募金
タヌキング
夜中のコンビニ
俺はしがないコンビニの店員。今は夜勤中で店の中には客は1人も居ない。静かなもんである。
そんな静寂に包まれたら、嫌でも自分のこれからのことなんかを考えてしまう。
底辺大学を出て、三流企業に就職。振るわない営業成績、上司のパワハラ等に嫌気が差して三ヶ月と経たないで会社をやめてしまった。
それからというもの、ファミレス、スーパー、本屋と職を転々としているのだが、どうにも長続きしない。
今働いているこのコンビニだって、もうやめようかなと思い始めているところだ。
人生の生きる意味を失って、惰性で生きていると言うのがしっくりとくる。
何をするにも無気力、あれだけ楽しかったゲームも何だか面白くない。いよいよ人生の底の底まで落ちてしまった気がする。這い上がるにも気力も無いし、これからどうなるのだろう?
"ピンポーン"
おっと客が来たみたいだ。
「いらっしゃいませー。」
申し訳程度の挨拶をして、チラリと入り口の方を見ると、黒いスーツを着た、茶髪のサラリーマン風の男が立っていた。
年齢は俺より少し上と言ったところだろうか?目は糸目で口元には常に微笑を浮かべている。この人はココでたまに見かけることはあるが正直苦手な部類の人間だ。いつも笑っていて余裕があって人生楽しそうなところが自分と対照的で正直見ていて腹が立つ。
糸目の男は500mlのペットボトルのお茶と、弁当をレジの上に置いた。ピッピっと商品のバーコードを読み取り756円ですと告げると、糸目男は財布から千円を取り出して、こちらに差し出してきた。俺はそれを受け取り、カタカタとレジの操作をしてお釣りである244円をレジの上に置いた。ここまでは至って普通の店員と客のやり取りなわけだが、ここで糸目男が滅多に見かけない行動に移った。
"チャリン、チャリン"
なんと244円を全て募金箱に入れてしまったのである。
あー、こういうの嫌いなんだ。10円ぐらいならまだ分かるが、244円なんて明らかに入れ過ぎである。捻くれた考えかもしれないが、余裕のある自分に酔っているとしか考えられない。
もしかして俺の不快感は顔に出てしまっているだろうか?客にそんな顔をするのは店員として褒められたものでは無いが、どうせもう辞めるつもりだったし、失礼ついでに俺は糸目男に質問することにした。
「すいません、失礼ですが何で募金なんてするんです?偽善者ぶって楽しいんですか?」
我ながらなんて失礼な質問をしたものか。これなら殴られたって仕方ない。だが糸目の男は相変わらず気味が悪いくらいの笑顔で、こんな風に答えた。
「募金はね。自分のためにやってるんだ。自分の自己満足の為にね。」
斜め上の答えが返ってきて、戸惑う俺。
「じ、自己満足ってどういうことですか?募金なんてして何が満たされるって言うんですか?」
「あはは、君はぐいぐい聞いてくるね。気に入ったよ。」
「はぐらかさないで下さい。」
「はいはい、そんなに急かさなくても教えるよ。僕はね、貢献欲求を満たしてるんだよ。」
「貢献欲求ですか?」
聞き覚えは無いが今は分かる、要は何か人のためになることをして、自分の欲を満たすことだろう。
「そうそう、承認欲求なんかよりも、ずっとお手頃で、誰でも出来るんだから便利良いよね。空き缶捨てたり、募金するだけで良いんだから。」
「そ、そんなので欲求が満足できるですか?」
「君は疑り深い奴だな。疑う前にやってごらんよ。クセになるから。」
そう言われて、はいそうですかと募金するほど俺もバカじゃ無い。こんな何に使われてるか分からない募金なんてしたくない。
「募金なんてしたくないって顔してるね。僕だって最初は募金なんて偽善的で下らないって思ってた男だから、君の気持ちも凄く分かる。でもね、どんな奴だって欲求は満たしたいんだよ。」
俺の考えを易々と見透かした男は更にこう続けた。
「僕はセールスマンをしてるんだけどね。頑張っても空回りするし、同期の奴らは出世するし、彼女は出来ないしで冴えない人生を送ってきたんだ。誰からも認めてもらえないから承認欲求は満たされずに、日々欲求不満さ。そんなある日、とある本を読んでね。その本に募金が良いって書いてあったんだ。最初は半信半疑、募金なんて何の意味があるんだと思ってたんだけどね。やってみると意外と心が満たされたんだよ。あぁ、自分は今、社会の為に貢献できてるんだ。無償で良いことをしてるんだって、最初に募金した時に心が温かくなったのを今も覚えてる。」
そっと自分の胸に手を当てて、本当に満足そうに笑う糸目の男。どうやら、この男の言葉に嘘は無いようである。
「それ以来、僕は募金をやり続けている。他人の為じゃない、他でも無い自分のためにね。顔見えない人のために良いことを出来るほど、僕は善良な人間では無いからね。」
なんだろう?この男の言うことには不思議な説得力がある様に思えてきた。俺は頭がおかしくなってしまったのだろうか?
「でもね、僕が自己満足でやっている行為で、顔も知らない誰かが救われてるとしたら、ちょっとそれってWin-Winで良い感じじゃない?」
そこまで言うと糸目の男は満足したのか、買い物袋を手に持って出て行ってしまった。
男の言うことが全面的に正しいとは思わないが、一理はあると考えて、俺は財布から10円を取り出して、とりあえず募金箱に入れてみた。
"チャリーン"
たった10円だったけど、何だか胸がスッとした気がした。これが貢献欲求を満たすと言うことだろうか。なるほど存外悪いものじゃないな。
これで人生変わるなんて壮大なことは言えないが、少なくとも人生のドン底から這いあがろうとする気持ちが少しは湧いた気がした。
募金 タヌキング @kibamusi
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