幕間:リコリス×アルティ

 私、アルティ=クローバーは悩んでいる。


「ヘーイそこの道行くお嬢さん!私と熱烈なキーッスをぐふっ!」


 リコリス=ラプラスハートの万年発情期に対するツッコミに疲れたこと……も、多分にあるが。

 そうではない。

 大親友にして、悔しくも愛しい私の想い人なわけなのだけど、彼女には幾つか困った点がある。




「…………」

「ウヘヘヘ、なんだよアルティじっと見つめて。あ、今日のリコリスちゃんいつもより可愛い?♡」

「チッ!」

「人を呪い殺しそうな舌打ち」


 まず何より顔がいい。

 整った顔立ちなんてありふれた表現さえ失礼に思える。

 燃えるような緋色の髪。

 身体はスラリと引き締まっていながら、出るところは出たメリハリボディは同性の目にも魅力的だ。

 特に一緒にお風呂に入るときなんか目のやり場に困る。

 それに透き通るような声も好き。

 毎日毎分毎秒、彼女を見る度に好きという気持ちを再認識させられる。




「そぉい!」


 それから強い。

 英雄ユージーン直伝の剣術と格闘術は、それらに精通していない素人の目にも、恐ろしく高いレベルのものに映る。

 女二人だと侮り襲ってくる野盗なんか相手にもならず、一蹴の元に下してしまうのだから凄まじい。

 加えてスタミナもあるようで、曰く丸一日全速力で走り通してもまだ余裕がある程度なのだとか。

 そんな彼女に力ずくで組み伏せられてしまえば、私はきっと無抵抗に全てを受け入れるしかなくなるだろう。

 …………そうでなくても最初からなのはともかく。

 壊れてしまいそうなくらい激しく、けれど壊さないよう優しく泣き叫ばせられてしまうのだろうことを想像すると身体が熱くなる。




「お、この木の実って食べられるんだよ。それからそこの草も。そっちの木の実はダメなやつね。甘くておいしいんだけど食べるとお腹壊しちゃう」


 知識も豊富だ。

 賢者ソフィアの教えの賜物なのか、まるで高次元の存在から世界の全ての知識を与えられているかのような博識ぶり。

 賢い……とはお世辞にも言い難いが、地頭の良さは私以上なんじゃないだろうか。

 たまに馬車の荷台で本を読んでいるときなど、理知的な雰囲気でいつもとは違う魅力を感じさせられる。

 けれども知識をひけらかさず、共有することを選ぶ度量の深さも好感に値する。




「うりゃーお昼ご飯の完成だぜー。いっぱい食べろよー」


 そして料理が上手く家庭的。

 野営の食事は全て任せてしまっている。

 今日の晩ご飯は、一口大に切った鶏の肉を塩とにんにくで揉み込み、たっぷりの油で揚げた贅沢な料理。

 からあげ、という名前らしい。


「はふっ……ん、おいしい……。おいしいですリコ!」

「へへへ、だろー?」


 サクッと香ばしく、噛めば溢れんばかりの肉汁がめいっぱい滴る。

 にんにくでコクが増された鶏肉のジューシーなこと。

 今ではすっかり私の胃袋は彼女に掴まれてしまっている。




 美しく、強く、博識で、家庭的で、見過ごせないほど下品だけどユーモアもある。

 習得したスキルに依存しない従来の多才さも加えて、未だ私でさえ彼女の底は知らない。

 けれど、私の想い人はもしかして、世間一般でいうところの高嶺の花というやつなのではないだろうか。

 そんな彼女と日夜行動している私…考えると嬉しさと気恥ずかしさで頬が紅潮してしまう。

 しかし、このままではダメだ。

 旅の全てが彼女におんぶにだっこになってしまっている。

 たまには思い知らせてやるのも悪くない。

 私だってやれば出来るのだと。

 

「明日の朝食は私が用意します」

「ほぇ?」

「私が用意します」

「いいよいいよそんな。【アイテムボックス】に作り置きあるし。ていうかアルティ料理とかしたこと」

「ないです。でも私が用意します。たとえこの命に代えても」

「朝ご飯だけど最後の晩餐にする気か…?じゃ、じゃあ任せる」


 私だって出来る。

 他の女に目移りしないくらい、私のことを魅力的だとわからせてやろう。

 あなたの胃袋を掴んでやりますからね。




 ――――――――




 アルティがそう意気込んだ翌朝。


「おはようございます。朝食出来てますよ」

「ぉろろろろロロロろろろ!!」


 起きて早々に吐いた。

 くっっっっさ!! 硫黄とアンモニアだけで人体錬成したみたいな匂いする!!

 外じゃなかったら異臭騒ぎで衛兵呼ばれるぞ!!

 リルムたちなんか私を置いて遠くに逃げてるし……


「人が用意した朝食を見て嘔吐したように見えましたが、気のせいですね。どうせ私に内緒で変なものでもつまみ食いしたんでしょう」

「ハ、ハハ……」

「さあ召し上がれ」

「召し上が……うぷ……! あの、アルティさん……。何作ったの……?」

「何って見てのとおり、目玉焼きとベーコンを焼いたんですけど」


 これベーコン……?

 アンデッドの屍肉こそぎ落としてきたわけじゃないのか……

 何をどう調理したら玉子が毒の沼みたいな紫色になんの……

 うおぉ、皿が腐ってる……


「あ、すみません。パン出すのを忘れてました」

「カビてない?!! それ昨日の夜【アイテムボックス】から出しといたやつだよね?!!」

「カビてませんよ何を言ってるんですか。ちょっと火で炙っただけです」


 こいつ……物理法則を無視するタイプの料理下手女子か…

 【腐蝕】のスキルでも持ってんのか……?

 くそっ、さすが異世界だ。

 日常レベルで特級呪物が出てくるとは。


「冷めないうちに食べてみてください。料理は初めてですが、我ながら上手く出来たと自負しています」


 しかも自覚が無いタイプだ。

 しかし……この純真無垢に輝く目よ……

 食べて欲しい感想が欲しいって求めを強く感じる…

 そうだ…アルティが一生懸命、私を思って作ってくれた料理だ…

 食べないなんて選択肢あるか……!!

 ここで逃げて何がハーレムだリコリス!!

 逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!!

 大丈夫……大丈夫大丈夫大丈夫……

 【悪食】もある【毒耐性】もある【自己再生】も【痛覚無効】もある。

 いける、いけるいけるいけるいける!!

 いぃっけえええええ――――――――!!!


「い、いただきまーーーーす!!!」


 パクッ


「んんんんんんんんんんんんんんん!!!!!」


 ネチョッとしてるところガリってしてるところが……!

 舌が溶ける……!

 刺激がハンパない口の中で一寸法師がブレイクダウンかましてんのか……!

 震えが止まらん身体の拒絶反応すごい……!


「おいしいですか?」

「おい、し……ぅぐ!!」


 胃液が突き上げる海流ノックアップストリームするて……!!

 ここで吐いて正直に伝えれば今後こんな悲劇は無くなるんじゃないか、私の中の悪魔がそう告げた。

 バカがぁ……そんなこと出来るかぁ……!!


「やっぱり、初めてだからおいしくない……ですよね……」


 女の子に悲しい顔させて…何が百合ハーの姫か!!

 うおおおお唸れ私の胃袋ォ!!

 たとえ穴が空いても……お残しは許しまへんでの精神で喰らいつけぇぇぇ!!!


「ガツガツムシャムシャバリボリニチャニチャガギンゴギン!! はぁ、はぁ……ごち……ごちそうさまでしたぁ!!」


 やった……食べきったぞ……!!

 私偉い!!

 やれば出来る子ヤりたい子!!


「い、いやぁうっぷ……おいしすぎてアルティの分まで食べちゃったヨー。ゴメンね、アルティの分はパパッと何か作っちゃうからねぶふっ!」

「…………!」


 この晴れやかな嬉しそうな顔よ……

 永遠に守りてぇ……


「もう、しょうがないですねリコは。口から血を垂らすほど急いで食べなくてもいいのに」


 食道が灼け爛れて歯が何本か折れてるんだが……

 けどテレテレしてるの可愛いから全然オッケー。


「そんなにおいしかったですか?」

「うん! 最高! アルティ大好き! 好ちちちの好ち!」

「も、もう! 本当しょうがないんですから! また今度作ってあげてもいいですよ! しょうがないですからね!」

「いや本当手を煩わせるのは申し訳ないしアルティのこのキレイな手を傷付けさせるわけにはいかないから料理はしない方向で行こうアルティは傍にいてくれるだけで私の心の支えになってくれてるから本当にふざけなしでお願いマジで」

「……? ……は、はい……??」




 ――――――――




 私が作った料理をあんなにおいしそうに……

 どうやら作戦は大成功のようです。

 これならいつ一緒になってもうまくやっていけそうですね。

 喜んでくれてよかったと、私はホッと胸を撫で下ろす。

 次はデザートでも作ってみよう。

 私の彼女への思いのように、蕩けるような甘いデザートを。

 また喜んでくれるかな、なんて……私はニヤける顔を堪えるので必死になった。




 ――――――――




 人生で一番口が回った。

 もう二度と悲劇は起こってはならない。

 私はアルティに料理をさせまいと心に強く誓った。

 だってオークと戦ったときより死にかけたんだもん…

 それに……

 【毒生成】で作れる毒の種類が増えた。

 【熟成】を習得した。

 【発酵】を習得した。

 【悪臭無効】を習得した。

 【腐蝕無効】を習得した。

 【毒耐性】が【毒無効】に進化した。

 【精神異常耐性】が【精神異常無効】に進化した。

 エクストラスキル【聖魔法】を習得した。

 なんせ料理食べただけでスキル習得するんだもの。

 ……耐性が無効になってエクストラスキルを習得しちゃうレベルの料理を料理と呼んでいいのかはさておき。

 アルティよ……どうやら君は、厨房に立ってはいけないと神に忠告されているらしい。




 あ、これは余談なんだけど。

 後でめっちゃ吐いた。




 ――――――――




 古ぼけた家屋。

 か細い灯りの中、その人物は小さく唸った。


「…………」

「どうしたの?そんなに苦い顔をして」

「たまにはと思って自分を占ってみたの。そしたら、ほら。変な結果が出たのよ」


 テーブルの上に並べられたカードを見て女性は、まぁ、と口元に手を添えた。


「恋人と……運命の輪……? フフッ、これはきっと初恋のことを表しているのよ。ステキ、きっといいことがあるわ」

「初恋って……アタシのこと何歳だと思ってるのよ姉さん……。久しぶりだから腕がにぶったのかもしれない。だっておかしいの」


 と、少女は残った最後の1枚のカードを月に翳した。

 

「愚者が私の運命を変えるなんて」


 新たな出逢いに向けて。

 二つの運命が交わる。


「私の運命を変えられる人なんて、この世界のどこにもいるはずないのに」

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