未来暗殺協会

西順

未来暗殺協会

 暗殺者と聞くと、どのような人物像を描くだろうか。悪の手先として邪魔な正義の人を殺す者。金の為に金持ちを襲撃する者。家業が暗殺者一家。人それぞれの暗殺者像があるだろうが、俺が入会している未来暗殺協会は、どちらかと言えば善の暗殺集団だ。


 よく、法で裁けぬ悪を裁く。なんて惹句があるが、うちの協会の仕事はそれに近い。近くはあるが少し違う。何せ協会名に『未来』と付いているくらいだからね。


 我々の協会の仕事は、未来に起こる凶悪犯罪の可能性を、未然に暗殺する事を生業としている。そんな事が出来るのかって? 俺もスカウトされた時には、その怪しい女性を胡乱な目で見たものだ。


 しかし当時友だちの借金の連帯保証人となり、トンズラした友だちだった野郎の借金の返済にあくせくしていた俺は、目の前に出された500万円の現ナマの誘惑には勝てなかった。


 スカウトに連れて来られたのは、東京スカイツリーだった。しかし行き先は上空の展望台ではなく、その地下だ。地下100階でエレベータの扉が開き、フロアに足を踏み入れると、そこにあったのは不気味な光景だった。


 冷凍倉庫のように寒いフロアに整然と並べられる棺桶の数は、100人分を超えているだろう。顔の部分が窓になっており、覗いてみれば人が液体に漬かっている。


「ひぃっ!?」


「驚かせてしまいましたね。あなたの仕事はこの方々とは違いますから、気にしないでください」


 本当だろうか? 俺は、金に釣られてとんでもない所に来てしまった。と今更になって後悔し始めていた。


「会長、お目当ての方をお連れしました」


 棺桶フロアの奥の小部屋。パソコンが所狭しと置かれたその部屋にいたのは、10歳程の少女だった。その少女がブカブカの白衣を着て椅子に座ってふんぞり返っている。


「おお! 来たか! ふ〜ん、君かあ」


 なんだろう? 上から下まで値踏みされている感じだ。


「だがまあ、私の発明した『運命の輪ホイール・オブ・フォーチュン』がそう定めたのなら、そうなのだろう」


「『運命の輪』、ですか?」


 確かタロットカードの大アルカナにそんなカードがあったな。


「君もここに来るまでに見ただろう? あのコールドスリープしている人々を」


 あれってコールドスリープしていたのか。死んでいた訳じゃないんだな。


「私は私の頭脳を使って、現在治療不可能な難病認定されている人々を、治療法が確立するまでここでコールドスリープさせているんだ」


 はあ? 俺が首を傾げると、会長と呼ばれた少女も首を傾げた。


「会長、それでは言葉足らずです」


「そうかい?」


 少女はまたもコテンと首を傾げる。俺はそれに釣られて首を傾げた。


「えっと、それと未来を暗殺すると言うのが結び付きません」


「成程。君はコールドスリープ中でも人が夢を見ている事を知らないんだね?」


 俺は首肯する。


「人はどんな状態であれ、眠っていると夢を見るものなんだ。そして特殊な薬液を使用する事で、眠っている人間に予知夢を見せる事を可能せしめたのが、私の頭脳と言う事だよ」


 と高笑いする会長。


「特殊な薬液ですか」


「ああ。コールドスリープ中の人々が漬かっていただろう?」


 あれか。


「彼ら彼女らはコールドスリープによって自らの命を長らえさせ、我々は彼ら彼女らが見る予知夢によって、未来に起こる犯罪を未然に暗殺する事が出来る。正にWin-Winの関係と言う事さ」


 凄い話である事は理解出来た。


「それで俺は、誰を殺せば良いんですか?」


 と俺が口にするや、二人は互いに顔を見合わせたではないか。


「おいおい、物騒だな君は。確かにこの世には殺さなければならない悪党はいるが、それは最終手段だよ。何せそれは未来で起こる出来事だ。それならば現在のうちに更生させてしまえば良いのだからね」


 成程、道理である。


「暗殺は隠喩メタファーですか」


「そう言う事。たとえば彼女にフラれて殺人を犯す者が出そうならば、穏便に別れさせるなり、新しい彼女候補を差し向けるなり。たとえばゲームと現実の区別がつかない廃ゲーマーがいたならば、対戦ゲームから引き剥がしたり、優しい仲間と交流出来るゲームを薦めたり、それでも更生の余地がなさそうなら、警察にチクって適当な軽犯罪で牢屋にぶち込む。そんな感じさ」


 成程、それなら俺でも出来なくはなさそうだ。


「それで、俺は何をやらされるんですか?」


 学校の先生になって、将来犯罪者になる可能性のある子供の更生だろうか? それとも議員になって日本が住み難い社会になるのを防ぐ?


「今は特にないな」


「え?」


「他のエージェントに仕事を回しているからなあ。そうだなあ、他のエージェントたちが戻ってくるまで、私の身の周りの世話でもして貰おうかな。それじゃあ外までエナドリ買いに行ってきて」


 なんじゃそりゃあ!? 折角やる気になっていたのに! まあ確かに、凶悪犯罪を未然に防ぐとなると、それ相応の実力は必要か。新人はどこもパシリから始まるんだなあ。そう思いながら、俺はとぼとぼと地上へと戻っていったのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆


「どう見ました、会長?」


「どうと言われても、普通の青年だったよ? はたして本当に彼が私の暴走を止めてくれる存在になるのか」


 会長とスカウトは腕組みをしながら、青年が出ていった扉を見詰めていた。『運命の輪』が予言した、この数年後の未来、会長の暴走により世界が滅亡すると言う運命を、あの青年が変えてくれる事を願って。

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