12.人間なんて大嫌い
ごくごく。
うーん、このミルクおいちぃ。
「へぇ、お二人は幼なじみなんですね。親友と旅をしているなんてとってもステキ」
「ええ。毎日とても楽しいです。たまに疲れることもありますが」
「何故こっちを見る?」
テーブルを囲んで当たり障りのない話をしている私たちだけど、ドロシーちゃんはこっちに近寄ろうとしない。
カウンターでそっぽを向いている。
「ねえドロシーちゃんもこっちおいでよ。一緒にお喋りしよ。あ、ねえお菓子あるよお菓子」
無視☆
「ゴメンなさい。この子、人間嫌いで」
「エルフだから?」
「失礼ですよリコ。悪魔や魔人ですら人間と交流する時代に、以外を嫌厭、差別しているのなんて、古い思想に囚われた時代遅れの落伍者か、聖王国の人間くらいのものなんですから。第一彼女はエルフでなくハーフエルフです」
「ハーフエルフ?」
ピクッ、とドロシーちゃんの耳が揺れた。
ハーフエルフっていうと、片親が人間で片親がエルフのあれか。
「すごい、よくわかりましたね。エルフとハーフエルフなんて、ほとんど見分けはつかないのに」
「人間とエルフでは
「【魔眼】持ちの魔法使いですか……。それもとびきり優秀な」
「どうも」
「うちのアルティは当代最高の魔法使いなもんで。でもメロシーさんはエルフなんでしょ? なのに妹だけハーフなんてことあるの? あ、ねえねえお父さんとお母さんどっちがエルフ? 二人とも可愛いからやっぱりお母さんの方が」
私としては大した意味を含まないただの雑談の中の質問のつもりだった。
けど、ドロシーちゃん的にはそうでなかったらしい。
逆鱗に触れてしまうという言葉の意味を、カウンターに手の平を思い切り叩きつけた音でわからされた。
「うるッさいわね! どうだっていいでしょ人の家族のことなんか! 悪かったわね半端者で! たかが人間のくせに! 血が混ざってないのがそんなに偉いわけ?!」
「あ、いやそんなこと」
「これだから人間は嫌なのよ! それ飲んだらとっとと出ていきなさいよね!」
「こ、こらドロシー!」
ドロシーちゃんはそのまま奥の部屋へと引き籠もってしまった。
「アルティ、私なんか変なこと言っちゃったかな?」
「エルフが特別数が少ない種族であるのはともかく、異種族婚自体は大して珍しいことではありませんし、生まれてきた子どもが片方の血をより受け継いで純粋な種族になることも普通にあります」
「なら、なんでドロシーちゃんは怒ったの?」
「知りませんよ」
するとメロシーさんは申し訳なさそうに苦笑いした。
「ゴメンなさい、招いておいてあんな態度。あの子も悪気があるわけじゃないんです。ただ、ドロシーは特に人間への嫌悪感を抱いているから」
「理由を訊いても?」
「ゴメンなさい」
話したがらないのか、話せない理由があるのか。
私たちは軽率に立ち入るべきでないと口を噤んだ。
「本当はすごくいい子なんです。優しくて思いやりがあって……。昔はもっと笑っていたんですけど」
「それだけ人間が嫌いになる何かがあったということですね」
メロシーさんは答えを返さない。
少し考えた風に視線を落とすと、彼女は私たちに訊ねた。
「……あなたたち、この街にはいつまで?」
「山道の崖崩れが復旧するまでは」
「もし迷惑でなかったらでいいんです。ほんの少しでもいいからここに来て、あの子の話し相手になってもらえないでしょうか」
話し相手とな。
メロシーさんの頼み事なら聞いてあげたいけど……
「嫌われちゃったっぽいしな……。どうするアルティ」
「私は嫌なので全部リコに任せます」
「歯に着せる
結構緊張した雰囲気なのに断れるメンタルどうなってんだ。
「どんな理由があれ、どんな事情があれ、あの人の態度が気に入りません。それに生憎と、勝手に不貞腐れた人にかける言葉を私は持っていませんので」
お前な、私がメロシーさんなら涙目になるぞ。
想定外の辛辣な言葉にオロオロし始めたし。
「メロシーさん、私だけでもよかったら」
「本当?」
「はい。何が出来るかはわかんないけど。私もドロシーちゃんと仲良く出来たら嬉しいし」
美人の涙は見たくないしね。
「ありがとう!」
「はひゃあん!!」
感謝のハグに顔が埋まる。
これはしゅごいぞ……視界180°ぱふぱふ。
やらけー。
狙ってたわけじゃないけど思わぬ役得。
また明日と別れて、私たちは西風薬局を後にした。
「本当に明日またあのお店に向かうつもりですか?」
宿に戻る道すがら、アルティは納得してない顔でそれを口に出した。
「メロシーさんと約束しちったからね。アルティもおいでよ。どうせしばらくはこの街にいなきゃなんだしさ」
「いいです」
「なんだよー、私がメロシーさんにメロメロだからってそんな不機嫌にならなくても」
「違いますから」
スタスタと歩の進みが早くなる。
やっぱり不機嫌だ。
「そういえばさ、アルティ言ってたよね。エルフは数が少ない種族だって。あれってどういうこと?」
アルティは足を止めて、なんでそんな常識も知らないんですか?と言わんばかりの目を向けた。
「リコあなた興味が薄いことへの知識はまったくなんですね」
「いやはやまったくそのとおりで。無知な私めにご教授くださいな、大賢者様っ」
調子良く腕を組んでほっぺをすりすりしてみると、アルティはまったく……と再び歩き出した。
「エルフというのはそもそも、古代より子どもが出来にくい不妊症の体質なんです。それ故に血統の継承を何よりも重んじる傾向にあるのですが、その際に他の種族を招き入れることも多々あります。妊娠しやすくなる独自の霊薬を開発したり」
ほーん。
それだけ聞くとおセッセ大好き種族だな。
だけど、アルティの言葉はそこで終わらなかった。
「尤もそれも百年も前のことらしいですけど」
「?」
「なんせエルフの国は、今は滅んだ亡国なのですから」
「滅んだ? なんで?」
「確か内乱がどうのとか。国を失ったエルフ族は今も散り散りになって暮らしているそうです。あの二人も、きっとその中の一人なのでしょう」
「苦労してるってことか。お店も繁盛してる風じゃなかったし。シチューでも作って差し入れに行ってみようかな」
「変な施しはプライドを傷付けますよ」
「断られたら断られたでさ。なーリルム。あとでもう一回あそこに……ってあれ? リルム?」
反応無いから寝てるのかと思ったらリルムがいない。
「あのお店に置いてきたんじゃないですか?」
「まったくしょうがない奴だな」
「従魔を忘れる方がしょうがないと思いますけど」
まあ、リルムなら心配ないか。
さてさて、じゃあ宿に戻って晩ご飯だ。
――――――――
西風薬局にランタンの火が灯る。
ベッドの上で、ドロシーは膝を抱えていた。
「人間なんか……」
掻き消えそうなくらい小さく声を漏らし膝に顔を埋める。
するとどうだろう。
ポヨン、と真横で何かが跳ねた。
「何? スライム?」
ポヨンポヨン
「って、あんたあの赤いのの従魔じゃない。置いていかれたの?」
ブルンブルン
リルムは激しく首?を振った。
それから、カウンターに叩きつけて赤くなった手にすり付いた。
「まさか……アタシのことを心配して……?」
ほんのり冷たく、また微かなぬくもりを帯びた柔らかい身体で、リルムはドロシーの胸元へ飛び込んだ。
「わっ!」
『リルムねー、ギュッとされるの好きなのー』
「プルプル震えてるけど……ゴメンね。何を言ってるかはわからないわ」
『そっかー。リーならお話出来るのになー』
「スライムなんて従魔にしてるおかしな連中だと思ったけど。案外、これはこれで可愛いものね」
『リルム可愛いー? やったー嬉しいー』
プルプルプルプル
「アハハッ。あなたおもしろいわね。アタシはドロシー。あなたは?」
『リルムはリルムー。よろしくねドー』
「やっぱりわからないけど……たぶん、よろしくって言ってくれてるのよね」
優しくリルムを抱きしめて顎を乗せる。
言葉を交わせない二人の時間がゆっくりと流れ、それが無性に心地良く、ドロシーはそっと眠りに落ちた。
――――――――
「シーチュー♪ シーチューウー♪ スーペシャールシチュー♪ 願いを叶える
シチューが入った鍋を持って一人、リルムを迎えに西風薬局へ向かう。
夜の一人歩きは危険です……とか、アルティもシロンたちも言ってくれないんだよな。
私のこと信頼しすぎだろ嬉しいなちくしょー。
まあいいや、シチューが冷めないうちに〜っと。
……【アイテムボックス】に入れてくればよかったな。
二人とも喜んでくれるかな〜なんて、薬局の扉を叩いた。
「なッ……!」
「お、ドロシーちゃん。やほー」
「……なんであんたがここにいるのよ」
不機嫌そうなのは寝起きのせいだからだと思おう。
「帰れって言ったわよ」
「帰ってまた来たんだよ」
「じゃあもう一度言えば帰るのよね。帰って」
「ドロシー、リコリスちゃんは差し入れを持ってきてくれたのよ」
「差し入れ?」
「それと、大切な仲間を迎えにね」
『リー』
「おおリルム。勝手に離れちゃダメだぞこのー」
『リーね、ドーと一緒にお昼寝してたー』
「ドー? ああ、ドロシーちゃんか。リルムと遊んでくれたの? ありがとう」
ドロシーちゃんはふと肩の力を抜いて着席した。
「リルムっていうのねその子」
「可愛いっしょ。私の最初の従魔。ホントはちょっとだけ違うんだけどね」
「最初のってことは他にもいるの?」
「うん。みんな可愛い子たちばっかりだよ。明日連れてこようか」
「明日も来るつもり?」
「うん」
「来るな」
「メロシーさんと約束しちゃったもんで」
「…………」
そんなジト目しても可愛いだけぞ♡
「さあ、リコリスちゃんのシチューがあったまったわ。いただきましょう」
「いただきまーす」
『まーす』
トロリと煮込まれた肉と野菜。
牛乳のコク。
自画自賛だけど、私のシチューは特別おいしい。
『おいしー』
「うん、とてもおいしい。こんなにおいしいシチューは初めて。ドロシーもいただきましょう」
「……施しのつもり? この店が繁盛してないように見えたから? とんだ偽善ね」
「いっぱい作ったからただのお裾分け。はやく食べないと冷めちゃうよ」
いらない、なんて今にも部屋に戻っていきそう。
けど、それを止めたのはリルムだった。
リルムは触手のように身体を変形させ、スプーンをドロシーちゃんの口元へ運んだ。
「何……?」
『おいしーよー。あーん』
「あーんだってさ」
「……あーん…………ぱく」
『おいしーでしょー。リーね、ご飯作るのとっても上手なんだよー』
「おいしーでしょって」
「……うん、おいしい」
よかったよかった。
「っ、勘違いしないでよね! アタシはリルムの言うことに応えただけ! あんたたち人間なんか大嫌いなんだから!」
「うっは、ツンデレうまぁ♡」
なんだかんだ言いながらも、ドロシーちゃんはシチューを完食してくれたのでしたとさ。
次の日も私は西風薬局に来て、ドロシーちゃんと過ごした。
「ドーロシーちゃん。あーそーぼー」
カウンターで本を読むドロシーちゃんは、冷めた目で一瞥すると、またページに視線を落とした。
「今日はねーアップルパイ焼いてきたんだ。ドロシーちゃんアップルパイ好き?」
返事は無い。
「焼き立てサクサクでうんまいぞぉ。今日は特別にアイスクリームも添えてやろう」
牛乳と砂糖と卵を、風の魔法でガーってやって氷の魔法でキンキンにして作ったアイスだ。
バニラは入ってないからミルクアイスね。
「ほれ、アイス溶けないうちにお召し上がりあそばせ」
勝手に目の前に置いてやるもんね。
私が勧めても食べる気配は無いようなので、昨日みたいにリルムにあーんしてもらった。
『あーん』
「……あーん。……!」
どうだ私特製の魔法の氷菓は。
一口でもう虜だろ。
ドロシーちゃんはリルムに食べさせてもらいながらアップルパイを完食した。
感想は無かったけど。
また翌日。
今日はクッキーを焼いてきた。
「見て見てドロシーちゃん! じゃーん、リルムの形のクッキー♡」
『リルムの形ー』
「中にジャム入ってるクッキーっておいしいよね」
『リルム食べられちゃった』
「でもうまかろ?」
『おいしー』
「ウヘヘヘ。ドロシーちゃんも食べなよ。今日は私があーんしてあげるから」
「読書の邪魔よ。喋るなら出て行って」
「ドロシーちゃん、これ私が作ったチェスってゲームなの。一緒にやらない?」
「もしかしてその耳って飾りだったりするわけ?」
一瞥すらしないでやんの。
私たちを阻むカウンターが憎らしい。
しゃーないからリルムとやるか。
「ほい」
『じゃーお馬さんでーえいっ』
「ほほぉ、やるなおぬし。ならこうじゃ」
『むー』
絶妙な好手にリルムが頭を悩ませていると、
「ポーン、Dの8」
ドロシーちゃんが本を読んだままリルムに助言した。
『それっ』
「プロモーションでポーンをクイーンに」
「ぬあ?!な、ならこれで!」
「ポーンをEの7に。チェック」
『わーい、リーに勝ったー』
「どぅおぇぇぇ?!」
嘘だろ。
盤面見ないで駒の動き方とルール覚えて戦局見極めたぞ……
どんな脳みその使い方してんだ……
「くそぅ……ん? ていうか……」
ニヤニヤ。
「ドロシーちゃんも一緒に遊びたかったんでしょー? ねえねえ〜ねえってば〜。ほらほらおいで、お姉さんが手取り足取り教えてあげるよ〜」
「誰がお姉さんよ一世紀下の小娘が」
「世紀跨がれてマウント取られたんだが。まあ性器なら跨いでほしいけどね♡」
「死ね」
「どシンプルな悪口言うじゃん」
また翌日。
今日は将棋で負けた。
またその翌日。
オセロで負けた。
トランプはかろうじて私が勝った。
どうやら技術より読み合いが必要になるゲームは、私の方に分があるようだ。
ま、勝った負けたって言っても、直接ドロシーちゃんが私の相手をしてるわけではなく、あくまでリルムの代打ちみたいな感じんだけど。
未だにカウンターよりこっち側には来てくれないし、視線も交わしてくれない。
お喋りだってろくにしてくれない。
それでも少しずつ、ほんの少しずつ。
ドロシーちゃんと過ごす時間が早くなってる気がした。
「さーてと、今日は何して遊ぼうかな」
「今日も行くんですか」
ここ数日、アルティはとても機嫌が悪い。
女の子の日か?ってくらい。
理由はわかってる。
私がアルティとの時間をおざなりにして、ドロシーちゃんにばかりかまけているから。
早い話が焼きもちである。
また可愛いんだこれが。
「アルティも一緒に来ればいいのに」
「行きません」
「ねーアルティー」
「知りません」
そっぽを向くのすら可愛くて、私は後ろから抱きついた。
「今日は一緒のベッドで寝よっか」
「……頭も撫でてくれないといやです」
「仰せのままに、お嬢様」
アルティは腕から解かれるなり唇を首に当てた。
「行ってらっしゃい」
まったく。
幼なじみは最高だ。
「リコリスちゃん」
「メロシーさん。こんにちはー。今お宅に向かうところです」
「毎日ありがとう。ドロシーも、あなたが来てくれるようになってから毎日楽しそうです」
「ウヘヘヘ、だといいんですけど」
店の前に辿りついたときのこと。
一台の豪奢な馬車が停まっていた。
貴族が薬の買い付けにでも来たか?
「帰りなさい!!」
……どうやらそんな穏やかな空気ではないらしい。
「あんたと話すことなんか無いって言ったはずよ!! この店から出ていきなさいオズ!!」
「言われなくてもそうするわ。あなたたちがさっさとこの薄汚いボロ小屋を立ち退いたらね」
「この……!!」
いつにないドロシーちゃんの怒声が飛ぶ。
「ゴメンなさいリコリスちゃん。今日は帰った方がいいみたい」
「でも……」
「お願い」
一言断ってメロシーさんだけ店の中へ。
『リー、今日ドーと遊べないー?』
「かもね」
私はリルムを抱え、悪いとは思いつつ窓の外から中の様子を窺った。
「あら、おかえりなさいメロシー」
「オズ子爵様。本日はどのようなご用件でしょう」
「決まってるじゃない。いつものお願いに来たの」
「この地は盟約に基づき先々代の子爵様より賜ったもの。親書もあります。立ち退きには賛同出来ません」
「盟約なんて古臭いもの無効よむ・こ・う。おわかり? もう先々代も先代もとっくに死んで、今はこの私が子爵。なんでこの私がエルフなんかの面倒を見なきゃいけないのかしらぁ? それに、もうあなたたちだけなのよ。この辺りに住んでるのは。ここら一帯を潰して新しい商売を始めることを決めたの」
なるほど、ようは立ち退きの命令か。
辺りに人気が無い理由もわかった。
……にしても、オネエだなあ。
化粧も格好もケバい。
オズとかいう貴族は、棚の薬瓶を手に取ると何の躊躇もなく床に落として割った。
「姉さんの薬を……!」
「だからね、先々代の約束とかそういうカビ臭い昔話で居座られても迷惑なのよ。こんな誰も買わない薬なんて売ってないで、娼館にでも勤めた方が稼げるんじゃない?」
「っ、わかってんのよあんたが街の人間に薬を買わないように手を回してんのは!! ここはアタシたちの家よ!! 絶対に出て行ってやるもんですか!!」
「そう」
オズは指を鳴らすと、連れの兵士に命令し店の中を荒させた。
「やめ……やめないよ!! やめなさいったら!!」
悲痛な叫びを耳にせず、兵士たちは店を破壊した。
さすがにと店に飛び込もうとして、
「やめなさい!!」
メロシーさんの声が動きを止めた。
兵士たちが破壊行為をやめ、私まで身体が硬直した。
なんだ、今の……スキル?
そんな感じはしなかったけど……
「やめてください。どうかお願いします」
メロシーさんが床に頭を擦り付けて懇願するのを、オズは鼻で笑った。
「安い頭を下げられたからって、立ち退きの命令は取り下げないわ。今夜中よ。明日の朝までに荷物を纏めて出ていかなかったら、こっちにも考えがある。あんたたちエルフは一生日陰者の存在。私たちの好意で生かされているだけだってのを忘れないことね」
おっと、出てくる。
「フン、何見てるのよブス」
「ぁ?」
私を一瞥するなり吐き捨てて、オズは馬車に乗って行ってしまった。
あの野郎…前世込みでブスなんて言ったのは貴様が初めてだぞファ○キンシット。
いやそれどころじゃないか。
『ドー』
「リルム……あんた……」
「こんにちは」
ドロシーちゃんは潤んだ目を擦ると、割れた瓶の破片を拾い始めた。
「変なところを見せちゃってゴメンなさい」
「こちらこそ覗き見なんか。あーあー酷いことしやがって。手伝います。リルム」
『うんー』
「同情のつもり?」
カウンターの向こうから言ってくるドロシーちゃんの声は、微かに震えていた。
「見てたならわかったでしょ。人間なんてみんなクズよ。甘い顔をするのは最初だけ。相手が弱いとわかれば結局搾取の対象にする」
「けど、あれの前の前の子爵っていうのは、二人にこの家を、居場所をくれたんでしょ? 中には優しい人もいる。全部が全部善人なわけはないけど、全部が全部悪人なはずもない。私はそう思うけどね」
「そんなのただの空想じゃない!!」
ドロシーちゃんは怒って拾った破片をこっちに投げつけた。
破片は私の頬を掠め、細い傷を作る。
「ドロシー!」
「知ったかぶって言ってんじゃないわよ!! 人間のせいで私たちは国を失ったわ!! 人間が私たちを惨めにした!! 壊した!! この身体に半分も人間の血が混じってると思うと吐き気がする!! なんであんたたちはアタシたちから奪うのよ!!」
溜まっていた感情が噴き出る。
それはきっと、今まで誰にも言えなかったドロシーちゃんの思いだ。
「人間なんか大嫌い!! わかった風なことを言うあんたなんか大嫌い!!!」
「それでも私は、ドロシーちゃんと仲良くなりたいって思うよ」
「――――――――ッ!!!」
目尻に涙を溜めて、ドロシーちゃんは店の奥へと消えていった。
「リコリスちゃん、傷を……」
「大丈夫。……メロシーさん、もしよかったら話してくれませんか? ドロシーちゃんが人間を嫌う理由。ここを追い出されるから……だけじゃないですよね?」
傷を付けた責任を感じた様子で、メロシーさんは数拍置いて話を始めた。
「ここで聞いた話は、けして他言しないでください」
そんな風に前置いて。
人間のせいで滅んだ、とある国の皇女の話を。
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