今宵、満月は綺麗にアナタを照らすでしょう

 旧場広町樹海。

 それは名前の通りかつての場広町が樹海と化した場所。

 3ヶ月。

 たった3ヶ月。

 何も求めずにただ願った。

 靄の中で願った。

 この町を守る力を。


 彼は、吉崎大は本当に日常の中を過ごしている。

 ただしを。

 狂っているなんて、彼には感じられないのだ。

 全てがいつも通り。

 木々の中にかつての母親だった骨が埋まっていたとしても、かつてのクラスメイト達が枯れた蔦の中に埋もれていたとしても。


 それがいつも通り。


 森の中はかつての場広町。

 ただ今の吉崎大にとっては、なんの変哲もない


 いつも通り。いつも通りだから、壊されたくない。

 それが彼の心の奥にへばりついている。 


 耳をつんざくほどに轟く爆音。

 煙が晴れ、月光の下に晒されたのは黒い鎧。

 頭部に槍を穿たれた黒い鉄の鎧。

 ジジジと、配線から小さなスパークを起こしてもなお、動かない。

 もはや鉄の塊となったそれは、枯葉の上で横たわっている。

 僕は、それを見下ろしていた。

 

 僕は樹海の焼け跡に立っていた。

 生い茂っていた木々は焼けて、灰が舞っている。

 焦げた臭いと土と雑草の匂いが混じる。

 不思議と不快ではない。


 夜空を見上げると、月光がまるで太陽のように夜空に燦々と輝いている。

 黒いキャンバスの上に散りばめられた星は煌いて。


 見上げた自分が吸い込まれそうなほどに広がっている。

 ああ、なんて綺麗なんだ。

 なんて——美しいんだ。


 黒い靄の中で露わになった右目に夜空の輝きを映している。

 言い表す事の出来ない美しさが、この世界にまだ遺っている。

 僕の日常の中に現れた神秘。

 それは僕の心を揺さぶるほどに綺麗だった。

 闇の中に描かれた絵画に身体を蝕む痛みが溶けていく。

 

 今宵、満月は綺麗に僕を照らした。

 まるで勝利を祝福するかの様に。

 今宵、満月は綺麗にあの鉄屑を照らした。

 まるで僕との戦いを讃えるかの様に。


 欠ける事のない望月は、平等に樹海を照らす。

 平等に人を、獣を照らす。


 ただ、月下の黒い影は祝福されたにもかかわらず、眩い光に照らされながら焦土の上で呆然と立っているのみだった。

 

 


 

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