最弱無敵の転移者マホロは、無駄な殺生好まない

三笠蓮

草創編

第1話:目覚めると斬殺寸前

 マホロは、頭の片隅で、ぼんやりとした複数の声が蠢動 しゅんどうしているのを感じた。

 何を言っているのかはさっぱりだが、その声に怒気が含まれていることだけはなんとなくわかる。


 しかし、目が開かないのはもちろん、意識さえおぼろであるため状況はまったくわからない。

 というより、状況を理解する必要があるかの判断すらもつかない。


「どういうことなんだ! この男、俺たち三人でいくら包丁で刺しても、死なないどころか傷すらできないぞ」


 徐々に意識が戻ってきたマホロの耳に、いきなり物騒な言葉が飛び込んできた。

 包丁で刺す? 俺は刺されているのか? 焦る気持ちが覚醒をアシストする。


「あ! こ、こいつ、起きたぞ! 目を開けようとしてる!」


 瞼を開ける程度の作業ならなんとかこなせるほどの覚醒を得たマホロの眼前には、前情報通り、手にした刃渡り25cmほどの大ぶりな包丁でマホロの体を突き刺し続けている中年男性と、やや小さめな刃物を持ちながら不安げにマホロを見つめる若い二人の女性がいた。


 中年男性は、スキンヘッドにちょび髭を生やした筋骨隆々な、見るからに脳筋といった風体。


 若い女性二人はどちらも、マホロと同年代の十代後半くらい。

 長く美しいサラサラな金髪をおろした、『可憐』という言葉はこの子のために存在するのではと思えるほどの美少女と、跳ね散らかった短い青い髪が妙に似合っている小悪魔的な少女だ。


 マホロは、自分の状態を確認する。

 どうやら、後ろ手に荒縄で固く縛られ、床に寝かせられているようだ。

 両足もきっちり縛られている。


 なぜか上半身は裸で、下半身には申し訳程度の布が巻かれているだけだった。


「おいファミル。こういう時に備えて、お前が調合しておいた例のあの毒、今すぐ持って来てくれ。確か、即効で人間の命を奪える毒薬だよな?」


 金髪の美少女が答える。「そうだけど、実はもう飲ませてるんだよね。どうせ殺すしかないんだし、ここへ連れてくる途中に無理やり飲み込ませたんだけど……」


 なるほど、金髪美少女の方はファミルって名前なのか、という発見など彼方。

 マホロは、あまりに刺激的なやりとりによって更に覚醒が早まる。

 どうやら、すでに致死量の毒を飲まされているらしい。


「でもね父さん、飲ませたのは1時間前だから、こいつには効かないのかも。飲めば、人なら即死する毒だから」


「くそが。これだから転移者ってやつは」


 転移者。

 日本の現代社会を生きる若者であるマホロにとっては、実に聞きなれた単語だった。


 十八歳の少年にとって、異世界への転生やら転移やらといった言葉はありふれたもの。


 世は、大異世界時代。

 ライトノベルやアニメの世界で『異世界』という設定はインフレ化しており、目にするなという方が難しい。


 ……つまり、俺は異世界転移ってやつを体験しているのか? でも、そういう場合ってチート級のスキルがあったりするんじゃ……。あ! だから刃物で刺されても無傷なのか。でも、俺の手足を縛ってる縄は、どんなに力を入れてもちぎれないし……。ちなみに、どんな世界に転移したんだ? まあ相場からいくと、舞台は中世ヨーロッパ、ってところか。上半身裸でも寒くないってことは、季節は夏かな?


 このように、マホロの脳内に理解と混乱が行き来する。


「おい、ファミル、ネルフィン。倉庫の中に斧があったはずだ。あれを取ってこい」


「うん、わかった!」


 スキンヘッドの要求に、青髪の小悪魔ことネルフィンが答える。


 いやいや、ちょっと待ってくれ。

 次は斧か?


 どうやら、包丁で刺されまくっても無傷でいられるくらいの防御力を与えられているようだが、相手が斧となるとわからない。


 都会の少年であるマホロゆえ、実物を見たことはないが、『斧』という響きが怖すぎた。


「あの……」


 おそるおそる口を開くと、三人ともピタリと動きを止め、マホロに視線を注いだ。


「……ご清聴ありがとうございます。ってかさ、なんで俺、殺されそうになってんの? 斧で斬殺とか怖すぎるんですけど」


 ファミルが、スキンヘッドとネルフィンをチラリと見た後に答える。


「あなたには悪いけど、とにかく死んでもらわなきゃならないの。そういう決まりなの」


「き、決まりって……。村の掟、的な……?」


「違うわ。世界の掟よ」


「世界……」


 掟の規模感の大きさに、思わず口ごもるマホロ。


 しかし、もたもたしている時間はない。

 このままでは斧での攻撃が開始されてしまうのだから。

 よくわからないが、包丁よりも破壊力がありそうな気がしていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! さっき、俺のことを転移者だとか呼んでるのが聞こえたけど、どういうこと?」


 場当たり的かつ、少しでも何か事情がわかれば、という希望的観測をこめた言葉を吐くも、ファミルの反応は冷たい。


「掟なの。あなたは殺すしかない。残念だけど」


 語勢を強めるために用いられる倒置法をぶつけられたことで、ファミルたちの固い決意を吞み込まざるを得なかった。


 どんな事情があるかは知らないが、彼女らにとっては、転移者であるマホロを何がなんでも殺さなければいけない事情があるようだ。

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