第8話:最弱無敵
「な、言っただろ」
オーラなのか、その他の力なのか、何やら凄そうなエネルギーを纏ったルハンの剣を、脳天で平然と受け止めたマホロが余裕を見せる。
両断どころか、流血ひとつないマホロの姿を見て、ルハンが目を剥く。
「バ、バカなっ……」
マホロは、振り下ろされたルハンの腕を右手で強く握りこむ。
「何を驚いてんだ? お前の攻撃なんて俺には効かないって、散々言ったよな」
ルハンの端正な顔がみるみる歪み、両腕には青筋が浮き立つ。
マホロの右手を振り払い、再び剣を構え、「オォォォー!!!」という気合を込めた声とともにマホロ目掛けてあらゆる角度から斬撃を繰り出す。
しかし、ルハンの斬撃の嵐とは裏腹に、マホロは涼しい顔。
切れ味の悪い刃物でまな板を叩くような音がするだけで、一切のダメージがないばかりか、身に纏う服にすらなんの変化もない。
マホロにとっては、祭りでよく売っているようなビニール製の剣で三歳児に斬りかかられた程度の衝撃しか感じられなかった。
棒立ち、無防備の状態でルハンに斬られ続けること約一分。
無駄を悟り、フゥフゥと息を吐きながら、ルハンは悔しそうに剣を鞘へ収めた。
「どうやら、本当に一切の攻撃が効かないようだな」
「だから、そう言っただろ? 俺は無敵なんだ。拳だろうと剣だろうと毒だろうと、俺にダメージを与えることはできない。残念だったな!」
「……で、攻撃力の方はどうなんだ?」
「え?」
予想外の質問に、マホロは言葉に詰まる。
まだ誰にも攻撃をしたことがないので、まったくの未知数だった。
「そ、そんなもん、どうだっていいだろうがよ」
声をうわずらせながら答えると、ルハンは腰の部分に装着しているナイフケースから短刀を取り出し、マホロの足元へ投げた。
「剣は騎士の命だから貸すわけにはいかないが、その短刀なら貸してもいい。それで僕を刺してごらんよ」
予想外の申し出に、どうしていいかわからないマホロ。
ゴクリと生唾を飲みこんだ後、足元の短刀とルハンの顔とを視線が行き来する。
「早くしたまえ。君だって、自分の攻撃力を知りたいだろう」
ルハンの言う通り、確かに興味はあった。
何かを守りたいと思った時に、防御力だけでは切り抜けられないこともあるだろう。
そう考えたマホロは、足元の短刀を右手で拾い、強く握りしめた。
「そう、それでいいんだ。僕は今、オーラを無の状態にしているから、普通の人間に殴られるだけでも痛い。ナイフなんかで刺されたら出血もするだろうね」
「……そうなってもいいのかよ」
「ああ、構わない。――正確に言うと、おそらく僕が出血するようなことはないから刺されても構わない」
「なんだと?」
「いいから、早く刺してごらんよ」
ルハンの不気味な誘いに多少怯むマホロだったが、蔑むようなその言い方に腹が立ったこと、そして自分が持つ攻撃力への好奇心を抑えられないこと、合わせて一本となり、右手に握った短刀を、おそるおそるルハンの左肩あたり目掛けて突いた。
しかし――。
「今度は、僕の予想が当たったみたいだね」
ルハンは、薄い笑みを浮かべながら、短刀で刺されているのに一切の傷や出血のない自分の左肩へ目をやった。
「ち、違う! 今のは軽く刺したからだ。力加減をミスった。次こそマジで刺す!」
「やってごらんよ。遠慮はいらない」
マホロは、手にしている短刀を、今度は強く強く握りしめて振りかぶった。
一呼吸置いてから、出血は避けられないであろう勢いでルハンの左肩目掛けて振り下ろした。
だが、結果は変わらず。
ルハンがマホロを攻撃した時と同様、切れ味の悪い刃物がまな板を叩いたような鈍い音がするだけで、ルハンの左肩になんら変化は見られなかった。
「ど、どうして……」全身から力が抜け、握っていた短刀を地面に落としてしまう。
「もう気が済んだかい?」
「あ……うぅ……」
「やっぱり君は、自分が一切ダメージを受けないのと同時に、相手に一切のダメージを与えることもできないようだね」
「ま、まるでわかってたみたいな言い方だな」
ふぅ、と一つ息を吐いたルハンが、落ち着いた口調で説明を始める。
「僕の一刀目を覚えているかい。君の脳天を狙った攻撃だよ」
「ああ、あれな。勢いよく打ち込んできたはいいものの、俺にはまったく効いてなくて、あんた、なかなかカッコ悪かったよな」
マホロの挑発を無視し、ルハンが話を進める。
「その時に、君は僕の腕を掴んだよね」
「……そうだったな」
「ひどく違和感があった。君は力を込めて握りこんでいるような素振りをしていたけど、ただ優しく触られているようにしか感じなかったんだよ。あの時に思ったんだ。もしかしたら、異常な防御力と引き換えに、攻撃する力は皆無なんじゃないか、ってね」
「!」
「生き物を殺したくない、とか言っていたね。転移の際に、そういう考えが反映されてしまったのかもね」
マホロは、ただただ愕然とした。
別に強い力など欲しくはなかったが、守りたいものを守れるくらいの強さは持っておきたかった、というのが正直なところだったからだ。
俯き、黙りこくるマホロを尻目に、ルハンがロンズに要求する。
「ロンズさん、とりあえずあなたの家へ移動しませんか? ここにいては、誰かに僕らの姿を見られてしまうかもしれません。できるだけ、彼の姿は人目に触れさせたくない」
「そ、そうだな。よし、一旦家に帰ろう」
ファミルとネルフィンが小さく首を縦に振る。
それを契機に、ロンズ、ファミル、ネルフィン、ルハンの四人はロンズ家へ向かってゆっくりと歩きだした。
「何してるマホロ。お前も早く来い」
ロンズの呼びかけに、ようやくマホロは体の向きを変え、足取り重くロンズたちの後を追った。
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