第9話 父に売られた娘
「――リズワナ! 最高だ、気に入ったぞ!」
大層ご機嫌な様子で、アーキルは天幕の中に飛び込んで来た。
ルサードと二人で絨毯の上に座り込んでいた私を軽々と抱き上げると、その場でくるくると回ってはしゃいだ。
「ぎゃあっ! アーキル、一体何が気に入ったんですか? 目が回りますから降ろして!」
「あれはお前がやったんだろう? 俺を眠らせるための魔法を使っただけでなく、刺客までやってくれるとは面白い!」
アーキルの腕の中にいる私を見て、天幕の外にいた騎士たちは言葉を失っている。
当然だ。アーキル以外に誰もいないはずの天幕に、いつの間にか見たこともない若い美女(自画自賛失礼)が潜り込んでいるんだから。
「いえ、アーキルがぐっすり眠れるように邪魔者をボコしておいただけなので……」
「素晴らしい、気に入った。このままアザリムの都までお前を連れて行く。いいな?」
「ええっ!? そんな強引な……!」
騎士達の間で、どよめき声が上がる。
もしも願いが叶うなら、私もそっちのどよめく側に入りたかった。
冷酷無慈悲で有名なアーキル皇子殿下が、どこの馬の骨とも知らない女を自分の天幕に連れ込んで、しかもこうして堂々と皆の前で側に置く宣言をしているのだ。
どよめいて当然である。
それなのに私は今、その冷酷無慈悲なアーキルの腕の中にいる当事者だ。
ああ、どうしよう。
(これってどう見ても、アーキルが現地の女を寝所に連れ込んでるようにしか見えないわよね。まさか私のことをランプの魔人だと思う人はいないだろうし……)
やっとのことでアーキルの腕から降りた私の前に、見慣れた男性がひょこっと顔を出した。天幕の入口にずらっと並んでいる騎士立ちの後ろから顔を覗かせたその男は、紛れもない私の父。
「……失礼します、アーキル皇子殿下。私はここバラシュの商人、バッカール・ハイヤートでございます」
深々と頭を下げたのは、派手な身なりをしたお父様だった。
昨晩、アーキルのおもてなしをやり遂げて、都に戻る前に最後の挨拶に来たのだろうか。
お父様に顔を見られるわけにはいかない私は、急いでアーキルの背中に隠れた。
「ハイヤートか。其方の献上品、実に気に入った」
「はっ、献上品ですか? 実はその献上の品は、ちょうど今お持ちしたところで……」
「何を言う。昨晩確かに受け取ったが?」
お父様とアーキルの会話が、絶妙にズレている。
アーキルは私のことをお父様からの献上品だと思っているのだ。一方でお父様の様子を見るに、ジャマールが本物の魔法のランプを見つけて来たのかもしれない。
ランプを皇子に献上しようと、早朝にも関わらず天幕を訪ねて来たのだ!
(マズイわ。本物のランプをこの場に出されたら、私が偽物の魔人だってバレちゃう)
横目でルサードに視線を送ってみるが、朝になって猫に戻ったルサードはただの可愛い白猫にすぎない。何の助けにもなりそうにない。
事の次第を見守るしかなくなった私は、アーキルの背後でゴクリと唾を飲んだ。
「アーキル皇子殿下。献上品はこちらです。アザリムの都に、ぜひこの者をお連れ下さいませ」
「この者とは? 俺が受け取ったのは、魔法のランプだが?」
「魔法のランプを受け取った!? ……あ、ええっとですね、そうなんです。私はここバラシュ
「何が言いたい?」
「……魔法のランプなど使って願いを叶えたところで、それは殿下の名声には繋がりますまい。代わりと言っては何ですが、このバラシュで最も美しいと言われる我が娘ザフラを献上したいのです!」
そう言ったお父様の後ろから、ジャラジャラと宝飾品の揺れる音がする。
アーキルの脇の間からそっと覗いてみると、そこにはうやうやしく跪くザフラお姉様の姿があった。
(なるほど。魔法のランプは見つからなくて、その代わりに御託を並べてお姉様を皇子に献上しようという魂胆だわ)
私が偽物の魔人だとバレなくて良かったものの、そうなると私はこのままアーキルに魔人として仕え続けなければならない。どちらにしても詰みだ。
「アーキル皇子殿下、わたくしはこの商人バッカール・ハイヤートの娘、ザフラと申します。ぜひ殿下にお仕えさせて頂きたいと――」
顔を上げたザフラお姉様の言葉が止まる。
お姉様の目は、真っすぐにアーキルの脇……つまり私の顔を捉えていた。
(うわぁ、見つかっちゃった)
荷物の後ろに隠れようと一歩離れて後ずさりするが、アーキルはそんな私の肩に大仰に腕を回した。
そして私は、ワナワナと怒りに震えているザフラお姉様とお父様の目の前に連れ出されてしまった。
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