第10話 アーキルとナジル
「ハイヤートよ。其方からの献上品の魔法のランプには、この美しい魔人が隠れていたようだ。そこのバラシュで最も美しい娘とやらも、この魔人には負けるだろう?」
「ア、アーキル皇子殿下! その娘は魔人などではなく……」
「魔人ではない……? ハイヤートよ、其方は偽物の魔法のランプを献上したと申すのか?」
「いや、いえいえ 決してそんなわけではございませんで……! ただ、どうかこちらの我が娘ザフラを殿下の
何が何だか分からないという顔で、お父様は視線を私に向ける。
私だって何が何だか分からないのだ、助けを求められたって困ってしまう。
アーキルは昨日のボヤ騒ぎの時のランプを手に取ると、お父様の目の前に突き出した。冷徹皇子に睨みつけられたお父様は、震えて冷や汗をダラダラとかいている。
「どうなんだ、ハイヤート。このランプは偽物なのか?」
「ええと、いえ、それは」
「ここにいる美しいランプの魔人も、偽物であると?」
「あああ……それは、その娘はですね……」
「答えろ、ハイヤート!」
「ほっ、本物です! その娘は間違いなく正真正銘のランプの魔人でございます!」
(――はぁっ?!)
思わず口をあんぐりと開けた私の前で、お父様は皇子から一歩離れて地面に頭をついた。それを見ていたザフラお姉様も慌ててお父様に続く。
偽物の魔法のランプを指にかけてくるくると回すと、アーキルは鼻でふっと笑った。
(あれ? 私ってハイヤート家の娘のリズワナじゃなかった? 本当はランプの魔人なの? ……って、そんなわけがないでしょ!)
実の父に面と向かってランプの魔人呼ばわりされるなんて……と、私の空いた口は塞がらない。
「ではハイヤートよ。このリズワナは俺が
「はっ! もちろんでございます! しかしアーキル皇子殿下、もし良ければそちらのランプの魔人リズワナと共に、我が娘ザフラもお連れ頂けませんでしょうか……」
「勝手にすれば良い。働き口ならいくらでもある」
「……ありがとうございます!」
いつの間にか、私がハレムに連れて行かれることが決定事項のように話がすすんでいく。
もう一度頭を地面に擦り付けたお父様の横で、ザフラお姉様は悔しそうに唇を噛んでいた。どこからどう見ても、私のことを睨んでいるようにしか見えない。
私が都に行けば、お父様には魔法のランプの対価として大量の金貨が与えられるはずだ。商売を今すぐ辞めたって問題ないくらいの財になるだろうから、お姉様がわざわざ都に付いて来て働く必要なんてない。
(いくら皇子に気に入ってもらおうと必死だったザフラお姉様でも、この状況で都についてくることはないわよね……?)
横目でアーキルを見上げると、それに気が付いたアーキルが片方の口元を上げた。夕べぐっすりと眠って元気が出たのか、瑠璃色の瞳は朝日を浴びて宝石のように輝いている。
天幕の入口では、お父様とお姉様が騎士達に促されて追い出されて行った。天幕を出る最後の一歩まで、お姉様は私から視線を放さず睨みつけていた。
「アーキル。私は、都に連れて行かれるのですか?」
「ランプの魔人は、願いを三つ叶えるまで主人に仕えるのではないのか?」
「はい、そうでした。でも……」
「でも、なんだ?」
「……アーキルは、本当に私が探していた最愛の人なのですか?」
勝手にランプの魔人に間違われた挙句、残りの二つの願いを叶えるためだけに都に連れて行かれるなんてまっぴらごめんだ。
しかし、もしも本当にアーキルがナジル・サーダの生まれ変わりであるのなら話は別。アーキルとこのまま離れて、二度と会えなくなるのは嫌だ。
アーキルは小卓の上に用意されていたナツメヤシをつまみながら、足を大きく広げて椅子にドスンと座る。
「気になるなら、俺の側にいて確かめればいい」
「確かめる?」
「俺はこのアザリムの第一皇子アーキル・アル=ラシード。前世の記憶なんて持ち合わせているわけがない。俺がお前の最愛の男の生まれ変わりなのかどうか、これから自分で確かめろ」
この話に全く興味がなさそうに、アーキルは二つ目のナツメヤシに手を伸ばす。
(そうよね。バラシュでただ引きこもって暮らしていても、何も変わらない。都に行って、アーキルが本当にナジルの生まれ変わりなのかどうか確かめよう)
前世でどうしてもナジルに伝えたかった言葉を、私はまだ彼に伝えていない。
だから生まれ変わった今になってもこうして、ナジルの影を追ってしまっている。
アディラ・シュルバジーの恋を成就したいのか、アディラの恋を終わらせて、リズワナ・ハイヤートとして新しい人生を歩み始めたいのか。このモヤモヤしたどっちつかずの気持ちに決着をつけたい。
アーキルが本当にナジルの生まれ変わりなのかどうかを近くで確かめたい。
「分かりました、アーキル様。私を都に連れて行ってください」
「当然だ。昨晩の神話の続きも聞かせろ」
「……話の続きを聞きたいのですね。二つ目の願いっていうことでいいですか?」
「ふざけるな。神話を語ることは、一つ目の願いに含まれているだろう」
アーキルは立ち上がって私の目の前まで来ると、私の口の中にナツメヤシを押し込んだ。
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