スポット・自害・アクマさん(3)
目が醒めると、いつもの部屋にいた。
(……夢?)
パソコンの画面は暗闇の空間の中で、四角に光っている。つけっぱなしだったのか。
いや、確かに僕はあの森へと行った。
確かに落ち葉を踏みしめた。
確かに神社に辿り着いた。
確かに女性が僕を抱きしめた。
あれは、夢なんかじゃない。
何があったっけ。思い出せない。
でも何かが確かにあったんだ。
あの神社の名前は、あの女性の名前は———
至ってシンプルな事なのに一向に思い出せない。
というよりそこだけ切り取られたかのようにまっさらになっている。
(本当に夢だったのかな)
死のうと思った決意も、森の中での不思議な事も全てが幻想だった。
残念。そう思って頭を掻きむしる。
ガリ。
頭に激痛が走る。
手にはぬめっとした感触が伝わる。
パソコンの画面に照らされた手は、赤く染まっている。
(……え?)
血だ。血がへばりついている。
もう一度頭に触れてみる。濡れている。横にざっくりと傷が出来ている。
こういう時は発狂するよりも、かえって落ち着いてしまう。
ただ、心の中では激しく動揺していた。
(血?血?なんで?どうして、なんでなんでなんでなんでなんで???)
頭の中には、幾多のクエスチョンマーク。
視界が揺らぐ。
もう一度触れてみる。
確かに、頭の傷が開いている。
発作、過呼吸、慟哭、恐怖、眩暈。
ぐらぐらと目の前の世界が狂い出す。
「ああ、ああああああああ……!???!!!?」
一人、閉じこもった部屋の中で咆哮する。
「ああああああaaaaaaaa!!!!!!」
ぎゅるん!!
視界が一回転する。どさりと重たい音がして気付けば床の上に倒れている。
切れかけの蛍光灯のように明滅を繰り返す景色。
黒い何かが視界の端を蝕んでいる。
頭を床に叩きつける。
壁を殴っては蹴って、部屋の中で無様な踊りを踊り続ける。
寄生虫の様な、白い縮毛の光が蠢く。
ただの幻想が、辺りを覆い尽くした。
(苦しい……胸が張り裂けそうだ……)
吉崎の頭の中には死の予兆が頭を巡っていた。
その時には既に、身体の半分以上が黒い靄に覆われていた事に気づかず。
暴れていた彼は、突然電源が切れたロボットの如く、パタリと動きを止める。
ゴミだらけの部屋の中、大きな黒い靄の塊は沈黙する。
夏の終わった蝉の死骸、車に轢かれたカマキリ、飛びすぎて天井に激突したトンボと同じ、無様で奇妙な近寄りがたい何かを醸し出している。
「……大?」
声を震わせ、静かに扉を開けたのは母親だった。
しかし、息子の姿はない。そもそも暗がりに黒い靄など認識出来るわけがない。
母親は部屋の電気をつけようと照明のスイッチに手を伸ばして、やめた。
明かりがつきっぱなしの、罵詈雑言が書き溜められているパソコンの画面にも一切触れずに静かに扉を閉めた。
「……」
黒い靄は沈黙する。
「……」
黒い靄はかつて人間だったものを蝕み、揺らめく。
「……」
黒い靄は沈黙する。
「……」
黒い靄は沈黙する。
暗がりの部屋の中、まだパソコンの画面は明るい。
その光はまるで、奈落からの出口の様に輝く。
画面が揺れる。ディスプレイに砂嵐が巻き起こり、
そしてプツリと切れる。
「……rrrrrrr」
突如、それは動き出した。
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