威風堂々たる鋼鉄(3)
それは、刹那の一撃であった。
脱力からの右フック。
鎌のように綺麗な湾曲の軌跡がそこにある。
身体の全てをその一撃に賭けていた。
『警告。損傷拡大、動作不良、修正中』
見れば脇腹の外装が砕けている。
鋼鉄を砕く。
目の前の黒い物体が尋常ならざる者である事は既に解っていた。
それでも、計算されきれない一撃である。
それを彼は何度も撃ち続けた。
脇腹への右フックを皮切りに破損箇所を殴り続けている。
「小癪なヤツだ!!」
ショットガンの引き金を引く。
靄は霧散するが、まだ打撃が続いている。
ディスプレイ内でアラートが鳴り始める。
『損傷拡大、ダメージ増加……』
「何が、何が起きている?」
何度も何度も、装甲が砕けた箇所にダメージが入っていく。
黒鉄の鎧はノックバックによろけて後ずさっていく。
ゆらゆらと揺れる視界の先には立ち尽くしている黒い靄がいる。
何故だ。彼はまだ攻撃をしているのではないのか?
自身の鎧の砕けた箇所に黒がへばりついている。
違う。彼は一撃で止まっている。
黒い靄が殴り続けているだけなのだ。
靄は、まるで意思があるかのように蠢いている。
蝿、苔、黴、菌。その微粒子の生命の全てがそこに集っていたのだ。
(コレは……まさか)
殴られる内に考えていく。
其は自我をもつ靄として敵意を示していた。
それは厄災であろう。
病の風であろう。
死の担い手であろう。
そう黒鉄の鎧は考えていた。
しかし、彼は違う。
ただ彼は踊り狂っているだけなのだ。
何も考えずに、樹海という舞台の中でただ懸命に愚かな道化として舞っているだけ。
攻撃は舞踊、奇声は歌、観客のいない中で無様にも。
それでも彼は笑う。自分の愚かさを知って嗤う。
3発、ショットガンの銃声が鳴り響く。
しかし、彼は黒い靄を吐き出し続けて、嘲笑っている。
もういい、全てがどうでもいい。
樹海も、怪物も全部僕のせいだ。
この町全てが僕の罪だ。
だから、狂って壊れちまえばいいんだ。
殴って、蹴って、叩いて、踏み潰して、
何もかもを———
ぶっ壊しちまえ。
「UrrrrrrrrrrrraaaaaaaaaaAaaa !!!!!!!」
樹海を貫く大咆哮。
何かを引き寄せるための無意識の術式が樹海一円に展開される。
それは因果を繋げるための術。
かつて、東京が他の並行世界と衝突した時に使われた連結魔術式。
単体で扱いこなせるのは神話に書かれた獣の存在——原初と云われる者だけ。
樹海がざわめく。木々が揺らぎ互いの身体を擦り合わせて風を濯ぎ、音を鳴らす。
大地が脈動する。彼の鼓動と共鳴して一定のリズムを取って、震えている。
「この樹海と、接続している……」
黒鉄の鎧はショットガンを投げ捨てる。
「撤退要請だ」
これ以上はいけないと悟り、無線を滑らさせて逃げる準備を行う。
その時、声が聞こえた。
『止めなさい』
それは黒鉄の鎧ではなく彼に向けての言葉だった。
『今の君がそれ以上を求めても仕方がないよ。どれだけ破滅願望があったとしても、器が消えてしまえば意味がないでしょ?』
優しい女性の声が樹海の中に響く。
同時に樹海の膨張も収まっていく。
彼は呆然と立ち尽くしているだけで、一向に敵意を見せない。
見れば、彼が纏う黒い靄も活動を停止していた。
『君はまだ生きなきゃいけない』
その言葉を最後に声は聞こえなくなった。
「……帰るか」
これ以上、戦う気は無いと腕の
樹海を飛び出し、空に赤い煙が上がる。
「まさか、こんな所で遭遇するとは思わなかったよ」
黒い鎧は、ただ茫然としている彼を見つめる。
バリバリと空を切り裂くエンジン音が近づいてくる。
舞い降りてきたのは黒色のヘリコプター。
パイロット席には誰もいないが、意思があるかの様に黒鉄の鎧の下にハシゴを降ろしてきた。
「またいつか、お前を倒す」
そう言い残して去ろうと思ったその時。
目の前で彼は倒れた。
力を全て使い果たしたのだろう。
「……」
黒鉄の鎧はため息をついて彼の元へと歩み寄る。
そしてあろう事か、彼を肩で担ぎそのままハシゴに手をかけたのだ。
「おい、行け」
上昇していくヘリコプター。
そして樹海には誰一人、人間がいなくなった。
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