10.感謝のキスを

 夜が明けて。

 事件が解決しても、街はしばらく騒がしいままだった。

 突如として無事に帰ってきた娘たち。

 街の顔役であるジーナと、街を守っていた衛兵が犯罪に加担していたという事実は、冒険者ギルドの報せにより瞬く間に広がった。

 その一方で娘たちの救出、誘拐犯たちの撃破及び捕縛、そして燃えた街の鎮火、それらがたった二人――――実際にはプラス四匹の従魔――――の手によって解決されたことは、同じく冒険者ギルド、ギルドマスターウォルステンの手腕と権限によって秘匿とされた。

 これは、騒がれるのは面倒だなぁ……という煩わしさと、モテたいチヤホヤされたいキャーキャー言われたい!!という私の欲望が葛藤した結果である。

 寝る間も惜しんでとは言い難くも、普段の睡眠時間を削って働いた私たちが目を覚ましたのは昼過ぎ。

 簡単に遅めの昼食を済ませ、一緒に冒険者ギルドへ向かう。

 ギルド中がてんやわんやな中。


「おう来たか」


 ウォルステンさんは私たちを執務室へと招いた。




「さて、何から話すべきか。まずは街を代表して、ルムの街を救ってくれたことに深い感謝を送る。ありがとう。報いきれない恩が出来た」

「いいっていいって。やりたいことやっただけなんだから」

「今後が大変ですね」


 アルティが言っているのは、衛兵が丸ごと不在になった不安の鎮静と、今まで犯行に気付けなかった失態の払拭。

 新たな衛兵の手配。

 それに被害者家族への賠償について。


「街を任されている者の責務だと甘んじて受けるさ」

「全部が全部、あなただけの責任ではないでしょう。紙とペンを貸してください」


 と、アルティは王都の女王陛下に一筆したためた。

 衛兵の手配の嘆願についてだ。

 それをルドナに持たせた。

 時間はかかるだろうが、寛大な女王陛下ならきっとすぐに対応してくれることだろう。

 それまでは依頼という形にはなるけど、冒険者同士で持ち回りで衛兵の仕事をしてもらうのだとか。


「お前たちにも協力を仰げれば、少しはこちらも気が楽になるんだがな」

「お断りしますよ。私たちはのんびり旅がしたいだけなので」

「若干の滅裂具合は拭えませんが、そういうことなので」

「そうだな。これ以上を求めるのはギルドマスターの名が廃るか」


 そして現在投獄中の主犯たち。

 たぶん私財没収の上、人身売買に携わった関係者の洗いざらいを吐かされるんだろうけど、それがどのように行われるのか、行われた後どうるのか、何故その経緯に至ったのか。

 それらは、私たちにはもう関係のないことだ。

 ウォルステンさんの話によれば、彼女は元々腕利きの冒険者で、百花のジーナといえばそれはそれは有名だったらしい。

 怪我を理由に冒険者稼業を引退して以降、残りの人生を人を守ることに費やすとまで誓った女傑の背信行為は、彼女をよく知る者たちに深い傷を与えたことだろう。

 慕われ、思い馳せられ、それの何が不満だったんだろう。

 知らないし、知りたくもない。

 私は喉の奥から出そうになった言葉を、熱い紅茶で飲み込んだ。




「今回の件について謝礼金を払いたいところなんだが、言い訳で無く本当にそちらまで手が回らなくてな。今すぐにとは言えないが、いずれちゃんと支払うつもりだ」

「それなら街の復興とかに使ってあげて。私たちは旅人だからね。その日満足に生きられたらそれで幸せ。シシシ」

「欲が無いな……美徳に感謝する。本当なら功績に基づいて冒険者ランクも上げてやりたいんだがな」


 言ってから、ウォルステンさんは2枚の封筒を差し出した。


「これは?」

「1枚は商業ギルドへの紹介状だ。向こうのギルドマスターへ見せるといい」

「おお! 噂の美人ギルドマスター! よっしゃー行こうアルティ! すぐ! あ、手土産にエッグい下着とか持ってっちゃおっかなー♡」

「あの狼藉者たちと一緒に投獄されたらどうですか?」


 美人が待ってるとかテンション上がるわー♡


「もう片方は他の冒険者ギルドへの紹介状だ。どうせお前たちはあちこちで騒ぎを起こすだろうからな。口添えをしてくれと書いておいた」 

「シッシッシ、そりゃどーも。そんじゃあウォルステンさん、お世話になりました。噂の美人さん口説いてくるけど、私のこと好きになっちゃったらゴメンね」


 ウォルステンさんの、はやく行けと言わんばかりのジェスチャーを尻目に、私たちは冒険者ギルドを後にした。


「顔だけはな、美人なんだ。顔だけは」


 そんな罪悪感に満ちた声が届くこともなく。




「というわけでやってきました商業ギルド!」


 美人の胸目掛けて突撃ー♡


「こんにちはー! 美人のギルドマスターさーーーん……んん?」


 なん、だ?

 このピリついた空気。

 職員の空気重ッ。

 ペンを走らせる音と、紙をめくる音しかしてないぞ……

 順番を待ってるのはギルドに用事がある商人たちかな……軍隊みたいに一糸乱れぬ起立姿勢だけど。


「アルティアルティ」

「なんですか」

「来るとこ間違えたかな?」

「間違ってませんよ」

「だって雰囲気おかしいぞブラック企業みたい」


 バイトしてたファミレスの店長の繁忙期がこんなんだったぞ。


「とにかくギルドマスターを呼んでもらいましょう」

「あ、うん」


 順番待ちの人たちすみませんよ、っと。


「あのすみません」

「ようこそ! 商業ギルドへ! ご要件をお窺いします!」


 軍隊かて。


「ギルドマスターに用があるんです」


 ガタッ!!


「けど……」


 なにこの怯えよう。

 職員だけじゃなくて商人たちもこっちに視線をやってる。


「あの?」

「ギ、ギルドマスターは只今お休み中で……その、また改めて……」

「いや、あの小声すぎて聴こえないんですけど」

「ですから、また後ほど」

「はい?」

「ですから!!」


 職員が声を荒らげた瞬間、奥の扉が爆ぜてギルド内が戦慄した。


「うるッせぇんだよおれの眠りを妨げる気か?!! あァこのゴミ溜めどもがぁ!!」


 髪ボッサボサ。

 目の下のクマエグチぃ。

 てかまず目が死んでる。

 服もよれよれ。なのに着こなしエッロやば。

 トータルでめちゃくちゃ美人なお姉さんが怒って出てきた。


「ヒイイイイイッ!!」

「おい」

「はいっ!!」

「おれは今日で何連勤してる?」

「はいっ!!」

「はいじゃねえよ。おれが何連勤してるか言ってみろ」


 脅し方が世紀末のそれじゃん。


「に、28連勤であります!!」

「29連勤だよ。一日三時間睡眠で朝から晩までこのクソみてえなブタ箱に監禁されてんだよわかるか? あ? 休み時間は貴重な睡眠時間なんだよそれが邪魔される苦しみがお前にわかるか? 言ってみろ? あ? おぉん? そこに昨日の騒ぎが加わった私の嘆きが理解出来るのか? なぁ? なぁって」


 っえ。

 ふざけらんないくらい怖い。

 昭和のヤンキーの血でも輸血されたの?

 マジで下着とか持ってこなくてよかった失礼に価するわ。

 しかし顔だけマジでいい。好き。


「こ、こちらの方々が! ギルドマスターに用があると!」


 職員は私たちに圧の強いギルドマスターを押し付けるように話題を変えた。

 死んだ目がこっちを向いてビクッとなる。


「はじめまして。冒険者ギルドより、ギルドマスターウォルステンさんから紹介をいただいてまいりました。アルティ=クローバーと申します」


 こんな圧でも普通に挨拶するアルティのメンタル強ちぃ。

 おっと、私も挨拶しないと。


「リコリス・ラプラスハートです! なんていうかお姉さん全体的にえっちですね! どうですか、私とベッドの上に朝から晩まで出勤しませんか? 途中休憩有り三食付きで!」

「こんな状況でまで!!」

「性分なもんでぶへェ!!!」


 違うんだって……

 心と身体が正直なだけなんだって……

 ギルド内はさっきとは違うタイプの緊張が走った。

 連勤に闇堕ちしている社畜が絶対笑えない冗談ランキング一位の下ネタをぶちかましてしまい、怒り狂って暴れるのではと、私と職員商人一同は怯えた。

 が――――――――


「な、なにバカなこと言ってんだ、バカ……。えっちとか……朝から晩までなんて……バ、バカ! バカが!」


 エロに耐性無いタイプの美人なんかーーーーい!!

 うっひょーーーーい!!

 アガってきたぜーーーー!!!

 とまあ、私の高揚はアルティの容赦ない腹パンで止められるんだけど。




「ン゛ン!」


 美人の咳払いってオモチャの振動我慢してるみたいで興奮するよね。

 はい、何でもないです。

 部屋に通されたけど、書類だらけで足の踏み場が無い。

 仕事に追われてる感じだ。


「ウォルステンからの紹介だったな。おれはマイヤー=ジュエリス。商業ギルドのギルドマスターだ。要件はなんだ」


 私は端的に、馬車を必要としている旨を伝えた。

 するのマイヤーさんは、ソファーに座りながら棚に手を伸ばし、紙を3枚取り出した。


「希望の予算ならこの辺りだな」


 うっわすっご……私たちの希望と予算を聴いて、該当する馬車をピンポイントで紹介してきた。

 さすがギルドマスター。

 一つめの馬車は、新品で値段が高い。売り出されたばかりの最新モデルらしく、貴族御用達みたいな黒塗り。

 二つめの馬車は、同じく新品だけど今では型落ちモデルで値段が安い。

 三つめの馬車は中古でかなり安いけど、ほろや車軸を修理するところから始めないといけないらしい。

 こういうのは結局修理費が高く付く。

 なら新品で、でも黒塗りの馬車は趣味じゃないので、二つめの馬車を買うことにした。

 大金貨1枚と金貨6枚。

 新米冒険者には何ヶ月も依頼クエストをこなしてやっと貯まるかどうかの金額で、一括で払うと、マイヤーさんは大したもんだねと、金貨を1枚手の中で遊ばせた。


「しかし世の中を知らなすぎる。富裕は美徳だが、言われた金額をポンと払うのはただのカモだ。少しはずる賢さを覚えろ」


 金貨1枚は勉強代だったか。

 それをちゃんと教えてくれるんだから、この人は仕事に苦しんで気性が荒くなってるだけで、本当は面倒見が良いようだ。

 それだけで充分好感が持てる。

 服をだらしなく着てて谷間がチラ見してるのも……好感が持てる!!




 馬車は倉庫に保管してあったのを、そのまま【アイテムボックス】にしまわせてもらった。

 ついでにウルのサイズに合う手綱と鞍も付けてもらっちゃって。

 

「ありがとうございます、マイヤーさん」

「フン。あのバカも余計な仕事を増やしてくれたもんだよ」


 マイヤーさんは私たちに何かを投げてきた。

 商業ギルドのギルドカード?


「持っておきな。登録料はタダにしておいてあげるよ」

「べつに私たち商売をする気は」

「旅をしているなら、何をするにも選択肢はあった方がいい。役に立つにせよ立たないにせよな」


 さすがギルドマスター。

 説得力ぱねぇ。

 使うときがくるかもしれないいずれを思いつつ、ありがたくカードを受け取った。

 ラーメン作って異世界食事無双でもしてやろうかな。


「あとは個人的に興味を惹かれたというのもある。お前たちは今まで見てきた冒険者の中でも飛び抜けて異質だからな」

「興味って、もしかしての方だったり♡」


 なーんて胸を寄せて見るゾ♡

 アルティには頭を叩かれたが。


「な、なに生意気言ってんだ……この……。さっさと行け、バカ……」


 反応可愛すぎてまた絶対会いに来ようと誓った。




 さて、様子見と社交辞令混じりに再び小鳥の裁縫屋に来てみたけど。


「入りづれぇ〜」


 アイファさん以下誘拐被害者さんたちには、ガッツリ私の怖いとこ見せちゃってるしなぁ。

 ちょっと顔合わせづらさある。

 店の前で唸っていると。


「リコリスちゃん!!」


 アイファさんが飛び出して抱きついてきた。


「ちゃんとお礼を言えてなくてゴメンなさい! 待ってたの! さあ入って!」


 美少女からのハグさいこぉ〜。


「ウヘヘヘ」

「顔」

「かわい?♡ エヘッ♡」

「剥ぎ取りますよ」


 顔剥ぎソ○ィーかお前は。

 魔○帥の刑に処されるぞ。


「おおリコリスさん!」


 家に入ったら入ったで、トランドさんとキャエラさんが膝をついて手を取るもんだから参った。


「娘を……アイファを助けてくれてありがとう……!」


 泣かれるのつらぁ。

 対応に困る。


「何もしてませんよ。アイファさんが無事でよかったです」

「ぜひお礼をさせてくれ! うちの服でも小物でも、何でも好きなものを持って行ってくれないか!」

「いやいやいや、本当に大したことはしてないので」

「お願いリコリスちゃん! どうしてもお礼がしたいの!」

「困ったな……そういうつもりじゃなかったのに。ねえアルティからも何か言ってよ」

「もらえるものはもらっておきましょう」

「清々しいまでの強欲じゃねーか」


 それでも持つ者の義務ノブレスオブリージュの精神に生きた貴族かお前。  

 とは言うものの、旅には何かと入り用なのも確かで、ありがたくトランドさんたちの好意に甘えさせてもらうことにした。

 着替えとポーチなどの小物を数点と、タオルなんかの日常雑貨、新しいブーツをいただいた。


「本当にありがとうございます。助かります」

「こっちはまだまだ感謝したりないくらいだよ。入り用なものがあるときは、いつでもうちを利用しておくれ」

「馬車まで牽いて……もう行っちゃうの?」

「風が呼んでるもんで」


 急ぐ旅じゃないけれど、どうやら一箇所に留まっておけない性質たちらしい。

 タチにもネコにもどっちもなれるけど……コホン。

 新しい街を、新しい景色を、新しい出会いを求めてこそ旅だ。


「リコリスちゃん。本当にありがとう。リコリスちゃんが来てくれなかったら私……」


 項垂れて落ちた前髪をそっと掻き上げ、潤んだ瞳と視線を交わす。


「アイファさんは笑ってた方が可愛いよ」

「……!」


 アイファさんは小さく震えると、せきを切ったように唇を私の頬に押し当てた。

 あまりに唐突でキョトンてしちゃった。

 見るとアイファさんは顔を真っ赤にして俯いてる。

 もじもじしてるの可愛い〜。

 ……………………あれ? 私キスされてね?


「あ、あの、アイファさん?」

「助けてくれたお礼……遠くに行っても、私のこと忘れないでね」

「は、はい……」


 はへぁ……




 それから街を出るまでの記憶が無い。

 気付いたときには馬車の荷台で揺られていた。


「ヘタレ」

「うぐッ!!」


 御者台に座るアルティの辛辣な言葉が突き刺さる。


「自分からはナンパしたりえっちだの言ったりするのに、相手から来られると途端に何もしないの何なんですか? 日和ってるんですか?」

「うっせぇなぁ! いきなりキスされてみろあんな可愛くよぉ! 何も反応出来なくて当たり前だろ!」

「クソ処女」


 ブチッ

 はいキレた。

 リコリスさんキレました。

 はいもう知りません。


「そういうアルティはあんのかよキスされたことよぉ! あんな好き好きオーラ出されて! おぉん?! 無いだろだって未通女おぼこさんですもんねぇ! どうせ怖くて中に指入れたこともないんだろ! お豆さんしかクリクリしたことないんだろぉ?! ほんっとお子ちゃまで困っちゃいまちゅーwwアルティちゃんきゃわいーでちゅねーwwプフーwww」

「私のは貞潔を守ってるだけです! ヤりたいけどそこまで至れないクソ雑魚ヘタリコとはちーがーうーんですよ! この顔面と性欲だけの残念処女! 子宮に脳みそ転移したなんちゃって淫魔!!」

「言っていいことと悪いことってあるだろオラァ!! その口物理的に防がれてーのかあァん?!!」

「やれるもんならやってみればいいじゃないですか!! なら私はその股間が誰かを傷付ける前に氷漬けにしてやりますよ!!」

「生えてるみたいに言うなぁ――――――――!!!」






『生えてるって、何がー?リーとアー何のお話してるのー?』

『チ○コだろ』

『チ○コでございます』

『チ○コでござるな』


 チ○コとかいうな従魔ども。

 生えとらんわ。

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