Madness is Ordinary

 気がつけば、僕は森の中にいた。

「……?」

 確か、僕は地下室にいて黒いロボットを見て……

 逃げたのだ。自分の足を使って走ったのだ。


 未だに冷たく固い床の感触が足の裏に残っていた。

 そして。冷えた土の柔らかさでかき消していく。

 素足。落ち葉が固くて少し痛い。

 ブルリと身震いする。体の内側が冷たい。

 よく見れば服を着ていなかった。

 

 空を見上げれば、空は暗かった。


 白い光が木々の狭間から降っている。

 木陰では多くの動物が眠っている。

 涼やかな風が優しく肌に触れる。


 安寧。平穏。

 静寂が果てしなく続いている。

 ふと、歩きたくなった。

 全裸であっても、誰も見ない。

 足をゆっくり動かす。

 不思議と目は冴えている。

 サク、サク、落ち葉を踏みながら目的もなく歩いていく。ゆらりと身体を揺らしながら歩いていく。


 辿り着いた場所は少し焦げ臭い。

 火薬の匂いが風に乗る。

 空を遮る木々はその一円だけ炭と化している。

 (ここは、確か)

 キョウさん——あの時は黒鉄の鎧を纏っていて誰か分からなかった——と遭遇したところ……だった筈。

 頭の中に濃い靄がかかっていてよく覚えていない。

 でも確かに戦ったような気はしている。

 身体の痛み、手の感触が何かを求めていた。


 そして、キョウさんを思い出す。

 “ お前の視て、感じている普通は全て異常だ!!”

 ナイフのように鋭い双眸が僕を睨んでいた。

 吐き出された言葉には激しい憎悪を覚えた。


 異常?そんな訳がないだろ。

 僕は普通だ。僕は正常なんだ。

 こんなありふれた日常のどこが異常なんだ。

 

 僕はおかしくない。

 異常なのは、お前らなんだ。

 

 左腕がビキリと音を立てる。

 黒い靄が左半身から噴き上がる。

 

 僕は普通だ。普通で普通で普通なんだ。

 なんの取り柄もない、ただの人間だ。

 

 黒い靄は吉崎の体の中に入り込み、暗黒の刺青として皮膚に巻きついていく。

 背中で黒い双頭の鷲が翼を広げる。

 四肢や背中の至る所に伸び上がる蔦。


「……何が起きてるんだ?」

 目の前に現れたのは、黒いアーマーを着た人間。

 どうして、ここに?という疑問が浮かび、地下室から逃げた時にキョウさんがどこかへと連絡していた事を思い出す。

 T.S.F……それが僕を追ってきたのか。

「あれは、ただの人間……にしては魔力量が異常だ……」


 ああ、そうか。

 名前も顔も分からない君も

 敵とみなして殺すつもりでいるのか。

 身体の内部からフツフツと何かが湧き上がる。

「なんだ、コレは……更に魔力が膨れ上がっているだと?」

 手に持っているのは、小銃ライフルか。

 89式か、それ以外もあるだろう。

 そんなもの関係ない。

 全て壊せばいいんだ。


「う、うわぁ来るなッッ!!!!」

 数回の破裂音。しかし奔ってきた弾丸は掠る事もなく僕の身体を通り過ぎる。

「ば、化け物……」

 頭部を掴み、地面へと落とす。

 何度も何度も地面にぶつける。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 地面に人間の頭をぶつけ続けた。

 ぐにゃりと頭が力なく揺れる。

 それを見て最後に一回地面にぶつけて蹴り飛ばす。


 さっきまで人間だった肉塊は軽々と夜の中を吹き飛んだ。

 

 夜空に月が浮かぶ。

 目も眩むほどの真っ白な月が。

 それが綺麗に僕を照らしてくれていた。

 



 異常という一単語で、僕の僕らの、

 平穏を脅かすのならば。

 赦すな、許すな。

 断罪だ。


 

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