梅雨の武士

 サタはマンションに住んでいる、自分を侍の生まれ変わりだと信じて止まない大学生だ。


 なぜかというと、最近ある能力を手に入れたからだ。


 棒のような物を持ち、その手を腰に添えて、そこから棒のような物を刀の鞘から抜くように


 出すとその棒が物を切れるようになるという能力だ。


 どうしてそんな能力に気づいたのかというと…。


 その話は後にしよう。





 今日は出掛ける予定がある。


 しかし、雨が降りそうな雲行きにみえるので、傘を持って出掛けることにした。


 傘は持ち手の少し下を持ち、その手を腰に添えた。


 今日は雨だ。傘を持ち歩いている人も多いはず。


 もしかすると俺と同じ能力を持っている人と出会えるかもしれない。サタはそんな期待を持ちながらマンションを出た。





 少し道を歩いていたが、ずっと誰かの視線を感じる気がする。


 大学に行くつもりだったが、近くの公園によることにした。


 雨もまばらに降ってきた。


 公園には塗装の取れかけたブランコ、寂しげな木のベンチ、高さの違う鉄棒が三つある。

 周りには誰も人はいないようで、車の走る音と雨音だけが聞こえる。


 サタは自分に向けられた視線の正体を確かめることにした。


「いるんだろ。隠れてないで出てこい。」


 サタがそう言うと、黒いスーツ姿の20代後半っぽい男が茂みから出てきた。


 見る限り会社員のようだ。もちろん手には傘が握られている。


 会社員とサタは少しにらみ合った後、傘を腰から抜き、戦闘態勢に入った。





 会社員は傘を大きく振りかぶると、それをそのまま振り下ろしてくる。


 サタは下から傘を振り上げてそれを受け止めた。そのまま二人は距離を詰め、鍔ぜり合いになる。


 今度は先にサタが相手の鍔をガッと押し出し、黒スーツ男を突き飛ばし、距離を離した。


 すぐに身をかがめそのまま前に飛び出す。会社員は、サタが飛び込んできたのを見て、突きを繰り出してきたが、サタはそれを傘で横にいなし、そのまま傘を振り上げた。


 サタの傘は会社員の胴を下から斜めに切った。会社員は胸から血を流しながら片膝をつく。


 サタは傘についた血を傘を広げてはらっていると、会社員は

「参った」

 といって地面に倒れた。


 雨が全て洗い流していくように強くなった。





 少し時間がたって、サタは目を閉じ、鞘の代わりに手で輪っかを作り、そこに傘を入れようとすると、傘は輪っかの中には入らず、少しずれて手の甲に当たった。あっ。


 あまりの痛さに顔がゆがむ。


「痛った。」

 サタは思わずそう言って、手を見ると、かなり深く切れている。


 足下が少しふらついてきたような気がする。景色が二重に見えてきた。サタは気を失って倒れた。





 目が覚めると、雨は止んでいて、雲の隙間から太陽の光が差し込んでいる。


 ハッとして手を見ると傷はもともとなかったように消えていた。


 倒れていた会社員も木のベンチに背筋をピンと立てて座り、ノートパソコンをカタカタとたたいている。


 なんかすがすがしい気分になってきた。


 サタはこの場を離れることにして、公園から出ようとベンチの横を歩くと、会社員は、目はパソコンに向けたまま「良い勝負だった。」と言った。


 サタも「ああ」と前を向いたまま答える。





 だが、また急に空が黒くなり始めたと思うと、あっという間に夜のように暗くなる。


 突然ものすごい轟音が鳴り響く。


 ピカッと空が光り、二人のすぐ近くに雷が落ちた。


 会社員とサタは思わず身をかがめ、雷が落ちた場所を見ると、そこには、エプロンを着て険しい顔をした茶髪のお母さん概念がいた。


 お母さん概念とは、母という概念が限界突破して実体を得た姿である。


 彼女は、会社員とサタを交互に見ると、

「何してるの。傘を振り回したら危ないって分からないの?」

 と怒ったように言い、

 いつの間にか握られていたフライパンで、二人同時に殴られた。


 頬に鈍い衝撃が走り、その後に激しい痛みが襲う。


 会社員はベンチにぐったりともたれ、サタは地面に突っ伏した。


 彼女は、

「もうほんとに仕方がない子達ね。傘は雨の日にさす物。もう傘を振り回して遊んじゃダメよ。」

 と言って、空に帰って行った。


 頭がガンガンとなっている。


 サタは「傘を刀にするのはやめよう」、そう思った。


 だが、一人、武士としての同志ができたと思った。そこで意識が途絶えた。

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