第5話:ファミルのチカラ
困惑に打ちひしがれて身動きできない乱獣。
マホロの一言を理解できずに眉根を寄せるロンズとネルフィン。
なぜか、目を見開きつつもやや口角が上がっているファミル。
マホロにとって、ファミルの反応だけが意外だった。
驚いている、というよりは喜んでいるように見えたからだ。
しかし、今は細かいことを気にしている場合ではない。
そう割り切り、マホロが言葉を続ける。
「ロンズさん、もうこの乱獣に戦意はない。俺の無敵さにビビってくれたおかげでな!」
「……だから何だってんだ?」
「これ以上戦う意味はない、ってことだよ。こいつを森へ帰してやろうぜ」
「はぁっ?」ロンズの顔がみるみる紅潮していく。「お前、何をバカなこと言ってやがんだ! 乱獣は人間の敵なんだぞ? 殺せる時は殺すべきだろうが!」
興奮するロンズとは対照的に、マホロは冷静に問い返す。
「敵って言うけどさ、本当に敵なの? 人間側の勝手な都合で考えてない?」
「なんだと?」
「例えばさ、ロンズさんたちは森に入ったりしないの?」
「入るに決まってるだろ。家を作ったり補強したりするための木材を仕入れるのに、森に入らなくちゃならない。猪肉や鳥肉の調達だって必要だ。そこで乱獣と出くわせば、あいつらは襲ってくるんだ! どう考えても敵だろ!」
マホロは力強く首を横に振る。
「そうやって乱獣のテリトリーに勝手に入って伐採とか乱獲とかしたらさ、乱獣たちの食料や住処も減るわけでしょ。それで、村に来るしかなくなった乱獣が人間と出くわせば、そりゃ襲ってきても不思議はないじゃん。乱獣だって、武器を持った人間は怖いだろうから、やらなきゃやられる、って思ってるんだろうし。じゃあお互い様だろ」
「お、お互い様なわけがねぇだろ! 相手はバケモノだぞ! なんで俺たち人間が乱獣なんぞのことを――」
ロンズの言葉を遮りつつ、マホロが語気を強める。「俺は、昔から人間のそういう利己的なところが大嫌いだったんだ。生き物はみんな、平等に生きる権利がある。人間も含めてね。俺の飼ってるヘビやトカゲやムカデたちだって、ちゃんと生きてるんだ。気持ち悪がったり、無駄に殺そうとしたりする人間も多いけど、そんな人間側の勝手な都合や感情でいちいち殺されてたんじゃたまらない」
ロンズは、少し考え込んでから静かに言葉を吐く。「じゃあマホロは、肉は食べないんだな? あと、乱獣が襲ってきたら人間はおとなしく殺されるしかないっていうんだな?」
マホロはポリポリと頭を掻いた後、まいったな、と呟きつつ、言葉を繋げる。
「俺が言いたいのは、無意味な殺生、自分勝手な殺生はしたくない、ってこと。俺たち動物は、食わなきゃ生きてけないでしょ? だから、生き物を殺して食べるのは仕方ない。あと、相手が襲ってきたら殺す気で戦うよ。俺にだって生きる権利はあるんだし」
「……」
「でも、このゴリラはもう戦う気がないじゃん。殺して食べるわけでもないでしょ? だったら、本来の生息地に戻してやればいい。コイツもこんだけ怖い思いをしたんだし、そうそう村には出てこないでしょ。だったら、無駄に殺す必要なんてない」
マホロは、次なる反論を待っていた。
なぜなら、持論がそう簡単に認められないことは、現実世界で嫌というほど味わってきたからだ。
そのおかげで、マホロは随分と周囲から浮いてきた。
「あいつは面倒くさい」・「思想が強い」とバカにされ続けてきた。
しかし、なぜかロンズとネルフィンは黙りこくったまま、
「そうだよ! もう充分だよ!」ここで、意外な人物が名乗りを上げる。ファミルだ。「あとは私に任せて。いいでしょ、父さん?」
「え……?」
「ほら、あの乱獣、もうだいぶ落ち着いてるし、私がなんとかするから。ね?」
「ファミル……」
呆然とするロンズの横をすり抜け、スタスタと乱獣の方へ歩いていくファミル。
そして、茫然自失となっている乱獣のそばまで行くと、乱獣の目を見ながら祈るように手を合わせている。
すると、乱獣もファミルへ目を向けた。
おとなしくアイコンタクトををしているように見える。
五分ほどそんな時間が続いただろうか。
へたりこんでいた乱獣が立ち上がり、くるりと体を反転させ、ゆっくりと森の方へ歩いて行った。
「うん、もう大丈夫」
去り行く乱獣の姿を見ながら、ファミルがにこやかに言う。
ロンズとネルフィンは、やや複雑な表情を浮かべてはいるものの、特段驚いている様子はない。驚いているのはマホロだけだ。
「で、どうなったんだ?」ロンズがファミルに問う。
「おとなしく森に帰るし、二度と村へは来ないって」
「そうか」
マホロには、いまだに何が何やらわからない。
その疑問をストレートにぶつける。
「ちょっと! 俺にも説明してくれよ。今、一体何が起こったんだ? まるで、ファミルと乱獣がコミュニケーションでも取ってるように見えたぞ」
「よかった、説明の手間が省けて」
「え?」
「その通りよ、マホロ君。私ね、乱獣とコミュニケーションを取ることができるの。興奮状態の乱獣は無理だけど、ある程度落ち着いた乱獣なら意思疎通が図れるんだ。私は……サウザンドだから」
「サウザンド……」
「人よりちょっと変わった能力を持った人たちのことをそう呼ぶの。ちゃんと数えたわけじゃないけど、千人に一人くらいしかいない珍しい存在だからサウザンド」
「サウザンド……千……か。なるほど。――あ、それで俺のこともサウザンドってことにしとけば疑われないと思ったわけか!」
「そうなんだけど……。多分、難しかったと思う」
「なんで? 特殊能力があればいいんだろ?」
「サウザンドは、あくまで『ちょっと人とは違う変わったチカラがある』っていう程度なの。私みたいに、落ち着いた乱獣とだったら多少意思疎通できるとか、占いが当たりやすいとか、普通の人よりもケガの治りが早いとか、その程度。マホロ君みたいな派手なスキルは、転移者ぐらいじゃないと無理なんじゃないかな」
「へぇ。そういうもんなんだぁ」
謎だった『サウザンド』という単語の意味がわかり、一つすっきりしたマホロは、ふと去り行く乱獣の方へ目をやる。
乱獣は、まるで憑き物が落ちたように、50メートルほど先をゆっくりと歩いていた。
その時だった。
形容しがたい、肉を切り裂くような鈍い音が響き渡った後、乱獣の体は真っ二つに両断された。
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