13.亡国の皇女

「わたくしの真名はメゥ。メゥ=ラ=メール=ロストアイ。今は亡きエルフの国、ロストアイ皇国が第一皇女です」

「皇女様……」


 納得の気品だ。

 ということはドロシーちゃんは。


「ドロシーは第二皇女に当たります。ただし、わたくしとは違い……あの子は男妾だんしょうの……母と人間の父との間に子どもなんです」

「確かアルティが、エルフは子どもが産まれにくいから、他の種族と交わることもあるとか言ってたっけ」


 んー?

 でもそれって皇族がやるのはまずいことなんじゃない?


「それはあくまで一般的なエルフの場合……皇族はその限りではありません。国を導く立場であるが故に、何よりも純血を尊び、血統を絶やさないことこそが義務なのです」


 けどドロシーちゃんは男妾の子だと言う。

 それは、


「血統を重んじない、愛有りきの営み。わたくしたちの母は、人間の男と恋をしドロシーを身籠りました」


 純血、血統……私には到底理解出来ないものをエルフの王は尊んだ。

 そこに愛が有ったのかはわからない。

 けれどきっと満たされてはいなかったんだろう。

 だから二人の母親……女皇は人間の男を選んだのだろうことは、なんとなく想像についた。


「無論それは到底赦されることではなく、皇帝は怒り、臣下は戸惑い、民は憂い、環境そのものが産まれてきたドロシーを冷遇しました。皇族であるが故に……人間の親を持ってしまったが故に……」

「悲劇ってことですか」

「始まりというならそのとおりです。しかし、本当の悲劇はそれからでした。皇帝がやまいにより崩御し、ドロシーの父である人間が帝位に就いたのです」

「すみません……。帝位とか継承とか、そういうのには疎いんですけど、そんなこと普通あり得るんですか? だって変な言い方ですけど、ドロシーちゃんが冷たくされる原因を作った人ですよ? なのに……」

「もちろん周囲は反対の声を上げました。決定打になったのは、男を持ち上げた女皇の意思です。わたくしとしては立場はどうあれ、母が愛した人ならば母の決定は正しいものと思いました。そのときのわたくしが、もっと深くあの人のことを知ろうとしていたら…そう悔やまなかった日はありません。男は……国を支配するためだけに、母に取り入ったのです」


 肉を喰らい、酒を浴び、国中の美女を侍らせ、男は考えうる限りの贅を尽くしたとメロシーさんは言う。

 その結果、財政は傾き国は枯渇。

 やがてクーデターが起きたと。

 女皇への愛が本物だったのか、そうでなかったのか、真実は闇の中だ。

 しかし因果応報というか、悪いことは出来ないもので、男も結局反旗を翻した臣下の手で処刑されたらしい。

 国のトップを失い、曇り眼と烙印を押された女皇の言葉に耳を貸す者はおらず、物資の奪い合いに戦火が絶えず、飢えと疫病が蔓延し、国は衰退の一路を辿るのみであったらしい。

 今では生物が住める環境ですらないと、メロシーさんは最後に付け加えた。

 それがエルフの国――――ロストアイ皇国が滅びた語られぬ歴史。

 その顛末だ。


「その後、二人のお母さんは?」

「わたくしとドロシーと母の三人で各地を流れ、道中で心労が祟り命を落としました。昔は今より差別意識が強く、一箇所での定住は叶いませんでしたから。そんな折です。先々代の子爵様に受け入れられたのは」


 あのオネエの祖父に当たるその人物は豪放磊落というか、当時にしてみればかなり風変わりな人だったらしい。

 エルフである二人を受け入れ、街の住民たちに受け入れてもらえるよう呼びかけ、更には住まいを与えて、なかなかの人格者だ。


「わたくしは先々代の子爵様と盟約を交わしました。わたくしたちに住民権を与えてくれる代わり、わたくしはエルフの国に伝わる秘宝を差し出したのです」

「秘宝?」

「精霊からの賜り物。緑の心臓と呼ばれる巨大なエメラルドです。あれこそ、盟約は成ったという証。今はもう枯れ散りかけた盟約ですけれど」


 なんて、メロシーさんは苦笑した。

 やがて差別意識は軟化して、メロシーさんは街に馴染み、平穏な暮らしの中で過去を過去とした。

 ただ一人、ドロシーちゃんだけは違う。


「ドロシーは自らの境遇を生んだ男を、国が滅ぶきっかけとなった人間を、ずっと恨んで生きてきました。優しい人間に絆されないよう…人間は敵だと、憎むべき存在だと。本当は自分が誰よりも優しいくせに」

「不器用なんですね」

「ええ、本当に」


 これがドロシーちゃんが人間嫌いの理由か。

 なかなかどうして根深い。

 そこに加えて今回の騒動。

 ドロシーちゃんの心中は穏やかじゃないだろう。


「なんとか人間嫌いを克服してもらおうと、わたくしなりに手を尽くしてはみたのですが」

「私たちを誘ったのもですか」


 おっとりは演技だったってことか…

 そう思うとショックすぎる…

 ちゃんと子どもの作り方もわかってるなんて…

 弄ばれた…


「出会ったのは偶然だけど、あなたたちとの出会いはドロシーを変える。ただの直感。何故かそう思ったんです。あなたたちの魂が、とてもキレイな色をしていたから」

「スキルですか?」

「なんとなくわかるんです。きっとドロシーも仲良くなれるって、そう思ったんですけど。……ゴメンなさい、変なことに巻き込んで。もうそろそろ崖崩れの復旧も終わります。そうしたらお別れですね。短い間だったけど、妹と仲良くしてくれてありがとうございます。あなたたちのこと、ずっと忘れません。本当に、本当にありがとうございました」


 メロシーさんは私に深いお礼をして別れを告げた。

 満足そうに。

 もう何も出来ることはありませんと、無情な現実を突きつけられたみたいだった。




『リー』

「ん?」


 茜色に染まった帰り道、リルムは私の横を跳ねながら寂しそうにした。


『もうドーとバイバイ?』

「そうだね。リルムはバイバイするのイヤ?ドロシーちゃんと仲良しになったもんね」

『うん。リルムね、ドーと一緒にいるのいいなぁーってなってた』

「うん、私も。よっし、行くかリルム」

『うんっー』


 同情か?

 哀れみか?

 たぶん何を言っても、その前置きは付いてくる。

 まあ、だからなんだって話。

 これは英雄譚じゃない。

 ブスって言われたからってだけの子どもっぽい仕返し。

 ただの女の子好きが、女の子のためって理由を付けてやんちゃするだけの自己満足。

 それで何が変わるのかはまだわからない。

 そんなことは知ったこっちゃない。

 ただ、私の答えはもう止まらなかった。




 ――――――――




「もうっ、本当に腹が立つわあのエルフども!」


 オズは屋敷で苛立ちながらグラスのワインを飲み干した。

 ピンク色の趣味の悪いガウンに、ゴテゴテの内装。

 彼、または彼女の内面が強く反映されているようだった。


「いつまでも私の土地にしがみついて惨めったらしいったら! まるで寄生虫ね! ああ、そうだわいいこと思いついた! あの寄生虫ごと店を焼いちゃえばいいじゃない! そうすればあの辺り丸ごと消毒出来るわね! オホホホ、いい考えだわ! それとも難癖つけて奴隷商辺りに売り飛ばせば二束三文くらいになるかしら! 今に見なさい糞エルフ! オーッホッホッ!」


 一転して機嫌良く。

 ワインを瓶ごと煽った矢先。

 窓から入った夜風がオズの肌を撫ぜた。


「こんばんは、子爵様」


 夜闇と共に現れた影は、フードの下で穏やかに口角を上げた。


「ああ、誰かと思えば。相変わらず心臓に悪いんだから」

「立場上玄関から堂々と、というわけにはいきませんので」

「何の用かしら?」

「いえなに、私どもの力が必要な予感がしたもので」

「情報早さも相変わらずというわけね。ちょうどいいわ」


 オズはその人物に金貨が入った革袋をちらつかせた。


「いい加減邪魔な奴らがいるのよ。どうとでもしていいわ」

「どうとでもと言われましても。私どもに甚振り嬲る趣味はありませんもので。依頼は正確に。これがルールです」

「本当、おもしろみの欠けた連中ね。裏通りの西風薬局のエルフ二人を殺しなさい」

「確かに承りました。その依頼、必ずや果たしてみせましょう。暗殺者ギルドの威信に賭けて」




 ――――――――


 


「ってことで、ちょっと子爵ボッコボコにしてくるわ」

「…………」


 ワォ、アルティの冷たい目☆


「正気を失ったら……殺してくれと言ってましたね……」

「ちょいちょいちょいちょい魔力マナ高めんな」

「はぁ、あなたは愚かですね。貴族相手にケンカなんて。それもただの身勝手で。やろうとしていることはただの犯罪ですよ」

「まーね」

「やりたいことを自由に。あなたが掲げる理念を否定はしません。ですが秩序無き自由はただの無法です」

「うっは、言うねえ。さすが私の――――」


 言葉が遮られる。

 アルティは私をベッドに押し倒すと、私の首に手を置いた。


「私はあなたの隣に立つと決めました。なら、あなたが道を外そうとするのを止めるのは私の役目です。あなたがどれだけ無様で品の無い行いをしようと、誰を気に入ろうと、それはあなたに課せられた宿命だと受け入れましょう。しかしそれであなたが不利な立場になるのは見たくありません」

「……プッ」


 どうにもシリアスなのが苦手で、顔に垂れてくる銀髪がくすぐったくて笑いをこぼした。


「リコ」

「ゴメンゴメン」


 私はアルティの背中に腕を回して引き寄せた。


「アルティは変わったね。良い風にさ。私のことを大事にしてくれてありがとう。私のことを一番に思ってくれてありがとう。それでも私は、悲しんでる女の子を見過ごせない」

「バカな自覚はありますか?」

「好きなことやってバカって言われるんなら、それも悪くないぜっ」

「バカ。だけど私は、そんなあなたが」

「アルティ……」




『主殿』




「どぅおおおおお?!! なんだなんだ?! どうしたウルどした?!!」


 うおぉ……チューしそうになった……


『お楽しみのところ申し訳ござらぬ。火急の用にてお許しを』


 【念話】から通じる声色から、明るい報せでないのはすぐにわかった。


「なにがあった?」

『わからぬでござる。しかしこれは』


 血の匂い。

 そう聞いた私はとんでもない胸騒ぎに苛まれた。




 ――――――――




 やけに静かな夜だった。

 なんとなく目が覚めたアタシは、喉が渇いて水を飲もうと台所に向かって……

 

「来ちゃダメドロシー!!」


 姉さんの聞いたことないような叫びで身体を強張らせた。


風霊の盾エアリアルウォール!!」


 姉さんの【精霊魔法】が、投げられたナイフと、黒ずくめの数人を吹き飛ばす。

 何が起こっているのか、アタシはわけもわからずその場に立ち尽くした。

 マントで顔と身体を覆った連中が武器を手に姉さんを囲んでいる。

 

「姉さん……これは……」

「大丈夫よ。ドロシーは絶対守ってみせる」


 いつもの姉さんじゃない。

 張り詰めた空気の中で、そいつは観劇でもしてるように手を叩いた。


「お見事です。それがエルフのみが使えるという【精霊魔法】ですか」

「あなた方は何者ですか。何故わたくしたちを」

「問答に意味はありません。私どもはただ殺し殺す、それだけの存在です」


 いつ投げたのかすらわからない。

 気付いたときにはナイフが目の前まで迫っていて、私を庇った姉さんの肩を掠めた。


「くっ!」

「姉さん!!」

「いいから逃げるの!!」

 

 突風を起こし相手の視界を奪い、姉さんはアタシの手を引いて家を飛び出た。

 狭い路地をあっちこっちに。

 だけど相手はアタシたちより上手で、いつの間にか路地の突き当たりに誘導されてしまっていた。


「鬼ごっこの趣味はありません。どうか大人しく死んでください」


 いやに礼儀正しく、そいつはさも挨拶のように死を勧告した。


「暗殺者ですか。依頼主は誰です」

「死にゆく者がそれを聞いてどうするのでしょうか」


 どうせあのクソったれの子爵の子飼いなんだろうことは、容易く想像出来た。

 それにこんなにも愚かだとは思わなかった。

 ただ邪魔というだけで、あの人の形をした糞はアタシたちに殺し屋を仕向けたんだ。

 腹立たしいのを通り越して、もはや呆れに似たものがアタシの中に湧いた。


「報酬はいくらですか? わたくしたちがそれよりも多く払うと言ったら、見逃してくれたりしませんか?」


 姉さんはしたたかにそう言うけれど。


「無理ですね。依頼を達成してこそ、私どもギルドは信頼を得ているもので」


 よりしたたかに返してくる。

 指を微かに動かしたかと思えば、


「っ?!」

「なに?!」


 アタシたちの身体が動かなくなった。

 目を凝らさないと見えないような細い糸で四肢を絡め取られている。

 

「呪うならば運命を。死は一瞬にして永遠の慈悲。永劫の安寧。その魂が永久とわに美しく在らんことを」


 月明かりを反射させてナイフを片手にこっちに迫ってくる。

 怖い……それと同じだけ、もういいやという疲労感に見舞われた。

 ほら、これが人間だ。

 人間の血が流れるアタシの末路だ。

 国が滅んで、母が倒れて、次はアタシの番。

 むしろこの時を心待ちにしていたのかもしれない。

 もういいや……

 もう死にたい……さっさと殺して……

 呪詛や怨嗟がアタシの中で渦を巻いてるはずなのに……なんで、それが喉の奥から出てこないの……?

 なんで口が動くのを拒むの……?

 これでやっと解放されるのに、なんで……?


『それでも私は、ドロシーちゃんと仲良くなりたいって思うよ』


 なんで……こんなときにあんな奴のことを思い出すの……?

 なんであんな口からでまかせが耳に残ってるの……?

 なんで……なんで……


「さようなら」


 人間なんてみんなクズ。

 自分のことばっかりの身勝手な生き物。

 それなら……半分だけでも人間の血が混ざってるなら……

 アタシも身勝手になってもいいのかな……

 散々嫌って、悪態をついて、罵ったけれど……

 死にたくないって、願ってみてもいいのかな……

 アタシは涙をこぼして呟いた。


「助けて……」


 


「うんっ!! わかった!!!」




 そいつは空から降ってきて、アタシと暗殺者の間に割り込んだ。

 堂々と。荒々しくも美しく。

 そうすることがまるで当たり前かのように。


「助けに来たぜ、ドロシーちゃん」


 赤髪の人間はアタシに笑みを向けた。

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