10.景色
*****
「こんにちは」
「……ちは」
「いいけしきだよね。なんで見ないの?」
「……」
「おっと。だいじょうぶ? お母さん、いる?」
「いるけど、いまはいない」
「いまは、って、きてないの?」
「うん。一人できた」
「すごいね。ちかくにすんでるの?」
「ぜんぜん。いちじかんくらいかかった」
「なんできたの?」
「それは……」
「……」
「……こわかったから。ぜんぶいやになって、もういいかなっておもって」
「でも、ここもこわいよね。いえのほうがおちつくとおもうけどなー」
「…………なんか、おちつく」
「なんで?」
「なみのおと。ざっぱーん、って」
「まだぼくにはわかんないや。大人っぽいね」
「ま、まあね。もうひとりでここまでこれるもん」
「ぼくも大人になれるかな」
「なれるよ。きっと」
「そっか、ありがとう! じゃあね!」
「え、あ、うん……ばいばい」
*****
「なーんかうっすら記憶にある気がする」
「へー。私は結構覚えてたんですけど」
「ごめん。昔過ぎるからさ」
「……で、それだけ?」
抱えた膝の間から、ひょっこり目が見えた。
「なんで死にたくなったの?」
「……別に私、死にたいなんて一言も言ってないです」
「え? ま、まあそうか。じゃあなんで来たくなったの?」
「なんとなく。私を見つけてくれて、目を覚まさせてくれて、昔会った彼と似たあなたと、来たいなって。なんとなくです。私は初めからここだって知ってましたし、どういう場所かも知ってました。でも、それをあなたは調べてくれて、そのことを知っても私の誘いに乗ってくれました」
「そ、それはさすがにね」
「なんで来たんですか? 死にたくなったんですか? それとも偽善ですか?」
「……わかんないや」
僕は立ち上がって、さっきまで彼女が見ていた景色を見る。波の音は思ったより穏やかで、逆に不気味に感じた。塩の匂いの中に、ほんの少し鉄が錆びたようなにおいが混じっている。
ふっと、僕の中の自分が、僕の口を通してつぶやく。
「ここから降りたら、どうな」
「待って!」
はっと我に返って後ろを振り返ると、彼女が立ち上がってこちらを見つめていた。
「なんで行こうとするの? 私がっ、そんなに嫌だった……?」
泣きそうな彼女の姿を見て、僕は自分が情けなくなった。道中で支えると覚悟したのに、どうして僕がこんなことをしようと思ってしまったのだろうか。
「ごめん、なんか、急に気になって。言ってくれなかったら危なかった」
「……もしかして、何か悩み事あるんですか?」
「悩みは、まあいくつかは。でも、多分君のに比べたらしょうもないことだし」
「そんなのでもいいです。悩んでるのはみんな同じです。程度なんて関係ないです!」
「……ごめん」
「なんか今日、謝ってばっかじゃないですか?」
「それもそうかも」
「まあいいですけど。じゃあ帰りますか」
「え?」
「……何呆けてるんですか? もう満足したから帰るんです」
「ああ、ごめん……」
「ほら!」
「え、ああ、はい……」
「なんかしゅんとしてて、子どもっぽくて可愛いですね」
「もう! 帰ろう!」
「うふふっ。はい! 私、まだまだあなたに話したいことがたくさんあるんです! 聞いてくれますよね」
微笑む彼女に追いつき、バス停まで並んで歩いた。
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