第2話:サウザンド
こうなったら、頼りになるのは転移の際に与えられたスキルのみ。
包丁で刺されようが、致死量の毒を飲まされようが、平然としていられる神がかり的なタフさに頼るしかない。
そんな覚悟を決めた瞬間だった。
ドン、ドン、と扉をたたく音が聞こえてきた。
「だ、誰だ!」スキンヘッドが大声で答える。
「ロンズ! いるか? ちょっと力を貸してくれ。また
「乱獣だと?」ボソリとそう呟き、スキンヘッド、もといロンズがファミルと青髪を見る。「くそ、こんな真夜中にか」
ロンズのセリフで、今が真夜中であることを知ったマホロ。
ファミルとネルフィンは黙ってロンズの様子を見ている。
「おいロンズ、聞いてるのか? 返事をしろ」外にいる村人たちが急かす。
「ああ、聞いてる。乱獣が出てきたんだろ。でも、なんで俺のところに来る? 乱獣ハンターたちはどうなってるんだ?」
「それが、折悪く別の乱獣を討伐しに行ってて全員出払っているんだ。とりあえず、俺たちだけで何とかするしかない」
ドア越しにロンズが返答する。「俺たちだけじゃ乱獣を追い返せるわけがないだろう」
「大丈夫だ。ちょうどルハンが長期休暇でこっちに戻ってきてるんだよ。ルハンにも伝えに行ってるから、すぐに来てくれるはずだ。その間、俺たちは少しでも村のみんなを避難させようとしてるんだ。それを手伝ってくれ」
状況を理解したロンズが、ファミルとネルフィンに問う。
「どう思う? 協力すべきだと思うか?」
青髪のネルフィンが間髪を入れずに答える。
「駄目だよ父さん! 今扉を開けたら、この転移者を見られちゃう。そしたら、乱獣どころじゃなくなるじゃん。報奨金目当てに、何とかしてこの転移者を殺そうってことになるでしょ」
「だろうな……」
「まずは、このままあたしらだけでこいつを殺そうよ! あいつらに見つかったら、うまく殺せたとしても報奨金が分配されちゃうじゃん。とんでもない金額がもらえるとはいっても、何人も加わってきたら取り分がめちゃくちゃ減っちゃうよ」
「それは避けてぇところだ」
会話を聞いていたマホロは、なんとなく状況を理解した。
この世界において、何らかの理由で転移者は必ず殺すしかないこと。転移者を殺せば多額の報奨金が貰えること。『乱獣』なる、人間に仇なす存在がいること。
そういった情報を頭の中で整理しつつ、自分に与えられたスキルも考慮した上で、たまたま一番近くにいた人間、金髪のファミルに声を掛ける。
「あ、あのさぁ」
ファミルが不機嫌な顔で言う。「何? 今、あなたの相手をしている時間はないの」
「いや、もしかしたら俺が力になれるかも、とか思ってさ」
「あなたが?」
ロンズが割り込んでくる。「おい、何をくっちゃべってんだ転移者。とりあえずお前は黙ってろ。外の連中に気付かれると面倒だ」
コワモテのスキンヘッドが顔を近づけて脅してくる。
怯みそうになるが、マホロとしてもおとなしく引いてはいられない。
「いや、転移者かどうかは外の連中にはわからないじゃん。とりあえず、俺にちゃんとした服を着させてさ、
「あん?」
「ロンズさん、だよね? 俺が、包丁で刺されようが毒を飲まされようが無事だったのは見てたでしょ?」
「……」
「だから、俺がその乱獣とやらを追い返すから、とりあえずこの拘束を解いてくれないかな。俺だったら、乱獣ってのが攻撃してきても効かないと思うんだよね」
日頃あまり人と関わらず、ペットであるヘビ、トカゲ、ウナギ、メダカ、クワガタなどに向かって一方的に話しかけるだけのマホロだけに、交渉事に自信はなかったが、ロンズがあごに手を当てて「うーん」と唸っているところを見ると、それなりに刺さっているのだろう。
「……確かに、お前の頑丈さは異常だし、乱獣に攻撃されても無事でいられるかもしれねぇな」
「でも父さん、こいつが転移者だってバレちゃうかもしれないじゃん。そしたら大問題だよ?」
青髪のネルフィンが余計なチャチャを入れてくる。もう少しでコトが上手く運びそうだって時に……。
しかし、ロンズがすぐさま切り返す。「大丈夫だ。『サウザンド』ってことにしておけばいい」
「えー? それって無理があるんじゃない? こんなサウザンドいないでしょ」
「仕方ねぇだろ。今はそれくらいしか言い訳が思いつかない」
――サウザンド? マホロの頭の中が疑問符で埋め尽くされるが、構わずロンズが話を進める。
「おい、転移者。お前の名前は?」
「あ、俺っすか? えっとぉ、名前は
「……」
なぜか、ロンズもファミルもネルフィンも黙り込む。
「あれ? 俺、なんかおかしなこと言ったかな」
「いや。まあ、お前は転移者だからな。姓があっても不思議じゃねぇ。でも、この世界では王族しか姓を名乗ることができねぇんだ。これからは『マホロ』とだけ名乗れ。わかったな」
「わ、わかったよ」
「よし。それじゃ今からお前の拘束を解いて服を着せる。そしたら、お前は一旦奥へ隠れておけ。紹介すべき時に呼ぶから」
「了解」
「で、紹介する時には、お前をサウザンドってことにするから、なんでそんなに頑丈なのか聞かれたらそう答えろ」マホロの拘束を解きながら言った。
「あのさ、さっきから気になってるんだけど、そのサウザンドってのは――」
「今説明してる時間はない。いいか、お前の名前はただのマホロ。異常なまでの頑丈さはサウザンドだから。この二つだけ覚えておけ」
取り付く島もない様子に、マホロはただ
「よし。奥へ行って、何か適当な布でも羽織るか、着るものがあれば着ておけ」
ロンズに急かされるまま、無言で頷き、室内の奥の方へ移動するマホロ。
「よし、それじゃドアを開けるぞ。ファミル、ネルフィン。お前らもしっかり話を合わせろよ」
「うん」ファミルが緊張気味に声を絞り出す。
「オッケー」対照的に、ネルフィンはどこかワクワクしているようだ。
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