今宵、満月は綺麗に死体を照らすでしょう(狂戦)
草木の眠る丑三つ時、人気のない山道を駆ける一台のバイク。
「クソ、トラックが使えないからバイクで来たってのに……」
空気が不穏で澱む。
胸の中で何かが叫んでいる。
とてつもない不快感に心がざわついていた。
「……穏やかじゃない」
バイクのライトに照らされて、蔦に絡まっているボロボロの看板が見えてくる。
“ようこそ、場広町へ!!”
その文字の下には特産品であろうリンゴの絵が描かれている。
だが随分と時が経っているせいでペンキが剥がれ、心なしかその看板が不気味に見えた。
(町の痕跡が残っているのは、少しくるものがある)
グッと下唇を噛み締めながら、ナナを乗せるバイクは舗装された道路を走る。
しばらく舗装道路を道なりに進んでいくと、はっきりと道が分断されていた。
これ以上は、バイクから降りた。
目の前に立ちはだかる森。
この奥に、ヤツがいる。
自然の静寂が、ふけ込んだ夜に染み入る。
帳はすでに降りている。
コンティニューなどはない。
この森の中に踏み込む事で、極限の二択に搾られる。
一級冒険者であろうと、黒鉄の帝王という異名を付けられようと、彼女は森の前で立ちすくむ。
はっきり言ってこの森は異常だ。
何もかもが不可解で出来ている。
それでも、前へと進まなければいけない。
なんでもない。ただヤツを殺す為に。
吉崎大を殺す為に。
「
詠唱と共に彼女の周囲に黒騎士のような機械仕掛けの鎧が浮かび上がる。
「
静かに呟きながら、黒い装甲が身体にぶつかる衝撃を
受け止める。
【
その痛みを今は感じることをやめた。
兜状の頭部の装着を最後に、黒鉄を纏う帝王が森の前に顕現した。
森の中に視線が吸い込まれていく。
黒い。
昏い。
先が見えない虚無が待ち構えている。
一度入れば二度と戻れない深淵となって広がっている。
風が吹く。いやに湿った生温い風が森の中から吹き渡る。
殺意、憎悪、怨念、悲嘆。それらを全てかき混ぜ、煮詰めたようなドス黒い気配が、不快な風に乗って肌を舐める。
「それじゃあ、行くぞ」
黒鉄の帝王は足を一歩、森の中へと踏み出す。
バイクのグリップを掴み、タンク部分を開くとキーボードが現れる。
そこに、『Red burner launcher』
の文字を打ち込むと、バイクが巨大なレーザー砲へと変形する。
その砲身の前に、赤色の魔法陣が展開される。
「エネルギー装填150……200%。照準修正終了」
砲身の中でに赫く輝く閃光は夜の森を照らす。
「
その前に幾多にも展開される赤色の魔法陣が重なっていく。
深淵と喩えられるほどに広がっているならば、
———先に消しておけば良いではないか。
「擬似魔法陣展開。選択属性・“炎”」
赤光が最大限まで溜め込まれている。
「【焼却術式・
空気が焼ける。
同時に砲身内の光が膨張し、赤い閃光が森の中を奔った。
瞬間、周りの木々は炎を纏い、灰と化していく。
鳥は飛び立ち、獣は逃げ惑う。
逃げ遅れた者は徐々に広がっていく炎に呑まれて焼かれていく。
それは帝王が拓いた道だった。
黒煙が立ち昇るその向こう側に何かが見える。
影よりも黒い闇。
それがギラリと鋭く輝く。
距離にして、約3キロメートル。いやそれ以上か。
照準に捕捉されていない距離から何かが来る。
「来たか!!」
空を切って現れたのは、白羽の矢。
鏃が月光に反射して一つの軌跡を作り上げる。
黒鉄の帝王はそれに頑として立ち向かう。
矢は鋼の拳に打ち砕かれた。
「やはりお前か、吉崎大!!」
樹海の奥、黒鉄の帝王に対する距離にして5000キロメートル地点にて。
彼はそこに居た。
手には黒い靄と大小様々な骨や筋肉で生成された弓。
ゴポリと自分の
「wrrrrrrrrrrrr…………」
肋骨は黒い靄を纏い、その中から白い矢が現れる。
ギチギチと軋むまで弦を引く。
「wrrrrrrraaaaaaaaaa!!!!」
弦を離すと、衝撃波とともに放たれる超高速の矢。
彼の持つ膂力がただの矢をまるで
「またか!!」
襲いくる追撃に再び拳で応戦する黒鉄の帝王。
しかし暗闇を翔ける一本の矢は、見事に鋼の拳を打ち砕いた。
ひび割れた拳に突き刺さる白い矢。
そこには赤い塗料で書かれた見た事のない文字が刻まれている。
「なるほど、呪詛か……」
闇夜を覗く帝王。
そして闇の中で蠢く獣の王。
樹海を地面ごと焼き切った号砲を持って、たった2騎の開戦の火蓋が落とされた。
*
それは激怒した。
炎に抉られた大地を眺め、己の体を奮い立たせていた。
焼かれる。壊される。
我らの家が消えて失くなる。
逃げ遅れてた獣達の魂が灰と化していく。
嗚呼、愚かなりや畜生の成れの果てどもが。
獣は持つ家があり、生きる意思があり、明日を迎える権利がある。
人の横暴によって阻害されるものではないのだ。
ならば我が粛正するのみ。
我が貴様にこの世界を壊すという使命を与えよう。
存分に暴れろ。
好きに狂え。
我が。黙示録の獣が。
*
僕は体を震わせていた。
目の前には燃え尽きて黒くなった大地が広がっている。
鳥や鹿や猪が焦げている。
焼けた肉と炭の匂いが彼の鼻腔をくすぐる。
これは、僕に対する暴力なのか。
僕の日常を狂っていると勝手に決めつけた者による侵略なのか。
何故、どうして。僕は日常を、普通を過ごしいるだけなのに……
だめだ、恐れるな。
ここで怖気つけば全てが狂うことになる。
立ち向かえ、僕を否定する奴を力で捩じ伏せるんだ。
黒い靄が増幅する。
焼けていく様な痛みが体全体に広がる。
構わない。この痛みが、僕の怒りの原動力になるのなら。
気づけば、既に弓を持っていた。
靄で作られた黒い弓が。
赤黒い肉と白い骨を混ぜ合わせた弓が。
使い方なんて分かるわけがない。
だが、身体は勝手に番えている。
月光に煌めく綺麗な白い槍を。
樹海の深淵で視覚を研ぎ澄ます。琥珀色をした眼球が1つ、黒い靄の中から顕れる。
遥か遠く、生い茂る木々の向こう側、黒い巨体が立っている。
アレを、あの敵を、
(否定する者を、穿ち貫け)
槍に願いを乗せて、放つ。
(何もかも、全てを消し去る様に)
————ズバンッッッッ!!!!
弓からは響かないはずの強烈な爆発音。
錐揉みを打って飛ぶ槍は、黒くなった焦土を抉りながら黒鉄の帝王へと向かう。
「な、槍だと!?」
弾丸のごとく飛翔した槍は帝王が防ぐ間もなく、胴体の装甲を穿つ。
『【
鎧の中に響く警告音と機械音声。
(1発でこの威力……一体どこから……!!)
しかし、敵は依然として視認できない。
(これではただの的だ!!)
黒鉄の帝王は背中のバーニアをふかし、樹海の中へと潜る。
(どこだ、どこにいる!!)
「
身体の中から引き抜いた槍を番えて、ギチギチと弓を張る。
ギロリと琥珀色の眼が蠢く。
鉄の鎧が動く。重厚な外見からはあり得ないほどの機動力で樹海の中を動いている。
琥珀色の眼がその動きを捉える。
軌跡を、そしてその行動の予測を。
身体を弓ごと捻り、弦を離す。
槍は木々の間を縫って、飛んでいく。
そして数秒後、
ドオン!!
鈍い爆発音と共に、樹海の一部が弾けた。
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