第4話 リズの逆襲

「ニャー、ニャー」と、猫の鳴き声がする。

「リョウ?リョウはマサさんと釣りに行ったんだった……。シロウは?座布団で寝ていると……」

テレビのある座敷のちゃぶ台で、夏休みの宿題である、読書感想文を書いている、中学生の少女が、猫の鳴き声に反応して、独り言をつぶやきながら、周りに視線を送った。

「ごめんください!」

と、夏の間は開け放しの玄関のガラス 戸方向から、声がした。

オトの家は、祖母が二階の部屋を下宿として、三人ほどに貸しているほか、玄関横に陳列台を設けて、惣菜を売っている。ほかに飲み物やアイスキャンディーのケースがある。夏休みだから、けっこう、冷たいものを買い求める客が多い。

(惣菜のお客さんかな?)

オトは、書きかけの原稿用紙を『芥川龍之介全集』という本の下に片付けて、

「はあい、今行きます!」

と、声をあげた。

オトが、土間から玄関先へと出ていくと、そこには、『アリス』がいた?

いやいや、オトが第一印象でそう思っただけなのだが……。玄関先にいたのは、ディズニーのアニメ映画の『ふしぎの国のアリス』の主人公、アリスにそっくりな少女だった。違っているのは、髪と瞳の色。つまり、顔は日本人というだけだった。

ポニーテール風の長い髪にリボン。肩が盛り上がったような、青いドレスと白いエプロン。なんといっても一番は、その胸に抱いている、大きな猫だった。

(チェシャ猫?いや、アリスの飼い猫はダイナだったかしら……?)

「いらっしゃい……」

と、オトは小学生の少女を、上から下まで、三往復ほど眺めながら、その一言だけを声にした。

「ニャー」

と、少女の胸に抱かれた猫が鳴いた。どうやら、先ほどの猫の鳴き声はこの猫のようだった。

「あのう、リョウ君います?」

と、アリス?がいった。

「リョウ?ああ、リョウは出かけているわ。お昼過ぎには帰ると思うけど……、あなたは?リョウのお友達かしら?」

「はい、同級生です!リョウ君のお姉さまですね?美人で成績優秀!ラブレターが毎日山のようになる、といわれている……」

「はあ?誰がそんな噂を立てているの?美人でもないし、成績はまあまあだけど、ラブレターは山にはならないわよ!」

「クラスのお友達、みんな、知ってますよ!たぶん、いい始めたのは、ケンタだと思うけど……」

「ケンタ?それって松岡健太?ワルガキの三バカ大将の……?」

「そうそう、ケンタのこと、ご存知なんですね?」

「すぐ、近所だからね。赤ん坊のころから知ってるよ!じいさんに似て、ホラ吹きなんだよ!それより、あなたのお名前は?それと、リョウに何かご用があるの?伝言でよかったら、伺うわよ?」

「あっ!わたし、藤原彰子(ふじわらしょうこ)、アキコって読まずに、ショウコと読みます!平安時代の藤原の道長の長女、彰子(ショウシ)からもらっているそうです。父が日本史の教師なもので……」

「ああ、藤原の道長の娘!政略結婚……、いやいや、天皇家に嫁いで、確か、一条天皇の正室になって、ふたりの天皇の母親になった人よね?紫式部がお仕えしていたという皇后さま……」

「さすが、成績優秀なかた、歴史にお詳しいですね?」

「まあ、平安時代のかなり有名な部分だから……。でも、お父様が日本の歴史の先生で、あなたのその格好は?どう見ても、洋風……、不思議の国のアリス、よね?」

「ああ、これですか?これは、母親の好みです。母親も教師なのですが、国語の……、特に、児童文学が専門でして……」

「なるほど、ご両親とも教師……」

(あまり、良い環境とはいえないわね!)

と、その部分は心の中でつぶやいた……

「それで?あなたのことはわかったけど、リョウへの伝言は?それと、その猫は?チェシャ猫?ダイナのほうかしら?」

「はい!この猫を見せにきたのです!リョウ君、猫が大好きだって聞いたから……、我が家の猫、チンチラって種類の、まだ、日本では珍しい猫なんです!名前はもちろん、『ダイナ』です!」

アリス?が興奮気味にそういうと、オトの足元に忍びよってきた白猫が、

「ニャー」と、鳴き声をあげた。

「あっ!本当に眼の色が違う……!」

「本当に、疲れるワ!あんた!ガールフレンドは普通の女の子にしてよ!クラスで一番人気者だとか、アリスに扮した子だとか……、まあ、どちらも、可愛いけどね……」

リョウが、釣りから帰ってきたら、いきなり、姉から愚痴を聞かされた。

「アリス?ああ、ショウコちゃんがきたのか?ダイナを見せにきたんだね?」

「あんた、約束していたの?」

「いや、約束なんてしていないよ。ただ、猫の話になって、うちの猫は両眼の色が違う、っていったら、ショウコちゃんが見たい!といって、自分はチンチラという珍しい猫を飼っている。今度見せてあげる、っていってただけだよ。いつ、とも、どこで、とも決まってなかったよ。ショウコちゃんはレイコさんをライバル視しているから……」

「レイコ、さん?誰?それ?なんで、ショウコは『ちゃん』で、レイコは『さん』なのよ!」

オトが言葉尻を捕まえて、追究すると、

「ニャー」と、白猫が鳴いた。

「ほら、シズカも疑問に感じているようよ!」

「シズカ?本当だ!なんで、シズカに変わっているんだ?」

と、リョウが白猫の顔を覗き込む。

「ごまかさないで!シズカはどうでもいいの!たぶん、チンチラがきた所為だと思うのよ。少し、警戒したのかな……?それより、レイコのほうよ!」

「ああ、レイコさんは、この前、宿題を一緒にしようって、図書館へ行った女の子だよ」

「ああ、クラス一番の人気者ね?レイコというんだ……。それで?同級生なのに、片方はちゃん、で片方がさん、のわけは?」

「ショウコちゃんは、幼稚園から一緒だろう?だから、昔から、ちゃん、だったんだよ!」

「うん、呼び慣れているからね。それはわかった。で、さん、のわけは……?」

「レイコさんは、五年生で、初めて同級生になったんだ。周りからは『お姫様』か『王女様』扱いだったんだよ!その子を『ちゃん』付けで呼べないだろう?『おまえ、何様だ!』ってことになるよ!」

「なるほど!よくわかったわ!処世術よね?小五で、敬称の付けかたを理解したか……」

「レイコさんからは、『レイコ』って、呼び捨てにして、わたしはあなたを『リョウ』って呼ぶわ、っていわれたけど……、とてもできないよ!」

「あら、そうなの?レイコさん、あなたのこと、本気なのね?」

「いや、たぶん、遊び心だよ!僕は『変わり者』と思われているんだ。猫語を喋るからね……」

「あんた!あの、猫に『ニャー、ニャー』と、語りかける癖、人前では辞めなさいよ!わたしまで、変人と思われてしまうから……」

「うん、注意する……。で、ショウコちゃんの猫はどうだった?シズカが警戒したってことは、怪しい猫なの?」

リョウがそういうと、白猫は、例の『あいうえお積木』の前に進んで行った。

『リスカヨウネコヲアツメテイルラシイ』

と、かなり長い文字を示した。

「栗鼠?火曜?」

と、オトが意味不明な単語を並べる。

「姉貴!そろそろ、慣れろよ!リスはリズ、火曜で切らずに、カはが、だから、いい?『リズが、洋猫を、集めて、いるらしい』と、いっているんだよ!」

「ああ、なるほど……、わたしはボキャブラリーが豊富過ぎて、単純な文章は苦手なのよ……!」


「リョウはいる?」

翌日、オトが祖母の手伝いで、惣菜売場の整理をしていると、開け放しの玄関口から、いきなり声をかけられた。

(白雪姫?)と、眼を擦る。

そこには、ディズニー映画の『白雪姫』を連想させる、美少女が、猫を両腕に抱えて微笑んでいた。

「リョウは出かけています。お昼過ぎには帰ると思いますけど……」

たぶん、年下、小学生と思われるのに、オトは丁寧な言葉で答えた。

「あら、そう、残念ね!わたしの猫を見せにきたのに……。ショウコさんの猫より、ずっと可愛いと思うけど……」

そう言って、美少女は、胸に抱いているシャム猫をオトに示した。そして、その視線は、オトの頭から爪先まで、往復したようだった。

(猫が笑った?)

少女の胸の前のシャム猫が、口元を少しあげる仕草をしたのだ。それが微笑んだように、オトは感じた。

「リョウのお姉さまですわね?噂をお訊きしておりますわ!才女で美人!おまけに弟想いでいらっしゃる、とか……?お会いできて光栄ですわ!未来のお義姉(ねえ)さまになるかもしれませんもの……」

急に言葉使いがお嬢様言葉に変わった。

(ナニ?この娘(こ)。未来のお義姉さま?わたしが……?じゃあ、リョウと結婚する気なの?この歳で……?)

「わたくし、千光士麗子と申します。センコウジのジは、寺ではなく、サムライの、武士の士ですわ!レイコはもちろん、綺麗の麗ですわよ!」

(はあ、よくわかりました……)

オトは小学生に圧倒されて、言葉が声にならない。

「リョウに逢えなくて、残念ですけど、お姉さまに、お目にかかれて、ようございました。くれぐれもリョウに、この子の可愛いさをお伝えくださいね!」

少女はもう一度、猫を抱き上げ、オトに示すと、

「では、失礼いたします」

と、礼儀正しい挨拶をして、出ていった。

(あれが、レイコか……、クラス一の人気者……?わたしは友達には、なりたくないわね……)

「こんにちは、リョウ君はご在宅でしょうか?」

それから、十五分後、陳列台の整理が終わって、一息ついたオトに、玄関口から、声がかかった。

(あら、普通の女の子?いや、少し、貧乏臭いかな?シンデレラの働いている時の衣装ね……)

眼の前の少女は、たぶん、手作りの綿のシャツに、同じく、手作りのチェック柄の短いスカートをはいている。オトも母親が端切れで作ったスカートをはいているので、近親感を持ったのだ。

「あっ!ごめんなさい、リョウのお友達かしら?生憎、リョウは出かけているのよ。お昼過ぎには帰ると思うけど……」

「そうですか……、猫を連れてきたのに……」

「猫?」

少女は猫を抱いていない。

「ハナコ、おいで……」

と、少女が玄関口から、外に向かって声をかけた。

「ハナコ?」

「ミャアー」

と、かなり、大きな猫の鳴き声がして、少女の足元に、タヌキかと思われる生き物がすり寄ってきた。

「猫?よね……?」

(タヌキじゃなくて……)

「まだ、子猫なんです。ペルシャ猫の仲間だそうです……」

その猫は、ライトブラウンの長毛系の洋猫だ。瞳が緑色に輝いていた。首には、赤い首輪をしている。

「そこまで、抱っこしてきたんですけど、急に暴れて、地面に降りたがったんです」

と、言い訳気味に少女がいった。

(まあ、この大きさだと、抱っこしてくるのは、大変だったでしょうね……)

「あっ、わたし、名前も名乗らなくて……。高橋真弓といいます。リョウ君とは、一年生から、ずっと同じクラスです!お姉さんですよね?リョウ君が自慢の、美人で才女で、クラスの人気者……」

(ああぁ、どこまで、わたしの噂は広がっているのかしら?こんな完璧な少女だと思われてたら、大きな声も出せないじゃない……)

「わたしもお姉さんみたいになりたいけど、無理ですね……」

「えっ?そんなことないわよ!真弓さんだったっけ?そのご洋服、お手製よね?お母さんが作ってくれたの?よく似合っているわ!少なくても、『アリス』や『白雪姫』よりは、ね……」

「アリス?白雪姫?ああ、ショウコちゃんとレイコさんにお逢いになったんですね?わたしはあんな格好は似合わない……。この服はおばあちゃんがミシンで作ってくれたんです。兄が着ていた服を仕立て直して……。兄は二年前に事故で亡くなったんです……」

(この子も『ちゃん』と『さん』を使い分けているんだ……。それに、お兄さんを亡くしているなんて、悲劇のヒロインね……。リョウには、三人とも、どうか、と思うわね……。まあ、この子が一番マシか……?)

「わたし、ずっとリョウ君が好きでした。いえ、今も大好きです!でも、ショウコちゃんやレイコさんには勝てません……。容姿も服装も、たぶん、成績も……」

「なにいっているの?その三つは、恋愛には関係ない項目よ!一番は、本気かどうかよ!好きな人のためなら、なんだってできる!命がけになれることよ!その次は、優しくなれること……。ライバルが現れても、自分を信じて、嫉妬なんかしないこと……。誰しも、自分を一番愛してくれる人に心を引かれて行くのよ!」

「すごい!お姉さんは、そんな激しい恋をしているのですね?」

「ええっ?いや、わたしは、まだ、理想の人に出逢ってないから……」


「まったく、あんたの同級生って、変わり者ばっかりね!そういう年廻りなのかしらね……?」

リョウは帰ってくるなり、またしても、姉に愚痴を浴びせられた。

「今日は誰がきたの?」

「一番人気と、大穴よ!レイコとマユミ!まあ、どっちを取る、いや、対抗馬のショウコも含めて、三択をするとしたら、大穴がマシな気がするわ!我々のレベルには、ね……!」

「パス!三人とも、友達以上、恋人未満!僕の理想とは、程遠いよ!」

「ヘエー、じゃあ、ほかに、恋人以上がいるってこと?オクテのあんたに……?」

「いないよ!僕は理想が高いんだ!姉貴以上とはいわないけど……」

「まあ!わたしが基準なの?じゃあ、当分無理ね!一生、無理かもね……」

「わかってる!でも、奇跡が起きるかもしれないよ!オードリー・ヘップバーンみたいな、妖精のような女の子が、転校してくる、とかさ……!」

「夢物語ね……。それより、今日の収穫は?マサさんと、シズカを連れて、敵情視察に行ったんでしょう?」

「ああ、リズが猫神様になった、という、お稲荷さんヘいってみた。参拝する人もいないし、寂れた感じだったよ。リズもフーテンもいない。何匹かの野良猫の姿は見かけたけど、神社に住んでいる感じではなかったな。ただ、シズカに言わせると、リズの匂いは、残っているようだ。近くに潜伏しているかもしれないね……」

「じゃあ、リズが洋猫を集めている、って噂というか、情報は?間違いだったのかしら?」

「そこまでは、わからない。だけど、あの稲荷神社は、かなりのパワー・スポットのようだよ。シズカが、片言だけど、喋ったんだ!『リズの匂い、残っている』とね……」

「じゃあ、悪巧みが進行中と考えたほうがいいわね?洋猫か?そういえば、あんたを訪ねてきた三人の娘は、みんな洋猫を連れてきたわね?チンチラにシャム猫に、ペルシャ猫……」

「シャム猫?レイコさんはシャム猫を連れてきたのか?まさか、リズ、ってことはないだろうね?」

「さあ、わたしたちは、リズには会ってないから、シャム猫としか知らないわね……。ショウコさんの猫は『ダイナ』よ!マユミのは、確か……、そう『ハナコ』だったわ!レイコの猫だけ、名前を訊き逃したのよね!」

姉弟がそういう会話をしていると、白猫が座敷を横切って、『あいうえお積木』に前足をつけ始めた。

「リズの匂いがする」

「ええっ!シズカが喋った?」

「うん、今、頭の中に声が聞こえた気がする……」

姉弟が積木に注目する。

『リスノニオイカスル』と、白猫は積木に触れていった。

『コトモカモシレナイ』と、続けた。

「琴?藻か?模試?麗奈?胃?」

「なに、遊んでいるんだよ!『子供かも、しれない』だろう?」

「ああ、そうね!わたしはボキャブラリーが豊富過ぎて、特に漢字に変換してしまうのよね……」

「姉御、大丈夫ですかい?えらく疲れている、っていうか、姿が変わっていますぜ!」

と、大きなトラ猫が、心配そうな声をかけた。

「うるさいねえ!今、集中していたのに……、まあ、いいか……、だいぶ、変身能力がついてきたよ!」

そういったのは、リズだが、シャム猫には見えない。身体が大きくなって、体毛も長毛系になっている。

ブルブルとリズが身体を振るわすと、あっという間に、シャム猫に戻った。

「この稲荷神社は思った通り、パワー・スポットだったね?賽銭箱の下に空洞というか、不思議な空間があって、パワーがもらえるんだよ!お前の額のキズもすぐに治ったし、わたしは猫叉の能力が身に付きだした。まだ、人間には化けられないけど、いろんな猫には化けれるよ!お前のようなトラ猫にもね!ただ、和猫より、洋猫のほうが化け易いわね。血統の所為かもしれないね?」

リズたちは、神社に設置されていた賽銭箱の裏側に、不思議な扉があるのに気づいたのだ。お金を回収するための扉のようにも見えるが、猫の潜り戸のようになっているし、押し開くと、金の入っている部分には繋がっていなかった。

リズは、匂いを確認する。扉の向こうは、地下に繋がっているのか、賽銭箱より遥かに広い空間のようだ。リズは為を決して、その暗い空間に跳び込んだ。

不思議な感覚だった。身体が歪んで、また、元に戻る、そんな感覚だ。地面に降りたった時の感覚は、わずか、数十センチ下に降りた、そういう感じだった。しかし、その、わずかの高さを降りるのに、数十秒がかかった気がしたのだ。

周りは真っ暗闇だが、夜行性の彼女には、そこが壁で仕切られた空間だとわかる。足から伝わる感触は、土や木やコンクリートではない。金属のようでもあり、プラスチックのようでもある。

空間は立方体ではなく。曲線でできているようだ。足を運び、壁に突き当たり、反転して、長さを測ると、約3メートル。その真ん中辺りから、直角に進むと、約1メートルで壁に突き当たった。半径1メートル。つまり、長径が3メートル。短径が2メートルの楕円形の床。空間の形体はラグビーボールのような楕円の球体のようだ。空間には、なにもない。ただの空間なのだが、明らかに、リズが暮らしていた、地上とは、違う。空気が薄いわけではないが、気圧は低そうだ。いや、気圧ではなくて、重力が半分くらいに感じる。ジャンプすれば、いつもの倍の跳躍ができそうだった。

真っ暗闇だった空間が、ほのかに明るくなった。壁が金属質の光をほんの少しだが、発光している気がした。そして、リズの脳が何故か活性化してきたことを自覚していた。

(わたし、進化している!猫叉になったんだわ!)

気分が高揚してきた、と同時に息苦しくなって、リズは、空間の入口に向かって、飛び上がった。

(ふう……、あの空間には、長くはいられないようね?でも、不思議なパワーをいただけたようね……)


「ねえ、リョウ、最近、こんなポスターが多くない?」

オトが、最近できたスーパーマーケットの掲示板を眺めながら、側で、おまけ付きのキャラメルを選んでいる弟に声をかけた。

「何のポスター?」

と、リョウが視線を掲示板に向けながら尋ねる。

「ほら、これ、迷い猫のポスター、というか、『飼い猫がいなくなって、探しています』っていうお願いをしているのよ」

「フウン、迷い猫か……、アメリカン・ショート・ヘヤー?あまり聞かない種類の猫だね?」

「洋猫ね!かなり、高級な猫のようよ!お礼の額が、半端じゃないもの……」

「そういえば、近所の魚屋さんの前の電柱にも、迷い猫のポスターがあったね。確か、ペルシャ猫だったと思うけど……」

「わたしは、中学校の正門近くの電柱で見たわ!ラグドールって種類の猫だった。見たことはないけど、長毛の綺麗な猫のようよ!こっちもお礼が高額だったから、男子生徒が捜査しようって、いってた……」

「おや、姉弟仲良く買い物かい?」

と、ふたりの背中から、声がした。振り向くと、白い半袖のカッターシャツの中年男性が微笑んでいた。

「あら、茂雄叔父さん。お仕事なんですか?」

その人物は、ふたりの叔父にあたる、県警の刑事で、政雄の父親である。

「いや、今日は非番なんだ。最近、平和でね。まとめて休みがもらえたんだが、することがなくてね……。たまには、料理でも作ろうか、と、買い出しにきたところさ」

「叔父さんが料理?」

「ああ、カレーなら作れるよ!学生時代は自炊していたからね……」

「カレーか……、うちもカレーにする?わたしが作ってあげる!」

「なんだ、今日の献立が決まってなかったのか?」

「うん、とりあえず、買い出しにきたのよ。お魚の良いのがあったら、お刺身にするか、お肉が安かったら、焼き肉か、ハンバーグか、野菜炒め、って予定だったんだけど……。カレーにしよう!リョウが好きだしね?」

「ハハハ、オトは弟想いだね!ところで、何を熱心に眺めていたんだい?」

と、茂雄が話題を変える。

「このポスター……迷い猫の……最近、ほかでも別の迷い猫のポスターを見かけたから、多いな、って……」

と、オトが掲示板を指差して説明した。

「ほほう、迷い猫、というより、猫さらいかもしれないね。こんな、血統書が付くような高級猫を拐って、闇取引をしているって噂があるんだ。警察に相談にきた人もいるよ」

「猫さらい?高級猫を狙い打ちか……」

「まさか、リズが絡んでないだろうね?」

「リズ?それは、ヤクザの暗号名(コード・ネイム)かい?」

「いえ!こっちの話、猫が大好きな……外国人……、かな…?」

「それで、途中経過だけど、報告にきたよ」

スーパーマーケットで茂雄にあった日の二日後、オトのもとを訪ねてきた政雄がいった。

「叔父さんから訊いたのね?高級猫さらいが頻発しているって事件……」

あのあと、茂雄は、

「ちょっと、調べさせるか……、息子が暇そうだからな……」

と、つぶやくようにいっていたのだ。

「ああ、でも、決して暇だったからじゃあないからね!大学生だから、レポート提出もあるし……」

「でも、デートはない!でしょう?可愛い従妹と会話する機会が増えて、よかったじゃない!」

「その憎まれ口さえなかったら……だな」

「ふふ、わたしもマサさんとふたりっきり、っていうのは、けっこう好きだな。将来、本当に理想の男性に巡り逢った時のために、シュミレーションできるもの……」

「僕はオトの恋愛のシュミレーションをする相手なのか……?」

「良いじゃない!お互い、恋人はいないんだし、好き同士だもの……。ただ、わたしの理想が高いだけよ!」

「好き同士か?ありがとうっていっておくよ……。ところで、リョウは?まさか、デートなのか?」

「あいつ、猫好きってことで、意外とガールフレンドがいるんだよ!猫好きの男友達はいないみたいだけどね。それで、猫好きの集まりに、シロウを連れていってる。もちろん、猫さらいの情報を掴む目的があるんだけどね」

「じゃあ、その猫さらいの話に移るよ。例の迷い猫のポスターを掲げている、三人の飼い主に会ってきたんだ……」

「そうね、それで、何か掴めたの?共通点とか……?」

「うん、時系列でいえば、ペルシャ猫が一番先だったらしい。綺麗なオス猫で、つないではいないけど、家からは出れないようにしていたんだって。それが、家政婦さんが、勝手口から帰ってきた、その一瞬の隙に、ドアから表ヘ飛び出して、そのまま帰ってこないそうだ」

「フウン、自ら、家を出ていったってことね?それで、次のターゲットは?」

「次は、ラグドール。この猫の飼い主は、オールド・ミスのお金持ち。まあ、ミスといっても、未亡人だ。夫が先年事故で亡くなって、子供もいないから、って、高級な猫を飼い始めたらしい。その猫はアメリカ人の知人からもらった猫で、日本では、まだ数が少ないらしい。だから、拐われた可能性がなくはないんだが、普段は座敷で遊んでいる。出かける時は、ゲージに入れているから、さっきのペルシャ猫のような消えかたはしないはずだ、というんだ。つまり、何時、何処から、いなくなったのか、飼い主にはわからないらしい」

「そのお家は、お金持ちなのよね?使用人とかは……?」

「ああ、通いの家政婦さんがいる。お年寄りのね。その人は猫にはほとんど、タッチしないそうだ!食事は、キャット・フードだけで、飼い主が与えているそうだ」

「じゃあ、何者かが?家に侵入して、猫を拐っていった、可能性があるってことよね?」

「まあ、可能性は……、ただ、猫以外のものは消えていない!現金も宝飾品もだ。しかも、戸締まりはきちんとしているし、猫がいなくなった日も怪しいことはなかったそうだ……」

「密室の盗難事件か……で、三つ目のアメリカン・ショート・ヘヤーは?」

「こちらも、お金持ちの飼い猫だった。ただし、真の飼い主は小学生の女児だ。学校で猫を飼っている友達が多くて、しかも、みんな、血統書が付くような高級な猫らしい。それで、誕生日のプレゼントに買ってもらった猫だそうだ!」

「その子、まさか、リョウの同級生じゃあないよね?」

「ズバリ、その同級生だ!つまり、猫を飼っている友達というのも、リョウの同級生の女の子ってことだね」

「それで、その猫がいなくなった状況は?」

「こちらは、はっきりしている。猫を抱いて、友達に見せに行く途中で、猫が急に暴れて、逃げだしたそうだ。すぐに追いかけたんだけど、見失って、そのままだそうだよ……」

「リョウの身近に、猫さらいの被害者がいたのか……。しかし、今後、あの三人の飼い猫が狙われる可能性も……」


「姉御、あんな家猫を集めて、どうするつもりです?あいつら、食べ物にうるさくて、ネズミや生魚は食べねえし、やっと調達してきた、キャット・フードってやつも、安物だ!とケチをつけるんですぜ!」

「おや、ご苦労様だね!お前の献身には、本当に感謝しているよ!あの洋猫は実験材料さ!例の不思議な空間に入れておいたら、どうなるか……」

リズとフーテンが、寂れた稲荷神社の社殿で毛繕いをしながら会話をしている。リズは、近所の独り暮らしの老婆の家に行っては、猫撫で声?で甘えて、鰹節のごはんにありついている。フーテンは、近所だけでなく、魚屋やスーパーから、食べ物を黙って、調達している。フーテンは、例の不思議な空間に入って、泥棒の能力が備わってきたらしい。ラグドールという猫の屋敷には、ストーブの煙突から入って、ラグドールと一緒に、トイレの窓から抜けだしてきたのだ。

「しかし、あの三匹をどうやって、丸め込んだんです?オイラが迎えに行ったら、疑わずについてきましたぜ!」

「フフフ、それが不思議なのさ!わたしがいろんな猫に変身しただろう?それで、ペルシャ猫に変身したら、あのペルシャ猫と意識が繋がったのさ!あとの二匹も同じだよ!それで、この神社にご招待したってわけさ!お前を道案内に差し向けてね」

「姉御の能力がアップしたってことですね?それで、あいつらの能力は……?」

「うん、お前と同じくらいの能力がついたようだよ!人間の言葉が理解できるようになった。それと、ペルシャ猫はもう一段階、上の能力が開発されそうなんだよ!」

「上の能力?どんな能力で……?」

「催眠術かな?あいつの眼を見つめていると、催眠術にかかったようになるんだよ!ただし、命令をする能力がないから、操ることまではできない!つまり、人間を夢うつつ状態にできるってことさ!今のところはね……」

「それで、アメリカン・ショート・ヘヤーの飼い主も会に参加してたの?」

リョウが、シロウと帰ってくると、オトが、集会での情報収穫を問いかけたのだ。

「へえー、スーパーのポスターの依頼人が僕の同級生の家庭だと、よくわかったね!マサさんが調べてきたんだね?」

「そうよ、三匹の猫がいなくなった状況はわかったの。でも、犯人もその動機もまだ不明よ!」

「犯人はわかったよ!たぶんだけど……」

「エッ!犯人がわかった?」

「ああ、アメリカン・ショート・ヘヤーの飼い主はミチコさんというんだけど、その猫が急に暴れて、逃げだした時、大きなトラ猫の姿を見たんだってさ!その猫について行ったらしいんだ!」

「大きなトラ猫?フーテンじゃない!」

「そうなんだ。それで、ラグドールの飼い主の家に行って、尋ねると、確かに、大きなトラ猫の姿を見た、っていうんだよ!ペルシャ猫のほうはまだだけどね……」

「と、いうことは、リズの悪巧みね?逆襲するつもりかしら?洋猫軍団でも作って……」

「うん、その可能性はあるね。洋猫のほうが全体的に身体は大きいし、気性も荒いらしい」

「でも、野良猫でもない、食べ物だって、キャット・フードしか食べない猫たちをどうやって、手懐けたのかしら?」

「それが不思議なところだね?リズの特殊能力かもしれない。洋猫、ってところが、なんらかのつながりかもしれないね……」

「リズの特殊能力?それって、遠隔操作をする、テレパシーってこと?」

「それに近い能力だろうね……。シズカが、リズが洋猫を集めている、とか、悪巧みをしている、とか言っていただろう?きっと、クロウかサンシロウがその兆候を察知したんだよ。あのお稲荷さんがパワー・スポットなら、リズの能力が進化してもおかしくない。エスパー・キャットは、クロウやサンシロウだけとは限らないんだよ……」

「それで?リズの陰謀にどう対処するつもり?」

「まず、こちらは、防御を完璧にしておく。つまり、猫屋敷の猫たちは、秘密の場所に移動して、リズたちとは、直接戦わない」

「なるほど、リズは秘密の場所へはいけないのよね?」

「秘密の場所か部屋かは、僕にもわからないけど、そこにたどり着くには、いくつもの関門があるらしい。リズがエスパー・キャットになったとしても、おいそれとは見つけられないらしいんだ」

「防御は完璧ね?じゃあ、こちらから、アクションは起こさないの?」

「いや、リズの陰謀を阻止するために、罠を張るつもりさ!」

「罠?」

「リズが洋猫を集めているなら、それを逆手に取ってやるんだよ!三匹の猫を使ってね……」


「姉御、神社に参拝客がきていますぜ!鰹節をお供えして、『飼い猫が帰ってきますように……』って言ってますぜ!どうやら、アメリカン・ショート・ヘヤーの飼い主のようですが、どうしやす?」

「うるさいねぇ!精神を集中しているのに……。猫神様は辞めたんだよ!放っておきな!」

「でも、鰹節は……?美味そうですぜ!」

「なんだよ!お前、鰹節が欲しいのかい?わかったよ!『願いを叶えて遣わす』って、答えてやろう……」

「おや?飼い主の友達かな?猫を抱いた女の子が三人、一緒にいますぜ!三匹とも、洋猫ですぜ!一匹は、姉御によく似た、シャム猫ですぜ!」

「なんだって!その猫はあたしの姉妹の孫だよ!精神統一していた時、最初に意識が繋がった猫なんだ!あたしの血統を持つ、唯一の猫だよ!」

猫屋敷の南東にある、稲荷神社の社殿で、シャム猫のリズが珍しく、興奮した声をあげた。

リズが社殿の扉の隙間から、表を覗くと、数人の小学生女児がいて、そのうちの三人が猫を抱いている。チンチラとシャム猫と、大きなペルシャ猫が、それぞれの胸の前から、社殿を眺めていた。

「その願いに叶えて遣わそう!住所と名を名乗れ!」

と、リズが人間の言葉を発した。

「ねえ、訊いた?猫神様の声なのかしら?」

と、唯一猫を抱いていない、少女が声をあげた。

「ニャー!」と、シャム猫が鳴き、

「ミャーァ!」と、ペルシャ猫が吠えたあと、少女の胸から、飛び出して、社殿に向かって駆け出したのだ。

「あっ!ハナコ、ダメよ!」

ペルシャ猫の飼い主の少女がそういった時には、猫の身体が、社殿の扉にぶつかっていた。

「ミギャーァ!」

という猫の声がして、社殿の床が激しくきしみ、そのあと、大きなトラ猫が、社殿から飛び出してきた。そのあとを追うように、ペルシャ猫が出てきたのだ。

「ニャー!」

と、シャム猫がまた鳴いた。チンチラが興奮して、飼い主の肩に登って、

「シャーァ!」

と、威嚇する声を発した。

「まあ!醜い、野良猫!」

「ハナコ、ダメよ!そんな汚い猫に近づいたら、病気になるわ!」

(ちえっ!なんて言い方だ!醜いとか、汚い、とか、余計なお世話だぜ!)

フーテンが人間の言葉を理解して、そう心の中でつぶやき、臨戦態勢をとった。

その時、急に、頭から、網が、彼の身体全体を包みように降ってきたのだ。

(あっ!)

と、声にならない声をあげたフーテンは、眼の前の景色が歪み、目眩に襲われた。

「フフフ、フーテン殿、敗れたり……」

(そ、その声は……、ゾロ……)

「みんな、大丈夫?怪我はない?」

「あっ、お姉さま!ええ、わたしたちは、大丈夫ですわ!」

社殿の横から、オトと政雄が出てきて、少女たちに声をかけた。それに、シャム猫を抱いたレイコが答えたのだ。

「でも、あの野良猫は?網のようなものが、突然、降ってきて、トラ猫を捕まえたと思ったら、あっ、という間にいなくなった、というか……、消えましたよ……」

と、チンチラを胸に抱え直したショウコが、怯えたようにいった。

「あの野良猫は、ただの猫じゃあないの。危険な猫だから、特殊な網を使って、捕まえたのよ!眼にも止まらぬ速さでね……」

「オト、説明はいいから、社殿を調べよう!まだリズがいるはずだ!」

政雄が、少女たちへの説明をうやむやにするために、次の行動を促した。

「そうね!みんなは、じっとしていてね!特に、飼い猫をしっかり抱いているのよ!まだ、もう一匹、危ない猫がいるはずだから……」

そういって、オトは、政雄の背中に隠れる位置から、社殿のほうを覗き込んだ。

「猫はいないね……」

と、社殿の扉を開いて、政雄がいった。リズの姿はなかった。

「うむぅ、猫の足跡がある!入り乱れているが、小さめの足跡があるから、さっき、争った二匹とは別の猫がいたようだ。つい、さっきまでは、ね……」

「社殿に抜け穴があるのかしら?」

「いや、一応、稲荷を祀っている、御札と、二体の狐の像が置かれているが、社殿というか、祠の少し大きなものだよ。丈夫でもないが、壊れてはいない。穴や隙間はなさそうだ……」

「賽銭箱は?」

「賽銭箱?ああ、これか……、社殿の前に鎮座しているやつだね?社殿に比べると、大きいね……、お金は……、入ってないようだ……おや?ここに、妙な扉がある!賽銭を取り出す穴にしては、不自然な位置だな……?」

政雄はそういって、賽銭箱の裏にある、潜り戸のような扉を押してみる。

社殿の床に腹這いになって、その穴を覗き込んだ。

「ワッ!」

と、政雄が、声をあげ、床に転がる。その身体めがけて、猫が飛び出してきた。アメリカン・ショート・ヘヤーにペルシャ猫。そして、ラグドールが、続いて賽銭箱から飛び出してきたのだ。

「あっ!トミー!帰ってきたのね!」

と、唯一、猫を抱いていなかった少女が、アメリカン・ショート・ヘヤーに声をかけた。

「まあ!迷い猫たちだわ!まさか、賽銭箱に閉じ込められていたの……?」


(うぅう、ここは何処だ!気分が悪いぜ!船酔いしたような感じだが、船に乗ったはずはねえしな……?)

気を失っていたフーテンが眼を覚まし、辺りを見回して、呟く。

(おや?ここは檻の中だ!なんで、檻に入っているんだ?ああ、そうだった、あのでっけえ、狸のような猫と、揉み合っていた時に、急に網が降ってきたんだ!まったく、何処から投げてきたのか、人気(ひとけ)は、なかったはずだぜ……)

「フーテン、これで、四度目だな!悪巧みは止めにして、リズから離れたらどうだ?怪我だけでは、すまなくなるぞ」

急に、周りに灯りが差し、頭上から、話しかける声がした。

「あっ!おめぇはクロウ・ヨシツネ!そうか、汚ねえ手を使いやがったな?あの狸猫は、おめぇの差し金だったのか?」

「いや、あの猫たちは、わたしとは面識もないし、ましてや、仲間でもない。ゾロがお前を捕らえる作戦に、少しはお手伝いをしただけだ」

「ゾロ?やっぱり、あの網は、ゾロが投げたのか?しかし、ゾロの姿は見えなかったぞ。声は確かに聞こえたが……」

「フーテン、ゾロというのは、ラテン語で『狐』という意味だそうだ。あの場所は、稲荷の領域。狐が不思議な力を発揮してもおかしくはあるまい!」

「なんだって!ゾロは稲荷の眷属だったのか……?どおりで、動きが眼にも止まらなかったのか……」

「まあよい!とにかく、お前はゾロに捕らえられ、今は檻の中だ!釜茹での刑にしてもいいのだが……」

「ま、待て、待て!ゾロと勝負して敗けたわけではない!いきなり、網を打つなど、卑怯であろう!次は必ず、勝つ!もう一度、勝負をさせろ!」

「懲りないやつだな!何度挑んでも、ゾロには勝てぬ!神の領域に住む者に、現世の猫が敵うわけがない!」

「いやいや、俺も修行中じゃ!ただの野良猫ではない!あと少しで、神の領域に入れるところじゃ!たのむ!今一度、慈悲をくれ……!」

「神の領域に入れる、だと?どうやら、リズも能力を高めているようだな?どうやって、能力を高めているんだ?それを教えれば、見逃してやろう……」

「い、いや、それは……、口が裂けても教えられない!ただ、ある場所で、修行中なのじゃ!リズは、猫叉に近づいている。俺も忍びの能力が発達してきた。教えられるのは、ここまでじゃ!」

「リズが猫叉に……?それは嘘ではあるまいな?」

「ああ、変身能力が発達している。人間にはまだ化けれないが……」

「人間には?では、何に変身できるんだ?」

「そ、それもいえない!リズに殺される!」

「そうか、まあよい!リズに伝えておけ、猫叉になったところで、ろくなことにはならない、メス猫としての幸せを探せ!と、わたしが忠告していた、と……」

「ふうん、それでクロウは、また、フーテンを解き放したのね?」

「フーテンは、同じ、直弼の飼い猫だからね。直弼の最後の飼い猫よ!」

「シズカ、ずいぶん、はっきりと話せるようになったね?」

「うん、あの、お稲荷さんにサンシロウと一緒に行ってから、屋敷以外でも、人間の言葉が話せるようになったの」

テレビのある座敷で、オトとリョウが白猫と会話をしている。もう、『あいうえお積木』を使わなくても、会話ができるようになったのだ。

「あの稲荷神社は、かなりのパワー・スポットなんだね?」

「そうね、屋敷の『秘密の部屋』と同じような……、おっと、まだ、ふたりには、内緒にしないといけないことだわ……」

「なるほど、屋敷の秘密の部屋もパワー・スポットなんだ!だから、サンシロウがエスパー・キャットになれたんだね?」

「じゃあ、リズもフーテンもパワーをもらって、エスパー・キャットになりかけているかもしれないのね?」

「あの賽銭箱は、どうなっていたの?」

「うん、マサさんが、穴に懐中電灯を照らして、覗いたけど、床下の2メートル四方の空間に繋がっているだけだったようよ。あの三匹の迷い猫が、閉じ込められていただけだったみたい……」

「でも、賽銭箱の扉は、潜り戸のようになっていたんだろう?なら、中から扉を押して出てこれるはずだよね?」

「扉があることに気づかなかったんじゃない?マサさんが開けたから、そこに出口がある、とわかったのよ!」

「でも、リズの姿は見つからなかったんだよね?社殿から、猫神様の声がしたから、リズは社殿にいたはずなのに……」

「そうね、あんたのガールフレンドの三匹の洋猫を連れて、猫神様にお参りしたら、リズがアクションを起こす。そこに、あんたが小さくなった、ゾロになって、サンシロウと、乗り込む計画だったのに、狸猫のハナコが、抜け駆けしてしまったんだよね?まあ、サンシロウがあんたと一緒に網をフーテンの上にテレポートさせて、フーテンの身体が網にかかった瞬間に、屋敷の角部屋にテレポートさせたから、フーテンは捕まえられたけどね……」

「リズの能力が、どこまで発達しているか……、それが問題だね?サンシロウみたいにテレポートができるとは思えないけど……」

「わたしとサンシロウで、あの稲荷神社を見張ってみるわ!フーテンの首輪には、発信器を取り付けたから、別の場所に移ったら、すぐにわかるわ!」

「シズカ、気をつけるのよ……」


「姉御?どこにいるんです?おや、別の猫に化けていたんですかい?それは?アメリカン・ショート・ヘヤーですね?」

猫屋敷から、解き放されて、フーテンは、稲荷神社に帰ってきた。リズの匂いがしないので、神社の周りをうろうろして、また、賽銭箱の前に帰ってくると、見覚えのある、猫がいたのだ。

「ミャーァ」

と、猫が鳴いた。

「姉御?口が効けないんですかい?あれ?こいつは、姉御が変身した猫じゃあねえや!拐ってきた、猫の一匹だ!えっ?じゃあ、姉御は……?」

(フフフ、うまくいったわ!このアメリカン・ショート・ヘヤーの名前はトミー、っていうのか?メス猫なのに、変な名前だね?まあ、しばらくは、トミーとして、この小娘たちが、何を企んでいるのか、調べないとね。何故か、シズカの息子の飼い主という、小学生の男の子が、わたしの妨げになっている気がするんだよね……?偶然だと思うけどね……)

「それで、迷い猫というか、拐われた猫たちは、飼い主の手に帰ったの?」

「ああ、あんたの同級生のミチコちゃんは、トミーという、アメリカン・ショート・ヘヤーを抱いて帰ったし、あとの二匹は、マサさんが、連れていったよ」

「見つけた、お礼は……?まあ、マサさんの調査費としておくか……」

「あんた!お礼が目当てで、あんな狂言書いたの?まさか、あの三匹の飼い主の、ガールフレンドに、お礼の話はしていないでしょうね?」

「お礼の話はしていないけど……」

「けど?何よ?」

「それぞれと、一回づつ、デートをする約束なんだ!だから、お小遣いが、足りないんだよ……」

「ああ!モテる男は、出費が嵩むのね?いいわ、わたしが建て替えてあげる。マサさんには、わたしから、お礼の一部をもらうことにするから……」

オトがそういうと、足元の白猫が

「ミャーァ」と鳴いた。

「サンシロウが、報告したいことがあるって!屋敷へ行ってくるわ!」

今度は、人間の言葉を発して、しなやかに、白い身体を跳躍すると、土間から、勝手口の潜り戸を抜けて、表に出ていったのだ……。

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