第3話:5メートル超えのゴリラ

「待たせたな。昨日から預かってる親戚の子の世話をしてて、手間取っちまった」


 そう言いながらロンズが扉を開けると、そこには、手に棒きれやくわなどを持った六人の中年男性たちがいた。


 乱獣とやらに対抗するための道具なのだろう。

 隠れているマホロの位置からでも、ギリギリで扉付近の様子を探ることができた。


 村人Aが言う。「親戚? あんたにそんなもんがいたっけか」


「遠い遠い親戚だ。ちょっと事情があってな」


 村人たちが、室内を覗くような動きをしていることを察し、マホロは物陰に隠れた。


 ロンズに呼ばれるまでは見つからない方がいいだろうし、そもそも、服だと言い張るにはあまりにみすぼらしい継ぎはぎの布を体に巻いているだけの今の姿を見られることにも抵抗があった。


 できれば、紹介されないまま終わらないだろうか、と期待するマホロがいた。


 ロンズが尋ねる。「で、乱獣はどうなってる? 何匹出たんだ」


「森から出てきてるのは一匹だけだ。でもな、体長が五メートル以上ありそうなゴリラ型のやつだ。今はセブじいさんの家が襲われてる」


 ゴリラ、という単語を聞いたマホロは、動物の名前が自分のいた世界と共通なのだとわかり、妙な安心感を得た。


 と同時に、言葉が普通にわかること、そのへんの文字も読めることに今頃気付き、異世界補正がしっかり行われていることを認識した。


「五メートル超えか……。随分でけぇな。乱獣ハンター無しじゃ勝つのは無理だろ」


「当たり前だ。だから俺たちは避難に徹することにし――」


 その瞬間だった。そう遠くないであろう場所から、ズーン! という音と振動が伝わってきた。


「お、おい! 今のはなんだっ?」


 慌てる村人B。

 振動音はどんどん近づいてくる。


 そんな現象を前に、村人たちの焦りは加速する。


「嘘だろ……。あの乱獣、もうここまで来てんのか……」


「充分あり得るだろ。セブじいさんの家からここまでは500メートルも離れちゃいねぇんだから」


「ってことは、あの巨大ゴリラ野郎がもうすぐここに……」


 棒切れや鍬を握りしめながら、血の気の引いた顔で恐怖を煽り合う村人たち。

 その姿は、乱獣を知らず、おそらく無敵の体を手に入れたであろうマホロにとっては滑稽に映った。


 そうこうしているうちにも、ズーン、ズーンという振動は徐々に近づいてくる。


「間違いない! こりゃ、あの乱獣がこっちに来てるんだ! あんなバケモノとやり合うなんて俺たちには無理だ! 早く逃げるぞロンズ!」


 村人Aの叫びに、ロンズが困惑しながら返答する。


「でも、このままだと俺の家がやられる。何もせずに逃げるわけには――」


「命と家とどっちが大事だっ? セブじいさんもとっくに逃げ出したぞ」


「け、けどよ……この家は……」ロンズが歯噛みする。この家に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。


「うわっ! おい、すぐそこにいるじゃねぇかよ!」


 間近まで乱獣が来ていると知り、何とかしてその姿を見たいと思ったマホロは、周囲を見渡す。

 すると小さな出窓があったため、そこから外を覗いてみた。


「うわ……」


 思わず小さくうめくマホロ。

 村人Aの言う通り、50メートルほど先には異様な姿をした生物が、堂々たる姿でこちらへ向かってきている。


 ゴリラと呼ぶにはあまりに不適切で、サマになっている二足歩行、体毛の薄さ、まるで瓢箪ひょうたんのように不自然に盛り上がった手足の筋肉が、モンスター感を存分に醸し出していた。


 マホロは、初めて見る異形なバケモノに戦慄を覚えつつも、「自分に与えられた防御スキルはどの程度なんだろう」などとメタなことを考えていた。

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