第4話:乱獣、猛打

「もう駄目だ! あの乱獣、まっすぐロンズの家に向かってきやがる! 逃げるしかねぇ!」


 村人Aの力強い逃げ腰発言を契機に、六人の村人たちは一斉に逃走した。


 ロンズは、そのゴツい風体に似合わずガタガタと震えている。

 ファミルとネルフィンも身を硬直させ、どうしていいかわからないという顔をしている。


 そうしている間にも、ゴリラ型の乱獣は刻一刻とこちらへ迫ってきていた。


 村人たちもいなくなったので、マホロは隠れるのをやめ、ロンズたちに近付き声を掛ける。


「大丈夫かよ、三人とも?」


 しかし、返事はない。

 三人とも、外の乱獣を見ながら絶望の表情を浮かべていた。


 そんな三人の様子を見るに見かね、マホロが一言吐く。


「ま、約束したしな。ちょっくら行ってくるよ」


「え……?」ファミルが反射的に声を漏らす。


「俺が乱獣を追い払う、って条件で拘束を解いてもらったわけじゃん? 俺、約束を破る奴と生き物をないがしろにする奴が大っ嫌いなんだよ」


 震える声でファミルが問う。


「ま、まさかあの乱獣に向かっていく気……?」


「まあね。そういう約束だったじゃん。それに、刃物で散々刺されて無傷ってことは、転移の時に無敵の防御スキルを授かってる可能性も高いしさ」


 言い終わると同時に、マホロはゴリラ型の乱獣に向かって駆け出した。

 もう、乱獣との距離は30メートル程度だ。


*********


「で……っけぇな。マジかよ……」


 もう二つ三つ地面を蹴るだけでゴリラ型乱獣とぶつかる距離まで近づいたマホロだったが、気持ちは早速折れていた。


 心の拠り所だった無敵の防御スキルも、あまりに規格外のサイズを前に一瞬で自信が消し飛んだ。


 ゴリラ型乱獣は、歩みを止め、荒く息を吐きつつも興味深そうにマホロを観察している。


「こいつに殴られたら……さすがに痛いだろ。こりゃさすがに厳し――」


 そう独りごちている途中で、乱獣が大きく拳を振り上げた。


 思わず言葉を止め、両腕を顔面の前でクロスさせて防御の姿勢を取る。

 一メートル近くありそうな拳を前に、こんな行為に意味があるのか疑問に感じながら。


「くそっ……! どうなるんだっ……? どうなるんだよぉっ……!」


 次の瞬間にはただの肉塊と化しているかもしれない恐怖に包まれているマホロの全身に、乱獣の巨大な拳がものすごいスピードで激突する。


 立ち込める砂煙。響き渡る衝撃音。

 ――しかし、起こった現象としてはそれだけだった。

 本来あるべき「千切れ飛んだマホロの肉片」というシーンはない。


 乱獣が拳を引く。

 読み取りづらいものの、その表情にはどこか不可解さが混じっているように思えた。


 それもそのはず、ターゲットであったマホロには何らダメージがなかったのだから。

 殺す気で殴ったのに、自分の1/3程度しか体長がない貧弱そうな生物が平然としていることが、さぞや不思議だったのだろう。


「――攻撃を受けた両腕がまったく痛くねぇ。それどころか、殴られた衝撃すらなかった。ただ触れられた、って感覚だ。こりゃ、マジで無敵ボディを与えられたっぽいな」


 自信を手にしたことで、表情に余裕が満ちていくマホロとは逆に、乱獣の顔はみるみる怒りに染まっていく。

 歯を剥きだし、眉を吊り上げ、目つきもどんどん鋭くなっていった。


「ウガァァァーっ!!!」


 臨界点を迎えたのか、乱獣が雄叫びをあげ、マホロに向かって両の拳を連打する。


 だが、己の無敵を悟ったマホロはもはやノーガード。

 棒立ちのまま乱獣の攻撃を受け続ける。


 殴打に伴う鈍い音だけはあるものの、ダメージもなければ痛みもない。

 例えるならば、大きな風船がやや強めに皮膚へぶつかってきている、という感覚だった。


 三分ほど連打が続いただろうか。

 無駄を悟ったのか、マホロへの殴打をやめ、その場にへたりこみ、肩で息をする乱獣。

 その顔からは、戦意が失せているように思えた。


「もう終わり、ってことでいいか?」


 返事など期待せずに問いかけるマホロ。

 予想通り、当然返事は返ってこない。

 ただただ、乱獣の荒い息遣いだけが大気を舞う。


 マホロは、そんな乱獣に対して優しく声をかける。


「わかるよ。多分だけど、別にお前は悪くない。……と思う。ま、今の時点では俺の勝手な予想だけどな」


 相変わらず、乱獣はハァハァと苦しそうな息遣い。

 その姿を見たマホロが、さらに声掛けをしようとすると……。


「おいマホロ! 何をぼんやりしてる!」


 不意に後ろから聞こえた大声に反応して振り返ると、そこには大きな斧を手にしたロンズと、鉤爪かぎづめを右手に装着したネルフィン、ただ不安げに佇むファミルがいた。


「あれ? いつの間にこんな近くに?」


「やっぱりマホロが無敵だってことがわかったからな。大急ぎで武器を持ってここまで来たんだよ。このまま一気にコイツを殺しちまうぞ! すっかり気が抜けてやがる今がチャンスだ!」


 ロンズが言い終わると同時に、ネルフィンが鉤爪を意気揚々と構える。

 ファミルは、何やら複雑な表情で所在なさげにしている。


 三人の様子を確認したマホロが、冷静に言い放つ。


「あのさ、盛り上がってるところ悪いけど……。殺す、ってのは無しにしようぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る