第2話
翌日朝のホームルームの十分前、私達は六組の教室に来ていた。
「……どう?探してる人居そう?」
ぴょこぴょことドアの窓から教室の中を伺う渚に問いかける。
「んー……居ない、あ!居た!……かも!」
「それはどっち……?」
渚の後ろから私も窓を覗く。彼女が指差す方を見るけれど、奥の席で男子生徒が数人で固まっているので誰のことを言ってるのか分からない。
「人違いな気がしない?」
「えー?そうかなぁ?絶対あの人だと思うんだけど……。」
「……誰か探してる?」
渚と二人でうんうん言ってると後ろから声をかけられた。驚いて振り返れば、昨日ぶつかった男子生徒だった。
「あれ、君、昨日の……。」
「昨日はごめんなさい。」
「全然大丈夫。俺も急いでたし、お互い様だよ。それで、誰か探してるなら呼ぼうか?」
「えっと、呼んでほしいというか……あそこに居る人の名前分かる?」
渚がそう言って指差す方を彼も見遣る。それから「真ん中の?」と聞き返せば、渚はこくこくと頷いた。
「真中だよ。
「真中、くん……。ねぇ、ちなみに真中くんって彼女居るの?」
「え、んーどうだったかな。俺の記憶では多分居ないと思うけど。」
渚は彼の言葉にパァっと顔を輝かせた。その様子を見ていた彼が私に「そういうこと?」と尋ねてきたので、小さく頷いておいた。
「あんまり詮索したりしないけど、一目惚れ的な?」
「まあ、そうですね。」
「へぇ、凄い行動力だね、えっと……。」
「その子は加藤渚。それから、私は、有馬詩乃。」
「加藤と有馬ね。俺は
「あぁ、うん。えっと、わかっ…た。」
彼、三国にぎこちなく返事を返せば、満足そうに微笑んだ。
「ところで、二人の教室って上の階だよね?そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
三国が指差す時計を見れば、もうすぐでホームルームが始まりそうだった。
「ほんとだ、渚、教室戻るよ!」
「はーい、三国…だっけ?教えてくれてありがとう!」
お礼もそこそこに教室に向かって走り出す。少ししてちらりと後ろを見れば、彼は私達が視界から消えるまで手を振ってくれていた。
「真中一星くんかぁ……名前までかっこいい……。」
「うんうん、そうだね。もうそれ十回は聞いたよ。」
食堂の味噌汁を飲みながら適当に相槌を返す。お昼休み、校内の食堂は沢山の生徒でごった返しており至る所から美味しそうな匂いが漂って来る。うちの学校の食堂のメニューはどれも絶品と評判で、入学の決め手が食堂である、と言う生徒も少なくないらしい。そんな絶品のメニューの一つの天ぷら蕎麦そっちのけで物思いに耽る少女の頬は、うっすら桃色に染まっている。
今朝に意中の彼の名前を知ってからというもの、渚はうっとりとした目で「真中くん」と呟いている。それを何度も続けるものだから、そろそろ「真中」という単語に嫌気が差してくる。
「早く食べないと麺伸びるよ。」
「うん、分かってるよ。」
「休憩時間もうすぐ終わるよ。」
「うん、分かってるよ。」
「そう言うけど、全然お箸進んでないじゃん……。」
すっかり上の空で私の言葉にも生返事な渚に呆れて溜め息を吐く。白ご飯の最後の一口をよく咀嚼して飲み込み、箸を置いて感謝の気持ちを込めて手を合わせた。「先にトレイ返してくるね。」と一声かけて席を立つ。おそらく今の渚には聞こえていないだろうけど。
食器をカウンターまで持って行って、食堂のおばさん達にお礼を言いながらトレイを置く。そのまま近くの手洗い場で手を洗っていると、三国に声をかけられた。
「もうご飯食べ終わった?」
「うん。三国も?」
「俺はこれから食べるとこ。さっきの授業が長引いて。」
「そうなんだ。大変だね。」
「何食べたの?」
「焼き魚定食。」
「そんなのあるんだ?うちの食堂のメニューって豊富だよね。」
「美味しいよ。私のオススメ。」
「マジ?なら今度食べようかな。」
手を洗いながら三国との会話がするすると続くことに私は内心驚いていた。中学の頃から感じていた人と話すことへの苦手意識が、気の所為だったのではないかと思えてくる。けれど、多分これは私にコミュニケーション能力があるんじゃなくて、三国が話し上手なのだろう。実際、私は聞かれたことに答えたり相槌を返したりしているだけだ。渚の時もそうだけど、この学校の生徒は人と仲良くなる能力に長けている傾向でもあるんじゃないだろうか。
「加藤は?一緒じゃないの?」
「渚ならまだご飯食べてるよ。」
「食べるの早くないんだ?あんまり意外じゃないけど。」
「いや、真中くんに気を取られてる。」
「あぁ、真中に……なるほど。」
彼女の様子を軽く話せば苦笑する声が聞こえた。そのまま三国とは手洗い場で別れてテーブルに戻る。渚はまだ蕎麦を啜っていたけど、さっきよりは幾分か進んでいるようで安心する。次の授業にはギリギリ間に合いそうだ。
「おかえり詩乃。三国と何話してたの?」
「ただいま、見てたんだね。」
「詩乃が私以外とあんなに喋ってるの珍しいからね。」
さっきまでぼんやりしていたのにこういう時だけちゃっかりしているのは、なんと言うか渚らしい。他愛もない話だと伝えれば、「ふーん。」となにか含んだように相槌を打たれる。若干顔がにやにやしている気がする。
渚が期待するようなことはなにもないのに、と思いながら彼女が昼食を食べる所を眺めていた。
その日のホームルームで体育祭のブロック分けが発表された。うちの学校の体育祭は十月中旬に行われるため発表はそろそろだろうと生徒達も予想していたが、いざ分かるとやはり一喜一憂するもので。私の後ろにもその一人が居た。
「やったやった!詩乃!私、今世紀最大にラッキーかも!」
「うんうん、そうだね。とりあえず一旦肩バシバシするのやめよっか。」
ごめん、とさっきまで感情の昂りに任せて叩いていた私の肩を、今度は優しくさすってくる。渚がこんなにもはしゃいでいるのは、やはり彼が関係していた。
つい先程配られたブロック分けの用紙に目を落とす。ブロックは三学年混同で色ごとに、赤、青、黄、緑の四つに分けられる。混同と言っても同学年から必ず二組が選出されるため、全く知らない先輩、または後輩とやっていかなければならないという不安要素はない。私達二組は黄色ブロックで、六組と同じだった。
「これってやっぱり運命かな!?」
「運命と呼ぶかは分からないけど、一つ言っておくと彼は渚のこと認知してないからね。」
「分かってるよ?だから距離を縮めるために神様が機会をプレゼントしてくれたんだよ!」
「すっごいポジティブ……。」
運命かどうかは置いておいて、渚の言う通りこれはとてもラッキーだと思う。八クラスある中で気になる人と同じブロックになれることは、確率的に高いわけではない。しかも、同じブロックということは、本番までの練習で関わりを持とうと思えばいくらでも持てるわけで。渚の人懐っこさを持ってすればあっという間に仲良くなれるだろう。
にこにこと嬉しそうに話す渚の言葉を半ば右から左に流しつつ、六組と言えば、と今日名前を知ったばかりの男子生徒のことを思い出していた。
恋煩い 紺野月詞 @konno_tzu
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