スポット・自害・アクマさん(2)

 とある伝承——

 世界には、さまざまな原初が在る。

 全ての始まりが、始原ルーツがある。


 例えば、ドラゴンの原初。

 二つの原初がそれぞれ、奇譚となり伝説となり信仰となった。


 同じ事だ。どの種にも原初はいる。

 犬にも。

 狐にも。

 牛にも。

 蛇にも。

 そして人にも。

 全ての種に原初はいる。

 だが獣という分類そのものにも、原初が存在していた。


 原初の獣は、姿も形もよく変わる。

 全てが不定形であり、地球の歴史の上には一切が記録されていない。

 しかし、原初の獣はいた。確実に。


 ありとあらゆる百獣の力を纏められた究極の生命が存在していたのだ。

 

 明確な根拠はない。


 それは獣として認識すらされていないのだから。

 


 目が覚めれば、まだ道の途中だった。

 なんだ、まだゴールじゃないのかよ。

 身体を起き上がらせる。

 軽い。

 大丈夫。まだ歩ける。

 

 違和感を感じる事なくそのまま進み続ける。

 落ち葉を踏みしめて、森の中を歩く。

 歩くだけでも楽しい。

 余計な事を考えなくて済むから。


 ひたすらに歩く、歩く。

 しばらく歩き続けると、温かい炎の光が茂みの向こうに見えた。

 なんだと思いながら、その光の方へと進む。

 すると、突然身体が重くなる。

 どうしてか、オモリを乗っけられたかのように身体全体にズンとくる。

 

 だが、彼は諦めていなかった。

 それでも、歩くのみなのだ。

 変な意地などではなく、単純な好奇心が彼を突き動かしていた。

 死に際に一目見たい光景。アレはなんなのだろう。

 狐火か、人魂か。

 見たい。

 痺れかけている腕で草木をかき分け、笑う膝を押し留めて進む。


 そして、光は激しくなりやがて視界を全て遮って——


 気づけば、そこに小さな神社があった。

 瓦が剥げ、柱は腐りかけてボロボロ。

 ツタ植物がひび割れた壁に張り付いて、緑色の壁を作っている。


 古びた神社……まさかここが。


「パンパカパーン!!よくぞ辿り着きました、ここがゴールでーす!!」


 その神社のボロ臭い賽銭箱の上ににこやかなスーツ姿の女性が座っている。

 はっきり言えば場違いだった。

 こういう神社の上には普通、和服の幽霊か狐がいるはずだろう。

 それなのにこの目の前の女性はデスクワーカーよろしくパリッとしたスーツを着ている。

 しかし、それを問い質す前に女性の方が口を開いた。


「やっぱり君はすごいよ。物怖じせずに最後までここに来たって、誇っても良いと思うよ」

 朗らかな笑みを浮かべる女性。

 しかし、その瞳の奥は冷たい。


「あ、あの、あなたは、誰ですか?」

「私?私はね……名前が多すぎるからなぁ」

 僕の質問に腕を組んで考える。


「じゃあ、今のところは“アクマさん”って呼んでくれないかな?」

「アクマ……さん」

 アクマ……悪魔さん。

 どういう意味での悪魔なのだろうか。

 もしやそのままの意味であるという事なのか。

 本当に彼女は悪魔だったりして。

 

 しかし、当のアクマさんは何も言ってこない。

 ただニコニコと僕の方を見ているだけ。

「あ、あの?」

「なぁに?」

「ど、どうして笑っているんですか」

「知りたい?」

 突然の質問。もちろん首を縦に振る。

「それはね……」

 アクマさんの目の前に、異形の怪物が現れる。

 黒い靄を全身に纏い、白い肋骨が浮き上がっている。

 気持ち悪いの一言しか無かった。


 だが、その怪物は僕を襲おうとしない。

 ただフリーズしている。

 コレは、なんなんだ?


 近づく為に足を動かす。

 同じように怪物の足が動く。


 触れる為に腕を上げる。

 同じように怪物の腕が上がる。


 そして気づく。僕と怪物を隔てているのは一枚の

 この怪物は僕の動きを真似ているのではない。

 この怪物は、だ。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!!??」

 叫びながら、後ずさる。

 喉が張り裂けるぐらいの咆哮は森の中に吸い込まれていく。

 鏡の向こうの怪物は、尻餅をついて怯えていた。


「あっはははは!!やっと気づいてくれた」

 口を大きく開けて笑うアクマさん。

 笑いで涙が出たのか目元を拭いながら話し出す。

「そう、君は今日から人間として生きていけません!!あなたは人の皮を被った怪物になります!!」

 ケラケラと賽銭箱の上で笑う。

「か、怪物……?」

 鏡に映る自分の姿を再び見つめる。

 黒い靄が、もうもうと湧き上がる。


「では、お気持ちをお聞かせ下さい!!」

 朗らかな声でアクマさんは、僕に耳を傾ける。


 その時、僕は何を思ったのだろうか。

 とめどない怒り?溢れ出る絶望?

 いや、そんなものはなかった。

 死にきれない事に憤りは感じた。

 でも、その前に、

 頭部に浮かぶ二つの赤い光が異常に不気味で

 

 「へ、」

 「へ?」

 ああ、駄目だ。僕の、口角が歪む。

 いや、もういいや。元から歪んでるんだ。

 今更、常人になったって意味がない。

 「へへへへへへ……あひゃひゃひゃひゃっ!!!!」

 「え?」

 アクマさんが、困惑する。

 だが、もう止まらない。狂った笑い声が森の中に満たされていく。

 「あははひ、ひひひひ、はひゃひゃひゃひゃ!!?!?!??」

 ああ、ああ、もうどうでもいいな。

 怪物に身を堕とし、暗闇の中は生き続けていく。

 その事に絶望などは無かった。


「へぇ……」

 その姿を興味津々に見つめるアクマさん。

「やっぱり素質あるじゃん」

「あ……」

 今度は僕が止まる番だった。

 アクマさんがいきなり抱きついてきたのだ。


「君なら、なれるよ。“獣の王”に」

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