第48話 最終話

「私はナセルを追い出された身だから祖国には戻れないけれど、アーキル皇子のはからいで南国の島国に行くことになったの。その国の王に嫁ぐことに……」


 銀髪を風になびかせながら、ファイルーズ様は微笑んだ。


「え? 嫁ぐって……どういうことですか!?」


 あまりの驚きに、先ほどまでの船酔いも吹っ飛ぶ。

 ファイルーズ様はアーキルの第一妃だったはず。それを他国に嫁がせるとは。


 驚く私の肩を抱き、アーキルはニヤリと笑った。


「俺はファイルーズを許すと言ったが、タダで許すわけがないだろう? ファイルーズが嫁ぐ島国は、まだまだアザリムに対する忠誠心が足りない新興国だ。ファイルーズが嫁ぐことで、国同士の要らぬ争いを避けたいと思っている」

「私でできることならば、お役に立ちたいと思っております」


 ファイルーズ様は目を伏せて軽く礼をする。


 私もカシムも前世の記憶を持っていたが、ファイルーズ様にはそれがない。

 ナセルの王女に生まれ、自分だけが魔力を持たない存在として疎まれ、その上で半ば人質のようにアザリムのアーキルの元に嫁いできた。

 カシムと共謀し、ラーミウ殿下を陥れようとした罪は許されることではない。しかしファイルーズ様は最後はアーキルに付き、ご自分の恋を諦めて正義を取った。


 アーキルの呪いのせいで冷遇され、初めてファイルーズ様に優しく近付いたのが、あのカシム・タッバールだったのだと思うと……ファイルーズ様のことは、どうしても憎めない。


「ファイルーズ様。新たな場所で、新たな愛が見つかるといいですね」

「ありがとう、リズワナ。アーキル殿下とカシムのこと、よろしくお願いします」


 旅立つファイルーズ様の馬車の影が見えなくなるまで、私とアーキルはその場で見送った。


「第一妃なのに、ファイルーズ様は行ってしまわれましたね」

「そうだな。その代わり、第一妃に裏切られた可哀そうな皇子のために、お前は後宮ハレムに残ってくれるんだろう?」

「自分で自分をだなんて……そうですね。私にハレムを出て行けと仰ったのはアーキルですが、それを撤回なさるというなら」


 それに、私はまだはっきりとアーキルの気持ちを聞いていない。何ならアーキルの前世、イシャーク陛下がアディラのことを愛していたことだって、まだ腑に落ちていない。

 だからもう少しアーキルの側にいて、アーキルやイシャーク陛下の気持ちを理解したいと思っている。何より、この冷徹皇子が呪いから解放されて心穏やかに過ごす姿を近くで見ていたい。


「リズワナ。俺がお前にハレムを出て行けと言ったか?」

「……え? 確かにそう言いました。不眠の呪いが解けたから、もう私のことが用済みになったのかなと思っていました」

「用済みなものか。俺は『お前はお前の愛する者のところに行け』と言ったはずだ」

「……ん?」

「ハレムを出てもいいと言ったのに、わざわざまたハレムの俺の元に戻って来るとは。よほどお前は俺のことを愛していると見える」


 アーキルは高笑いをしながらゴンドラの方に向かっていく。


(……呆れた! この自信満々な態度、確かにアーキルはイシャーク陛下の生まれ変わりで間違いないわ!)


 この男は、私がもうナジル・サーダではなくアーキルに惹かれていることを分かっていたのだ。わざわざ私を突き放して、それでも私がアーキルの元を離れないことも。

 この分だと、多分私がアーキルのことを心配して船に駆けつけ、ついでにカシムまで連れてくることまで全て読んでいたんだろう。


「全てアーキルの筋書き通りだったってことね……」


 何だかとても悔しいが、やっぱり私は彼の瑠璃色の瞳に弱い。

 前世でも今世でも、私はアーキルに上手く使われてしまう運命なのかもしれない。


 私は先に乗りこんだアーキルの手を取って、ゴンドラに飛び乗る。

 

「アーキルは前世で私のことを愛していたと仰いましたが、私は全くそのお気持ちに気が付きませんでした。皇帝陛下のくせに恋心に気が付いてもらえないなんて、確かにある意味可哀そうです。だから、今世くらいはお側にいて差し上げます」

「そうか。そうと決まれば、早速今日から色々と学んでもらおう。力だけ強くてもハレムでは生き残れない。もう少し、頭の方も賢くなってもらわねば困るのでな」

「お勉強……ですか!? 兵法や戦術ならいくらでも知ってますけど」


 アーキルは呆れたように肩を上げる。

 

 ほんの数か月前までは、まさか自分が再び都に戻ってくることになろうとは思っていなかった。

 アーキルがバラシュの街を訪れて、ルサードがアーキルの天幕に迷い込んで、私がそこでアーキルと出会って。

 それがまさか前世のイシャーク・アザルヤード皇帝陛下との再会だったなんて、まさに運命としか思えない。


 私に前世の記憶があったのが、アーキルの命をカシムから守ることだったのだとしたら、もう私の役目は終わったのかもしれない。

 それでもやっぱり、私はアーキルの側にいたい。


 ゴンドラに揺られながら、私はもう一度アーキルの膝に頭を乗せた。

 腰に下げた短剣ダガーの琥珀の魔石が、アザリムの太陽を浴びてキラリと美しく輝いた。


(おわり)

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