第26話 使い果たした魔力
数日後、私はファイルーズ様に誘われて、カシム様と共に
そしてその庭園には以前と同じように、元気に遊ぶラーミウ殿下の姿があった。
「ラーミウ様は体がお小さいわ。しっかり食べてらっしゃるの?」
前を歩くファイルーズ様が振り返り、心配そうな顔でカシム様に尋ねる。
「調べておきます、ファイルーズ様」
「そうね。それに、今日もこんなに暑いのだから、お茶も出して差し上げてね」
「承知いたしました」
カシム様はいつものようにニコニコしながらファイルーズ様に頭を下げ、庭園を走り回るラーミウ殿下の元に向かう。
そのカシム様の背中を、ファイルーズ様は不安そうに見つめている。
(ラーミウ殿下のことが、そんなに心配なのかしら。とてもお元気そうに見えるけど……)
ハレムを束ねるのがファイルーズ様のお役目だから、細かなところまで気を配っているのかもしれない。
ファイルーズ様はアーキルの第一妃で、必然的にハレムを取りまとめる役割を担う立場だ。ハレムに住まう者は全て、ファイルーズ様の管理下。アーキルと共にここに暮らすラーミウ殿下もアーキルの従者として仕えるカシム様も、その例外ではない。
(それにしても、ファイルーズ様は随分とカシム様と距離が近いわ)
私の感じる一番大きな違和感はそこだ。
皇子妃と、皇子の従者――そんな関係の二人が、まるで直接の主従関係にあるかのように気持ちが通じ合っているように見える。
短い言葉でお互いの意図を理解し、離れた場所にいても視線で通じ合っている。まるで、昔からの恋人同士のように……。
と、そこまで考えて、私はハッと我に返った。
(駄目よ、ただの希望的観測ね。ファイルーズ様がアーキルの第一妃だというのがショックで、自分に都合よく考えようとしているだけだわ)
回廊からラーミウ殿下を眺めるファイルーズ様の横に、私も立って並ぶ。
「リズワナ、聞きたいことがあるの」
「なんでしょうか」
「こんなことを聞くのは恥ずかしいのだけど……どうすればアーキル殿下に好かれるかしら」
「え?」
眉を下げ、困ったような表情で、ファイルーズ様は私に顔を向ける。
「アーキル殿下から聞いているかもしれないけど、私はここに来てからただの一度も殿下に召されたことがないのよ。ナセルから嫁いできて、ただの一度も」
ファイルーズ様の銀髪の後れ毛が、風に揺られて美しく光る。
こんな素敵で美しい方が、私にこんなことを聞くなんて。
前世でナジル・サーダとの恋は実らず、今世ではアーキルに魔法のランプの魔人だと思われている、この私に?
ナジル・サーダの妻となった女性は、美しくてとても女性らしい方だと、ナジル本人から聞いた。もしもナジルが今世に生きていたら、きっとファイルーズ様にも惹かれていたと思う。
たまたま見た目だけは美しく生まれた私が、いくら儚くてか弱い儚げ美人を演じたところで、絶対にファイルーズ様のようにはなれない。私からすれば、羨ましい限りの御方なのに……
そうやって自分を卑下しながらも、「アーキルに一度も召されていない」と聞いて、どこかホッとしている腹黒い自分がいる。
「ファイルーズ様。私のような者に、ファイルーズ様にお伝えできることはありません……」
「でも、貴女は何度もアーキル殿下と夜と共にしている。それに、あの他人に全く興味のない冷徹な殿下が、わざわざ地下牢まで貴女を迎えに行ったと聞いた」
今にも泣きそうな顔で、ファイルーズ様は真っすぐに私を見た。
「ファイルーズ様は、ナセルの王女様とお聞きしました。魔法を使えたりはしますか?」
「なぜ?」
「いえ、アーキル殿下がもしかしたら、魔法がお好きかもしれないな……って……」
(ナセルの魔法でアーキルの呪いが解けたらと思ったのだけど、さすがに今ここでその話をするのは性急すぎたわ)
「リズワナ。アーキル殿下は魔法が使える女がお好みなの……?」
「えっと、あ、そういうわけじゃなくて……お好きかもしれないって思っただけです」
「確かにナセルは魔法の国と言われている。でも、私自身は魔法を使うことはできないの。代わりにこうして魔石を身に付けているわ。ナセルの王族の中で魔法が使えないのは私だけなの。もしかして、前世で魔力を使い果たしでもしたのかしら」
「前世で魔力を……」
前世という言葉に、私は思わず目を見開いた。
(ファイルーズ様も前世の記憶を持っているなんてこと……そんな偶然ないわよね?)
ファイルーズ様は特に変わらぬ様子で、回廊の手すりに両手をそっと乗せて外を見た。前世という言葉も、特に意味があって使ったわけではなさそうだ。
「ファイルーズ様は、今のままで十分お美しいです。私なんかよりも……」
「あら、随分と自信がないのね。貴女はとても綺麗よ。私はナセルの九番目の王女で、国に捨てられたの。アーキル殿下は私を妻としてではなく、人質としか思っていないのよ」
「……ご兄弟がたくさんいらっしゃるのですね」
「ええ、上に八人の王女がいるし、兄弟も十人以上いるかしら。ナセルでは王位を継がない兄弟王子を殺す慣習はないけれど、このアザリムでは全員殺すわよね」
ファイルーズ様はそう言って、ニッコリと微笑んだ。
「ファイルーズ様!」
ラーミウ殿下と手を繋いで戻ったカシム様が、ファイルーズ様の言葉を遮る。
いつの間にラーミウ殿下をこちらに連れて来ていたんだろう。先ほどのファイルーズ様の言葉を、もしラーミウ殿下が聞いていたら?
恐ろしくなった私は、ラーミウ殿下の顔色を窺ってみる。
殿下はカシム様の右手をぎゅっと握って、じっとこちらを見ていた。
「あら、カシム。ラーミウ殿下の遊びの邪魔をしては駄目じゃないの。さあ、殿下。私と一緒に遊びましょう」
「はあい、ファイルーズさま」
ファイルーズ様はラーミウ殿下を連れて、再び庭園の方に向かった。噴水の縁から水に手を入れて楽しく遊ぶ姿は、とても仲が良さそうだ。
ファイルーズ様の『アザリムでは皇子を全員殺す』という言葉は、ラーミウ殿下には聞こえていなかったようでホッとした。
(いつもああやってお二人で遊んでいらっしゃるんだろうな)
私も庭園に向けて歩き始めると、すぐにカシム様が私の隣に並ぶ。
「リズワナは姉妹に優しいのですね。なんだか羨ましいです」
「……姉妹って、誰のことです?」
「ザフラですよ。あんな目に遭わされたのに、まだ姉を守ろうとするとは。美しい姉妹愛ですよね」
「カシム様、私たちが姉妹であることご存知だったのですね……」
「ええ、もちろん。ハレムにおかしな素性の方を迎えるわけにはいきませんからね」
「このことを、アーキル殿下には……?」
「別にわざわざそんなことまで報告しませんよ」」
カシム様はくすくすと意地悪そうな顔で答えた。
「羨ましい……と仰いましたが、カシム様にも兄弟がいるのですか?」
「いましたよ。まあ、昔のことですが」
カシム様は私に向かって微笑むと、噴水の側で遊んでいるファイルーズ様とラーミウ殿下の方に小走りで向かう。
(カシム様……ご兄弟がいたのに亡くなってしまったのかもしれないわね)
あんなにいつもニコニコしているカシム様にも、過去に色々と心の傷があるのかもしれない。私はそれ以上カシム様に詳しく聞くことはせず、三人の姿を離れた場所から見つめていた。
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