第二話 ルモンドで出会った少女

 そのまま歩いて数分後、私達は裏通りにある“ルモンド”という小さなお店の前にいた。


 ここは知る人ぞ知る老舗のミュージックパブらしく、入る前から初心者が入りにくいオーラを醸し出している。


「うわっ。噂通り入りにくいお店だね…… どうしようかリリr」

「さ、入るわよ! レッツゴー!」


 美味しいケーキが食べられる! という誘惑に我慢が出来ないらしい。

 リリィは少しの躊躇も無く、一気に無骨で防音性の高そうな重いドアを開けた。

 中に見えるのはカウンターとテーブル席。そして、奥の方に店の規模にしては大きめのステージがある。音楽好きが作った店だなと素人でもわかる作りだ。


 オープン直後でリリィ達が最初の客らしく、店員も一人だけ。

 当然ステージも始まっていないが、ケーキ目当ての客には関係の無い事だ。


 カウンターに座り、メニューを見てすぐに女性店員に注文した。 


「スペシャル苺ケーキと林檎酒2人分お願い」

「申し訳ございません。当店では、お酒は15歳からのご提供……」


 その瞬間、リリィはキッと店員を睨み、胸元から学者ギルドカードを取り出して見せた。


「私は 1 7 歳っ!」

「す、すみませんでしたっ!」


 店員は深く頭を下げて、小走りで厨房の方に注文を伝えにいった。


「もーっ」

「初めて入る店の恒例行事だねー」


 リリィは身長が低いのもあり、実年齢より幼く見えるのが悩みだった。

 知らない人からは、私達は年の離れた従姉妹あたりに映っているだろう。


「今からでも背を10cm延ばせないかなー」


「その魔法を確立させたら、ミト国どころか世界に名を残す事になるね。ねっ、やってみない?」


「昔、家に籠って基礎理論を考えた事あるけど、無理だったのよー!」


「本当にやったんだ…… って、あれっ?」


「ん?」



 ルリノにつられてドアの方を見ると、半分開いているドアから女性の顔がピョコッと出て、おそるおそる店内をのぞき込んでいた。


「あ、あの…… ごめんください」


 どう見ても初めての客だ。いくら無骨な店内といっても、ここまでビクビクするとは……

 店員は先ほどの件でカウンターから離れており、いるのは私達だけだ。


「今、お店の人は厨房にいるから、適当に座っちゃいなよ」

「え? で、でも……」


「あなたも噂のケーキを、食べに来たんでしょ?」

「は、はいっ!」


 その言葉を聞いて安心したのか、ようやく女性は笑顔を見せた。


「すっごい美味しいらしいから楽しみだよね」

「どうせならこっちへおいでよ」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 リリィの言葉を受けて女性はリリィの”二つ”隣の席に座り、こちらに話しかける事も無く静かに店員を待っていた。


 それを見てリリィは「あらっ?」とは思ったものの、いかにも彼女らしいし、悪い気もしなかったので特に話しかける事はしない。


 近くで見ると年齢はリリィと同じくらい。

 紺色の長くて艶のある髪と、赤い瞳が印象的で、顔も整っていて長身。まごうことなく美人さんだ。

 また、胸を強調した服を着けていながらも上品で、洋服に無頓着なリリィでもわかるくらい良い生地を使っていた。きっと良家の人なのだろう。


 しかし、一つだけ気になっている事があった。

 全身からにじみ出る"薄幸さ”だ。「キレイな人なのに正直もったいない!」 とリリィは思った。


 そして同時に、彼女についてずっと考えていた。



 (この人、どこかで見た事あるような……)



 * * * 



 それから数分後、2人の前に美味しそうなケーキと林檎酒が並べられた。


「こ、これは!?」

「とっても美味しいわ!」


 期待以上の味に思わず大きな声を出す二人。今まで無口だった隣の女性も「美味しい……」 と声を漏らした。



「確かに美味しいけど、これ誰が作っているのかしら……」


 ルリノは目の前のケーキを見ながら思った。盛り付けや味付けが、この店の雰囲気と全く異なるのだ。


「うーん。わかんないけど、美味しいから何でもいいわ!」


 リリィはそんな事はいっさい気にせず、メインの苺を口に運ぶ。


「……ねぇ、リリリン。前々から思ってたんだけどさぁ」

「ん? 何?」

「あんなに魔法学会の事が嫌いなのに、何で学会の在籍にこだわるの?」


リリィはその言葉を聞くと、フォークを置いてルリノの顔を見ながら語り始めた。


「私はね? もっと魔法は自由かつ可能性に満ちていて、人々の身近な存在になれると信じているの」


「うん」


「その事をみんなに知ってほしいと思っているけど、女一人がどれだけ頑張っても、限界があるでしょ?」


「うん」


「だから、魔法の街と言われるルエスタの、権威ある魔法学会の力を借りたいのよ。たとえその実態が腐っていたとしてもね」


「……そっか。よくわかったよ」


 確かに、今のルエスタ魔法学会は “ミト国の魔法水準の向上を目的に、魔法に関する技術の研究促進を図る“という、本来の設立目的を忘れているように思えた。

 それよりも血統による秩序や規律、倫理、そして既得権益や保身に関する事ばかり目についてしまう。


 リリィは更に話を続けた。


 そうしている最中も、モンスターの組織的な動きが活発化しており、年に数回だったルエスタへの襲撃が月イチに増えている事。


 それ以外にも、国の外れにある、特殊な薬草が取れるルマルの村と、希少金属が掘れるルエ町が大規模な襲撃を受けてしまい、ルエが壊滅してしまった事。


 そんな事があったにも拘わらず、どこまでも身内の問題しか考えていない学会の役員連中への不満。


「こんな事ではこのルエスタはすぐに落ちぶれて、ミト国も近い内に魔法後進国になってしまうわ!」


 そう言葉を吐き捨するリリィを見て、ルリノは心から共感すると共に、改めて応援したいと思った。


「でもさ、どうしてリリィはそこまで魔法の事にこだわるの? やはりお母さm」


 その時、店内の灯りが薄暗くなり、それに合わせてステージのライトが付いた。もうすぐステージが始まるらしい。


「さっ、折角だからステージを楽しみましょう。生演奏の音楽を聞きながら美味しいケーキを食べて酒を飲む。最高じゃない!」


 一番聞きたかった事なのにな。とルリノは残念に思いながらステージの方に向いた。

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