『  』〜きっと意味すら持たない幕間にて〜

 空へ、宙へ、天へ………


 丘へ、岡へ、陸へ………


 森へ、杜へ、山へ………


 黙示録に描かれることの無かった余白。

 聖人の記録の中に映し出されていない影。


 大地、遍く道。そこを辿る1匹の小さな『 』。

 ゆっくりと微かに震える己の手を動かして大地を踏みしめている。

 酷く痛む頭が空を向く。

 眩しい程に鮮やかな青。

 その色彩に目が焼ける。 


 張り裂けそうなほどに、ムネがくるしい。

 胃の中で何かが暴れている。

 吐きそうだ。


 ゴキペキパキポキ、ゴキガキポキパキ。

 骨が砕ける。

 歩いただけで、咳が出る。

 動きたい、進みたい。

 けれども進めない。

 終わりたくない。止まれない。命を乞う訳にはいかない。進め、体を動かせ、無理をしてでも歩め。

 

 それは逃避行だった。

 行くあてのない、永久に続く逃避行。

 

 岩だらけの山を登った。

 長い長い川に沿って歩いた。

 塩っぱい海の水を飲みながら、泳いだ。

 枝に切り裂かれながら、森を潜った。

 

 ああ、疲れた。

 もう止まってしまえば、楽になれるだろう。


 だが、止まらなかった。

 運命がそう作用させたのか、そうならざるを得ない事態になってしまったのか。

 どちらにしろ、逃げるしかなかった。

 そして今、道の上で生死の境目を彷徨う。

 

 生きる事が間違っていた。

(いいや、それは違う)

 歩く事が間違っていた。

(違う。君は何も悪くない)

 人間のように振る舞い、人間のように扱われる事が間違っていた。

(大丈夫。君はそのままで良いんだ)

 

 意識が薄らいでいく。

 花の匂いが微かに鼻をくすぐる。

 それでも、もう動く事はできない。

 空腹か、疲労か、絶望のせいなのか。

 身体が痺れている。

 そうだ。止まれば楽になる。

 

 楽になるはずなのに。

 どうしてか、身体が止まってくれない。


 今はまだ、逝く時ではないと誰かが囁いている。

 ドクン、ドクン。

 心臓は一定のペースを保ったまま止まらない。

 流れている血潮を感じる。

 この身体の中に、煮えたぎっている。


 死に果てる事無かれ。限りなく動け。

 体が屍になろうともその魂は殻の中。

 数多の歴史に刻まれる神話に写る命。

 獣、獣。

(君は獣だ。獣の王。命の果てにまでその意思を繋ぐ存在にある。資格と共に宿る呪いとなる)


 獣と王、獣の王、狂。

(君の生きる理由は、君が死ぬ為にある。でも君は生きる事の全てを否定した。もう、君は死ねないんだ。君が存在する理由を探さない限り、君は悠久の時を揺蕩うんだ)


 一度世界が終わったあの日。『獣の王』は生き残った。

 王という名誉、狂という大罪を携えて、再びの黙示録に向ける。


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