第8話 悪ガキ三人組の受難
1
「ミャァー」と、猫の鳴き声が聞こえる。
「リョウ……?シズカ……?では、ないわね?」
畳の座敷に座布団を重ねて、胸に当て、腹這いの体勢で、エラリー・クインの『チャイナ橙の謎』を読んでいた、中学生の少女が独り言を言った。
「シズカが言っていた、ビートの子供が来たんじゃない?」
ちゃぶ台の上で、宿題をしていた、少女の弟が、その独り言に反応した。
少女の名はオト。弟の名はリョウ。シズカというのは、この家の飼い猫、シロウという名の白猫に憑依している、シロウの亡母のことだ。つまり、シロウという左右の眼の色が違う白猫は、シロウというオスとシズカというメスの『二重人(猫)格』を身体に宿している。最近は、シズカでいることが多くなっている。
「ミャァー」
と、すぐ近くで、さっきと同じ猫の鳴き声がした。そして、土間の通路から、いきなり、小さな猫が座敷に飛び上がってきたのだった。
「あれ?シズカが例の、身体が小さくなる薬を飲んだのかな?最初にもらった薬は、十分の一になるやつで、改良型の五分の一から、四分の一になる薬ができたから、シズカが子猫サイズになる必要ができたってこと……?」
と、座敷の上で、姉弟のほうに視線を向けた子猫を見つめて、リョウが言った。
その猫は、確かに、真っ白い短毛種で、左右の眼の色が、青と緑と違っている、珍しい猫だった。
「シズカが小さくなったにしては、どこか違っているわ……。ほら、額の真ん中、眉間にベージュの毛が生えてる!よく見たら、三日月に見えるわ……」
と、オトが言った。
「じゃあ、別の子猫ってこと?」
「そうよ!わたしの名前は、スターシャ、オト、リョウ、しばらく、お世話になるわね……」
「ええっ!子猫なのに、喋った!サンシロウでさえ、喋れないのに……」
「フウ……!スターシャ、あなた、脚が速いのね……?まるで、チーターみたいだったわ……」
土間から、大人の白猫が座敷に上がってきて、疲れたような口調で言った。
「シズカ、この子猫が、あなたが言ってた、ビートの子供なの?全然、ビートに似ていないのね?」
「ええ、父親似なのよ!」
「父親は白猫ってこと?猫屋敷に白猫はいなかったはず……」
「いるわ!わたしの息子、シロウが……」
※
「ヘエー、シロウの子供?シロウって、もうそんな大人だったのか?」
ちゃぶ台の前から、座敷の隅の座布団に丸まっている、二匹の白猫を見つめながら、オトの従兄に当たる、大学生の政雄が言った。
「まあ、シロウがここにきて、半年経ったし、子猫といっても、生まれたてではなかったから、大人というより、青年かな?マサさんくらいかもしれないね?」
ちゃぶ台を挟んで、煎餅を食べながら、オトが答えた。
「僕の歳で、子持ちか……」
「羨ましい?」
「いや、独身貴族を謳歌したいね!少なくても、オトが成人するまではね……」
「おや、政雄ちゃんは、オトの旦那さんになるつもりかい?」
と、急にふたりの背後から、お茶をお盆に乗せて現れた、祖母が言った。
「お、おばあちゃん!オトは僕の従妹ですよ!結婚相手は、別に見つけます!そうだ!リョウのように、妖精のような彼女をね……」
「あら、わたしは、妖精のようじゃあないのね?」
「そうだよ!従妹とは、結婚できるんだよ!しかも、三国一の花嫁になるよ!オトは……。今のうちに、予約したほうがいいよ!ほかの誰かに取られちゃうよ!」
「おばあちゃん、そう言ってくれるのは、ありがたいですが、オトの気持ちがありますから……」
「おや、政雄ちゃんは、その気があるんだね?よしよし、そう言っておくよ……」
と、意味深な言葉と笑顔を浮かべ、祖母は台所へ帰って行った。
「そうよ!わたしの気持ちがあるでしょう!わたしは理想が高いのよ!ばあちゃん!聞こえた……!まったく……」
と、祖母の背中に向かって、オトは不満の声をかけた。
「オトの理想の範囲内に入ってないのか……、僕は……?」
「えっ?ううん、入っているわよ!ギリギリだけど……」
「微妙な雰囲気だね?姉貴、ほら、また手紙を預かってきたよ!」
オトと政雄が、照れたように、お茶を口に運んでいると、リョウが帰ってきて、ピンクの封筒を差し出した。
「ええっ!また?サトシから?」
と、見覚えのある封筒に、ウンザリした口調でオトが言う。
「三通目だろう?姉貴、無視しているからだよ!はっきり、あなたは、わたしの範囲外です!って、断りなよ!」
「ええっ!オト、断ってないのか?」
「断る、ってことは、関わりを持つ、ってことでしょう?サトシなんて、この世に存在していないことにしたいのよ!返事なんて、文字にするのも嫌だし、かといって、直接、言葉で、なんて、絶対無理!無視するしかないでしょう?リョウ、あんた、ミチコを通じて、間接的に断ってよ!」
「はあ、モテる姉を持つと、とんだ、とばっちりを喰らうんだな……」
「ハハハ、リョウ、モテる、といえば、お前自身はどうなんだ?ルナちゃんとは、うまくいっているのか?あとの何人かの彼女たちから、嫉妬されているんじゃないのか?」
「それが、予想に反して、みんな、仲良くなっているんだ!猫を飼っているから、猫好きのサークルができて……、レイコさんが、積極的で、ショウコちゃんも、まったく、ライバル心なんて、最初からなかったように、打ち解けあっているんだよ……」
と、リョウが不思議そうに言った。
「ははぁん、ライバルにするより、仲間に取り込んで、かえって、自由を奪う。サークル内では、恋愛禁止!リョウとルナをこれ以上、進展させない!ルナはいずれ、母親の元へ帰る……。それまでは、自らも欲望を封印する……か?なかなかの策士ね、レイコもショウコも……。可愛いいだけじゃあないんだ……」
「はあ?何、勝手な推理を展開しているんだよ……?」
2
「リズの姐さん!この度は、とんだご迷惑をお掛けいたしました……」
そう言って、頭を下げたのは、ほぼ黒猫のフィリックスだ。場所は、寂れた稲荷の社殿の中。隣には、ハチという白黒模様の猫。前には、シャム猫のリズと、その片腕のトラ猫のフーテンが座っている。
「なあに、あたしは迷惑なんて、してないさ。みんな、このあたしの片腕のフーテンがしてくれるからね……。それより、元の住処が燃えちまったんだってね?縄張りとかは、どうなっているんだい?迷惑ついでに、フーテンを貸してやろうか?」
リズは心にもなく、フーテンを持ち上げている。フーテンは得意気に、鼻の穴を膨らましている。
「縄張りのほうは、もう大丈夫で……。数は多いが、姐さんや兄貴のような、特別な連中じゃあありません。こっちもハチの旧友を集めて、人(猫)数を揃えりゃあ、戦う前から、勝負は見えてます。あっさり、軍門に下って、縄張りは取り返しました」
「そいつは、上々だ!俺の出番はなかったってことだな?」
「けど、フィリックス、お前、眼の色がずいぶん濃くなって、青というより、黒になっちまっているよ!催眠術の能力は、どうなんだい……?」
と、リズが心配そうに尋ねた。
「へえ、もう、人間を操ることはできませんが、猫を脅すくらいは、できますし、兄貴ほどじゃあないが、素早い動きもできます。かえって、猫としての能力は、向上したようです。あの猫屋敷での、生活か、食事の所為かもしれません。ハチの野郎も、動きが俊敏になっていますから……」
「そうかい、やっぱり、あそこは、特別な場所なんだね……?」
「ええ、あそこと、この賽銭箱と、俺の元の住処……、どうも同じ、世界と繋がっているような気がします」
「同じ世界?まさか、あのゴキブリ野郎の住処と、繋がっているんじゃねえだろうな?あんな得体の知れねえ虫は、初めて見たぜ!」
「兄貴!よく、ご無事で……!俺は、逆らうと、電流を当てられて、あの虫に従うしかなかったんです……」
「まあ、俺の身体は、不死身だからな、あれくらいの電流は、平気よ!」
「何言ってんだい!死ぬ一歩手前だったんだよ!クロウが、例の丸薬を飲ませてくれなかったらね……」
「ええっ!クロウが……?でも、姉御がどうして、そいつを知っているんで……?」
「フフフ、秘密……」
「兄貴、リズの姐さんは、俺とテレパシーができるんですよ!姐さんは兄貴を心配して、俺に何度もテレパシーで様子を尋ねていたんですよ!まるで、自分のことか、大事な息子のことを心配するようにね……」
「フィリックス!いらないことをベラベラ、喋るんじゃないよ!」
「ええっ!姉御が、俺のことを、そんなに……!俺はなんて、果報者なんだ……!」
「バカだねぇ、泣くほどのことかい?フィリックスが大袈裟に言ってるだけだよ!そりゃあ、大事な片腕だから、簡単に死なれちゃあ困るからね……。でも、クロウに借りができちまったね?もう、あの屋敷は諦めよう。この賽銭箱でも、それなりのパワーをもらえるからね……」
「それ、なんで……!」
「なんだい?フィリックス、それって?」
「あの猫屋敷と同じような場所が、もう一ヵ所あるんで……」
「お前の元住処の『猫喰らい屋敷』以外にかい……?」
※
「オイ、ケンタ!本当に、猫神様のお告げがあったのか?」
「なんだよ!タツオ、俺を信用してないのかよぅ?絶交するぜ!」
「オイオイ、ふたりとも、喧嘩している場合じゃないよ!ケンタのお告げを信用するなら、もうこの辺から、その領域だぜ!赤い鳥居をくぐったからな……」
「ミノルも半信半疑なのかよう!」
「いや、俺は信じるよ!お前の言うとおり、寂れた神社跡があったからな……」
そういう会話をしながら、こんもりとした森に、忘れられて、寂れてしまったような、八幡宮の石段を登っているのは、リョウやオトから『三馬鹿大将』とか、『悪ガキ三人組』とか、呼ばれている、リョウの同級生だ。
背の低いのが、ケンタ。丸ぽちゃなのが、タツオ。小学生にしては、背の高いのが、ミノルだ。(レイコは、『チビ、デブ、ノッポ』と、差別用語で呼んでいる。但し、当時は、差別的ではない、普通の用語だ)いずれも、レイコを『女王様』のように崇めているので、彼女になら、何と呼ばれようが、自分のことを呼ぶ愛称なら、大歓迎なのだ。
その三馬鹿?が、何故、こんな、寂れた神社の石段を登っているのか、というと、前夜、ケンタの夢枕に、シャム猫が現れ、人語で話しかけた。『シカジカ、こういう場所に、行きなさい!赤い宝物がある』と告げたのだった。
以前、近所というか、少し郊外の寂れたお稲荷さんに、『猫神様』が降臨して、雨不足を解消したり、お金を恵んでくれたりした事件?があったことを、ケンタは知っていた。それで、すぐ、仲間のタツオとミノルに話したのだ。好奇心の強い三馬鹿は、その『シカジカ……』の場所を目指しているのだった。
「あっ!これが本殿だぜ!扉が頑丈に封印している!」
本殿と思える建物は、風雨に晒されているものの、壊れた部分はなく、神殿の扉には、閂のように、角材が打ち付けられて、しめ縄が巻きついている。あたかも、神殿の中に、神様を封じ込めているかのようだった。
「じゃあ、指定の場所は、この右手の奥だね……?」
と、ミノルが言った。
「ああ、お告げどおりなら、神殿じゃあなくで、人間の屋敷跡があるらしい……」
ケンタの言葉に、残りのふたりは無言で頷いて、ゆっくりと右手のほうに歩みを進めた。
「あった!」
森の奥に、場違いなような、木造の平屋が建っている。一軒家というより、道場か、古いタイプの小学校の校舎の一部分のような感じだ。人が住むための建物とは、少し違っている。全体は、黒ずんでいる。元々、漆のような塗装がされていたのか、焼けた煤の色なのか、三馬鹿にはわからない。そんなところに好奇心は働かないのだ。
「お宝は、何処にあるんだ?」
と、タツオがケンタに尋ねた。
「右端の部屋らしい……」
「入口は、左端にあるよ!つまり、この建物を左端から右端まで歩いて行くってことだよね?」
と、ミノルが怯えるような声で言った。確かに、周りは針葉樹で囲まれていて、土曜日の昼過ぎなのに、太陽の光は、建物には届いていないかの如く、薄暗かったのだ。
「行くぜ!」
リーダー格のタツオが、恐怖を払うように、強い語気で宣言した。
建物の中は、板張りの廊下が真っ直ぐ伸びていて、三つの区画が板壁で遮られている。ただし、均等ではなく、真ん中が、ほかの二つの三倍はある。つまり、三つの区画は、一対三対一の割合で区切られているのだ。真ん中の区画が道場か、集会場所なのかもしれない。
ギシギシと、板張りの廊下が音をたてる。廊下は埃がたまっているし、天井や梁、四角い柱のあちらこちらに、蜘蛛が巣を作っている。そのわりに、天井も床も傷みはないようだった。
長い廊下を進み三区画目の前にたどり着く。その区画だけ、周囲が板張りの壁に囲まれた、部屋と呼べる区画になっていた。
「学校の教室みたいだな?」
と、タツオが言った。確かに、扉が二枚、横にスライドするタイプの木の引き戸である。
「でも、廊下に面して、窓がないよ!外から覗けないようになっているんだよ!」
と、体格と肝っ玉は比例しないことを証明するように、ミノルが、腰を引いた格好で言った。
「ねえ、ここ、前に肝試しをした『猫屋敷』と、似ていないか?」
「どこが、似てるんだよ?あっちは、レンガ造りの洋館。こっちは、木造の平屋で、人間の住む家じゃあない。集会場かもしれないな……」
「いや、この部屋だよ……。匂いというか、空気感というか……」
「ミノルは臆病だな。この前も、猫に飛びかかられて、『化け猫だ!』って逃げたのは、ミノルだったよな?」
「なんだよ!その俺をつき倒して、一番先に屋敷を出たのは、タツオじゃあないか!」
「おい、喧嘩は止めろ!ミノルは臆病じゃあなくて、慎重なんだ。タツオは勇気があるけど、考えが浅いからな……。作戦をたてる前に行動するだろう?俺みたいな軍師がいなけりゃあ、怪我するだけだぜ!」
ケンタにそう言われると、タツオもミノルも過去に思い当たることが多々ある。イタズラや冒険の計画は、ケンタが企画することが多い。三人三様だから、喧嘩もするが、チームワークがとれているのかもしれない。
タツオが引き戸を開ける。部屋はガランとしていて、目についたものは、反対側の窓から見える松の木だった。ほかには、木造の壁から、生えたような、棚がふたつ、段違いに作られていた。
窓の所為か、廊下より、少し明るい。そのおかげか、不安が薄れた三人は部屋に入った。
カタンと、自動的に引き戸が閉まって、床が地震のように揺れ始めた。三人は目眩に襲われ、ケンタとミノルはお互いの身体を支え合った。タツオは、床に尻餅をついた。
「地震じゃあない!ば、化け物屋敷だ……!」
3
「姉御、あんなガキを使って、大丈夫ですかい?フィリックスが、言ってた怪しい建物なんでしょう?つまり、あの虫野郎の仲間がいるかもしれねえんですぜ……」
「だから、毒にも薬にもならない、いや、この世からいなくなっても、かまわない連中を選んだのさ!まあ、あの虫のような生き物も、あんなガキまでは、殺しゃあしないよ!」
三馬鹿?が、恐ろしい目に合っている頃、稲荷神社の社殿の板の間で、リズとフーテンとフィリックスが、盗んできた、高級なキャット・フードを分け合いながら、会話をしている。ハチは、元の縄張りに帰って行った。
「しかし、姐さんの能力は、俺の催眠術より凄いですね!夢枕に立って、お告げをして、人間がそれを信じるなんて……。もし、人間の誰かを教祖に仕立てりゃあ、一大宗教ができますぜ!」
「何、お世辞を言っているんだよ!あんなのを信じる人間は、バカしかいないよ!それに、一度猫神様になったけど、人間の欲深さに呆れちまってね。神様になるのは、ゴメンだよ!」
「神様がイヤなら、悪魔になる手もありますぜ!いや、姐さんは、根が優しいから、悪魔にゃあなれねえか……」
「あたしが優しい?フィリックス、バカを言うんじゃないよ!あたしは、何匹もの猫を殺してきたんだよ!世界一美人(猫)で、世界一恐ろしい猫なのさ!悪魔そのものじゃあないか……」
「ええ、猫の世界の噂では、もうひとつ、人間の世界でいう『八百比丘尼』のリズでしたね?だが、それらは、女王として、君臨するためのデマ、フェイクってやつですね?姐さんが、フーテンの兄貴や、俺たちに示す態度は、聖母さんのようですぜ!」
「おう、フィリックス!おめえのいうとおりだぜ!姉御は聖母か、女神さまよ!」
「おや、ふたりとも、おだててくれるねえ!あたしがお前たちに優しいのは、お前たちが役に立つからさ!役立たずには、用はない!それがあたしが決めた、あたしの法律なのさ……」
※
「ハ、ハクション!」
と、誰かが大きなくしゃみをした。その音に驚いて、ミノルは眼を覚ました。
「あれ?ここは何処だ?」
と、独り言を言って、辺りを見回す。その視線の片隅に赤い鳥居が映った。
「ここは、あの八幡宮の入口の、鳥居の前か……?」
どうやら、ミノルは鳥居の柱にもたれかかるように、倒れているようだ。上半身を起こして、左右を見ると、右にケンタ、左にタツオが、倒れている。
「ハ、ハクション!」
と、タツオがくしゃみをした。その音で、びっくりしたように、ケンタが上半身だけ、起きあがった。どうやら、最初のくしゃみは、ケンタで、その音で、ミノルが眼を覚まし、ふたつ目のくしゃみはタツオで、その音でケンタが眼を覚ましたのだ。
「ハ、ハクション!」
と、ミノルがくしゃみをした。わざとではない、鳥居の側に咲いている、ブタクサ(=セイタカアワダチソウ)の花粉が、鼻孔を刺激したのだ。
「ワアァ!」
と、叫び声をあげながら、タツオが眼を覚ました。
「タツオ、大丈夫か?」
と、ケンタが言った。
「あ、ああ、夢だったのか?変な虫に襲われる夢を見ていた……」
と、タツオが首の後ろに右手をあて、コリをほぐすように揉みながら、独り言のように言った。
「なんだって?お前もか……!」
と、ケンタとミノルが同じセリフを同時に言った。
「じゃあ、お前たちもか……?夢じゃあないってことか……?」
「ああ、あの集会所のような建物の奥の部屋に入ったら、地震のように、周りが回り始めて、目眩がして、立っていられなくなった……」
「俺も同じだ!それで、なんとか立ち上がって、あの飛び出している、棚に掴まったんだ。そしたら、カタンって音がして、棚の上に空間が現れた。その中に、赤い宝石があったんだ。これが、お告げのお宝だと、手を伸ばしたら、何匹もの虫が飛んできて、雷みたいに、発光する。その光に当たると、痺れたようになる。危ない!と、思ったところで、気を失なった……」
とケンタが言った。
「俺は、床に尻餅をついたままだった。そしたら、黄金虫のような生き物が、発光しながら、迫ってくる。殺られる!と思った。記憶はそこまでだ……」
「僕も同じだ!虫が襲ってきた、あとは、覚えていない……」
三人とも、同じ夢を見たとは思えない。つまり、黄金虫のような生き物に襲われたのは、夢ではなく、現実だったのだ。
「おい、ここはまだ、鳥居の前だぜ。早く逃げよう!虫が襲ってくるかもしれないぞ!」
「ああ、ケンタのいうとおりだよ。タツオ、起きあがれ……」
三人は、鳥居の前から、全速力で森の外へ駆け出していった。
「なんとか、子供たちは無事だったわね?サンシロウのテレポートの能力が、アップして、子供くらいの大きさを運ぶことができるようになって、よかったわ……」
「まだ、移動距離は、百メートル以内だけどね……」
4
「じゃあ、その八幡さまの奥にある建物に、スカラの仲間がいる、ってことかい?」
「僕らは、実際に見たわけじゃない。集会所のような建物に入ったのは、キチヤとサンシロウだ。ただ、三馬鹿たちが、黄金虫のような生き物に襲われた、って言ってたから、ほぼ、間違いなさそうだね」
いつもの、ちゃぶ台を囲んで、政雄にリョウが、三馬鹿たちのことを話している。オトは、キャット・ウーマンの衣装を着替えに別室に行っている。
「しかし、三馬鹿たちが、八幡さまに行くことをどうして知ったんだ?しかも、スカラと関係がある建物をどうやって、見つけたんだい?」
「マサさんには、信じてもらえないかもしれないけど、スターシャが教えてくれたんだ……」
「スターシャ?ああ、シロウの子供という、白猫か?まだ、生まれて、一ヶ月だろう?何を教えてくれたんだ?」
「確かなことかは、わからないけど、あの八幡宮の奥の建物で、子供たちが危険な目に合う。虫のような生き物に襲われる。その子供たちは、リョウの同級生だ……って言ったんだよ」
「あの子猫が、人語を喋ったのか?しかも、それって、予言のように聞こえるよ?」
「予言よ!明らかに……。そのあと、わたしたち、シズカやクロウたちと打ち合わせして、サンシロウに連れていってもらったのよ。それで、間一髪、間に合った、ってことよ」
普段着に着替えて、オトが現れた。
「子猫が予言……か……?」
「スターシャは、特別な能力を持っているの。あの猫屋敷で生まれ、育っている所為のようね。それに、シロウの子供だから、クロウとシズカの孫になる。エスパー・キャットの遺伝子を持っているのよ」
オトはそう言って、座布団の上で丸くなって、スヤスヤと眠っている、白い子猫を見つめた。
「問題は、スターシャの能力じゃあなくて、スカラの仲間が、少なくても、数匹はいるってことだよ!」
「そう、スカラに仲間がいた!三馬鹿たちの会話からすると、部屋の隠し戸のような場所に赤い宝石があったらしいの。つまり、ルビーを集めている連中ってことね」
「猫喰らい屋敷でなく、そこが、スカラの本拠地だってことかい?」
「ええ、おそらく、猫喰らい屋敷は、前線基地だった。だから、簡単に消滅させたのよ!」
「問題は、スカラが今後、どういう行動を起こすかだよ!宇宙人だとしたら、その目的は、地球征服かもしれない。今は、その前段階の、人類の科学力や戦闘力の調査中、とか……」
「でも、我々から、攻撃を仕掛けるわけには、いかないわ!ヘタすれば、人類滅亡、どころか、地球がなくなる可能性があるから……」
「オイオイ、それは、SF小説の領域だよ!あんな宇宙人がいるもんか!スカラは、地球上の生き物で、虫から進化した、変種だよ!」
「マサさん、それは希望的観測よ!スカラが示した能力は、変種の虫じゃあない!虫に見えるけど、人類と変わらない頭脳を持っているわ……」
「ねえ、スカラたちは、いつ頃から、この地球にいるんだろう?クロウが言った、『お伽噺の住人』がスカラの仲間のことなら、少なくても、十年、いや、二十年くらい前に、クロウはスカラに遭遇しているはずだよ……」
「あっ!そうだわ!」
「何事だい?オト、急に大きな声で……」
「松の木よ!」
「松の木がどうかしたのかい?」
「ほら、猫屋敷に松の木があるでしょう?リズのいる、稲荷神社にも、猫喰らい屋敷にも、今度の八幡さまの建物の裏 にも……。偶然とは思えない……」
「あっ!そうだった……。ほら、クロウたちが、人間の言葉を理解できるようになったのは、あの黒松に雷が落ちたからだったよね?スカラの能力、あの電流を発生させる能力は、雷さまに通じるんじゃない?」
「それに、フィリックスに人間を操る能力を授けた力……。クロウたちがスーパー・キャットになったのは、スカラが関わっている……?かもね……」
※
「どうやら、あのガキは失敗したようだねぇ……。虫に襲われて、逃げるのが精一杯だった……」
「姉御、どうして、そんなことがわかるんです?」
稲荷神社の社殿で、毛繕いをしていた、フーテンが、賽銭箱から飛び出してきた、サビ猫に尋ねた。
サビ猫は、その問いには答えず、身体を、ブルブルと震わせて、シャム猫の姿に戻った。
「なあに、今、あたしが変身していた猫は、ケンタっていうガキの飼い猫さ!ケンタが『タマ』って呼んでたから、タマって名前だろうね?タマと意識をつないで、ケンタの様子を探ったのさ!それで、フィリックスが言っていた場所に、例の虫のような生き物がいたことは、わかったんだよ……」
「姉御は、そんな、見も知らねえ猫と、つながることが、できるんですかい?」
「ははは、ちゃんと、事前に調べているよ!あたしが夜の散歩をするのは、テリトリー内の猫を把握するためさ!だから、ある程度の範囲内の出来事は、いろんな猫に変身すれば、手に入るんだよ!」
「スゲー!じゃあ、クロウに変身したら、あの屋敷の秘密も、わかるんじゃあ、ねえですか?」
「それが、ダメなんだよ!猫屋敷の猫たちは、子猫まで、接触不能……」
「やっぱり、あの屋敷は、特別なんですねぇ……」
「フィリックスが言ってたように、猫屋敷は、あの虫のような生き物と、関係があるのかもしれないね……」
「でも、我々が住んでいた頃は、虫なんて見たことねえですよ!それにフィリックスに言わせりゃ、この賽銭箱も同じ、ってことは、虫の住処……?見たことねえでしょう?」
「あたしが思うに、ここは、元住処だったんだよ。猫屋敷は、あの雷が落ちた頃。そのあと、虫たちは、住処を変えた。しかし、虫たちの影響は残ったのさ……」
「そういやぁ、あの雷は、戦の最中。姉御の危機をオイラが、身を挺して、助けた時でしたね?おかげで、クロウの攻撃が緩んで、逃げることができたんだ……」
「あの雷は、虫たちと関係しているはずだよ!あいつら、電流を発生させるからね」
「ところで、フィリックスの野郎は……?」
「ちょいと、調べもんさ!猫喰らい屋敷の焼け跡をね……。ほら、屋敷以外は燃えなかっただろう?」
「じゃあ、オイラも手伝いに行きましょうか?」
「いや、調べるのは、松の木の辺りだけ……、フーテン、お前には、危険な頼み事をお願いするよ……」
5
「リョウ、お前、猫には詳しいんだってな?ミチコが言ってたぜ!」
近所に住む、三馬鹿の一人、ケンタが、リョウの家を訪ねてきて、そう言ったのだ。
「詳しくはないけど……、好きなだけだよ。ケンタ君、猫を飼い始めたんだってね?」
「ああ、レイコたちが、猫好きのサークルを作ったから、俺も仲間入りしたかったんだ!それで、知り合いのばあちゃんから、サビ猫をもらったんだ……」
「ああ、サビ猫は和猫だから、丈夫で人懐こくて、賢いよ!」
「ああ、そのばあちゃんもそう言ってた。ただ、賢いからなのか、夜中に独り言を喋るんだ……」
「へえ、夜中に鳴くのか?発情期なのかな?」
「鳴くんじゃないんだ。喋るんだよ!人間の言葉で……」
「人間の言葉!それを聴いたんだね?なんて言ってたの?」
「虫を捕まえろ!八幡神社にいる黄金虫のような生き物を捕まえろ!って……、繰り返し……。リョウ!あいつは化け猫なのか?」
「ちょっと待って!いくつか質問するから、良く考えて答えてよ!まずサビ猫の名前と性別と年齢は……?」
「名前は『タマ』。メス猫だ。ばあちゃんは、一年前に捨て猫だったのを飼い始めたって言ってた。拾った時は、生まれたばかりの子猫だったそうだ……」
「じゃあ、一歳と少し……、猫又にはなれないね……。喋ったのは、いつ?それと、夜中以外は喋らないのかい?」
「喋ったのは、昨日の晩だ!今朝は、いつもどおりに、鰹節のご飯を食べた。喋ったりしない……」
「その独り言を聴いたのは、ケンタ君だけ?ほかに誰か聴いてないの?」
「いや、ミノルも聴いた。タツオは寝ていて、聴いていない!」
ケンタたち三人組は、神社裏での恐怖体験の所為で、夜、ひとりになれず、ケンタの家に泊まり込んだのだった。
「ミノル君も一緒だったのか……。では、空耳とか、近所の住人の声とか、ラジオの声ではないんだね……?最後にもう一つ、タマの喋った『八幡神社にいる黄金虫のような生き物』に、心当たりがあるの?」
「ああ、あるんだ!だけど、タマがどうして知っているのか、さっぱり、わからないんだよ……」
「それで、ケンタ君は、その黄金虫のような生き物を捕まえに行くのかい?三人で行けば、虫だったら、捕まえられるんじゃないかな?それをタマに見せれば、タマの独り言の謎が解けると思うよ……」
「ミノルもタツオも、そう言ったよ。でも、それが、虫のようだが、ただの虫じゃ
ないんだ!俺たち三人じゃあ、心細いんだよ!リョウ、付き合ってくれ!いや、お前の従兄で、刑事の息子の大学生がいるだろう?探偵の真似ごとをしている……。ミチコが言ってたんだ。そのマサさんも、一緒に行って欲しいんだよ……」
※
「ケンタは、まず、ミチコに相談したのね?レイコには……、遠慮したのか……」
「タマという猫が人語を喋ったのか?いったい、何匹、スーパー・キャットがいるんだ?」
ちゃぶ台を囲んで、オトとリョウと政雄が会話をしている。
ケンタからの依頼を受けて、対応を検討しているのだ。
「タマが喋ったんじゃない、と思う……」
と、リョウが自分の考えを言った。
「じゃあ、誰かがタマを使って、悪巧みをしているってことかい?と、したら、やっぱり、リズとフーテンか?」
と、政雄が推測する。
「その可能性が大。でも、もう一つ、スカラが秘密を知られた、三馬鹿に罠をしかけた、可能性もある……」
「そうか!スカラにとったら、三人は目障り……、いや、邪魔者だろうからな……」
「どっちにしても、三馬鹿たちでは、危険ね?我々が関与する必要があるわ!」
と、オトが意見を述べる。
「それで、三馬鹿は、いつ八幡さんへ行くんだ?」
「明後日、祭日だから……」
「よし、明日一日、準備ができる。虫退治に必要なものを揃えよう!」
「雷さまの電流に対する、備えもよ……」
「シズカ、サンシロウとキチヤの応援を頼むよ!」
と、座敷の座布団に丸まっている、白い親猫にリョウが声をかけた。
「準備するものを言うわよ!」
と、答えたのは、側に寄り添っていた子猫だった。
「虫捕り網に、ゴム手袋。衣装も、電流を通さない材質がいいわね。それと……」
と、まるで大人のような口調で語る。
「ええっ!そんなものまで……?」
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「フフ、どうだい?あたしのお芝居も、なかなかのもんだったろう?」
と、シャム猫のリズが言った。
「ええ、タマそっくりですから、あのガキ、タマが喋った、と思い込んでいますぜ!これで、あの三人組は、もう一度、神社の奥の建物に行きますぜ!俺が後をつけて、虫たちの目的を探ってきます!」
「ああ、気をつけるんだよ!探るだけ……、退治しようと、思っちゃあダメだよ!」
「わかってまさぁ!あいつらの電流の攻撃には、生身じゃあ勝てねえ!俺の体術で、かわすのが、やっとですからね……」
「それと、ものひとつ、気になることがある。タマの家に忍び込んだ時、我々以外の猫がいたんだ!何かを探っている感じだったね?しかも、気の所為かもしれないけど、気配がフィリックスによく似ているんだよ……。身体も黒っぽかったしね……」
「フィリックスに……?じゃあ、泥棒猫ですかい?あんな、貧乏臭い家に、盗みに入る奴はいませんぜ!」
「ああ、だから、余計気になるのさ!あいつは、フィリックス同様、泥棒猫じゃあなくて、あの虫の手先に使われている猫かもしれないよ……」
「姐さん、そいつは、俺の姉弟かもしれませんよ!」
と、言いながら、社殿の扉の隙間から、ほぼ黒猫が入ってきた。
「おや、フィリックス、帰ってきたのかい?」
「いや、それより、おめえに姉弟がいたのかよ!」
「小さい子猫の頃に別れちまったんで、記憶は曖昧ですが、母親は同時に三匹の子猫を産んだそうです。姉と弟。いずれも、黒が基調の毛並みのはずです。俺は母親について行って、二匹は父親に……」
「父親がクロウとシズカの子供だった黒猫だね?」
「そうらしいですね。猫屋敷に囚われている時に、キチエモンという、爺臭い話しかたをする、キジトラの子猫が、親父のことを訊くんです。俺は父親のことは、あまり覚えていないんですが、母親が生前言ってたのは、親父は真っ黒な艶のある体毛で、金色の眼に青みがかった瞳の、男前だったそうです。ただ、俺と同様、足の先が白くて、眉間に縦に一筋、白い毛が生えていたそうです。そう言うと、当時は生まれてねえ子猫のクセに、ああ、クロウとシズカの子供のクロベーに間違いない!ってぬかしやがる!あいつ、イカレていますぜ!」
「フィリックスは、知らないんだね?そいつは、キチヤって子猫だけど、キチエモンという、亡くなった、曾祖父が憑依しているんだよ!喋っているのは爺(じじい)のほうのようだね……」
「そうだったんですか?猫屋敷の猫には、ほかにも、憑依されている猫がいるんですね?」
「ああ、それで、別れた姉弟はどうなったんだい?お前の母親は亡くなったようだけど……」
「ええ、お袋は、俺がまだ小さい頃に……別れた姉弟は、どうなったか、知らないんです。親父は亡くなったと、噂を訊いています……」
「姉弟の名前は?」
「姉はクロエ、弟は、ブラッドって、お袋は呼んでいました……」
※
「ねえ、シズカ、クロウは、黄金虫のような生き物については、なんにも話さないのかい?」
と、明日の準備をしているリョウが、白猫に尋ねた。
「うん、クロウは何か知っているのは、確実よ!キチエモンが、あの虫を見て、『地球外生命体』とか、『人間以上に知恵がある』とか、言ってたんでしょう?つまり、キチエモンは虫のことを知っている。それなら、クロウも知っているはずよ!そこを追及したのよ。でも、『今はまだ、語る時期ではない!我々の準備が整うまでは、危険な行動はできないのだよ!』って、曖昧な返事をくれただけ……」
「準備が整うまで……?じゃあ、あの虫はクロウにとっても、敵対する勢力なのかな?」
「それも、わからないわ。どんな関わりがあって、それが今も、続いているのかも……」
「でも、明日、我々があの八幡さまの裏にある建物に行くことは、反対していないのね?」
と、弟に代わって、オトが尋ねた。
「そうね、反対するより、結果を知りたいって感じよ!」
「つまり、あの建物にいる虫のような生き物については、直接の関わりは、ないってことね?」
「直接、関わってないのは、確かね!でも、過去に関わっていた可能性があって、クロウはそれを確かめたいのだと思う」
「地球外生命体に、クロウは遭遇した経験がある……?しかし、それがあのスカラたちとは、限らない……?」
「じゃあ、我々は、スカラを退治することはできないね?地球外生命体と最終戦争に発展したら、大変だ!」
「できれば、拘束したいわね……。話し合いには、応じてくれそうにないし、一匹でも、捕まえて、正体と目的を訊き出したいわね……。和平交渉はそれから……よね?」
7
「リズ!聞こえるか?わたしだ!ヨシツネだ!」
稲荷神社の賽銭箱から出てきて、身体を元のシャム猫に戻した、リズの頭に急に言葉が入ってきた。
「おや?その声はクロウだね?」
テレパシーによる通信は、日頃、リズのほうから、発信しているので、頭の中に聞こえてくる言葉にも、驚いたりしない。
「ヨシツネなんて、お前が自分で言ってるだけだろう?直弼は『クロウ・ヨシツネ』って言ったけど、みんな、クロウって呼んでたよ!でも、久しぶりだね?お前のほうから、連絡してくるなんて、初めてじゃあないかい?わたしのほうから、何度も発信しているのに、バリアーを張って、シカトするんだから……」
「君とは、まだ、敵対関係だからね!簡単には、交渉の場には立てないのさ!今までは……ね!」
「ふうん、じゃあ、休戦交渉かい?こっちはもう、敵対する気はないよ!フーテンを七回見逃してくれたからね!三国志の孟獲を見倣うよ!」
「ああ、そう言ってくれるとありがたい。相談事もしやすいよ!」
「相談事?ははぁん、例の虫のことだね?やっぱり、お前は前から、知っていたんだろう?地球外生命体が、潜んでいることを……。おそらくだけど、猫屋敷に雷が落ちた、あの黒松の根元に、奴らは、しばらくいたはずさ!お前たちの能力が急に向上したからね。何かあるとは、思っていたんだよ!」
「よく、わかったな?」
「フフ、種明かしをすると、『猫喰らい屋敷』に同じような黒松があるだろう?フィリックスに調べさせたのさ!案の定、ここの賽銭箱の下にある、不思議な空間と同じものがあったそうだよ!」
「そうか!やっぱり、あの虫のような生き物は、わたしが出会った、不思議な生命体と同質のものか……?」
「おや?クロウが出会った、生き物は、虫の形をしていなかったのかい?」
「ああ、黄金虫のようなものは、おそらく、彼らの乗り物だ!本体は別の身体をしているはずだ……」
「乗り物?では、本体はあれより、まだ小さいのか?」
「あの乗り物はひとり乗りだよ。人間の世界なら、戦闘機のようなものかな?大勢が乗れる、船のようなものが、着陸した場所が、リズの言う、不思議な空間になったのさ!」
「あの空間は、二、三メートルあったよ!あの虫がひとり乗りなら、何倍?百倍くらいか……?いったい、その地球外生命体は何匹、この星にやってきたのよ!」
「その船は、宇宙空間を旅してきたんだ。相当進んだ科学を持った異星人だろうな?ただし、身体は小さい。船が航行中に故障して、この地球に不時着したんだよ。わたしが最初に会った、その生き物の話ではね……。今は、その船を修復中だろう。ただ、地球上には、部品になるものが少ない。船を直せない、と判断した、一部のものが、この地球で暮らすことを選んだのだよ!おそらく、フーテンと戦ったのは、船を修復している連中だ!八幡さまの裏にいるのも、その連中のはずだよ!」
「じゃあ、地球に残る選択をした奴らは、何処にいるんだい?」
「それは……、秘密だ!リズ、協定を結ぼう!明日、フーテンが八幡さま裏の屋敷に行くはずだ!我々の仲間も行くから、かち合わせになるだろう。我々は敵ではない!協力して、虫の中にいる、彼らのひとりを捕らえて、話し合いをしたいんだ!協力してくれるな……?」
「ふうん、そっちの都合の話だね?まあ、フーテンひとりじゃあ、虫は捕まえられないし、フーテンの命を助けてもらった、借りもあるから、お前たちの邪魔はしないさ!協力できるか、は、別だよ……」
「ああ、それで充分だ……」
と、クロウは通信を終えようとした。
「待って!あたしから、伝えたいことがあるんだ!お前の息子、クロベーは生き延びて、三匹の子供をもうけた。そのひとりが、フィリックスだ。あとの二匹の行方は知らないが、姉の名は、クロエ。弟の名は、ブラッド、というそうだよ!そのどちらかが、あの虫のような生き物と関わりを持っているよ!」
「リズ!ありがとう……」
※
「何で!あんたがここにいるの?」
街外れのこんもりとした『鎮守の森』。忘れられて、寂れた八幡宮への入口に当たる場所で、オトと政雄は三馬鹿たちと待ち合わせをしていた。約束の時間の五分過ぎにやってきたのは、四人だった。その予定外の人物に対して、オトが驚きの言葉をかけたのだ。
「い、いや、妹の同級生が怪しい場所に行くから、ひとりでも、助っ人に……と思って……」
と、ミチコの兄、サトシがヘタな言い訳をする。
「ごめんよ!オト姉ちゃんが助っ人にきてくれる、って、ミチコに話したら、側にいた、ミチコのお兄さんが、俺も助っ人をしてやる、って……。あんまり、大勢はマズイと言ったんだけど……」
と、ケンタが言った。ケンタは小さい頃から、オトには、頭が上がらない。
「オト、来てしまったものは仕方ない。サトシさんも連れて行こう」
と、政雄が妥協するように言った。
「わたしの側、二メートル以内に近寄らないでね!それと、命の保障はないってことを肝に命じていてね!それほど、危険な場所なのよ!あんたの面倒はみれないからね!」
オトがサトシに釘を刺す言葉を投げかける。サトシは「は、はい!」と、頷く。
「リョウは?」
と、ミノルが尋ねた。
「リョウは、斥候役よ!危険がないか、あの八幡さまの本殿まで行って、待っているわ!さあ、行くわよ!」
探険隊のリーダーは、オトのようだ。サトシ以外の男たちは、ゴムの長靴に、ゴム手袋。手には、虫捕り網と、プラスチック製の透明な板で、盾の代用品を持っている。電流を通さない、対策だった。
政雄は、フルフェイスのヘルメットに黒いツナギにブーツ姿。背中に荷物を入れたナップサックを背負っている。
オトは、キャット・ウーマンスタイルだ。ただし、繊維は、電流を通さないゴム製にしている。背中に政雄と同じように、荷物を背負っているのだった。
一行が、赤い鳥居の前で、一礼して、境内へ続く石段を登って行くのを、鳥居の側の草木の陰から見守っている、四つの光る瞳があった。
「兄貴、ガキどもが入って行きましたぜ!俺たちも行きましょう!」
と、ほぼ黒猫がトラ猫に言った。
「あれは、スペード・クインだ……。あいつまで出てきたのか……?」
8
「リョウ!変わったことはない?」
と、オトが本殿脇にいた、黒づくめの『怪傑ゾロ』の出来損ないスタイルの弟に、小さい声をかけた。
「今のところは、変わった現象は起きていないよ!あの建物には、誰もいない。虫のような生き物も、見あたらない!」
「普段は、目立たないようにしているんだろうね……」
「どうする?大勢で行く?それとも、分散する?」
「そうね?こいつら、役に立たないだろうけど、ここに残しておくのも不安だわ。とりあえず、その建物まで行って、真ん中の広い部屋で待機してもらおうか?足手まといにならないように……」
オトの意見が通り、一応七人が建物の中に入った。虫らしきものの気配も音も聞こえない。
「サトシさん、ケンタたち三人の保護をお願いします!危険を感じたら、直ちに、森の外まで、逃げること……」
「君たち三人で行くのかい?」
「とりあえず、三人が隣の部屋に入り、様子を伺う……。何事もないか、虫を捕まえたら、それで退散する。危険があったら、大声をあげるわ!」
「オト姉ちゃん、もし、虫がこっちに現れたら……?」
と、ケンタが怯えるように尋ねる。
「大声を出しなさい!逃げられるようなら、逃げるのよ!じゃあ、わたしたちは、隣の部屋へ行くわよ……」
※
「ただの空き部屋ね?」
木の引き戸をスライドさせて、オトが部屋を覗き込む。板張りの壁と床。小学校の教室を狭くしたような部屋だ。向かい側の壁にガラス窓があり、松の木が枝を張っている。その手前の壁から、二つの棚が、互い違いに生えている。
扉が閉まらないように、ナップサックから、二十センチほどの長さの角材を取り出し、柱と扉の間に挟んだ。自動的に閉まるのを防ぐためだ。ほかにも、金属製のアンテナのようなものを取り出し、床の上に二つ並べて設置した。
「こんなもので、雷のような電流を防げるのかな?」
と、政雄がそれを固定し終えて、オトに尋ねた。
「完璧ではないけど、避雷針とアースの役目をするはずよ」
「それは、誰が言ったんだ?」
「スターシャよ!」
「スターシャ?あの白い子猫がかい?」
「そう、あの子は、多少の未来予知ができるようなの。つまり、この避雷針でスカラの電流の攻撃を防ぐ、という映像が見えたそうよ!」
「なるほど、では、我々の勝利は間違いなさそうだね?」
「それが……、そこまで、予知できないみたいなの……」
「じゃあ、我々の未来は……?」
「電流は防げる。あとは、努力次第ってことね……。マサさん、頑張ってね……」
「不安だらけだけど……、スターシャは、防御については、大丈夫って言ってたよ!あとは、用意した、我々の武器が通用するかだよ!ダメなら、逃げるだけさ!サンシロウと、キチヤの能力を使ったら、あの鳥居までは、逃げれるからね……」
と、リョウが言った。
それと同時に、二匹の猫──三毛猫とサビ猫──が、部屋に現れた。
そのサビ猫が、爺臭い言葉をリョウに投げかけた。
「リョウ!奴らは、あの黒松の根元の空間にいるようじゃ!そろそろ、始めるぞ!戦闘準備はよいかな……」
9
「これが、ケンタの言ってた、壁から生えたような二つの棚か……。この下のほうを動かすと、壁に空間が現れて、そこに、ルビーが保管されている、ってことだったね?そして、虫が現れた……」
「でも、わたしたち、目眩いに襲われていないわよ。つまり、まだ、虫たちのいる空間とは、繋がっていないんじゃない?」
「まあ、試してみよう!棚を動かすよ!臨戦態勢の準備はいいね?」
政雄の言葉に、オトとリョウは、しゃがんで態勢を低くする。床に片膝を立てた格好で、電流を通さない材質の虫捕り網と、武器に使う、ゴム付きのパチンコと、ハエたたきのようなものを、床に並べている。
政雄が、下の棚を動かすと、予定どおり、壁の一部に空間が現れ、そこには、赤く輝く、宝石が、十個ほど入っていた。
突然、部屋が地震のように揺れる。政雄は、壁から離れ、避雷針のような装置の側に、片膝を立てて、しゃがみ込んだ。
窓ガラスは閉まっているのに、ガラスを突き抜けて、数匹の黄金虫のような物体が、窓から部屋へ飛び込んでくる。大きさは、二、三センチ。羽根はない。回転しながら、空中を飛行している。
(空飛ぶ円盤だ!)と、リョウはその物体を科学雑誌に載っていた。UFO(=未確認飛行物体)だと認識した。
虫の身体が光り、小さい雷のような電流を放つ。稲光りは、避雷針に吸い込まれ、激しい光(=スパーク)が部屋を包んだ。
「ようし!電流は防げた!今度は、捕獲作戦だ!」
身体に電流は流れない。政雄は、虫捕り網を手にして、素早く、飛び回る一匹の黄金虫に、その網を振るった。
「よし!捕まえた!」
確かに、網の中に一匹の虫が吸い込まれた。しかし、網を絞って、出口をふさいだと思ったが、虫は先ほど、ガラスをすり抜けた、と同じように、網の外を飛んでいた。
「ダメだ!網をすり抜ける!」
そう叫んだ政雄の頭のすぐ上に、虫が飛んできて、稲光りのような、電流を放った。
「ワッ!」
と、政雄は叫んだが、電流は、フルフェイスのヘルメットに遮られ、身体には達しない。
「網は役に立たないわ!次の作戦よ!」
オトは、バドミントンのラケットほどの大きさのハエたたきを取り出し、虫を叩き落とそうとした。しかし、ラケットのガットに当たる部分に、虫が当たった、と思ったその時、虫は瞬間移動をして、ラケットには接触しなかった。
稲光りのような、光を発しながら、三匹のスカラがかたまって、政雄を狙って天井から、急降下してくる。政雄は、ナップサックから、缶スプレーを取り出し、三匹のスカラに向けて、霧のような白い溶液を噴射したのだ。
何故か、スカラが軌道を反らして、フラフラとした飛びかたになった。三匹のうち、二匹は、床に落ちる前に軌道を変え、窓ガラスをすり抜け、表へ出て行った。
スプレーの噴射をもろに浴びた一匹が、床に落ちて、転がり、仰向けになった。
「マサさん、やったね!それ、何のスプレー?」
リョウは、ハエたたきで、スカラの一匹の攻撃をかわしながら、政雄に尋ねた。
「ゴキブリ用の殺虫剤だよ……。まさか、スカラに効くとは……」
※
「あぶない!今度は、レーザー光線を使う気よ!」
と、オトが叫んだ。残ったスカラは、二匹。それがひとつにドッキングしたように重なりあって、レーザー光線を政雄の腕をめがけて、発した。政雄は避けようとして、バランスを崩し、尻餅をつく。その顔を覆っている、フルフェイスのヘルメットをめがけて、スカラが体当たりしてきた。政雄が首を振り、その攻撃を回避する。二匹のスカラは、天井付近まで上昇して、空中で停止し、次の攻撃の態勢をたてているようだ!
「姉貴!次の作戦だ!」
リョウが叫んだ。オトはナップサックから袋を取り出し、中身を床にばらまいた。それをひとつ掴むと、ゴムバンドの付いた、パチンコにセットして、空中のスカラに向けて、放った。リョウも、パチンコを使った攻撃を開始した。
パチンコの弾に使ったのは、赤いガラス玉だ。夜店で売っている、ガラスの宝石の材料に使うものだった。
ガラス玉は、ルビーのようだ。弾としては、命中率は悪い。スカラには、かすりもしない。だが、スカラは、そのガラス玉を避けはするが、レーザー光線や、雷のような電流で、破壊したり、しないのだ。
「思ったとおりね!スカラにとって、赤い宝石は、貴重品なのよ!さあ、次の攻撃よ!キチヤ、頼むわよ……!」
オトが、キジトラ猫に声をかける。床にばらまいた赤いガラス玉が次々と宙に浮き上がり、天井まで、上昇すると、スカラめがけて、まるで、雨粒のごとく、降り注いだ。サイコキシネス(=念動力)だ。
赤いガラス玉は、次々と、上昇と落下を繰り返し、渦のように、スカラにぶつかっている。スカラがバランスを崩して落下してしまう。しかし、床に落ちる前に軌道を変え、オトの喉元を狙って飛んできた。
その時、扉の隙間から、茶系の物体が飛び込んできて、オトの目の前の空中で、スカラと正面衝突したのだった。
ドッキングしていた、二匹のスカラは切り離され、一匹は壁に当たって、床に落下し、もう一匹は、窓ガラスを打ち砕いて、外の雑木林に飛ばされた。
部屋に飛び込んできたのは、大きなトラ猫だった。その前足には、ボクシングのグローブのような、革の手袋が装着されていた。その前足が、スカラにカウンター・パンチを浴びせたのだった。
「ザマァみろ!俺さまのパンチの威力、思い知ったか……!」
トラ猫が、大見栄をきった。その言葉に、ため息混じりで、オトが呟いた。
「フーテンの『猫パンチ』が、最高の武器だった、とは……」
10
「ワァッ!」
「ギャアー!」
「逃げろ!」
悲鳴のような声が聞こえた。
政雄が、床に落ちた二匹のスカラを、鉛の小さなケース二個に、一匹ずつ閉じ込めている。スターシャが、鉛のケースなら、テレポートやテレパシーができない、と言ったからだ。
「しまった!隣の部屋の連中を忘れていたわ!」
オトが、床に散らばった、赤いガラス玉や、武器に使ったものをナップサックに片づけながら、言った時、廊下で、大きな音がした。
リョウが慌てて、扉を開くと、サトシが、廊下の壁に、身体をぶつけて、疼くまっている。
「ワァー」
と言って、ふたりの少年が、プラスチック製の盾を頭上に掲げて、部屋から廊下に飛び出してきた。
リョウが廊下に飛び出し、隣の広い部屋を見る。部屋の中央に、小肥りの少年が、床に頭を抱える格好で、うつ伏せで、丸くなっている。その少し、斜め上空の左右に、スカラが二匹静止している。その物体から、光線が放射され、タツオの身体を、半透明の幕のように包み込んでいた。
「リ、リョウ!急に虫が現れて、電流を放射したんだ!俺たちは、感電しなかったけど、サトシ兄ちゃんが、やられた!それから、別の光が放れて、タツオが動けなくなったんだ!」
慌てた口調で、ケンタが状況を説明した。サトシは、廊下の壁にもたれて、気を失っていた。
二匹のスカラは、空中に静止して浮かんでいるが、微妙に震えている。不安定なのだ。その状態を続けることに、苦労しているかのようだった。
政雄が廊下に現れ、殺虫剤のスプレー缶を構えた。
「マテ!ワレワレハ、モウ、タタカウ、キモチハ、ナイ!ソノ、ブキヲシマエ!サモナイト、ヒトジチノ、イノチノ、ホショウハ、ナイゾ!」
機械音のような人語が響いてきた。スカラの一匹から、発せられているようだ。
「なら、まずは、その光のバリアーを消しなさい!こっちにも捕虜がいるのよ!」
政雄の背中から、一歩前に足を進め、オトが、強く言った。
「オト姉ちゃん!タツオを助けてやってよ!」
と、ケンタがオトの腕にすがりながら言った。
「わかった!バリアーを消そう。まずは、捕虜の交換だ!」
スカラの周りの光が薄れ、言葉もまともな人語になった。
「あら、捕虜はそちらは、ひとり、こちらは、ふたり。数が合わないわね!いいわ!条件付きで、交換しましょう!」
オトはあくまでも、強気だった。
「条件付きだと?どんな条件だ?」
「あなたたちの正体と目的。それに、ルビーを欲しがる理由が知りたいわ!」
「それを知って、どうするつもりだ!」
「あなたたちが、地球外生命体で、その目的が、地球侵略で、ルビーがその目的を達成するのに必要なものなら、我々は対抗処置をとらねばならない!地球上の生命の危機を防ぐためなら、かわいそうだけど、その子を犠牲にすることだって考えられるわ!」
「オト姉ちゃん……!」
※
「それで?全員無事だったってことは、オトの強気の交渉が上手くいったのね?」
オトの家のちゃぶ台を囲んで、オトとリョウと政雄は、祖母の作ったカレーライスを食べている。
子猫のスターシャと、シズカは、鰹節の欠片をもらって、かじっている。それを食べ終えたシズカが、三人に声をかけたのだ。
「あの二匹のスカラは、マサさんに殺虫剤をスプレーされて、窓から逃げた二匹なのよ!身体に、液体の匂いが凄かったから、すぐ、わかったわ!」
「スカラは、殺虫剤を恐れていたんだよ!マサさんが、スプレー缶を構えたから、すぐに、捕虜交換を持ち出したんだ。あのままだと、勝負は見えていたんだ!」
「ただ、タツオの身体が心配だったのよ。感電はしないけど、テレパシーの強いやつを脳に送られたりしたら、廃人になる可能性はあったのよ……」
オトがシズカに、スカラとの交渉の経過を話す。
「我々は、地球侵略など考えていない!」
と、まず、オトの考えをスカラは否定した。
「よかろう、話せる範囲で、交渉に応じよう!地球の生命体がこんなに、(科学が
)進んでいるとは、思わなかった。自らの衛星(月)に、ようやく、到着したばかりなのに……。それに、人類と、猫属が、──二足歩行と、四足(よつあし)動物が──お互い、協力し合う関係なのも、不思議なことだ……」
と、その場にいる、サンシロウ、キチヤ、フーテン、フィリックスと、オトたち人間の関係に驚いたことを語った。
「我々は……、そうだな、これからの話は、君たちの星(=地球)を中心にして話そう。我々の星は、銀河系宇宙の外れにある。この地球の所属する、太陽系から、およそ、十万光年ほど離れている。太陽より、少し大きな恒星の第五惑星だ。この地球によく似た環境だが、地球のように水に覆われてはいない。砂のような大地がほとんどで、海はなく、湖がいくつも点在している。我々はその星のもっとも進化した生命体だった。しかし、その星のひとつ外側を回る惑星に、かなりの重量の彗星が衝突した。その第六惑星は、粉々になり、その分散した星の欠片(かけら)が我々の星の重力に引かれて、落下してきた。我々の星もその衝撃で、地軸が歪み、大地が隆起、沈下を繰り返し、惑星の核であったマントルが地表に噴出した。もう、生命体が命を守る術(すべ)は、その星を脱出することだけだった。幸い、我々は、宇宙空間を移動できる、宇宙船を建造していたのだ。ただし、それに乗り込めたのは、二十名ほどだった……」
ワープ航法を用いて、生命体の存在できる惑星を探した。この太陽系に、生命体の反応があり、まずは、その星の衛星である、月の裏側に着陸した。そこで、観測用のシップを使って、地球の調査を始めた。その二回目の調査中に、観測船の推進システムに異常が発生し、船を地表に不時着する羽目になったのだった。
月に残った、マザーシップは、地球の大気圏に突入できない。また、観測船等の救助船は残っていないのだ。スカラたちは、観測船を修理し、月に帰らねばならなかった。しかし、船を直すための材料が、地球上には少ない。海底深く潜れば、レアアースと呼ばれる、代用品が手に入るのだが、スカラは深海に潜る装置、機械は持っていなかった。あるのは、空中を飛べるひとり乗りの偵察機と、地球に存在する、磁力を利用して、電流を発生させることだった。
「だから、我々は、船を直して、月で待つ、母船に帰りたいだけだ!侵略する気はない!」
「じゃあ、ルビーを集める理由は?」
と、オトが尋ねた。
「赤い宝石の光は、船の推進エネルギーに直結しているし、また、それを観測船にちりばめれば、月にいる仲間たちと、協力して、サイコキシネスによって、船を大気圏から脱出できる。赤い光が、我々の精神的なエネルギーを増殖させるんだ!船の外装部分を赤い宝石である程度、覆うことができれば、推進力の不足分を精神エネルギーで補うことができるんだよ……!」
11
「それで、サンシロウを猫屋敷に飛ばして、クロウに状況を伝えたのよ。サンシロウが帰ってきて、スカラの話に嘘がないことがわかったの。なんせ、サンシロウと一緒に、スカラの仲間が、クロウに頼まれて、やってきたのだから……」
サンシロウと共に現れたのは、猫屋敷の黒松の根元に繋がる、秘密の場所に隠れ住んでいる、別動隊のひとりだった。地球に残る選択をした、数人の中のひとり、リーダー格の女性だった。
サンシロウに憑依しているサンタが、クロウからの伝言を伝えた。オトは納得して、捕まえていたスカラを、鉛の箱から解き放った。
政雄が、床に伏せている、タツオの身体を抱え上げ、廊下に運んだ。
「キチヤ、サンシロウ、こいつらを、森の外へ転がしておいて!もう、役目は終わった……っていうか、役に立たないからね!」
オトが、三馬鹿と、サトシを指差して言った。四人は、フィリックスの能力で眠らされていたのだった。
「そうだ!我々から、お願いがある!」
と、交渉をしていたスカラが言った。
「君の袋の中にある、赤いガラスをくれないか?それだけあれば、ルビーの代わりになる!お礼に、フィリックスに盗ませた、ルビーを返そう……」
「ええっ!こんなガラス玉が、ルビーの代わりになるの?それなら、ルビーを盗まなくても、よかったんじゃない!」
「我々の星には、赤いガラスなど存在しないんだよ……」
※
「フーテン、ご苦労だったね!虫のような、宇宙人を一発で、ノックアウトしたそうだね?」
寂れた稲荷神社の社殿で、シャム猫がトラ猫にねぎらいの言葉をかけた。
「姉御に言われて、電流を通さないグローブはしてましたからね!俺が思い切りパンチを見舞ったら、ぶっ飛びましたよ!」
と、フーテンは得意げに、鼻の穴を膨らませながら言った。
「あいつらは、大したことはない。電流を放射するくらいで、それを防ぐことができれば、パワーはこっちが上ですからね!」
「まあ、手打ちができてよかったよ!しかも、時間をかけずにできたからね……」
「時間をかけちゃあ、不味かったんですかい?」
「ああ、例えば、フィリックスのように、あいつらから超能力を授かる代わりに、手下のように使われる、そんな、猫や人間の集団を組織されていたら、勝ち目はなかったよ!」
「そうか!あいつら、猫の能力を高める術を持っていますからね?」
「あいつらの精神的エネルギーが、猫に影響するんだろう。あいつらの船が一時隠されていた場所が、そのエネルギーの磁場になったんだ。おそらく、船の推進力というのが、精神的エネルギーに近いもので、それが漏れたか、あるいは、周りに影響を与えて、エネルギーが溜まったか……」
「直弼の屋敷猫が、スーパーキャットになったのは、その所為か……」
「それより、ひとつ、気になることがあるのさ……」
「何です?気になることって……?」
「ほら、あのガキの家で見かけた、黒猫さ!てっきり、あの虫たちに使われている猫だと思ったんだけど……、あの戦いに姿を見せなかったねぇ……」
※
「それで、スカラの船は、修理できそうなの?」
と、シズカが尋ねた。
「ええ、盗まれたルビーと交換に、持っていた赤いガラス玉を全部あげたら、喜んでたわ。二、三日で、船にガラスを装着できるそうよ!完了したら、猫屋敷の裏庭に船を移動させて、地球に残る予定だった仲間と合流した後、月に向かうそうよ!日程は、今度の満月の夜。中秋の名月の夜ね!」
「スカラたちは、月に帰って、それから、太陽系から、また別の生命体がいる惑星を探すそうだよ!」
と、リョウが補足した。
「あの虫のようなものは、ひとり乗りの偵察機だったんでしょう?本体は、どんな姿をしているのかしら?」
オトが、誰に尋ねるでもなく、独り言のように呟いた。
「フフ、実は、クロウは知っているのよ!わたしもある程度、想像できるわ!オト、満月の夜を楽しみにしておくことね……」
そう言うと、白い猫は、側にいた、白い子猫と共に、身体を翻し、座敷から土間に飛び降りると、勝手口の潜り戸の前に駆けていった。そして、二匹は一度振り返ると、口元をあげるように、笑い顔を見せて、表に出て行った。
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