第八話 部活動のように

 それから週に3回、4人はリン商会が所有する倉庫に集まり、それぞれ訓練や研究を進めていった。


 リリィは、クリスタルで溜めた未知のエネルギーを放出する為の、“トリガー”の研究と照準をつける方法の確立。


 ファムとマァムは、歌や演出で“向こうの世界”に喜んでもらう為の方法を模索し、歌詞や曲の改良を行う。


 そして、レイシアはファム、マァムのようにマジックパワーを外に放出する訓練だ。


「……やっぱり、わからないです」


 4人の中で一番難航していたのはレイシアだ。

 リリィは隣で優しくアドバイスをする。


「もっとシンプルに感じたらいいのよ。魔法とは違い、素のあなたを出せばいいだけなんだから」


 マジックパワーと魔法は全く異なるモノである。例えるならマジックパワーは火薬、魔法は火種だ。

 いくら大量の火薬を撒いても火気が無ければ爆発せず、逆に火種があっても火薬がなければすぐ消えてしまう。


 通常の魔法では両方とも大事だが、今回だけは例外だ。火種はクリスタルを通してリリィが作ってくれる。レイシアはただ火薬だけを投下すればOKなのだ。


「で、でも。うーん……」


 そうは言われても、最終的には感覚的な話になるからレイシアは困ってしまう。


「ファム、マァム。ちょっとごめん」

「何ー?」

「どうしたの?」


 リリィは、少し離れていた所で振り付けを考えている2人を呼んだ。


「二人はマジックパワーを放出する時、どんな事を考えてるの?」

「そうねぇ…… お客様が喜ぶ顔を想像してるかな」

「あ、それわかるー私も!」


 二人は楽しそうに笑った。


「そうなの?」


「うん。『皆、これから起こる事を見て驚いて!』とか『笑顔になって!』とかワクワクしているわ」

「たとえお客様がいない時でも、色んな人に見られている感じがして、放出する時はワクワクしちゃうのよね!」


「そうなんですね……」


「だからさ、レイシアも楽しい事や嬉しい事を、思い出しながらやってごらんよ!」

「あっ。好きな男性の顔を思い出すとか!」

「キャッ、それいいねー!」

「でしょ!? レイシアはきっとイケメン好きだから……」


 二人がキャッキャとはしゃいでいる横で、レイシアは「私の好きなモノ、好きな……」と一人の世界に入りブツブツ呟き始めた。心なしか笑っているように見える。


(……おっ)


 リリィはマァムの肩を静かに叩いて、「ありがと」と小さな声で囁く。

 二人はレイシアの様子を見て、静かに元の場所に戻っていった。


「さーて、私の方も頑張らないとねっ!」


 ルマルの古い文献のおかげで、マジックパワーや謎の物質をクリスタルに吸収させる事には成功させた。

 しかし、それらを収縮させて一気に放出させる術は、残念ながらまだ見つかっていない。


「でも、すぐに方法を見つけてみせる! 私はノルフィ・リンの娘なのよ!」


 リリィも机に戻って、クリスタルや不思議な現象についての研究を再開した。


……

………


 それから1時間くらい経過した後、リリィは3人に声をかけた。


「もう遅くなったわね。最後に一回合わせてみましょうか」

『わかったー』

「は、はいっ!」


 4人は広いスペースの所に集まった。ファムとマァムは歌の準備を、リリィはクリスタルを持ち、レイシアは3人の後ろに立ち静かに目を閉じる。


 静かな倉庫の中で二人の声が響く。独特な曲調とも相まって、不思議な雰囲気が周りを包む。


(あっ)


 二人は少しメロディラインと歌詞を変えてきた。明らかに曲調が優しくなっている。”見えない観客”を意識しての事だろう。

 リリィは確証こそないものの、間違いなく効果があるだろうと確信した。


「……」


 いよいよサビがやって来る。レイシアは目を瞑りながらゆっくり両手を握った。


「――――」


 そしてサビが始まる瞬間、口に出さずに何かを呟いた瞬間、レイシアの全身から膨大なマジックパワーが放出された。


「!?」

「レイシア!」

「まって。何よこれ!」


 想像をはるかに上回る ”マジックパワーの濁流” に圧倒されて、二人は思わず歌を止めてしまう。


「へっ? どうして止めたのですか?」とキョトンとするレイシアの周りを、3人は囲んだ。


「びっくりしたー!」

「無理無理無理! いきなりあんなの反則!!」

「レイシアやったじゃない!」


 3人の反応と笑顔を見て、レイシアは「出来たんだ……!」と安堵の表情を見せた。


「ありがとうございます。お二人のおかげで、少しだけ理解出来たかもしれません」


「あれで少しだけって……」と困惑するリリィの横で、ファムとマァムはニヤニヤした顔でレイシアに詰め寄った。


「ねーねー。レイシアは放出する前に何を考えてたの?」

「私もそれ聞きたーいっ! 好きな男性の事でしょ!」

「え、えーと……」


 二人に言い寄られて困った表情を見せたので、リリィはフォローしようとしたが、レイシアはすぐにいたずらっ子みたいな顔をしてこう返した。


「秘密ですっ。フフッ」


「えー! ケチー!」「何よそれー!」と言いつつも、二人はレイシアを見て楽しそうに笑っている。


 その光景を見てリリィはとても嬉しくなった。と同時に自分の作業に集中した。


「よーし。次は私の番ね! 頑張って新魔法を完成させるんだから!」


 4人は部活動のような、楽しい時間を過ごしている。

 しかし、運命の時は刻一刻と迫っている。


 決行日は当然決まっている。それは魔法総会が行われる日だ。

 その時、リリィの運命が決まる。

 

 「……よろしくね」


 聖なるクリスタルを両手で包み込むように持ち、リリィはクリスタルに向けて優しく呟いた。


 心なしか、クリスタルは一瞬だけ光ったような気がした。

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