威風堂々たる鋼鉄(2)

 呻いた。僕は苦痛に踠いていた。

 外から突き刺さる靄の痛みと内側から膨れ上がる苦しみに押し潰されていた。

 人の皮が破れると、こうも痛むとは思わなかった。

 いや、誰だって身体に硫酸をぶっかけられて平気な顔ができる訳が無い。

 それと同じだ。


 それは裂傷か、爛れるほどの火傷か。

 数ある苦痛の中でも例える事は出来ない。

 分からない、形容しがたい痛みが身体中を駆け回る。


 でも一つだけ分かる。

 僕はこの苦しみを辛いと思っていない。

 というか逆に清々しい。


 そうだ、言い換えるなら

「rrrrrararararrrraaaaaarararararra!!!!」

 猛々しい咆哮。

 樹海の中に響く自分の、自分による、自分の為の讃歌。

 怪物と化した自分自身を礼賛し、妄信する。

 愚行であろうとも彼の頭の中にはそれすらも考えていない。


 前方に現れる巨大な装甲車。

 侵入者は消すのみ。

 先制は向こう側から。

 輝く魔法陣の中から射出されたのは鉄の杭。


 超高速で奔る鉄杭の一直線の軌跡は、レーザービームへと化す。

 木々を貫いて、木の葉を捲って駆ける鉄杭。


 だが、それすらもに見えていた。

 掴む。

 鉄杭を視認したという情報が脳に伝達するよりも早く掴む。

 その後の行動は早かった。

 身体を捻り、身体全体に伝わる慣性を受け流して、鉄杭を掴んだ手でそのまま投げ返した。

 

 威力が倍増して装甲車へと向かう鉄杭は主砲を食い破って、爆ぜる。

 爆風が樹海の木々を燃やし、抉る。

 しかし本命の装甲車はまだ生きている。


 そうか、そうか、抗うか!!!!

 苦痛に悶えているはずなのに、まだ笑っている。

「qrrrrryyyyyy!!!!」

 黒い靄が脈動する。

 背中から一対の巨腕が生える。

 巨腕は近くの木々を掴み、自身を弾丸にしたスリングショットと化す。

 巨腕の力が掛け合わさって、黒い弾丸は駆け出す。

 疾風となり閃光となり流星となって、装甲車へと飛んでいく。

「drrrrrrraaaaaaaaa!!!!!」 


 狂喜の咆哮と共に装甲車へとぶつかっていく。

「hyyyyyyyyaaaahhaaaaaaaa!!!!!!」

 巨腕は消え、黒い靄は左腕を猛々しい獣の腕へと変えていく。

 抉る為のみに模られた鋭い爪が車のフロントガラスを割り潰す。

 『警告、警告。損傷率25%。走行強制停止しマス』

 電子音声が響く中、機材がショートし小さな稲妻が所々に走る。

 そこには、重厚な黒鉄を纏う一体の鎧武者が鎮座している。

 いや、武者というよりそれは——


「待っていた」

 黒鉄のは既にショットガンの引き金を指にかけている。

 カチリと軽快な音ともに豪快な破裂音が鳴り響く。

 爆散した弾丸が彼の身体全体を貫いていく。

 だが、

「ryyyyyyhyaaaaahaaaaaa!!!!!!」

 変わらずに叫び続ける。

 撃ち抜かれた箇所はあっという間に再生していた。


 瞬間。

 彼の腕が毒々しい色になる。

 腕から垂れた液体が、車内の機材の上に滴り落ちる。

 ジュウウと、煙を上げながら機材を溶かしていた。


『警告。損傷拡大。更に生命体の体内組織に異常変化』

「なるほど、毒か」


 黒鉄のロボットはショットガンを、片腕だけでリロードし更に取り出したシェルを装填する。

(……コイツ、相性を理解している。だが、腐るだけの毒ならば!!)


「【開示。展開。癒しの緑エメラルド・リポーズ】」

 暗く狭い車内が翠緑のオーラに包まれる。


———魔術。東京に伝わった不可能を実現する力。

 

 人類の行き着いた神秘。

 人間に敵う訳のない超自然の力を借り受けて使用する力。

 

 そして、2回目の銃声が鳴り響く。

 

 しかし、彼にとってはそんな事はどうでも良かった。

 どんなに敵が来ようとも。

 ひとえに風の前の塵と同じなのだ。

 何せ、彼がなのだから。


 壊せ、そんなモノ壊してしまえ!!!!

「hyyyyyyyaaaaaaaaaaa!!!!!!」

 咆哮だけで散弾を全て弾く。

 同時に黒い靄が身体から広がる。


 靄は、翠緑のオーラを霧散させ車内を蝕んでいく。

「結界魔法を塗り替えた!?」

 驚愕する黒鉄の鎧。

 黒い靄はトラックを内側から錆びつかせていく。

『警告。損傷拡大、車内機能が99%低下。維持不可能と認識。

 

 電子音声が最後の一言を告げた直後、目が眩むほどの閃光。

 そして。

 ドオオオオオオン!!!!!!

 巨獣が唸るような爆発音と爆炎。

 木々は吹き飛び、舞い散り、焼け消える。


 樹海は火の海と化し、多くの動物が逃げていく。


 その中で、二つの影が並び立つ。

「炎の闘技場とは……粋な事をする」

 黒鉄の鎧はガシャリと片腕で排莢し、ショットガンの弾丸を詰める。

 ジリジリと滲みよる黒い靄。

 あれだけトラックを蝕んだというのに人型を保っている。

 

「ならば、来い。全力でお前を討伐する」 

 黒鉄の鎧は背中、そして小腿部のスラスターを全開にする。

 ショットガンは接近戦でその最大級の威力を出せる。

 そしてその距離が近ければ近いほど出力される威力は高まる。

 そのために距離を縮めていた。

 その後の靄の行う行動は何だ。

 ディスプレイの中では、飛びかかって毒を打ち込むか、パンチやキックなどの打撃、身体を変化させた行動などさまざまな未来が予測されていく。


 しかし。彼はその予測を上回っていた。

 正確には確かに予測通りの行動をした。


 突然ガクンと、彼の身体の力が抜ける。

 誰に囚われる事もなく、ただ無意識の脱力。

 そして、ぎゅるりと身体を捻って、最大級の殴打を黒鉄の鎧に撃ち込む。


 その笑顔は黒く、暗く、樹海の中で蠢いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る