸地に放置する。

 友人たちがそういった行為をしている場面に出くわすたび、口をはさみ、注意してきた。


 みんな生き物の命を軽く考えすぎている。

 そのことが許せなかった。


 結果、マホロは周囲から面倒くさがられ、小学生の時からロクに友達ができなかった。


 周りから浮いてしまう原因の一つとして、生物へのリスペクトが強すぎる面もあるとは思っていた。

 とはいえ、それだけでここまで人から避けられるとは思えない。


 おそらく、外見や仕草などにも問題があるのだろうと思っていたのだが、中学三年生の頃、クラスメイトの女子たちが「摩幌まほろのヤツ、黙ってりゃ少しはモテそうなのにね」と言っているのが漏れ聞こえたことで、自分が他人から敬遠されているのは完全に中身だけの問題なのだと悟った。


 高校に入ってからも、理科系の授業以外は楽しいことなどほぼなかった。

 和気藹々わきあいあいとする教室の中で、一人ポツンと本ばかり読んでいた。本といっても、生物図鑑や自然観察記といった種類のものばかりだが。


 孤独を感じることもあったが、かといって無理やり人に合わせて友達ごっこをする方がさらに苦行だと考え、己を貫いた。

 そんな主体性のないことをするくらいならずっと一人でいい、と達観していた。


 帰宅すれば、愛するペットたちがいる。

 ヘビ、カエル、ムカデ、トカゲ、カメ、イモリ、ウナギ、タニシ、メダカ、ヤドカリなどなど、三十種以上を飼育していた。


 まだまだ夢半ばであり、もっともっと幅を広げたいが、バイト代だけでは飼育のための費用がこれ以上捻出できず、現状に甘んじている。


 親も、自室のほとんどがペットの飼育ケースで埋められている状況に閉口しているが、もはや言っても無駄だと諦め、無関心を決め込んでいる。


 このように、現実世界において、マホロはほとんどの人間から「いない者」として扱われていた。

 そんなマホロに、異世界とはいえ、理解者が現れたのだ。感動しないわけがない。




ルハンが、再び大きなため息をつく。「やはり、君には一刻も早く死んでもらわなければならない。ファミルにまで悪影響が出ている」


「やれるもんならやってみろ! なんだか気分がいいから、今の俺は無敵ボディ+αだぜ!?」


「訳のわからないことを……」だらりと下げていた剣を、いよいよルハンが上段に構える。


 ロンズが慌ててフォローに入った。


「バカ! やめろマホロ! それ以上挑発すんな! ルハンは九騎聖だぞ?」


「だから何だよ? 俺は異世界転移者だ。この世界でチマチマ頑張って鍛えて強くなった奴と、異世界転移っつー超絶大イベントが発生した俺と、どっちに分があると思うよ?」


 ルハンの剣が、黄色味がかった光を帯びていく。「もういいですよロンズさん。何にせよ、僕は職務としてこいつを放置できない。この剣で裁くのみです」


 言い終わるかどうかのその刹那、マホロの脳天に、世界が畏怖する斬撃が振り下ろされた。

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