〜とある配信〜

 ダンジョン配信。

 それはダンジョンを攻略するまでの過程を配信して再生回数を稼ぐという動画としての新たなジャンル。

 次元衝突の起きたこの日本には、ダンジョンが現存する建造物と混ざりあってしまったり、純粋にダンジョンが出現しているという状況だった。


 前者の場合、実生活の安全が脅かされる場所から早急に無力化させなければならず、国から真っ先に攻略されていった。


 後者の場合は、さらに重要ダンジョンと一般ダンジョンに分かれており、有名史跡や山地、湖畔などが重要ダンジョンになっている。あまりにも危険な為、ギルドに任されている事が多い。

 その他の土地は一般ダンジョンと区分され、国家承認としながらも一般人でも攻略が許可されている。


 ただし、ダンジョンに至るまでの経緯やダンジョンない危険度があまりに高いとなると一般ダンジョンから緊急ダンジョンに引き上げられたりする。


 旧場広町樹海もその一つだった。


 その入り口の前に、立つ二人の青年。

「おい、本当にここで配信するのか?」

 カメラを持った方が、怯えながらサングラスの方に尋ねる。

「バカヤロー、チキってんじゃねぇよ。最新のダンジョンだぞ。ここで速攻でボス倒せゃ再生回数鰻登りだ」

「でもよぉ、ここって怪奇現象スポットなんだろ?幽霊に呪われたりしねぇかな?」

「だからしっかり対策してきたんだろうが。聖水、浄化の札、神聖礼装、破魔の剣……完全にゴースト特攻だ」

「それでも……」

 すると、サングラスがカメラ持ちの両肩を掴み顔を近づける。

「俺を誰だと思ってる?ダンジョンを最速で攻略するゲソミンだ。そんな俺が泣いて逃げると思うか?」

「……そうだな」

「だろ?」

 ゲソミンはカメラ持ちの持っていたビデオカメラを奪い取る

「じゃあ、いつものいきますか!!」

 ゲソミンが指先からオーラが集まる。

 その指でビデオカメラをなぞるとカメラからオーラで出来たコードが伸びる。

 そしてそのコードをゲソミンの目の横に近づけるとピタリとコードがくっついた。

 「おっしゃ、同期完了!!」

 そして彼はカメラを自分に向ける。

 録画中のカメラに向けてお決まりの挨拶をする。

『ゲソゲソ!!どうも、ゲソミンです。今日も新しく出来たダンジョンを速攻でクリアしようという事で緊急ライブ中です!!』

“待ってた、ゲリライブ”

“いつもの”

“やっぱりゲソミン”

“いつものダンジョン初見攻略RTA”

“キタ———(°▽°)———”

“神動画しかない男”

“ダンジョンの処女を奪っていく男”

“何時間で攻略すんのかなぁ?”

 動画サイトのチャット欄ははち切れんばかりにコメントが押し寄せている。

 投げ銭がいくつも投げ込まれていく。


ゲソミンといえば、話題の動画配信者。

チャンネル登録者数67万人。

その殆どをダンジョン配信で鷲掴みにしてきた。


『さて、今日のダンジョンは……旧場広町樹海!!』

 その一言でチャット欄が凍りつく。

“え……”

“エ……??”

“フラグ?”

“おいおいおい、アイツ死んだわ”

“マジで”

“おい、その先は地獄だぞ”

“終わったわ”

“そんなヤバいの?旧場広町って”

“さよなら。御香典は出せないけど”

“冒険者殺しの森やぞ”

“ダンジョンになった理由がヤバい”

“ナナち死んじゃった……”

“ナナちゃんが死んだ場所”


『なになに、みんな心配してくれてんの?大丈夫。俺、最強だからさ』

“引き返すなら今のうちやぞ”

“死ぬな、殺すぞ”

“命を無駄にしないで”

『ぶっちゃけ、ナナ・トゥデイよりは強いよ?』


 そう言って、樹海の中へと入っていく。

 リスナーも分かっている。

 どんなに危険な場所であっても、彼は攻略出来ると。

 それはゲソミン自身も分かっていた。

 何せ、神域と化した箱根山や鎌倉を初見で攻略したのだ。

 二度と戻れないと言われていた横浜駅を攻略して生還できたのだ。

 それに比べれば、ただの樹海。

 都市圏の魔力もない、神秘の力もない。

 ただの樹海だ。 

 何も恐れる事がない。

 すぐに終わる。


———そう思っていた。30分ぐらい前までは。


『はあっ、はあっ……なんだよ、なんなんだよ!!!』

荒ぶる息、全力で走る。枯葉で足がもたつく。

『クソッ、クソッ、クソッッッッ!!!!』

何度も転んで、土まみれのブランド服。

頼みの破魔の剣は

そこに人気動画配信者のゲソミンはいない。

ただ、恐怖に駆られて逃げている哀れな人間がそこにいた。


『やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい……』

 最初から間違えていた。

 詰めが甘いとかそういうレベルではない。

 全てが間違っていた。

 ダンジョンに潜む敵がゴーストだと勝手に思い込んでいた。

 テレポートすれば逃げられると思っていた。

 ただの樹海だと思っていた。


 だが、現実はそうではなかった。

 大量の屍が彼の後ろを追っている。

 腐り果てたカビだらけの人間が。

 腕も足も、首までもが明後日の方向に向いている。

『あれ、全部ゾンビだろ!!倒れないってなんなんだよ!!死なないなんて聞いてねぇ!!』

 ザカザカザカ……

 大地の上を這いずって追ってくる死体。

 後ろを振り返ると、死体はすでに目の前にいる。

『来るな!!来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなァッ!!!!』

 カコンカコン、

 雰囲気に似合ってない軽い音と共に彼の前に現れたのは、骨。

 肉が残ったまま人の骨。


 死体も、骨も全部が彼を笑っていた。

 嘲るように、見下すように。

 頬肉を裂けさせながら、カタカタと顎関節を鳴らしながら笑っていた。

 

 彼は悟る。

 もう、逃げられないと。

 それでも、小さな藁一本に縋りつくように。


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——————』


 精一杯叫んだ。

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