11.乳

「あーーーームラムラする」

「至上最低な独り言で私の記憶容量を圧迫しないでもらえますか」


 私たちがいるここはフィルナーチア。

 ドラグーン王国の東に位置する街。

 今は宿で休憩中。

 立ち寄るつもりはなかったんだけど、この先の山道で崖崩れがあって、復旧するまでしばらく足止めを食らっちゃってるんだよね。

 たまにはこうして足を止めるのも悪くない。

 今日もアルティはツンツンでかわヨさんですしねぇ、ヘヘヘ。

 それはさておき。


「実際ムラムラするんだから仕方ないだろ生理現象だぞ」


 三大欲求が最も過敏な年頃の女の子ナメんなよ。


「リコ、あなた昔からそんなに性欲が強かったですか?」

「んぁー人並み以上には強いし興味ある方だと思うけど、困ったもんでこれも【百合の姫】の効果の一つなんだよ。繁殖したいって本能が刺激されてるっていうか、性欲にブーストがかかる感じ」

「女性特化のスキルで繁殖も何もあったものじゃないでしょうけど、あなたスキルを制御出来るって言ってましたよね。師匠せんせいがどうとかって」

「こればっかりは人間の欲求に直結してるからさぁ。油断したら出ちゃうんだよ」

「尿漏れみたいですね」

「もうちょいまともな例え方あったろ。それにしても今日は一段とムラムラすんなぁ。どっかにスポーツ感覚でサラッとさせてくれるお姉さんとかいないかなぁ」

「私とすればいいのに」

「出来ればえげつないドスケベでヒクほどやらしい感じのセクシーと可愛いが程よいバランスの……何か言ったか?」

「乳輪おでこにズレろと言いました」


 何系の呪詛に該当すんのそれ。




「すごく今更なんですが、そもそもの話をしてもいいですか?」

「どぞー」

「リコって、ようは自分好みの女性を侍らせるために旅をしているんですよね?」

「フゥ~、わかってんじゃーん」

「それなら、どこか一箇所に拠点を作って、女性を侍らせて毎日楽しく暮せばいいのでは?旅なんかしていたらそれだけで条件が厳しくなりますよ。ついて来ようと思わないといけないのが大前提じゃありませんか」


 チッチッチ。

 甘い甘い。

 初恋より甘い考えだぞ。


「そんなのハーレム作った後の話だろー。世界中回ってたくさんの女の子と知り合った方がいいに決まってる。だって、私に会えない女の子がいるなんて悲しいじゃん?♡」

「発想が自己愛に由来しすぎててキモいです」

「貴族らしからぬ辛辣さだな貴様……。まあそれは半分冗談としてだ。旅そのものに憧れがあったんだよ。昔からね」

「そんな話、したことありましたか?」

「だから昔だって」


 転生する前。

 ずっと田舎暮らしで、外の世界なんて修学旅行くらいでしか知らないような人生を送っていたことなんて、到底話すまでもないことだ。


「海とか見たいし、温泉巡りもしたいし、外国にも行きたいな。おいしいもの食べて、いっぱい遊んで。そういうのを私のことを好きになってついて来てくれる子たちと一緒にとか、考えただけで幸せになっちゃうでしょ。シッシッシ」

「……なら」


 ポツリと呟いて、アルティは私の方へと身を寄せ肩に頭を乗せた。


「今この時もリコは幸せに感じてくれている、ということでいいんですよね」

「はぴゃあ……」

「私は……そう思ってますよ」


 めっっっちゃドキドキするな…

 え? これ肩とか抱いていいの? 抱くべきなの?

 逮捕とかされない?

 幼なじみの親友が可愛すぎたので手出しました罪とかない?大丈夫これ?

 そんでアルティも何も言わんし。

 ちょっと、おい……

 待ちか? 待ちなのか? 待ちでいいの?

 私はおそるおそる、そーっと肩に手を――――――――




「ひゃあっはぁぁぁぁ!」

「おれたちはチンピラだぜぇぇぇ! お金とか奪っちゃうぜぇぇぇ!」

「お嬢ちゃんお金だけ置いていけば見逃すんだぜぇぇぇ! おれたちは女には手を出さないことで有名なんだぜぇぇぇ!」

「女とか手に触れるだけで緊張しちゃうぜぇぇぇ! だからって男は襲うわけじゃないぜぇぇぇぇ!」

「逆に返り討ちにされたらって思うと怖いんだぜぇぇぇ!」

「「「ひゃあっはぁぁぁぁ!!」」」




 伸ばしかけて、窓の外から聴こえた悲鳴の元凶に対して青筋を立てた。




「「「すみませんなんだぜぇぇぇぇぇ!!!」」」

「次邪魔したら機能不全にしてやるからな!!!」


 すらこらと逃げていくチンピラたちに、フーフーと息を荒らげて叫ぶ。

 後ろではアルティがやれやれという顔をしていた。

 くそぉ、あれ絶対いい雰囲気だったのに。

 もうため息しか出ませんわ。

 

「助けてくれてありがとうございます」

「いえいえ……お気になさら、ずふぅ?!」

「どうかしましたか?」


 Oh……アメイジング……

 爆&乳おっとり系美女……

 しかも耳尖ってる……

 おいおいおいおいエルフってやつか……初めて見たえっっっろ。

 おっと初対面の人にいきなりえっろは失礼……いや無理えっろ以外の感想無し!!

 

「あの……?」

「失礼おっぱ……私はリコリスという旅の冒険者です。あなたのおっぱ……美しさに見惚れてつい時が止まってしまいました。おっ……この胸の高鳴りが本物かどうか、ぜひあなたの白雪のように清らかな手で確かめてくださいっぱい」

「まあ……」

「……………………」


 違うんだよ。

 もうDNAが性器の形に螺旋を描いてるだけなんだって。

 だからその冷たい目するのやめよ?ね?

 

「わたくしはメロシー」

「エロシー?!!! あだっ!!」


 そろそろ捕まったらどうです?みたいな目で無言で叩かれた。

 今のは誰でも間違えるだろ。


「薬師を生業にしているの。先ほどはどうもありがとうございます。わたくし、生来何故かああいう方々に絡まれやすくて」

「でしょうね」


 乳でっけぇし隙だらけっぽいんだもん。

 私でも絡む。

 さっきから視線が惹き付けられて惹き付けられて。


「何かお礼を」

「いやもうほんと、大層なもの見せてもらっちゃってそれだけで眼福で」

「そういうわけには……恩は返すのがエルフの習わしです。そうだ、よろしければ飲んでいかれませんか?」

「飲ん……?! はい?! 乳を?!!」

「はいっ、お乳を。搾りたてでとっても甘いんですよ。あ、もしかしてお嫌いでしたか?」

「いえ、大好物です!!」


 あーーーー!

 エロフじゃーん!

 初対面なのに乳飲みますかってそんなん……エロフじゃーーーーん!

 乳房ごとしゃぶりつかせてーーーー!


「どう考えても牛乳の話ですよ。ミルク缶抱えてるじゃないですか」


 リコリスしょんぼり。

 乳って全てを惑わせる力を持ってるから仕方ない。

 そんなわけで、私たちはメロシーさんのお宅に招かれることになった。




 メロシーさんは街で薬屋を営んでいるらしい。

 こんな美人のいる薬屋なんて、毎日お客さんでいっぱいなんだろうな。

 と思っていたのがつい数分前のこと。


「ようこそ、西風薬局へ」

「おぉ……」

「ボロいですね」

「思っても口に出すな」


 まあ、確かに潰れかけっていうか……腐りかけっていうか……サ○キとメ○の家みたいな。

 店も人気が無いような路地裏で、閑古鳥が鳴くどころかエレクトリカルパレードしてるみたい。


「さあ、中へどうぞ。狭いけどゆっくりしていってくださいね」


 店の中は薬屋特有の薬品臭で満ちていた。

 それに混じった柔らかな匂い。

 薄暗くて埃っぽい空間。

 けれど心が落ち着く不思議な場所だ。


『リー、リルムここなんか好きー』

「うん、そうだね」

「ただいまー。ドロシー、お客さんを連れてきましたよ」

「おかえり姉さん。お客さん?」


 カウンターの向こうから声が一つ。


「うげっ、人間……」


 縁が広い帽子と真っ黒なローブ。

 如何にも魔女な格好をした青い金髪の美少女は、不機嫌そうに頬杖をついて、追い払うように手をヒラヒラさせた。


「いらっしゃいませ西風薬局へ。ご入り用の薬はございますか?あればさっさと買ってお出口へ。なければとっととお引き取りを」


 愛想がないというか、可愛げがないというか…

 まあそんなこととは関係なく、エグい可愛いなこの子。

 見た目は中学生くらいだけど。

 姉さんってことは姉妹か。

 似てるなぁ。

 乳以外。


「こんにちは可愛いお嬢さん。私は」

「ああ、いいわ。アタシには人間なんてどれも同じに見えるもの。名前を覚えるだけムダ……あんた人間、よね?」

「何に見えとんじゃ?」

「姉さんが媚薬の塊で作ったゴーレムでも大事に連れてきたのかと思った」

「次その失礼な呼び方したら叩くからな貴様」


 リコリスニッコリス☆




『暇でございますね』

『ならリルムみたいにリコリスたちについて行けばよかっただろ。ふあぁ、ボクは寝る』

『シロン殿はいつも変わらぬでござるな』

『やるときはやるのでございますけどね』

『くぅ、くぅ』


 宿の庭で日向ぼっこ。

 従魔たちは主人の帰りを待った。

 忠実にというには、少々自由すぎるほど奔放に。




「はいお待たせ。新鮮なお乳ですよ」

「姉さん、ミルクを総じてお乳って呼ぶのやめない?」

「でも、お乳よ?」

「姉さんが言った途端に卑猥になるのよ」

「お乳が?」

「お乳が。ほら見なさい」


 姉妹でお乳お乳言ってるの耳に優しいぃ。

 スマホの着信音にさせてくれぇ。


「そんなんだからこんな色ボケに年がら年中引く手あまたなのよ」

「お客さんに失礼なこと言っちゃダメよ。メッ」

「いえいえ利発そうな妹さんで。可愛い子ですね。ミルクだけじゃなく姉妹丼をご馳走してほしいくらいですよハッハッハ」

「姉妹丼?」

「赤いの」


 はい、赤いのです。


「忠告が二つあるわ。まず、アタシはこれでも130歳。あんたの倍以上生きてんのよ。子ども扱いしたら赦さないわ。それと、姉さんはピュアなの。今年300歳にもなるのに子どもがどうやって出来るかも知らないくらい性知識が乏しいの。余計な知識入れ込んで姉さんを穢したらその口にめいっぱい毒草を詰め込んでやるわよ」


 おおお……お姉ちゃん大好き妹かよ…いいじゃん。

 それだけでもう結構好きになっちゃうぞ。

 けど、うん……無垢なドスケベボディお姉ちゃんだもんな。

 天然記念物を大事にしたいその気持ちはわかる。

 さすがの私とて自重せざるを得ない。


「ねえ、姉妹丼って何?」

「姉妹一緒におセッセすることですよだぶち!!!」

「このイカレポンチ!!」

「よくも姉さんを穢したわねこの異常者!!」


 もうホントに、決意はしたんだって……

 「キャベツ畑」や「コウノトリ」を信じている可愛い女の子に無修正のポルノをつきつける時を想像するような下卑た快感を味わおうとか考えてたわけじゃないんだって……

 性欲と好奇心が理性の上を高跳びして世界記録叩き出しただけで……

 アルティには頭に、ドロシーちゃんにはお腹にげんこつを見舞われた。

 君たち女の子に暴力を振るうこと躊躇わなさすぎないか……


「おセッセって?」


 キョトンてしてるメロシーさん癒やされる……いっぱいしゅきぃ……

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