第11話 呪いを解く者 ※アーキルside

「アーキル皇子殿下……少しよろしいですか?」

「カシム。何の用だ」

「そろそろ陽も高くなります。馬車に移動されてはと思いまして」



 カシムに言われて空を見上げると、強い日差しが目に入る。

 バラシュの街を出発して丸二日。そろそろ移動の疲れも溜まってきたような気もするが、これ以上旅程を延ばすわけにはいかない。



「確かに日差しが強いな。しかし構わん、このまま進む」



 並走するカシムの馬から離れ、俺は隊列の先頭へと進む。

 身分を隠してバラシュの街を訪れたが、本来の目的は果たした。今更馬車に隠れてこそこそと忍んで都に帰る必要もないし、そもそも馬車での移動は退屈で耐えられない。


 今回のバラシュ訪問へは、元々必要最低限の者しか同伴しなかった。

 側近従者のカシム・タッバールに、十人にも満たない護衛騎士たち。しかし帰路では、バラシュの街から連れて来た使用人希望の娘たちが数名増えた。

 それに、と言っていいのかと言っていいのかは分からないが、バラシュで出会ったリズワナという娘も半ば無理矢理連れて来た。


 リズワナは実に不思議な娘だ。

 どこからどう見ても華奢でか弱く清楚な外見であるのに、おかしな白獅子ホワイトライオンを引き連れ、あろうことか剣術にも優れている。

 天幕で振るった俺の太刀筋は完全に読まれていて、いとも簡単に避けて見せた。


(しかもリズワナは、この琥珀色の魔石の付いた剣を使いこなしていた。ずっと探し求めていた相手にようやく出会えたようだ)


 リズワナの姿を思い出しながら腰に下げた長剣サーベルに目をやると、琥珀の魔石が太陽を浴びてキラリと光った。


 バラシュを訪れたのは、俺にかけられた不眠の呪いが発端だった。

 物心ついた時から、俺には眠った記憶がない。乳母によると、この呪いはのものらしい。


 この呪いに怯えた母は、幼い俺を密かにナセルの魔女に診せた。この不眠の原因はきっとナセルの魔法による呪いの一種だろうとのことだった。

 生まれた瞬間から既に呪いにかかっていたことから、前世で呪いを受け、それを今世にまで引きずっているのだと言われた。


 この呪いの解呪方法は二つあると言う。

 一つは、俺を呪った張本人がその呪いに込めたを、俺が代わりに晴らすこと。これは、誰がなぜ俺を呪ったのか分からない限りは手の打ちようがない。


 そして二つ目。

 前世で愛した相手を探し出し、側におくこと。

 どうやら前世の俺には心から愛する相手がいたらしい。その相手への想いが時を超え、いまだに俺の心の中に沈んでいるのだと、魔女は言った。


『前世の呪いは、前世の愛で満たせば解けるはず――』


 そう言われたが、幼い頃にはそもそもという言葉の意味が分からず理解できなかった。

 成長してからも、などという馬鹿馬鹿しい概念を信じてはいない。 しかし魔女がそう言ったのだから、今の俺はその言葉を信じるしか手はない。


 魔女は、俺にナセル国のナーサミーン山地で採れる琥珀色の魔石をくれた。この魔石には特殊な魔法がかけられていて、俺が前世で愛した相手を探し出すことができるという。その者以外は、この魔石を手にすることができないらしい。


 俺は自分の長剣サーベルにその魔石を埋め込んだ。

 俺以外にこのサーベルを操れる者を探す。

 それが俺の呪いを解くための唯一の方法だ。

 しかし、子供の頃の狭い世界には、このサーベルを操れる者など一人もいなかった。


 この広い世界でその者を探すには、何か当てが欲しい。そのためにナセルの魔道具に頼ろうと考えた。

 狩りを口実にナセルに近いバラシュに向かい、人目を忍んで市場バザールで、どんな願いも叶うという魔法のランプを探した。


 単に「眠れない」というだけであれば、俺もこんなに必死になって呪いを解くために行動したりはしない。しかし現実はそうも穏やかなものではなかった。


 俺に呪いをかけたのが誰なのか知らないが、よほどの強い恨みを持っていたのだろう。陽が沈んで皆が寝静まったあとは、毎晩頭がおかしくなりそうなほどの悪夢に襲われた。


 悪夢が始まるのは、決まって夜が更けて日が変わる頃。

 俺の周りに恐ろしい魔人が次々に現れ、魔人は俺を切り刻み、首を絞める。そして俺は、まるで体を引き裂かれるかのような痛みと苦しみに襲われる。

 静まり返った宮殿の中では、俺の悲鳴は誰にも届かない。

 助けの来ない部屋の中で一人、幾千回も地獄のような長い夜を過ごした。


 幼い頃は夜が来るのが怖くて、泣きながら母や乳母に一緒に眠ってくれるように縋ったものだ。しかし二人は俺の呪いが自分にまで及ぶことを恐れ、なるべく遠ざけようとした。


 俺にかけられた呪いを知るのは母親と乳母、そして俺の従者であるカシム・タッバールのみだった。母と乳母は病で亡くなったから、今ではこのことを知るのはカシムだけになった。

 第一皇子という立場もあり、この呪いのことは、皇帝である父にも知らされることはなかった。


 時は流れ、俺は後宮を出て自分の宮殿を与えられた。

 そして数年前――ナセル国との戦いが終わると、ナセルは人質として王女ファイルーズを俺の妃にと差し出してきた。


 いくら泣いて縋っても、幼い俺と共に夜を過ごしてくれる者はいなかった。それなのに、今度はナセルの王女と妃として、共に夜を過ごせという。


 呪いによって毎晩悪魔の幻影と戦う姿をナセルの王女に見せることなど、できるわけがない。妃であろうが誰であろうが、夜に俺に近付くことは許さない。そう思ってファイルーズとは一切関わらないことに決めた。


 しかし、バラシュで出会ったリズワナだけは特別だった。


 俺の呪いを解く者しか使いこなせないという、琥珀色の魔石の付いたサーベルを軽々と操り、この二十年間一度も眠ったことのない俺を眠らせた。

 間違いなく彼女は、俺を呪いから解放してくれる女神。俺が前世で愛した人だ。


(リズワナも、前世の記憶がどうとか言っていたな……あの娘には前世の記憶があるのか?)


 天幕で目覚めた朝、リズワナが俺のサーベルで刺客を退けたことを知った。つまり、バザールで出会ったあの謎の娘とリズワナは同一人物だということだ。


 ランプの魔人などではなく、彼女は普通の人間の娘。少し調べれば、リズワナがバラシュのハイヤート家の娘であることなどすぐに分かった。


 リズワナは、もしも俺の元を離れれば父親の首が飛ばされると思っているだろう。だから残り二つの願いを言わない限り、俺の側にいてくれるはずだ。


 長年俺を苦しめた呪いが、解ける日が来るかもしれない。

 リズワナ・ハイヤートを絶対に手放すわけにはいかない。

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