第9話 クロエとブラッドの陰謀

「ミャァー、ミャァー」

と、いう猫の鳴き声が聞こえる。いつもの座敷ではない。宙空に『中秋の名月』が輝いている。場所は、猫屋敷の裏庭だ。

鳴いているのは、ビートが憑依している娘の子供たちだ。スターシャの姉妹だ。スターシャと違って、サビ猫の毛並みで、普通の猫──スーパーキャットではない──だった。

猫屋敷の猫たち──クロウやキチエモンを含め──が全員と、何故か、リズとフーテンとフィリックスがいる。

猫以外には、オトとリョウと政雄の人間は三人だ。

風が吹いて、松の枝を揺らしている。満月が、天空から、その松にスポットライトを当てている。猫たちは腰を下ろし、前足を揃えて、月を見上げている。

「そろそろ、現れる頃だよね?」

と、月を見上げ疲れて、顔を元に戻しながら、リョウが尋ねた。

「そうね、あと五分かな?」

と答えてくれたのは、小さな白い子猫のスターシャだった。スターシャは、少しばかり、未来予測ができるのだ。

確かに、五分後、見上げた月が、南中の空にさしかかった時、反対側の天空に楕円形の物体が急に姿を表したのだ。

「あれが、スカラの観測船?気球の出来損ないみたいだよ?」

リョウが言うように、その物体は、ラグビーボールを少し流線形に近づけた感じで、推進装置がどこにも見えない。しかも、半透明のようなボディーなので、月の光に溶け込めば、姿が見えなくなりそうだった。

黒松の根元が急に輝き始め、雷の所為で空洞になっていた場所から、数匹の黄金虫のような物体が飛び出してきて、空中の飛行船に向かって上昇していった。

反対に、一匹のスカラが、船から出てきて、空を見上げていた、オトたちの背の高さで、空中停止した。

「地球の代表者……、ではないようだが、我々の協力者、少女に感謝の意を表明する!」

と、スカラが、威厳のこもった言葉を発した。

「そうだわ!あなたの名前を訊いてなかったわね?わたしは、オト、こちらは、弟のリョウ、もうひとりは、従兄のマサオよ!」

「わたしは、ナイトとでも呼んでもらおう。船の副船長で、偵察隊の隊長だ!」

「じゃあ、ナイトさん!船の修復は完了したの?月の母船に帰れるのね?」

「ああ、オト、君たちに提供してもらった赤いガラス玉のおかげで、推進力が復活した。あとは、大気圏を脱出するために、母船から、サイコキシネスのエネルギーが送られてくる。大気圏をぬければ、月まではすぐだ!ショートワープをする!」

「そう、気をつけてね……」

「ありがとう!君たちの恩に報えないのが心残りだが、君たちとこの星の繁栄を祈っているよ!」

そうナイトが言った時、黒松の根元から飛び立った、一匹が、観測船に乗り込まず、引き返してきたのだ。

「ナイト、やっぱり、わたしはここに残るわ!」

そう言ったのは、八幡宮の裏の建物に、サンシロウと共に現れた、スカラの女性だった。

「サラ!何を言ってるんだ!我々は、新たな星を探す旅に、でなければならない!もう、この星には帰ってこないんだよ!」

「そう、旅を永遠に続けることになるわ!たとえ、住処になる星が見つかっても、幸せになれるとは、限りない……。わたしは、この星が気にいったの!わたしたちによく似た生き物がいて、その生き物を大事にしてくれる、知的な生命体がいる。そして、未来に向かって、向上し続けているわ!わたしは、その未来を静かに見守っていたいの!それが、宇宙を旅するより、ずっと楽しいことだと思うのよ……」

「しかし、サラ、君をひとりには……」

と、ナイトが苦言を言う。

「わたしも残るよ!」

急に、一匹のスカラがテレポートしてきて、ナイトとサラの前に現れて言った。

「プリンス!何を言ってるんだ!君は船長の息子だ!跡継ぎだろうが!将来のリーダーだぞ!」

「未来の船長は、君に任すよ!わたしもこの星が気にいったんだ!サラが残る気持ちがよくわかる。サラとふたりで、この星に新たな我々の歴史を創るつもりだ!」

「プリンス!わたしだって……サラの側にいたい……」

「ナイト、君には、仲間をまとめて、旅を続ける任務があるはずだ!それが君の使命だよ!我々の神から与えられた……ね!」

「本当によかったの?仲間と、永遠の別れになるのよ……?」

「ああ、僕にはできないね……、姉貴と、別の星で暮らすなんてね……」

「わたしと?なんで、例えで、わたしとふたりになるシチュエーションになるのよ!ルナとふたりって、発想はないの?」

「あっ!なんでだろう?このふたりが、恋人でなく、姉弟のように思えたんだ……」

「ええっ!サラとプリンスが姉弟?まさか……?」

「リョウといったわね?あなたにも、少しだけ、テレパシーの能力を、ナイトが与えていったようね……」

「君の言うとおり、わたしたちは、姉弟だよ!ただし、父親は、別だ!我々の星では、女性が少ない!そこで、一妻多夫制なんだよ!女性は子を産み、父親が育てるっていうのが一般的だよ。妊娠期間も短いから、女性の負担は少ないよ……」

と、サラとプリンスが説明した。

「じゃあ、サラさんとプリンスさんは結婚できるんですか?近親相姦とかに、ならないのかな……?」

「もちろん、サラとわたしはこの星で、結婚して、子孫を作るつもりだよ!」

「さあ、相手を選ぶ権利は、わたしたちの星では、女性のものだから、わたしがプリンスを選ぶかどうか、わからないわよ!たとえば、そこの、フーテンという、ちょっと変わったタイプを選ぶかもしれないわ!」

「ええっ!フーテン?どんな基準なんだよ?まさか、サラとプリンスの実体って……猫に似ているの……?」

「フフフ、もう、本当の姿を見せてもいいわね……」

そう、サラが言うと、黄金虫の身体が、スーッと薄れていき、黒い小さな物体が現れた。

その姿は、顔以外は完全に黒猫だった。顔は……、猫属にしては、鼻が尖っている。豹よりも……。兎か鼠に近い。だが、やはり、猫属だと思う。

サラの身体が、どんどん、大きくなった。そして、普通の──シズカと同じくらいの──猫の大きさで止まった。プリンスも同じように、黄金虫から、本体を表し、大きくなった。

サラの額には、十字の星形の白い毛があり、プリンスには、半月形の白い毛が生えている。ふたりとも、左右の瞳の色が違う。片方が青く、片方は緑色だった。

「まるで、クロウの一族ね?」

と、オトが驚く。

「そうね、クロウとわたしたちは、よく似ているの。だから、わたしたちは、クロウの飼い主だった直弼さんに接近したのよ、最初の観測船の調査の時に……ね……」

直弼は、霊界と交信するため、松の木に宇宙に向けて、電波を発信するアンテナを設置していた。スカラたちは、その電波に反応して、猫屋敷を最初の観測調査場所に選んだのだ。観測船は、猫屋敷を調べるために、その近くの、稲荷神社の地下に着陸した。

直弼は、現れた、小さな、猫に似た地球外生命体(=宇宙人)を大歓迎したのだ。スカラたちは、自分たちとよく似た動物と一緒に暮らす彼から、情報の提供を受け、代わりに、猫の寿命を伸ばし、猫と人間が会話ができるように、いろいろな工夫をしてくれた。

観測船が地球を離れ、一度、月に帰っている間に、不幸なことが発生する。直弼が亡くなってしまったのだ。そして、二度目の観測のため、地球の大気圏に突入した船の推進システムに異常事態が発生した。のちに太陽のフレア現象の所為だとわかったが、推進力をなくした船は、地上に降りる以外の策はなかったのだ。

観測船が不時着した場所は、猫屋敷の黒松の根元だった。落雷と思ったのは、不時着する際に、地面と衝突しないために、船から発射された光線だった。船は無事、松の木の根元に空間をこしらえ、着陸できたのだ。それが、リズたちのクーデターの日だった。

「不幸に出合った、クロウとスカラは協力することになったのね……」


「フーテン、どうだい?サラとかいう、宇宙猫の親衛隊か近衛兵の隊長になってみるかい?」

ナイトという、スカラたちが地球を離れた数日後、寂れた稲荷神社の神殿の中で、リズがトラ猫に言った。

サラは地球の猫属と自分たちの仲間のように接している。智力や特殊能力は、段違いだから、地球の猫の能力を少しだけ、改善しようとしている。直弼が猫に与えた、『猫の寿命を延ばす丸薬』は、スカラからの贈り物だった。それは、猫の能力を高める作用もあった。サラはその丸薬をもう少し、広い範囲の猫たちに与える提案をしたのだが、クロウに反対された。あまり、能力を高めると、不幸な結果になる。地球の猫、全てが、善良な魂(たましい)を持っているとは限らないのだ。特殊能力を悪用するものが必ず生まれる。それは、今の平穏な猫の暮らしを破壊することになる、と言ったのだ。

サラは、自分の側に、自分たちと同等の仲間が欲しかった。猫屋敷の猫たちは、それなりの智力を持っているが、クロウ以外は、友達にはなれそうにない。そこで、サラは、猫たちの中で、一番、腕力のありそうな、フーテンを側に置こうと考えて、フーテンに『親衛隊隊長』就任を打診したのだった。

「お断りでさぁ!あんな、お高くとまった『女王様』の側にいたんじゃ、息が詰まりますぜ!同じ、『女王様』でも、リズの姉御は、あんな『上から目線』じゃあねえ!俺を信頼してくれている。俺は、姉御の側のほうが、絶対いいですよ!」

「おや、フーテン、おまえも『お世辞』がうまくなったね?サラからもらった、丸薬の効果がもう出たのかい?」

リズは、猫屋敷の猫たちと別れる際に、サラから丸薬をもらったのだ。例のクーデターの時に持ち出した丸薬は、残り少なくなっていた。もらった丸薬は、改良型で、能力向上を促すものだったのだ。

「お世辞じゃあねえですよ!俺は姉御に一生ついていきますぜ!」

「嬉しい、反面、おまえが側にいたんじゃ、あたしは恋もできないね……。プリンスとかいう、宇宙猫は、なかなか、男前だったのに……ね……」

「あ、姉御!あんな、女の尻に敷かれているような、ヤワな野郎はダメですぜ!それにあいつら、歳がわからねえ!イッテエ、何歳なんですかね?」

「さあ、一万年は生きているのかね?それとも、生まれ代わりなのか?でも、何歳かは関係ないさ!あいつらも生きものなんだよ。子供を産むそうだから、寿命もあるんだよ!それより、フーテン、あたしたちは、まだ、するべき仕事があるんだよ!」

「なんです?仕事って……?」

「フィリックスの姉弟、クロエとブラッドの行方探しだよ!フィリックス同様、その二匹も、スーパー・キャットになる素質があるんだ。いや、もうなっているかもしれないんだよ……」

「でも、別に、行方を探さなくてもいいんじゃないですか?俺たちには、関係ない場所に住んでいるんだから……」

「バカだね!ふたりが敵にならないとは限らないんだよ!どんな能力を持つかもわからない。早い段階で、その暮らしぶりを把握しておくことが大事なんだよ……」

「スターシャは、まだ猫屋敷に帰らないの?」

土間から、二匹のオッド・アイを持つ白猫が、座敷に軽やかに飛び上がって来たのを横目に見ながら、オトが言った。そして、読みかけの『ギリシャ棺の秘密』の文庫本に栞を挟んで、二匹の猫に向き合った。

「ねえ、オト、わたしをこの家の飼い猫にしてもらえないかな?サラって女王様みたいな猫が来て、なんだか、暮らしにくいのよ。屋敷が宮殿みたいな雰囲気になってね。うっかり、アクビもできないわ!」

と、子猫のほうが言った。

「さあ、ばあちゃんが、許してくれるかなぁ……。そんなに、猫屋敷の雰囲気が変わったの?」

「うん、なんだか、サラの趣味、お姫さま趣味が醸しだす雰囲気に、周りの猫たちが、圧倒されて、自然に、かしずく態度になっちゃうみたい」

「クロウや、キチエモンは?」

「オスたちが、よけいダメなのよ!」

と、親猫のシズカが、怒ったように言った。

「黒猫のオッド・アイなんて、地球上には、存在しないのよ!白猫だけなのよ!サラとプリンスは、黒猫のオッド・アイ。屋敷猫たちは、オスもメスも、メロメロよ!わたしも、あそこには、帰りたくないわ!」

「お願い、オト!わたしをこの家の飼い猫にして!」

「仕方ないわね……、リョウ!おばあちゃんを説得する、方便を考えてね!」

ちゃぶ台で、宿題をしていた、弟に、難題を与えることになった。

「仕方ない!本当のことを話そう……」

と、リョウが、鉛筆をちゃぶ台に転がしながら言った。

「本当のこと?まさか、この二匹が人間の言葉を喋るって、おばあちゃんに告白するの?心臓が止まるよ!」

「違うよ!スターシャが、シロウの子供だってことを話すんだよ!それは、真実だからね……。それで、そのメスが産んだ一匹の貰い手を探していたけど、最初に言ったお家が、やっぱり、別の飼い猫がいるので、ダメになった……ってことにする。シロウが父親なんだから、我が家にも責任がある、だろう?」

「なるほど!嘘と本当が混じって、真実になっているわね……」


「フウン、シロウとスターシャの父娘(おやこ)を飼うことになったのか?ばあちゃんが許してくれたんだね?」

翌日、政雄が、ちゃぶ台を挟んで、オトと会話をしている。話題になっている、二匹の白猫は、座布団に丸まって、寝ているようだ。

「まあ、スターシャがシロウの娘ってことは、誰が見ても信じるわね。そっくりなんだから……。シロウはおとなしいし、食べ物も、特別なキャットフードはいらないから、スターシャが家族になっても、負担はあまり増えないからね……。オッド・アイの白猫を二匹も飼っている家なんかないだろうから、幸運が舞い込む、って期待しているんじゃあないかな……?それより、例の盗品のルビーはどうなったの?」

オトが尋ねた、『盗品のルビー』とは、スカラからオトに返された、八幡宮裏の建物にあった、十個程の宝飾類のことだ。

「ああ、あれは、ケンタたちが、探検ごっこをしていて、偶然見つけた。それを『私立探偵、荒俣堂二郎』に知らせた。そして、荒俣堂二郎が、盗品だと断定して、警察に連絡した。宝飾類は、元の持ち主に返却された。残念ながら、犯人逮捕には、至らなかった……。以上!」

「まあ、無難なシナリオね!そこに、地球外生命体とか、特殊能力を持つ猫たちが、関係している、とは……、公にできないものね……」

「半分、僕のお手柄みたいになっちゃったけど、よかったのかい?まあ、親父には、オトとリョウが、関わっていることは、伝えたよ!スカラのことは……、話していないけどね……」

「叔父さんでも、信じてもらえないよ!たとえ、サラやプリンスに会わせてもね……偶然見つけたことにしておきましょう!」

と、オトが結論づけた。

「ところで、リョウは?」

と、政雄が話を変える。

「猫好きサークルの集まりに行ってる」

「ああ、ルナちゃんたち、クラスの美少女が大集合の……。いいなぁ、モテる男は……」

「バカね!針の筵よ!誰とも気楽に会話ができない!隣に座るのは、ケンタとミノル。女性陣から、質問された時以外は、発言禁止……」

「そんなに、ひどいのかい?」

と、政雄が驚く。

「嘘だよ!そこまで、ひどくはないよ!」

と、土間に現れた、リョウが言った。その声に驚いたのは、座敷のふたりだけではない。寝ていた、二匹の白猫が、

「ニャアー」

と、同時に鳴いたのだった。

「あら、リョウ、帰っていたの?『ただいま』って言わないと、ばあちゃんに叱られるよ!それに、一昨日(おととい)あんた、猫サークルで、ルナと、一言も喋れなかった、って、愚痴をこぼしてたじゃない!」

「まあ、一昨日は、ルナちゃんも体調が悪かったみたいだし、ケンタが、猫と関係ない、UFOの話をし始めて、ルナちゃんは話題についていけなかったんだよ……」

リョウが、座敷に上がってきて、ちゃぶ台の前に座り、煎餅をひとつ詰まんで、会話を始める。

「ケンタがUFOの話?まさか、スカラのことをバラしたんじゃあないだろうね?僕は警察官の事情聴取の前に、『虫(=スカラ)のことは、絶対秘密だ!喋ったら、脳を改造されて、人格が変えられる』って、強く、釘を刺したんだ!事情聴取は、簡単に済んだから、今後も、スカラのことは、他言無用だ、と、脅しておいたよ!」

「スカラが喋ったのを聴いたのは、ケンタひとり。ミノルは気を失っていたし、タツオは怖くて、耳をふさいでいたし、詳しい状況は、まるで覚えていないんだ。ただ、ケンタだけが、虫が喋ったところで、気を失ったから、少しは記憶があるみたいなんだ。でも、UFOの話は、スカラのことじゃなくて、介良(けら)のUFO事件のことだったんだよ……」

『介良のUFO事件』というのは、その年の八月、郊外の介良という場所の田園で、地元の中学生が小型の円盤型のUFOを『捕獲した』という事件で、地方新聞にも記事になっていた。

「ははぁん!あの記事を読んで、スカラのこととの共通点を見つけたか……。ケンタたちは、スカラが地球外生命体だとは、知らないはずだからね……」

「うん、ケンタたちは、スカラを虫の変種か、小さな虫に似た怪獣と思っているからね。ただ、介良のUFOが小さな灰皿を逆さまにした形で、最初は虫かと思った、そうだから、ふと頭に浮かんで、話し出したんだよ。そこから、話が膨らんで、空飛ぶ円盤の話題になって、レイコさんが、アメリカのUFOのことを話し出すと、マユミちゃんが、『エリア51』のUFO墜落事件とか、マニアックな話になって……」

「レイコとマユミ?また、意外な組み合わせね?」

「うん、おとなしいマユミちゃんとレイコさんが、意気投合して、宇宙人は存在する、とか、UFOは、タイムマシンだ!とか、猫の話はまるでなし……」

「ハハハ、そりゃあ、宇宙人とかに興味のない者は、ついていけないね!」

「まあ、別の派閥だったクラスメートが仲良くなったのは、いいことだけどね……。一昨日のことは、いいんだよ。それより、今日のことだ!」

「今日のこと?まさか、猫に関係する、『事件発生』なんて、言わないわよね?」

「あ、姉貴にも、テレパシーの能力をナイトが与えてしまったのか……?」

「おかしいね……?」

「姉御、何が可笑しいんで?新しい、漫才師が出てきやしたか?」

「バカ!笑うほうの『可笑しい』じゃあないよ!『不思議、変だ!』のほうだよ!」

寂れた稲荷の社殿で、サビ猫姿のリズとトラ猫のフーテンが会話をしている。

「じゃあ、何が、変、なんです?」

と、フーテンが訊き直す。

「あたしのこの姿を見て、わからないのかい?あたしが何をしているかが……」

リズは、シャム猫なのだが、いろいろな猫に変身する能力を持っている。今はサビ猫の姿なのだ。

「サビ猫でしょう?例のバカガキの飼い猫の……、タマだったか……」

「そうだよ!そのタマに変身して、タマにテレパシーを送っているんだけど、応答なしさ!まるで、猫屋敷の猫たちのように……、バリアーが張られている感じなんだよ……」

「ええっ!あいつは、ただの駄猫でしたぜ!姉御のテレパシーを防ぐなんて、できる、はざぁねえ……!」

「だから、おかしいんだよ……、タマに何か、異変があった……?あっ!まさか、あの時の黒っぽい猫が、タマに何か仕出かしたのかもしれない!」

「黒っぽい猫?あの夜、あのガキの家で見かけた猫ですかい?そいつが、タマに何をしようと、俺たちには、関係ねえことでしょう?」

「バカ、バカ!あいつがブラッドかもしれないんだよ!もし、ブラッドなら、タマを使って、悪巧みをするつもりなのかもしれないじゃあないか!」

「なるほど!姉御と同じようにですね?」

「誰と同じようにだって?あたしは、駄猫を使って、悪巧みなんて……、トミーは駄猫じゃあなかったよ……ね……?」


「ヘエー、タマがいなくなったって、ケンタが泣きついてきたのかい?」

と、政雄が言った。

「ほら、ケンタがもう一度、八幡さまの裏へ行くことになったのは、タマが喋ったからだろう?結局、そのことは、未解決なままだったんだ。僕は、リズが例のトミーに変身したように、タマに化けて、ケンタをそそのかした、と思うんだ。あの場所にフーテンとフィリックスが現れた、ってことは、あの場所に何かあると知っていたからだろう……?」

「ああ、リズがスカラに興味があったのは、この前、猫屋敷に来たことで、充分想像できるね。リズは自分の能力向上を考えているからね……」

「でも、リズはもう、スカラの秘密を知ったし、能力を高める薬も手に入れたのよ!タマを使って、何をしようとするの?」

「うん、リズは、タマに変身して、タマから情報を集めていたんだ。だから、タマを誘拐したり、拉致、監禁をするとは、考えられない!」

「じゃあ、タマがいなくなった理由は?」

「ただの家出か、あるいは、また、猫拐いが現れたかだね!」

「猫拐い?タマって、ただの雑種猫でしょう?拐ったって、売れやしないわよ!まさか、三味線の皮にするつもりかしら……?」

「三味線の皮にするなら、一匹ではない。何匹かが必要だよ。ほかに、迷い猫のポスターはないし、そっちのほうの可能性は低い。タマは飼い猫だからね。外へは、出れないようにしていたんだとさ……」

「じゃあ、タマを拐った目的は?」

「スカラに関係しているんじゃないかな?あくまで、可能性がある、って程度の話だけどね……」

「フーテン!こんなところで、何をしようとしているんだい?」

大きなトラ猫が、路地に入ろうとしていた。その背中に、人間が声をかけてきたのだ。

「ミャアー!」

と、フーテンは振り向いて、猫語で答えた。そこには、見覚えのある、少年が笑顔で立っている。

「ああ、そうか、人間の言葉を喋るのは、マズイか……?でも、今は、周りに誰もいない。小声で話そう……」

そう言って、少年は、フーテンの側の路地に、体育座りをした。

「おめえは、確か……、リョウだったな?この前、直弼の屋敷で、虫たちと話をしていやがったが……?ま、まさか、おめえ、ゾロなのか?普段は、人間に化けて、子供のふりをしているってことか?」

フーテンは、リョウの化けた『怪傑ゾロ』の出来損ないを、化け狐の変身と思っているのだ。

「ああぁ、まだ、そう思っているのか……。まあ、どっちでもいい!ところで、フーテン、この家に用事があるのかい?だとしたら、タマの行方不明にリズが絡んでいるのかな?」

「な、何で、俺がタマって猫に用事があると決めつけるんでぇ?俺は、食い物を探しているんだ!」

「食い物だって?それなら、魚屋はあっちだし、スーパーはこっちだよ!ここら辺には、猫の餌はないよ!嘘がヘタだね!死んだふりもヘタだったし……」

「おめえ、俺にケンカを売るのか?猫をバカにしやがって……」

「いや、僕はフーテンが好きになったんだよ!サラの誘いを断って、リズについていったし、フィリックスを助けるために、クロウとの約束を果たそうとするし……。『走れメロス』みたいだったよ……」

「ケッ!オスのおめえに、好きだ、と言われてもよう……。スペード・クインになら、嬉しいけどな……」

「ハハハ、じゃあ、クインに言っておくよ!フーテンが好きだって言ってたってね……。それより、話を戻すよ!タマの行方について、何か知っているのかい?」

「うまく、話に乗せられた気がするが、タマが行方不明なのは、今知ったよ!ただ、タマに何か異変があったことは、リズの姉御が察していたんだ。それで、俺が様子を探りに……、おっと、誰か来たぜ!ミャアー!」

と、フーテンは普通の猫のふりをする。その視線の先には、妖精のような美少女がいた。

「リョウ君って、そうやって、いつも猫と会話しているの?本当に猫の言葉がわかるみたいね?それとも、そのトラ猫が、人の言葉が喋れるのかしら?」

「あっ!ルナちゃんか……。この猫はフーテンといって、野良猫だけど、賢くて、力持ちで、この辺りのボスなんだよ!ひょっとしたら、人間の言葉がわかるのかもしれないね……?」

と、ルナにフーテンを紹介する。

「ミャアー!」

と、フーテンは、あくまで、普通の猫を装った。

「リョウ君は、人間の言葉を喋る猫に会ったことはないの?」

と、ルナが尋ねた。

「まあ、猫の声帯を考えると、人間の言葉は喋れないと思うな。テレパシーならあるかもしれないけど……。それはお伽噺の範疇だね!」

「でも、わたしの猫、クロベーは喋るのよ……」

「なんだと!クロベーだと?」

「あっ!トラ猫が喋った……?」

「ルナちゃん、空耳、空耳……!さもなければ、誰かのテレパシーかもしれないよ!」

と、リョウが言った。フーテンは、人間の言葉を発したあと、すばやい動作で身を翻し、姿を消したのだ。

「リョウ君、嘘がヘタね!うちの猫が人語を話すことをおばあちゃんから、訊いたはずよ?その時、リョウ君もオトさんも全然驚かなかった、って、おばあちゃんが言ってたわ。つまり、リョウ君たちは、猫が人語を喋った経験をしている、ってことよね?」

ルナの祖母の大森清子から、ルナと飼い猫のクロベーが会話をしていることに関して相談された。その時、リョウとオトは、猫が人語を喋ることを否定しなかったのだ。そのことを清子は孫に話したようだ。

「まあ、全面的に否定しないだけだよ!歳を経た猫は『猫又』になるというし、江戸時代の書物に、スズメを捕り損なった猫が『残念なり!』と言った、って書かれているらしい。猫は賢い動物だから、中には、人間の言葉を理解できて、テレパシーで話すことができる猫がいないとも限らない、ってことかな……」

「じゃあ、わたしがクロベーと会話している、と言っても、笑わないのね?」

「クロベーは特別な猫かもしれない!だって、メスなのに、クロベーっていうのは、不思議な気がする。ルナちゃんが名付けたとしても、何かのメッセージがあったはずだよ!あるいは、誰かのテレパシーのような意思表示が……ね……」

「そうね!確かに、クロベーと会った時、テレパシーのような声がしたわ。お母さんは訊いていないから、クロベーの声じゃなくて、テレパシーだったのかも……。でも、今は、クロベーと普通に会話しているのよ!そうだ、リョウ君に話しかけてもらおう。猫語がわかるリョウ君なら、クロベーと会話ができるわ……」


「おじゃまします……」

と、門を通り抜け、玄関の引き戸を開けながら、リョウが言った。

「あら、リョウ君、久しぶりね?いつもルナと仲良くしてくれて、ありがとう、ね!おかげで、いじめもなくなったわ。猫好きのお友達もできて……」

玄関口に、大森未亡人が現れ、リョウを歓迎する言葉をかけた。そして、

「オトちゃんも来ているのよ!従兄の探偵さんも……」

と、続けて言った。

「ええっ!何で、マサさんまで……?」

「例のルビーの指輪の盗難事件よ!警察から、ルビーが見つかった、って連絡があって、警察署まで行ったんだけど、わたしの指輪はなかったの……。ほかに来ていた方たちは、みんさん、見つかったのに……。それで、警察の人が『やっぱり、盗まれたんじゃなくて、何処かに、置き忘れているんですよ!』っていうの。絶対、置き忘れじゃあないわ!それで、あなたのおばあさんに、相談したら、『孫に探偵をしている子がいる』って、荒俣さんを紹介してくれて、オトちゃんと一緒に、今、現場を見てくれているのよ」

「ルビーの指輪が、返ってこなかったんですね?あっ!もしかしたら……?」

「あら、リョウ君、何か心当たりがあるの?」

「え、ええ、実は一個だけ、猫が咥えて行ったと思われる、宝石があるんです。それが、おばあさん……、いえ、大森さんの指輪かもしれない……」

リョウは、フィリックスがリズの稲荷を訪ねた時に、持ってきたルビーのことを思い出したのだ。

(確か、『猫喰らい屋敷』で、フーテンがスカラに見せて……。あっ!そう……、キチヤが……)

リョウは、その場面を思い出した。サイコキシネスで、ルビーをスカラにぶつけようとして、ルビーは、窓の外へ飛び出したままだった……、はずだ……。

「探してみます!」

と、リョウが慌てて言う。

「猫が咥えて行ったなら、何処に隠したか、わからないわね……?まあ、たいして高価なものではないから、わたしが『置き忘れた!』んじゃないとわかれば、それでいいのよ……。指輪は諦めるわ……」

「おい!おめえ、クロベーっていうのか?何処へ行くつもりだ?ご主人さまが呼んでるぜ!」

大森家の裏庭から、塀を乗り越えて、黒猫が路地に出てきた。その背中に、大きなトラ猫が声をかけたのだ。

「誰だ?お前は……?」

と、黒猫が振り向いて尋ねる。黒猫といっても、全身が黒毛ではない。フィリックス同様、四つの足先は白い。そして、アゴから首にかけても、白いラインがある。しかし、もっとも特徴のある白い部分は背中の中央に、ハート形の模様があることだった。

「おめえ、メス猫だな?何で、クロベーなんて、オスの名前をかたっていやがる?クロウの息子のクロベーは死んだはずだ!おめえは、クロベーの娘か?それとも、他人(猫)なのか?」

フーテンは、メス猫に近寄らず、間合いを取っている。黒猫の能力──サイキック──を警戒しているのだ。

「フウン、ただの野良猫じゃなさそうだね?まだ、名前を訊いていないから、その質問には、答えられないね!」

「俺もおめえの名前を訊いていねえよ!クロベーじゃあなさそうだ!と、したら、クロエって名前かい?」

「な、なぜ、その名前を知っている?クロウの一味でも、知らないはずだ!」

「おいおい、クロウの一味って、おめえにとったら、じいさんだろうが、仇みたいに訊こえるぜ!」

「他人のお前に訊かせることじゃない!わたしはクロエだ!お前は、誰だ!」

「ソウけぇ、フィリックスの姉ちゃんか……。俺は、フーテン。フィリックスとは、まあ、義兄弟の盃を交わした仲よ!奴から、おめえと弟のブラッドっていう黒猫がいることくらいを訊いていたのさ。たまたま、おめえの主人が、クロベーって名前を呼んだもんでね。気になって、あとをつけてきたら、おめえとかち合わせしちまった、ってことよ!」

「フィリックスを知っているのか?しかも、義兄弟ということは、ただの猫ではないな?特殊な能力を、黄金虫から授かっているんだな?」

「ケッ!俺は、あんな、気色の悪い虫とは、関わってねえよ!ただし、普通の猫とは、違う。まあ、スーパー・キャットだな!」

「クロウの仲間でもなさそうだが、なら、何故、クロベーに興味を持つんだ?フィリックスとは、子供の頃に別れた。あいつが我々姉弟を探すはずもない!」

「おめえらの目的が知りてぇのよ!ひょっとして、タマっていう、サビ猫をどうにか、したんじゃあねえか?」

「フウン、サビ猫ね?知らないね!知ってても、答えは一緒さ!つまらない、詮索はヤメにするんだ!お前が少々の能力を持っていたとしても、我々には、敵わないよ!命が惜しかったら、手出しはしないことだね……。おっと、いけない、変なガキに正体が知れると、マズイんだよ!じゃあ、フーテンさん、フィリックスによろしくね!我々のすることに、手出しは無用って、伝えときなよ……」

と、言い残して、クロエは、路地を離れて行った。

「あれ?フーテン、何で、お前がここにいるんだ……?」

「ミャアー!……」


「おい!リズの姉御に会って、どうするつもりだ?しかも、三人も引き連れて行ったんじゃあ、姉御に警戒されて、会ってもらえねえぜ!」

フーテンは、大森家から、寂れた稲荷へ向かっている。一緒にいるのは、リョウとオトと政雄だ。ルナの飼い猫のクロベーに会うために、大森家を訪れたのだが、クロベーはいなくなった。探していると、裏の路地で、フーテンを見つけたのだ。最初は、フーテンを疑ったが、フーテンとクロベーは今まで、接点がなかったことに気づき、かえって、フーテンが何かを知っている、と思ったのだ。

フーテンは、惚けて、答えない。そこで、フーテンが喋れないのは、リズから何か指令が出ているからだ、と気づいたリョウが、リズに会いに行こう、と提案したのだ。ひとりでは危険なので、オトと政雄も付き合った。

「僕たちは、もうリズとは、敵対関係ではないはずだよ!この前、スカラを一緒に見送ったじゃないか……」

「スカラ?あの黄金虫は、スカラというのか?」

「うん、個々には、サラとかナイトとか、名前があるけど、スカラ一族と、僕たちは呼んでいるんだ……」

「フウン……」

と、フーテンは半ば疑いながらも、リョウたちから、逃げようとはしない。フーテンもクロエへの対応がよくわからない。リョウという少年とも、なんだか気が合いそうだった。何より、スペード・クインが一緒なのだから、断る選択はなかった。

「ここで待ちな!姉御のご機嫌を伺ってくらぁ……」

そう言って、フーテンは社殿の扉の隙から、スルリと中に入って行く。

「ようこそ!スペード・クインに、怪傑ゾロ。あとのひとりは、名探偵……、ドウジャロウさんかい?」

急に、三人の背後から、女性の声がした。

「リズか……。しかし、何で、マサさんの変名を知っているんだ?しかも、駄洒落のほうを……」

リョウが振り向いた視線の先に、美しいシャム猫が立っていた。青というより、湖の澄んだエメラルドに近い色の瞳が、リョウをじっと見つめていた。

「リズの能力が発達しているのよ!テレパシストとしての……」

と、オトが言った。

「おや、クインにも、テレパシーの能力が少しは、身についたのかい?フーテンが惚れるのも、わからないことじゃないが、あたしなら、ゾロに惚れるね!心が純真だ!あたしが失くしちまったものだ……」

と、リョウに近づきながら、視線を向けたまま、リズが言った。

「姉御!ゾロは、化け狐ですぜ……!」

「フーテン、ゾロは人間さ!つまり、クインも人間のメスだよ!諦めな!まあ、話があるんだろう?中で話そう……。たまに、参拝にくる人間もいるからね……」

「フウン、フィリックスの姉が、クロベーと名乗って、ゾロの女友達の飼い猫になっているのか……?しかも、ただの猫じゃあなくて、何かを企んでいるようだね……?」

リズがフーテンに今日の捜査の結果を確認した。

「リズさんは、何を探っているんです?最初は、タマのことをフーテンに探らしていたようだけど……?」

「フフ、ゾロ、あたしに『さん』づけはいらないよ!そりゃあ、あんたより、年上だけどね……。律儀な子だね……。気に入ったよ!よし、協力しようじゃないか?あたしの知っていることは、全て話してあげるよ!あんたも、まあ、話せる範囲で話してごらん!」

そう言って、リズはリョウを緑色の瞳で見つめた。

「クロベーが、クロウとシズカの息子、というのは知っているね?あの猫屋敷での戦(いくさ)の時に、怪我をしたけど、なんとか、逃げ出して生き伸びたんだ。その後、同じ黒猫のメスに子供を産ませた。三匹だよ。一匹が、フィリックスで、母親と暮らした。あとの二匹は、姉がクロエ、弟がブラッド、父親について行った。もう、父親も母親も、亡くなっているようだけどね……」

リズは、ケンタの飼い猫のタマに変身して、ケンタに八幡さまの裏屋敷を探るように仕掛けた。その場面で、怪しい黒猫を見かけたことを話す。

「おそらく、フィリックスの弟、ブラッドだと思う。オスの匂いだったし、気配の消しかたも、フィリックスに似ていたんだ!そのあと、タマと通信できなくなった。それで、フーテンに調べに行かせたのさ!」

「そしたら、ゾロ、おめえがいて、クロベーって名前を訊いてよぅ、探りを入れたら、クロエってメス猫が登場したってわけよ!あいつら、タマを使って、悪巧みをしているに、違げぇねえ!」

と、フーテンが結論づけた。

「僕のほうは、ケンタ君に、タマがいなくなったって相談を受けたんだ。君たちが絡んでいると思ったんだけど、別の猫がいたんだね?」

「ケッ!俺たちは、もうケチ臭せぇ、悪巧みはしないんだよ!正攻法で、クニを治めることにしたんだ!だから、悪巧みをする輩(やから)は、早やぇうちに手を打っておくんだ……」

「クニを治める?そんな野望を持っているのか?」

「ああ、リズの姉御を女王にして、猫たちが安心して暮らせるようにな!人間どもの好き勝手で、捨てられたり、殺されたり、しねえように、猫の王国を造るんだ!」

「ゾロ、あたしは人間と争うつもりはないよ!ただ、猫にも自ら、選ぶ人(猫)生があっていいはずさ!人間の愛玩動物となるもよし!野良として、野生に帰るのも、いいと思うんだよ!だから、その王国の拠点に直弼の屋敷が必要だったのさ!あそこで暮らせば、自立できる猫が、増えるからね……。それが、お前たちがいう、スカラって宇宙猫の影響とは、知らなかったけどね……。あたしは、直弼に拾われる前には、殺されかけたんだよ……。まあ、母親が子供を作り過ぎたんだけどね……。直弼に会うまでは、人間不信の固まりさ!そうだ!あたしは、直弼に拾われた時、直弼の優しさが、すぐにわかった。その前から、あたしは自分が特別な猫だと思っていたんだ。だって、母親の飼い主が、産まれた子猫を全て殺す気でいることに気づいていたんだ!だから、生き伸びたんだよ……」


「なんだい?このデッカイ、汚らしいトラ猫は……?」

ちゃぶ台のある座敷で、二匹の白猫と一緒に鰹節の欠片(かけら)を噛っているフーテンを見て、オトに祖母が驚きの声をあげた。

「ニャアー!」

と、オトが祖母に答える前に、フーテンが猫語で答えた。

「おや?顔に似ず、賢いのかね?あたしの言葉がわかったみたいだね?」

猫好きの祖母は、猫の声の調子や、顔の表情で、ある程度、猫の気持ちがわかるようだ。

「ばあちゃん、この猫はフーテンといって、シロウの友達よ!飼い猫になるのが嫌で、野良猫で暮らしているから、少し、汚れているけどね……」

「ミャアー!」

「フーテン?ああ、寅さんかい?『男は、つらいよ!』の渥美清だね?いい名前だね……!」

そう言って、祖母は台所に帰っていった。

「おめえの家族は、変わり者ばっかりだな!」

と、祖母の背中を見送りながら、トラ猫が小声で言った。

「変わり者で悪かったね!あんたみたいな、可愛くない猫を、追い出さないばかりか、いい名前だって褒めてくれたんだよ!それに、賢いって、バカ猫なのに……」

「やい!俺の何処がバカなんだ!こんな賢い猫は、リズの姉御以外、いねえぜ!」

「バカは自分をバカだと認めないんだよ!兵法は理解できたのかい?今度の相手は、あんたのバカ力じゃあ、勝てないんだよ!」

「うるせぇ!会うたび、兵法だの、バカ力だの……。ほかに言い方はねえのか?俺さまだって、進化しているだ!忍びの技を会得したんだよ。まあ、いずれ、披露してやるから、楽しみにしてな……。ションベンちびるぜ……」

と、フーテンがイヤラシイ笑みを浮かべながら言った。

「じゃあ、さっそく出かけるか……」

と、土間から、リョウが声をかけた。

「な、なんだ?急に現れて、やっぱり、おめえは、化け狐なんだろう?姉御は騙されているんだ……!」

「リョウ、どうしたの?何処に出かけるの?」

「さっき、大森のおばあちゃんに、ルビーを届けに行ったんだ!猫喰らい屋敷の庭に、草に隠れてあったんだ……」

リョウは、サンシロウとキチヤを使って、ルビーを探したのだ。見つけたルビーは、指輪の部分が壊れていたが、間違いなく、大森家から盗まれたものだった。

「それが、ルナちゃんがいなくなったんだよ!クロベーと何か話しをして、慌てて、家を飛び出して行ったそうなんだ!しかも、その話の中に『寂れた八幡宮』って言葉があったっていうんだよ……」

「うえぇー!気持ちが悪い!イッテェ、どんな術を使ったんだ?あれ?ここは、あの八幡さんじゃあねえか……?」

トラ猫のフーテンが、船酔いしたように、ウズきながら言った。サンシロウのテレポート能力で、一瞬のうちに、寂れた八幡宮の本殿前まで、飛ばされたのだ。

一緒に翔んできたのは、リョウとキチヤとスターシャだ。リョウは覆面はしていないが、ゾロのスタイルで、身体を小さくしている。サンシロウのテレポート能力にも限界があり、オトは運んで来れなかった。

「ちょっと、時間短縮したんだ……、方法は企業秘密だけどね……」

「化け狐の術ってやつか?」

と、言ったフーテンの問いには、リョウは答えなかった。

「リョウ!神殿の封印が壊されておるぞ!」

と、キチヤに憑依しているキチエモンが、神殿の扉に視線を向けて、叫んだ。

リョウの身体が、元の大きさに戻る。

「本当だ!角材が打ちつけられていて、しめ縄が巻きついていたよね?」

「ああ、どちらも、地面に転がっておる。つい、今しがたのようじゃ!」

「よし、俺さまが、神殿の中を調べてこよう!」

と、言って、フーテンが神殿の陛(きざはし)をかけ登る。

「気をつけて!中に邪悪な気配がするわ!」

と、スターシャがその背中に声をかけた。

突然、神殿の扉が手前に開き、フーテンが思わず、身体をひねって、地面に飛び降りた。神殿の中から、強烈な光が放射され、神殿の中がその光に包まれている感覚だった。その光の中から、丸い物体が宙にふわりと現れた、と思うと、突然、急上昇をして、アッと言う間に、空の彼方へ姿を消したのだ。

あとで記憶をたどると、その物体は、テニスボールほどの球形で、それ自身は光を発しているようには、見えなかった。

「おい、女の子が倒れているぜ!側に黒猫が居やがる!クロエじゃねえな?顔の額に白い丸が二つあるからな……」

フーテンが、再び、陛をかけ登って、光の薄れた、神殿を覗き込んで、中の状況をリョウに伝えた。

「トラ猫か?姉が言っていた、フーテンとかいう、野良猫だな?」

神殿の中から黒猫の声がした。フーテンは、神殿の中の匂いを嗅いで、不信な気配を感じたのか、神殿を離れ、再び地面に降りる。黒猫が、ゆっくりと神殿の扉の前に姿を表した。

「ほほう、人間のボウズと、子猫も一緒か?」

と、黒猫が高い位置から、リョウたちを見下ろしながら言った。黒猫はフィリックス同様、四つの足先が白い。額の眉に当たる部分に丸い白毛がある。そして、背中には、トランプのスペードに似た模様が、白く浮き上がっていた。

「ブラッドだね?」

と、リョウが尋ねる。

「おや、おや、人間のボウズにまで、名前を知られているのか?」

「人間の言葉が喋れる、ってことは、地球外生命体と関係しているってことだよね?いつ、何処で、接触したんだ?それと、ここで何をしていた?さっきの玉のようなものは何なんだ?」

「おい、小僧!世間知らずも甚だしいぜ!誰がそんな質問に素直に答える、と思ってるんだ?警察の取り調べじゃあ、あるまいし……」

と、黒猫が気色張る。すると、リョウが腕に抱いていた、白い子猫と、何やら会話をする。

「なるほど、フィリックスが出会ったあのスカラと接触したのか……」

と、リョウが独り言のような言葉を発した。

「な、何を納得しているだ?フィリックスの出会った『スカラ』ってのは、何の話だ?」

「ブラッド、君と、姉さんのクロエに、人間と会話ができる能力を与えた、黄金虫のことさ。僕らはスカラと呼んでいる。地球外生命体のことだよ!君は、黄金虫の正体までは知らないようだね?」

「黄金虫のことまで、知っているのか?」

「おや、あのスカラは、生きているのか?フーテンに噛みつかれて、自ら、屋敷に火をつけて、死んだと思っていたのに……。そうか、黄金虫は脱け殻で、本体の宇宙猫の姿で生き延びたんだね?死にかけている……?」

「き、貴様、何者だ?どうして、そんな誰も知らないことがわかるんだ?」

「へへ、このガキは、人間のふりをしているが、お稲荷さんの、御使いなんだよ!化け狐が人間に変身しているんだ!稲荷神の能力があるんだよ!」

と、フーテンが自慢気に法螺を吹いた。

「狐だと?バカな!そんな匂いは全くしねえ!」

「バカは、おめえだ!神様の使いが、猫の嗅覚で正体がバレるような変身をするか!リズの姉御ですら、騙されているんだぜ!」

(ああぁ、バカは、フーテン、お前だよ!でも、本気の勘違いだから、真実味があるねぇ……)

「そ、そうなのか?では、今、俺の心の中に、変な感覚を忍び込ませたのは、その狐の能力なのか?」

「心の中に……?」

「ヤベエ、これ以上、心の中を覗かれちゃあ、俺の命に関わる!おさらばさせてもらうぜ!」

そう言うと、ブラッドは、社殿の廊下を走り、社殿の裏側へと逃げ出した。

「待ちやがれ!俺さまから逃げれると思うなよ……」

「フーテン、深追いは危険だよ……!」


「ルナちゃん、大丈夫かい?」

悪い夢を見て、やっと目が覚めた気がしたルナに、優しい声が聞こえた。

「リョウ君?ここは……?あら、おばあちゃんの家の応接室ね?わたし、どうしていたのかしら?ソファーで、ずっと寝ていたのかしら?」

ルナは、八幡宮の社殿で倒れていたのだ。気を失っていたルナをサンシロウのテレポート能力を全開して、なんとか、大森家の応接室のソファーまで運んだ。

「夢を見ていたようだね?その夢のことを話して欲しいんだ。それが、クロベーを見つける手がかりになるかもしれないからね?」

オクテのリョウが、優しく、両手で、ルナの左手を包んでいる。その手が、熱く、ルナの身体にエネルギーを送り届けているようだった。

「リョウ君……」

と、ルナは右手をその繋がっている、リョウの手に重ねた。そして、眼を閉じ、唇をそっと差しだした。

数十秒、そうしていたが、何も起こらなかった。ルナが眼を開けると、数十秒前と同じ位置に、同じ表情のリョウが、心配気に見つめているのだった。

「疲れているのかい?ソファーに横になって、話は後でもいいんだ……」

と、リョウが言った。

(ああぁ、何を期待してたの?オクテのリョウに、『キッス』なんて、無理だったわ……)

「そう?夢だったの?すごく、リアルな夢だったわ……」

クロベーがいなくなって、一夜が開けた。学校から帰ると、黒猫が、部屋に入ってきたのだ。クロベーと思ったが、白い部分が違っていた。ただし、その黒猫も、人語を喋り、クロベーが寂れた八幡宮に閉じ込められている、と告げたのだった。

「それで、その黒猫に導かれて、八幡さまに行ったの……」

社殿の扉に角材が打ちつけられていて、しめ縄が巻かれてあった。釘抜きとヤットコが、扉の前の板張りの上にあって、黒猫がそれを使って、扉を開けるように指示を出した。釘はかなり錆びていて、簡単に扉から、剥がれた。しめ縄をはずすと、扉は簡単に開いた。

「中は薄暗くて、クロベーがいる気配はなかったの?そしたら、その黒猫がわたしを見つめて、何やら命令したのよ!よく覚えていないけど、『しめ縄と御札をはずせ!』って、頭の中で言葉が繰り返し聞こえるの。神殿の中に……そうだ!あれは、狛犬だわ!神殿の前にあるはずのそれが、神殿の中にあって、しめ縄で斜め十字に縛られて、口に御札が貼られているの……。そうだ!その口には、丸い玉を咥えていたんだわ……」

ルナは、頭の中で聞こえる声に操られて、しめ縄を解き、御札を狛犬の口から剥がした。

「音はしなかったけど、狛犬が崩れるように壊れて……、そう、砂の彫刻が風で消えて行く感じよ!そのあと、急に、眩いほどの光が差して、狛犬が咥えていた玉が、飛んでいったの……。そこで、気を失ってしまったわ……」

「途中経過だけどね……」

と、政雄が言った。

「何かわかったの?」

と、リョウが尋ねた。

ルナが八幡宮の社殿で、不思議な経験をした三日後だ。場所はもちろん、ちゃぶ台のある座敷だ。

「あの八幡さまは、相当古い神社らしい。一説では、奈良時代から続いている、ともいわれているそうだ。ただ、戦争で空爆を受けた際に、神主家族が全員焼け死んだそうだ。それでも、戦後神社の解体にはならず、氏子の代表が神主代わりに管理していたらしい。ところが、三十年ほど前のこと、神主役の氏子が殺された!」

「ええっ!殺人事件なの?」

「殺した犯人は、野良犬だったそうだ。ジャーマン・シェパード……。猟友会の人が、射殺した。ただ、事件というか、事故は、それで終わらなかったんだよ……」

そこで、政雄はお茶を飲む。

「猫が噛み殺されたり、赤ん坊が拐われたり、飼っていた、鶏が喰われたり、犬のような生き物に襲われる、事件が多発したんだ。そして、その犬のような生き物を追い詰めたら、その八幡さまの狛犬に変身したんだとさ……」

「ええっ!狛犬が?石で作られた物でしょう?しかも、あれは、犬じゃなくて、獅子、ライオンよ!」

と、オトが言った。

「最初は、見間違えたんだろう、ということになったが、それ以降も犬の被害は続いた。そして、その被害が、満月に近い、月齢、十二日から、十八日のことだと、気づいた男がいて、最初に狛犬に変身したと騒いだ男と、神社の狛犬を見張ることにした。十六夜の晩、近所のウサギ小屋が荒されて、その犯人を追いかけた、その家の息子と、見張っていた二人の男が、満月の下で、走ってきた黒っぽい四つ足の生き物が、狛犬に変身して、石の台座に座ったところを目撃したんだ……」

「ええっ!その台座には、狛犬が鎮座していたんでしょう?」

「その辺が曖昧なんだ!見張っていた二人は、そういえば、狛犬の姿が見えなかったようだ、と言ったそうだ」

「それで?石の狛犬をどうにかしたの?」

「ああ、氏子たちが相談して、壊すことに決めた。そして、石屋を呼んで、割ろうとしたら、その鎚が弾かれて、石屋が大怪我をしたんだ!もうひとつの口を結んだ形の狛犬は、何もしないのに、台座から落ちて、真っ二つに割れたそうだ!」

「怖いね!将門の首塚の、祟りみたいだわ……」

「そこで、檀家の寺の住職に相談して、別の寺の厄祓いの上手な坊さんを呼んだ。この坊主が言うには、最初に事件を起こした、シェパードの祟りだというんだ。あの犬は犯人でないのに、撃ち殺された。その血が、この狛犬に降り注いで、シェパードの霊が憑依している、と言ったそうだ。本当の犯人は、シェパードを撃ち殺した、猟友会の男が飼っていた、土佐犬だ!と言ったのさ……」

「まあ、冤罪で殺された、犬の祟りだったの?」

「坊主の言うことだからね……。そして、その犬に同情した、狗神が力を貸して、強力なパワーを得たらしいんだ!ただのご祈祷では、抑えられない、と、なった……」

「狗神まで、登場か……。お布施をたんまりもらっただろうね、その坊さん……?」

「いや、一円ももらわず、自ら縄を編んで、祈祷して、狛犬を縛りつけ、八幡宮に封印して、百日、胡麻を焚いたそうだよ。そして、八幡宮ごと、封印したんだとさ……」

「その封印をブラッドが、ルナを使って、解いてしまったのね?」

「じゃあ、狛犬の咥えていた玉に、狗神が封じ込められていたのか……?それが、空に消えた……」

「水滸伝の『伏魔殿』を開いた話みたいだわ!まあ、百八つじゃなくて、よかったわね……」


「どうしたんだい?えらく疲れているようだけど……?鬼ごっこでもしてきたのかい?」

寂れた稲荷の社殿で、シャム猫がしばらくぶりに帰ってきたフーテンに声をかけた。

「あ、姉御……、例の丸薬を……」

と言って、フーテンは、ゴロリと横になった。リズは慌てて、賽銭箱の潜り戸を往復して、サラからもらった丸薬を、口移しで、フーテンに飲ませた。

「ああ、最高の気分ですぜ!姉御とキッスができた……」

「バカ言ってるんじゃないよ!キッスと口移しは違うんだよ!それより、何があったのさ?三日も連絡なしでさぁ……。もう少しで、お前に変身して、テレパシーを送るところだったよ!」

「へえ、俺にも変身できるんですか?一度、見てみたいね……」

「イヤだよ!お前にだけは、変身したくないのさ!」

「ええっ!何でです?タマのような駄猫にはなるのに……」

「ど、どうでもいいだろう?とにかく、お前に変身するのは、最後の最後だよ!それより、あたしの質問に答えな!何処で何をしていたんだい?」

リズは慌てて、話題を変える。実は、テレパシーで繋がると、自分の心の片隅を覗かれる気がするのだ。フィリックスと繋がった時、リズがフーテンを心配していることをフィリックスに感づかれた。リズの心の片隅に、フーテンへの愛情があることを、本人には、絶対に知られたくないのだ。

「ブラッドに会いましたよ!あいつもフィリックスと同じように、黄金虫、スカラの仲間に能力を授けられているようですぜ!」

「どんな能力だい?」

「催眠術に近い能力は持っていますね。それに、俺と同じくらい、早く動けます!おかげで、何度か、まかれそうに、なりましたがね……」

「へえ、それで、まかれずに、ブラッドの住処を見つけたんだね?」

「さすが、姉御だ!結末はご存知で……。だけど、俺がどうやって、ブラッドの後を追って行けたかは、わからねえでしょう?」

「ああ、一度まかれたら、後を追うのは、大事(おおごと)だね……」

「フフフ、それが、俺の新たな能力でしてね。最初に追いかけっこした時に、風上から、霧を吹きかけたんですよ!俺の臭(くさ)い息を含んだ霧をね……」

「ああ、その臭(にお)いをたどったのかい?そりゃあ、風下にいたら、二キロくらいは、臭ってくるね!ブラッドも災難だったね!依りに依って、フーテンの臭いとは、メスから嫌われるね!いや、お前が嫌われている、というんじゃないよ!黒猫がトラ猫の臭いをさせちゃあ、マズイからねぇ……。それで、ブラッドは何処を住処にしているんだい?」

「なんと、猫喰らい屋敷の松の木の根元の空間ですよ!」

「燃えた、屋敷跡のかい?あそこは、フィリックスが調べに行ったところだよ!」

「その時は、別の場所に身を潜めていたんでしょう。フィリックスも、あの空間を調べただけで、誰かが住処にしている、とは考えてなかったでしょうから……。それより、大変なのは、俺が噛み砕いた、最初のスカラが生きて居やがったんですよ!ただし、相当な大怪我で、まともには動けねえようで、穴の中で暮らしていますぜ!」

「じゃあ、そいつが黒幕だったんだね?ブラッドたちを使って、悪巧みをしているってことだね……」

「ええっ!猫喰らい屋敷のスカラがやっぱり、生きているんだね?」

「どうやら、そういうことらしいのう……。サンシロウとワシが、リズとフーテンの会話を訊いた範囲では……じゃが……」

リョウは、フーテンからの連絡がないことを心配して、サンシロウとキチヤを稲荷神社へ偵察に向かわせた。キチヤに憑依しているキチエモンが、リズとフーテンの会話を報告したのだ。

「それは、あり得るわね!」

と、オトが納得顔で言う。

「わたしたちは、あの虫の状態が本体と思っていたけど、あれは乗り物。戦闘機が撃ち落とされても、操縦士は、脱出して、生還できる。あのレーザー光線は、脱出する時の装置だったかもしれないわね……。脱出した後、スカラの能力か、薬を使って、命拾いをしたってことね……」

「この前、ブラッドの心を覗いた時は、瀕死の重傷で、助からない……、そこまでの記憶だったのに……」

「大怪我をしているようじゃから、本人は行動できんのじゃろう?」

「仲間が月に帰って、太陽系から離れたことも知らないでしょうね?」

と、シズカが言った。

「シッ!誰か来たわ!」

と、未来予知ができるスターシャが言った。

「こんにちは!」

と、土間に現れたのは、三人の人物。先頭は、オトたちの祖母。二人目の、先ほど挨拶したのは、大森未亡人。三人目は、彼女の背中に隠れるように、ルナがいた。

「オト、リョウ、大森さんがふたりに、お願いがあるんだとさ……。わたしはお茶の用意をしてくるよ……」

と、言って、祖母は台所へ向かった。

「まあ、沢山、猫がいるのね?これ、全部、この家の飼い猫なの?」

と、まず、座敷にいる四匹の猫を見回して、大森未亡人が言った。

「いえ、飼い猫は、白猫の二匹。あとの二匹は、お友達なんです……」

と、オトが座布団を差し出しながら説明した。

「オト、座敷は狭いから、玄関脇のテーブルに座っていただきなさい。商売用で悪いけど、うちには、応接間なんて、気のきいた部屋はないからね……」

土間と座敷の段差を利用して、座っていた二人のお客を見て、お茶とお茶菓子をお盆に乗せてきた、祖母が言った。

場所を玄関脇のテーブルと丸いすに代えて、祖母の煎れたお茶を飲む。オトとリョウは、大森未亡人が話を切り出すまで、両手を膝に乗せて、黙っていた。ルナも言葉を発しない。

「実はね……」

と、清子(=大森未亡人)が、湯飲みを静かにテーブルに置いて、会話を切り出した。

「飼い猫のクロベーがいなくなったのは、知っているでしょう?」

清子の問いに、オトとリョウは無言で頷く。

「もう、帰ってこないと思うの……。あの猫は、最初から気味が悪かったわ。人の言葉がわかるみたいだし、なんたって、メス猫なのに、クロベー、なんて、おかしいでしょう?」

「ええ、でも、僕は、トミーというメス猫を知っています。猫の名前は、人間が勝手につけたもので、猫の世界では、トミーとか、クロベーは、オス、メス、関係ないんじゃないかな?ほら、人間でもヒロミさんって、男も女もいるでしょう?」

「そうそう、深川の芸者さんは、ソメヤ、とか、オトキチとか、男性の名前を名乗っていたそうですよ!」

と、リョウとオトが、クロベーと名付けたルナを庇うような発言をする。

「オトちゃんは、いろんなことを知っているのね?ええ、名前はまあ、良いとして、やっぱり、黒猫は、不吉って言うでしょう?クロベーは諦めて、別の猫を飼うように、ルナに勧めたのよ!クロベーは、この子の母親、わたしの娘の清華が、寂しくないように、って置いていったんだよ。だから、この子は、新しい猫を飼うことに、消極的なのよ……」

そこで、清子はお茶を飲む。回りくどい話の結末が、ようやく見えてきた。

「おばさま、つまり、その新しい猫の候補に、我が家の猫があがっている、ってことですね?」

「まあ、オトちゃん!あなたって、人の心が読めるの?」

と、清子が、湯飲みを落としそうになるほど、驚いた。

「まさか。単純な推理です。ルナちゃんを連れて、我が家に来て、わたしたちにお願いがあって、飼い猫を新しくする話……。リョウでも、わかりますよ!」

「ああ、それに、最初に、沢山の猫がいる、って伏線のような話をしたものね?この中の一匹を……ってことだったんですね?」

「まるで、シャーロック・ホームズだわ!そのとおりなのよ!ルナが、リョウ君の飼っている猫なら、飼いたい、って言うものだから……」


10

「それで?どうなった?シロウもスターシャも、そこで寝ているってことは、お断りしたんだね?」

次の日曜日、いつものちゃぶ台の前で、政雄がオトと話をしている。リョウはその場にはいない。座布団の上で、二匹の白猫が、身体を寄せあって丸くなっている。

「リョウが、本人たちに訊いてみます、って言って、シズカとスターシャに話しかけたのよ……」

「ええっ!そりゃあ、マズイだろう!二匹が人間の言葉を喋ったりしたら、老人ふたりの心臓が止まるよ!それか、化け猫と勘違いされて、保健所に連絡されるかな……?」

「大丈夫よ!みんな、人間の会話を訊いていたから、リョウの質問に対する答えも決まっていたのよ!全員、首を横に振っただけ……。サンシロウとキチヤも、よ……」

「それでも、驚くだろう?猫が質問に態度で答えるなんて……」

「それも大丈夫。おばさまは、リョウが何かの合図をして、首を横に振るようにした、と思ったのよ!」

「なるほど、リョウが猫に芸をさせた、と勘違いしてくれたのか……。だけど、それじゃあ、ルナちゃんがかわいそうだね……、新しい猫が手に入らないんだろう?」

「まあ、落胆はしたわね……。ルナは、リョウが細工したんじゃなくて、猫が意思表示したことを知っているからね……。そこで、リョウが言ったのよ!」

「へえ、ルナちゃんに『好きだ!』って告白したのかい?」

「ま、まさか!あなた以上に、オクテのリョウが、ルナに告白する、いや、できるわけがないでしょう?」

「いや、僕なら、落ち込んでいる娘(こ)が居て、その娘のことが、大好きだったら、『好きだ!』と言うよ!」

「フウン、わたしが落ち込んでいたら、言ってくれるのね?」

「オトが、落ち込むことなんて、ないだろう……?」

「ワア!それ、愛しているってこと?本当……?」

「な、何だよ?僕がオトを好きなことは、わかっていただろう?」

「初めて知った……。冗談か、からかわれているものだと……、思ってた……」

「ニャー」

と、スターシャが鳴いた。

「人間って、言葉が喋れるのに、心はまるで、通じあっていないのね?わたしは最初から、オトとマサは、愛しあっているものだと思っていたわ!将来、ふたりの子供が生まれるはずよ!」

「ええっ!スターシャ、それって、未来が見えているってこと?わたしはマサさんのお嫁さんになるの……?」

「リョウ、その娘は、未来の君のお嫁さんかい?」

と、真っ黒な艶のある体毛の猫が言った。

「残念だけど、僕には未来は見えないんだよ!知りたいとも思わないけどね……」

「確かに……。リョウ、君は賢い少年だ!リズから訊いたよ!リズが初めて、心を許せる人間が現れたって……」

「リョウ君、この猫、クロベーの親戚?よく似ているけど……」

ここは、猫屋敷の角部屋だ。リョウは、ルナを連れてきた。裏木戸の鍵は、サンシロウが、常婆さんの家から、無言で借りてきている。角部屋に入ると、やはり、目眩のような震動があった。あらかじめ、ルナには伝えていたので、ルナは、リョウの腕に両手を絡めて、その震動に耐えた。

目眩が収まって、壁から生えているような棚の上に、黒猫が横座りになっていて、先ほどの会話が始まったのだ。

「ほう、その娘はクロベーを知っているのか?」

「いや、知っているのは、クロベーが憑依している、娘のクロエだ!この娘の飼い猫になっていたんだけど、正体がバレそうになって、逃げだした。弟のブラッドの住処は見つけたが、クロエがそこにいるかは、わかっていない……」

「ねえ、リョウ君、何で、この黒猫にそんな報告をするの?」

「彼の名前は『クロウ・ヨシツネ』この屋敷の主(あるじ)で、クロベーの父親。ルナちゃんの飼い猫のクロエのおじいちゃんだよ!」

「おじいちゃん?年寄りなのね?何歳なの?」

「さあ、年齢不詳。三十年近く生きていると思う……」

「まあ、じゃあ、猫又になっているのね?」

「ウ、ホン、猫又ではない!長生きはしているがね……。リョウ、用件を早く話したまえ……、どうも、詮索好きな娘、らしいな……」

「うん、この娘が新しい猫を飼いたいと言うんだ。ただし、条件がある。クロエのように悪巧みを企てるような猫はダメだ!それと、ある程度、賢い猫……。そんな猫を探している。そんな条件に叶う猫を思い出してね!スターシャの姉妹なら、条件に合うだろう?どちらかが、ルナちゃんの飼い猫になってもらえないかな?」

リョウは、大森未亡人に飼い猫を譲ってもらえないか、と相談された時、スターシャが、応諾すれば、スターシャを譲ってもいいと思った。しかし、スターシャもシズカも、三毛猫のサンシロウも、キジトラのキチヤも、首を横に振った。まあ、いずれも、スーパー・キャットだから、ルナには荷が重い。そんな時、スターシャがテレパシーを送ってきた。『わたしのふたりの姉なら、大丈夫じゃあないかしら……』と、提案したのだ。スターシャの姉妹は、サビ猫の血を強く引いていて、普通の猫に近い──まだ、超能力は発揮されていない──のだ。それで、サンシロウとキチヤとを引き連れて、猫屋敷にやってきたのだ。

「いいわよ!リョウの信頼する、彼女なら、わたしの孫をお任せできるわ!」

と、窓際にいたサビ猫のメスが言った。

「孫?」

「いや、ルナちゃん、この屋敷の猫の家系図は複雑なんだ!」

と、リョウはスターシャの母親に憑依している、ビートのセリフをなんとかごまかした。

そこに、二匹の子猫が、サンシロウのテレポートによって、部屋に現れる。

「まあ、可愛いい!この猫にするわ!名前は?何ていうの?」

ルナが選んで、両手に抱き上げたのは、サビ猫というより、白猫に近い。薄い、グレーブルーの毛並みの子猫だった。瞳が、クロウと同じ、真っ青な、サファイア色をしていた。

「名前は……、まだ、ない……」

「あら、漱石の『我輩は猫である』ね?じゃあ、サファイアにするわ!『リボンの騎士』の主人公と同じ……。瞳がサファイア色だから……」

「ニャー」

と、子猫が嬉しそうな鳴き声をあげた。リョウの頭の中に、

「リョウ、素敵な飼い主を見つけてくれてありがとう!」

と、いう声が聞こえた。

その声は、シズカに似ていたが、リョウは、サファイアと名付けられた子猫がテレパシーを送ってきたんだ、と思った……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る